逃走本能 6
這うように飛ぶ武者は大刀で都市を破壊しつつ、瓦礫を盾に敵機の接近を拒絶する。
都市上空を縦横無尽に駆け巡る、二機のヴェイルドレス。
数分にも及ぶ追走劇は、お互いに遠距離の択が残されていない事実を意味してもいた。やがて都市に深く根付いた自然を炎剣で燃やしながら進む鷺森が、すっかり停滞した戦況に募らせた苛立ちを口に出す。
(……差が、縮まらねェだとォ? チッ、あそこから五発で決めきれねェとはなァ)
意味するのはただ一つ。根本的な操縦技術で鷺森が剣山に劣る、という証明に他ならない。
(弾数を増やす――いや、違ェだろそうじゃねェ。オレが強けりァ、とっくに決着は着いてる筈だろ。そうじゃねェって事ァ、どうあがいてもオレは須方に劣ってるってェ事だ……)
一度は目を背けかけた鷺森が事実を噛み締め、追う武者の背を力強く見やる。
(恥だよなァ。一度も勝った事ねェのもクソだしよォ。だから戦わずに済むならそっちの方が絶対ェ良いと思ったんだ。けどよォ……そうだよなァ、勝ちてェよなァ……須方ァ。誰だってそう、皆そうだ。オレだってそうだ……そうだった筈だろうがァ――ッ!)
建造物との接触による損傷も厭わず、更にフットペダルを踏み込んだ蜚蠊が加速する。
「諦めの悪さだけは一人前ってか。さす剣、さす剣。愛くるしいねェ、褒めてやるよ!」
「言われたくねぇよそんなこと! おまえだけにはッ!」
「けどさっさと負けてすっきりしようぜェ。オレを気持ち良くさせてくれよォッ!」
「誰が――ッ!」
複雑で横幅の狭い細道を、速度を保ちながら無傷で突破していく《ダイアンサス》。
擦過の火花を散らして《ザザ》が追撃する。幾度かを経て徐々に距離が詰まっていく。
「お前はッ、いつまでそうやって逃げるつもりだァ。死ぬまでかよォ、情けねェなァ!」
「こっ、こまでッ――だッ!」
「ハハハッ、お得意の必殺技かよォ。食らえ、刹獄陣ってかァッ!?」
「三流が……ッ!!」
やがてトンネルへ辿り着き、通過。直後。壁面に尾を突き刺した武者が急速反転する。
抜け出た先で急襲を仕掛け、背面四腕の半数を破壊。
しかし同時に、ブラスターシールドも炎剣により溶断。
痛み分けた二機が都市を離れ、再び大空へと飛翔してゆく。
「しぶてェなァ! 大人しく無様にイけよォッ! オラァ、ASウェポンその二ィッ!」
声を受け、鷺森は嬉々として蜚蠊の下腹部を開放。白銀の球体が勢い良く射出される。
両機を隔てる位置で球体は割れ、搭載された中身がその姿を現した。
「一体造るのにコスト割き過ぎて武装削る羽目になったんだァ。鼓膜から昇天しろッ!」
「――馬鹿じゃねぇのかッ!?」
ASウェポン2。桃色ツインテールでラブリーかわいい、ゴスロリ縞ニーソを穿いた国民的超電脳スーパーアイドル。その名もナデシコちゃん。彼女を模した異様に精工なダミー。
途端、周辺一帯に大量の仮想花で出来たステージが凛と咲き誇る。そして剣山も頻繫に聴く大ヒットソングの一つ――〝やがて恋するSweet❤Holic〟が流れ始めた。
「――――――……」
(ヒハハハハハ! 動きが止まりやがった。オレの、勝ちだァ――ッ!!)
愛する電子の歌姫を目にし、言葉を失う剣山。それを隙と見た蜚蠊が一気に加速する。
「そォら、常夏の歌を聴いて墜ちろよォ! 須が――」
偶像を盾に《ダイアンサス》が撃墜される――――事だけは絶対にあり得なかった。
加速と同時。鮮やかに剣先が閃き、受けた傷を見た偽りの少女がわざとらしい口調で言う。
「やーらーれーたーぁ。でも、迷わないなんてひどーいっ。ハートぶち抜いちゃうぞ❤」
そんな言葉だけを遺して、ナデシコちゃんのダミーは呆気なく。跡形もなく霧散した。
「ぱ、げェ……? な、んで……斬れ、るゥ。そい、つはっ、お前のォ――ッ!」
躊躇いを消し去り、崇拝する少女を一刀で終わらせた武者に後悔の色は見えない。
あらゆる対抗策を思案していた鷺森にとっては腑に落ちない事態だ。全くの想定外に判断が鈍る。
「助かったとは言いたくないがさ。何か勘違いしちゃいないか? おまえ、俺を」
冷たく言い放つ声音には、確かにあった筈の心の揺らぎは一切感じられなかった。
それに気が付いた鷺森の動揺を衝き、放たれた一撃がカクテルソードを粉砕する。
「う、ぐおあがァッ!?」
ブレイドブースターも限界を迎え自壊。《ダイアンサス》が手持ち武装を全て使い尽くす。
しかし大刀の破砕を目にした鷺森がようやく我に返り、声高に嘲笑した。
「ハ、ハハァッ! 残りでやれるもんならやってみろよォ! どうせ使い切りの一撃必――」
直後。呼応するように《ダイアンサス》の、双角の折れた情けない兜がパージされる。
武者の頭部から艶やかに伸びていく輝きは、トンファーのような藍色の双光。
それはツインテイルブレード、ではなく――ツインテールブレードとするのが相応しいものだった。
「な――ッ。も、揉み上げを隠し持っていたのかァッ!?」
「ざけんな、T型のTは……ツインテールのTだろうがァァアアアアッ!」
嘔吐感を敗北への恐怖で意図せず抑え込んでいた剣山だったが、それを鷺森への怒りが凌駕する。
目を血走らせた鬼気迫る突撃は、先程の《ザザ》が見せた加速の比ではない。
「うォ――ッ!? 情けない男の毛先が当たるのかッ!? しかしィッ!」
「さっきまでの威勢はどうした!? えぇ、おいッ! クソ揉上さんよォ!」
膝下まで届く光髪が更に成長。鱗粉に似た光を撒き散らし、蜚蠊を左右から挟撃する。
しかし間一髪で減速され、機体の前面装甲を削ぎ落とすだけに留まった。
「黙れ! 返してやったんだよお望み通りッ、手のひらをォ!」
「はんッ、そうかい! けどなぁ、悪いがまだそこも射程圏内だッ!」
言動に反して遠ざかる機影。即座に繊細かつ怒涛の猛追を掛け、再び双光を唸らせる。
「な、何がNDSバスターだ――ッ。うギャあッ!」
「大体ッ! 三にその他、二にナデシコちゃん、一にゲームだろうがァアアアアッ!!」
「ぬゥおンッ!?」
初撃をホールディングツイスターの光腕で辛くも凌ぎ切った《ザザ》だったが、すかさずの二撃目に対する右脚部光刃での無理な対応が姿勢制御を奪い、大きな隙を曝け出した。
「つーかモデリングが甘いんだよッ! どう見たってお尻の付け根の肉の厚みが四ミリは足りちゃいないッ! それにほくろはっ、あとどうせならたまに穿いてるえっちな股割れ縞パンの食い込みを再現しやがって下さいって話だろうがえぇッ! おまえは一体、ナデシコちゃんの――いや、尻の何を見てるんだ!? クソッ、馬鹿にしやがって! 失せろミドリムシッ!」
「股の割れた縞模様のえっちなパンティッ!?」
早口にまくし立てられ、操縦席でおたつく鷺森に聞き取れたのはそこだけだった。
場内のファンも「バカな、そこは絶対守護領域で見えないはず!」と困惑の声を上げる。
「そもそもナデシコちゃんの歌を兵器にするな! 冗談は揉上と顔だけにしやがれ!」
「うぉ、お……オレの、オレの父ちゃんから貰ったアイデンティティを笑うなぁっ!」
震え上がる声に聞く耳を持たず、体勢を立て直そうと試みながら落ちていく《ザザ》。
右脚部を裁断され、体液を思わせる紫檀の飛沫が上がる。追撃を掛ける剣山は止まらない。
「はははッ! 先に笑わせた奴の言うこと、それがッ! もう墜ちろってェんだよッ!」
「まだだッ、そうだよなオレッ!? ここから起死回生の一発逆転劇が繰り広――」
「――がるわきゃァ、ねェだろうがァッ!」
「ンぐゥぅォ……ッ!」
ついにホールディングツイスターを全損。片方の翅さえも呆気なく破壊された蜚蠊は、先程までの威勢が嘘であったかのようによろよろと宙を舞う。まさしく風前の灯火だ。
「俺の勝ち……いや負けだよ、おまえのなァッ!」
「その慢心にィ、この鷺森正義の勝つ隙があぴゃンゴォ――」
戯言が言い切られるより先。《ダイアンサス》が《ザザ》を思い切り蹴り上げた。
鷺森が鳩尾を殴られたような嗚咽を漏らし、白目を剥きながらどうにか意識を保つ。
「そしてこれが、本当のサヨナラァ! 比翼ッ、鳳凰閃舞ゥウウウウッ!!」
光髪による怒髪衝天が目にも止まらぬ連撃を容赦なく叩き込んでいく。堂々と腕を組んで、顎を突き上ながら見下すように見上げ、猛る姿はまさに鬼女の激情の如しであった。
「ヴォオオオオッ! こんな、こんな須方剣山にィイイイイイイイッ!!」
絶叫が剣山の胸へ染み渡るように反響する。やがて《ダイアンサス》が身をくるりと翻し、《ザザ》が爆散。光の中へ融けていく残骸を背にし――ついにサビーヌ杯の勝者が決した。




