逃走本能 4
唯一巻き込まれた《ジルナパ》の両脚部の損傷は著しく、右は全損。
左は最早、加速で吹き飛んでもおかしくはないダメージを被った。だが、それだけだ。宝恵は引鉄を引く。
「な、なんて殺人的な発想をするんですかよ! 君は――ッ!」
翼の双砲が虚空だけを引き裂き、即座にスラスターを噴かした二機が交錯する。
「こんなの、機械生体以下ですッ! 決めましたその心、ギャルに染めて浄化する!」
「ギャ――はっ、なんでっ!?」
「《ジルナパ》のMG5はっ、マジでギャルにする五秒前ぇええええ――っ!」
「ゲ、ゲーマーは変なのしかいないの、かっ!!」
再び射撃戦へと移行し、感情任せの凄まじい砲火が戦場を無数に飛び交う。
共に被弾は無いが、損傷率では圧倒的に《アガーテファ》が劣勢だった。
剥き出しのコックピットも気圧による不調や体温低下を招いていおり、現状はゲームであればこそ。
更には推進剤の残りも僅かであり、短期決着しかないことは火を見るよりも明らかだ。
(さて、と……仕方ない。使えるものは、全部使わないとね)
機体を上昇させ、雲海へ突っ込む――と同時。耳障りな雑音がレーダーの索敵を妨害。
直後。急速反転し、追従してきた《ジルナパ》へ令嬢が肉薄する。
すれ違い様に数撃を叩き込み、左脚部と引き換えに巨大右腕の外装を破壊してみせた。
「同じ手を食ってくれてありがとうね!」
「感謝なんてギャルにしてやった後でいくらでも聞けます!」
「してやられてるのはどっちよ!」
つぐみは幾層にも重なるぶ厚い雲の中へ、迷いなく機体を向かわせる。
(にしてもこの機体、あいつだったらもっと上手く扱うのかな? なんか腹立つ……)
剣山が設計した紅蓮の令嬢――《ダイアンサス‐X3初期型》。
出力こそ違えど、この遠近万能型が本来の性能なのだ。
防御特化武装は気晴らしで偶然にも考えていただけで、囮役ならばそちらが適当と剣山が判断したまでのことだった。
(これのデータをガレージで見つけたとき、本当どうしてやろうかと思えたわよね……)
即ち相手の撃破など微塵も期待されていないのと同じ意味。
興味本位で手をつけなければ、馬鹿にされていたことにも気付けなかっただろう。
だから一言文句を言ってやろうとは思い、しかし決勝戦で驚かせてやろうの魂胆で機体にアレンジも加えていたのだ。
「これ、宇宙よりひどい有視界戦闘じゃないですか?」
大瀑布の如く白んだ視界。疾走する小さな軌跡を頼りに《ジルナパ》は追撃を続行する。
「……それにそうか。お返事があれば射程圏内というわけですね。なら――」
ふと呟き、思考を巡らせる。その数秒後。出た結論は至ってシンプルだった。
「大盛り無料おかわり無料! 糖質カットで今だけ増量! バター醬油は明太、色気より食いたい! マヨマヨ唐揚げブヨブヨ口だけ! 気分はいつでもカロリーゼロぉおッ!」
「おどりゃこの、亀ちくしょうめぇええええええ――――ッ!!」
そう、煽り運転である。
後頭部から響く声に応じ、即座に機体を反転。直後の備える全射撃兵装が光軸を放つ。
外装を失ったブレイカーアームも右腕自体はメーザーネイルであり、文字通り二倍の手数。先程よりも激しさを増した凄まじい弾幕――なのだが、
「ひ、引き千切ったスカートで殴りかかってこないでくださいよ!」
紅のツインアイを燃え上がらせる《アガーテファ》は、最小限で沈み込むように回避。
中央突破を成し遂げ、スカートの光刃で起重機のコックピットへ斬り込んでいだ。
「ひ、ぃ――――ッ!?」
一閃。切り裂かれたコックピット越しに視線が重なり、つぐみの舌が鳴る。
「ど、動揺している場合じゃない! お、追わないとっ!」
敵機の臀部を正面に捉え、両腕部を射出しつつ加速。虚空を駆けてトリガーを引く。
一〇指のメーザーネイルより放たれる火線。それらは宝恵の操作により、撃ち分けが行なわれていた。
一つは不要な軌跡を描かず、一直線に獲物を狙い澄ましたもの。もう一つはコンピューターが導き出した令嬢の回避予測に基づき、先読みをするものだ。しかし、
「ぼ、僕は本当に射撃が下手になったんですか――っ!?」
猛然と迸るビームは薄暗い雲に爪を立てるばかりで、《アガーテファ》に被弾はない。
「素直になれないなんて、かわいそうにさ!」
「ぼ、僕だって大人ですっ!」
上から下へ、下から上へと。大きく車輪を描く軌道。そんな絶妙な緩急が意識的にいくつも交えられたマニューバは、サーカスで曲芸を披露する踊り子ように視線を奪っていく。
「ふんっ……童貞が!」
「そ、そそそそのぉ! 高慢ちきな言動はぁ! ききき、君だって処女でしょうにッ!」
「ふ、ふふはっ! オウムはぁ、焼き鳥にするぅッ!!」
殺到する光線群を躱す《アガーテファ》は雲の波間に昇り、正対位置へ向けてマニュアルで斉射。十九に及ぶ砲火が《ジルナパ》の翼部を擦過し、宝恵は一つの疑念を抱いた。
彼女の動きが――たった数分前よりも精度を増しているのではないか、と。
よぎる不安と脂汗を振り払う。
こういった気配に敏感な人間がどういう存在であるかを彼は知っているのだ。
それは、純粋なる強者――あるいは、勝負に負ける劣者なのだと。
(い、いけないこれでは自殺だ。ち、父の言葉を! 負けた後のことは負けた後でしょう!)
思考を切り換え、状況に目を向ける。そして今更ながらに気付いた。
(……そういえばいつの間にか視界がすっかり暗いですね。こんなもの、ですか?)
雲海へ飛び込んだ時の蒼白さはなく、仄暗く荒んだ空と淀んだ雲の波が視界を覆い隠す。
レーダーではなく周辺マップを展開して確認すれば、巨大マングローブ樹からも既に随分と離れていた。
瞬間。雲の中に紅の燐光を捉え、宝恵は臆さず攻勢に出る。
「僕も言いそびれていましたが、何がフロイラインですか! ミス・カロラインっ!」
「――ッ。ままごとなら人は選びなさいよ!」
「ギャルにだって源氏名くらいあるんです! カロリーヌぅううううっ!」
キャノンウィングが四基の誘導飛翔基を撃ち抜く。
その爆煙を盾に令嬢は距離を詰め、二方より迫る光線に擦過しながらも伸びきった左腕ケーブルを掴み取ってみせた。
「せぇー、のォッ!」
「う、ぐが――ッ! で、すがぁッ!!」
一本背負い。引き込まれる激しい荷重が《ジルナパ》を襲い、ケーブルも断裂する。
それが照準を合わせる余裕を生ませ、撃発。遅れて破砕音が続く。
《アガーテファ》の損傷率は既に危険域にあり、無理の利く状態ではない。故に誘導飛翔基を盾にして直撃を避ける他なく、相次いでスカートは小さな火球へと転じていった。
「一〇も残っていれば!」
「まだ、まだぁ――っ!」
互いに己の守りを捨て、トリガーを引く。
直後。激しい爆光に応じて令嬢のスカートが更に五基も弾け飛ぶ。
キャノンウィングの一翼と右腕メーザーネイルも光輪に呑まれたが、同時に《アガーテファ》のスラスターが白煙を噴き上げる。限界だった。
「推進剤が漏れ、武器も肩部だけですが。それでも君が先に堕ちる姿が僕には見える!」
「そう? あなた相手くらい、あと一発あれば充分過ぎるって思えるけど?」
素直過ぎる宝恵に対し、苦笑混じりの声音で返す。そして冷ややかに言い切った。
「それに女が嘘吐きだってこと、誰であれ知るべきじゃない?」
「……え?」
「私が。ただ空を飛んで、尻を追いかけさせて遊んでるだけの女と思った?」
「知りませんよ、そんなこと! 君が何をし、て……――」
言いかけ、思案する。反復して行われた上昇と下降で弧を描く軌道の――その意味を。
二度目の会敵時。令嬢の全身が僅かに凍結していた事実を。
「あなた。この前はデータがどうこう言ってたのに――積乱雲も気づけないんだ」
攪拌により大気の不安定となった雲の粒氷は分裂と衝突を繰り返し、摩擦帯電する。
重さで上層に+、雲底に-と分離しながら電界が発生し、放電により地上と通電。
雲へ昇る帰還雷撃を引き起こす。だがつぐみと宝恵。どちらに当たるかは――運である。
「しかしですね、たかだか落雷程度でどうにかなるんほぉおおっ!?」
脳天直撃。漏れ出た推進剤へ眩い火花が走り、スラスターユニットに引火して爆発する。
「ど、どうひてかんれん……」
「そこまで剥き出しじゃあね。まぁ、私がやる前から装甲が削れてたのは癪だけどさ」
金属で覆われた空間の電圧はゼロになり、落雷の直撃で搭乗者に電流が流れることはない。
それはヴェイルドレスとて同様だが、明らかな損傷があれば話は別だ。指先一つ動かせなくなった宝恵が自由落下を開始する。その首根を《アガーテファ》が掴み取る。
「まけひゃうだりょ、こんにゃの。そりぇはいやでぁ! でぁってここでまけひゃら、あほいちゃんをギャルにすりゅゆめぎゃ! んほぉぉおッ! くちゅがえれ、げんじちゅゥッ!」
「都合の良い異性、か…………」
儚げな瞳が四基のスカートを展開し、包囲。機体を手放した後で、緩やかに後退する。
「そうであ! きみがかちゅんじゃないっ! どうせそのせっけいも、そうじゅーもじぇんぶかすがたにおそわったものでひょう!? きみにまけるわけじゃない、須方に負け――」
徐々に呂律が正常へと戻り、宝恵は辛うじて指先のトリガーを引き絞った。
「たくないから墜ちろぉッッ!!」
「――――ッ!」
電磁フィールドの展開とキャノンウィングの砲が瞬くのは――同時。
緑がかった青い光軸が《アガーテファ》の頭部を直撃し、胸部は捲れ上がるように溶解していく。
つぐみの身体が雷雲に曝け出される。だが、動じた気配はない。彼女はただ言う。
「ふんっ、まともにちんこも言い訳も立てられないような男だから負けるのよッ!」
「そっ、それだけはぁ、言われたくなかったぁあああああっ!?」
一瞬で全身の水分が沸騰した宝恵が生々しい破裂と破砕と共に、凄惨に空へ散っていく。
(あぁ……ダメだなぁ、私。やっぱり……勝っても全然、嬉しくないや……)
火花を散らす令嬢が舞い上がる。けれど彼女の空虚な胸に響くものは、無かった――。




