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逃走本能 7

 狂ったような歓喜と容赦のない罵声が場内に入り乱れる。

 それはゲーマーとギャンブラーが半々といった具合であり、嫉妬と羨望だけがそこにあった。

 

 程なくして授賞式を終えた俺は、主催の〈Esmeralda〉から賞金と電子証書を与えられ、乾いた祝福を受ける。

 中には舌を鳴らすような音も混じっていたが、等しく敗者の遠吠えだろう。


 現実を真っ当に生きれば、〝勝ってから言え〟――そういう親の言葉を聞いて育たない子はいない。

 ――能力主義(メリトクラシー)。突き詰めていけば結局、才能も実力も全てはただの幸運でしかないのだ。


「それで。おまえらは俺にどんな言い訳を聞かせてくれるんだ? なァ、おい?」


 やがてチームのホームページに載せるらしい集合写真が撮り終わり、真っ先に訊ねる。


「う、グギゥギギッ……す、須方がァ!」

「ぼ、ぼぼぼ僕がぁ負けたのは、君じゃないっ! 負けたのはこの男だけッ!」


 クソ亀は隣のみっともない揉上を指差し、逆ギレをしてみせた。

 すると容赦のない――だがまぁ、言葉通りの事実を受けて揉上の眉間が痙攣する。


「お、お前ェ……」

「はははッ、ゲームをはじめて二週間の素人女に墜とされる奴が言うことかよ?」

「な――ッ、はっ!? に、二週間……に、にぃ……うわぁあああああッ!!」


 無慈悲な現実に錯乱する亀頭。宝恵が逃げ去っていく背を目にし、今日一の高笑いが出た。


「……性格、悪いなぁ」

「うるせぇ、歪んでるおまえよりマシだ。で、おまえはいいのか?」

「あァ? エキシビションマッチを見ねェで帰るなんて事、あるかよッ!」

「ま、そりゃそうだな」


 揉上が言うようにサビーヌ杯は終わったわけではない。むしろここからが本番。

 現に誰も帰る気配はなかった。それは優勝ペアに与えられる挑戦権。


 この場の誰もが求めて戦い、俺が勝ち取ったもの。

 将来の明暗を分ける――エキシビションマッチがあるからだ。


「あァ、そうさッ! お前が負けるとこを見なきゃオレの気が収まんねェからなァ!」

「へぇ。負け犬ってのは他人に自己投影する無意味さを惨めと感じる心さえないのか」

「ウ、ぐゥがッ、グゥゥ……がァアアアアッ!」

「よせよ。俺がおまえのおかあちゃんじゃないってことくらい、わかるよな? なぁ」


 冷静に煽り抜きでそう諭す。今にもはち切れそうな青筋を浮かべて揉上は怒り狂っていた。


「そもそも恨むなら、おまえ自身の至らなさと……遺伝子を嘆くのが普通って話だろ?」


 人を作るのは環境であり、同時に人は生まれながらに平等ではない。

 それは当たり前に理解できる現実のはずだ。俺程度より強い奴らなんて、やはり世界には腐るほどいるのだから。


「それにしても……いやぁ、よく見ればカッチョイイ揉上じゃあないの? おまえの夢は……確かそう! コメディアンだったよな。お手入れ、これからも頑張れよ! はははッ!」

 

 唸る揉上に目を向けつつ、心からの笑顔で優しく肩を叩いてやった。


「ぐォ、うぐぁガァッ、ヴオオ……ッ!! つ、次はオレが勝つんだよォオオオオッ!」


 我慢の限界がようやくきたのか、クソ揉上はようやくホールから走り去っていく。


「はんッ。最初からそうしていれば、言われなかったろうにな」

「……うわぁ、やっぱり最の低ー」

「最の高だろ。こんなのエキシビションに勝つための前哨戦、気分転換みたいなもんだ」


 強がりという実感はある。彼女がまだG帯の頃、何度か対戦経験があって全敗だった。


「ふぅん、もしかして。勝てる気でいるんだ、アタシに」


 鷺森と入れ替わるように柳楽・サビーヌ・葵依が間に割って入ってくる。


「そういうつもりでやらない奴が、何かを得られるとは思いませんけどね」

「ま、それはそう。で、すぐにでもはじめる?」


 彼女はつぐみには見向きもせず、ただ俺だけに静かな敵意を放っていた。

 ……いや、そう見える。見えてしまう。でなければ、腕がこんなに震えるはずもない。

 傍にいるつぐみがそれに気づいたらしく、誤魔化すように言葉を紡いでしまう。


「機体を変更したいのと最後の確認を少しするので、一〇分……いや五分もらえれば」

「ふぅん。一応、考えがあるってわけ。生意気なんだ」

「それじゃあ十五分ってことで。まだ残ってる皆もそのつもりでよろしくねー」


 見透かすような微笑だった。彼女は観客席に言葉を投げ、会場の奥へ引っ込んでいく。

 と――同時に周囲も一斉に騒々しさを増す。


 トイレ休憩、賭け、雑談、試合の反省。様々な声が飛び交っている。

 その間を縫って一直線に出口へ向かう背に気づいた。それは、


「あっ、おい! 待てよ、おまえ!」

「え? 別に今日は私もう、いらないでしょう?」


 甘利つぐみだ。早々に壇上から降り、俺を見上げる彼女は平然とした態度で応じる。


「それはそうだが。まぁ、一応……おまえのおかげで助かった。礼は言っておく」

「な、なによもうっ……調子狂うわね。ま、まぁ私も案外楽し――」

「だから、最後にこれも言っておくことにする」

「ふ、へ? な、何を言っ――」


 そう、これが最後。言うべきことは言っておくほうが、心残りがなくていい。


「――逃げてんじゃねぇぞ、思考停止女」

「……、…………」


 瞬間。わずかな沈黙が生まれ、希薄な感情だけが口端に描かれる。

 慣れた無機質さが彼女の仮面にはあった。今だからこそ言える。甘利つぐみも――ヴェイルドレスのような女だと。


「……ああいう顔もする女だったんだな、あいつ」


 何と表現すべきか、はじめて本音みたいなものを見た気がした。

 しかしこれから先の人生が交わることもないはず。


 だというのに記憶は残る女となってしまったのが不覚だ。

 そうして、十五分後。機体変更を終え、俺はついに柳楽・サビーヌ・葵依と相対していた。


「ねぇ、ところでさ。ナデシコちゃんよりアタシのほうが可愛くない?」

「……あァ?」


 見え透いた挑発に思わず苛立ちが乗る。だが、自分の気持ちに嘘を吐くわけにはいかない。


「あはっ、そうそう。そのくらいのほうがずっといいよ! ほら、優しさだけが取り柄の無能なんかより全然。あ、もちろん威勢だけなのは論外だけどね?」


 不届き者の強者が不敵に笑う。今この瞬間に限り、彼女の可愛さはただ憎たらしい。


「はんッ。可愛いだけの女の子も好きじゃないんだけどな、俺も」

「へぇ、言うじゃん。後で泣いちゃダメだよ、須方……なんとかくん?」

「好きに言えよ、今はな。けど全部が終わった後、同じことが言えると思うなクソチビ」


 ナデシコちゃんを下に見る奴は、例え誰であろうと絶対に許せん。

 それが揺らぐことのない信念ッ。たぎる激情を宿し、俺は――遥か格上へと挑むのだった。

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