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逃走本能 2

 「クソッ、纏わりつきやがってッ!」

 海中で苦戦を強いられる剣山が、何度目かの舌を鳴らした。

 後方より貪り尽くさんと殺到する、体長二メートル程ある機魚の群れ。


 人だけを狙う赤眼を光らせ、歯をギチギチと鳴らして迫るそれを僅かに発振させた刃で焼き払う。

 瞬間、連なる火球。生じた爆発は青海に銀の鱗粉に似た破砕片を降らし、暗く穢していく。

 その爆圧から逃れた《ダイアンサス》が敵機の状況に目を向けた。


「滅茶苦茶だな、何匹集まって来てやがるんだよ……」


 やるせない声で呟く眼前。一〇〇を超える機魚で一匹の大魚を成す敵性Mobを相手取る、《ザザ》と《ジルナパ》の姿がある。三機は殺到する機魚の対処に追われ続けていた。


 爆砕が鳴り止み、大魚は弾け飛ぶ。腹を食い破るように飛び出す二機のヴェイルドレス。

 それには多少の損傷を気にも留めず、即座に照準を合わせてくる強さがあった。


「ったくよォ、純粋に試合をさせろッ! だから嫌いなんだよ、Mobはよォ!」

「えぇ、まったく。ですが……今回は次で打ち止めのようですね、ひとまずは」


 レーダーが示す三〇〇未満の黄点を見やり、各々が不満を吐露する。

 第三波到達までは推定一分という距離だ。それでも彼らにしてみれば充分な時間的猶予と言えた。


 光軸が交錯する。それを互いに躱し、揃って三機が前方へ加速する。

 二機は《ジルナパ》を前衛とし、カクテルライフルを構える《ザザ》が僅かに遅れてその後に続いていた。


(今は素直に機魚を待つしかないか。けど群れのこの熱量、気になるんだよな……)


 思う傍ら機械的に引鉄を引く。

 右肩部ブラスターシールドが虚空を撃ち抜き、剣山は即座に接近戦へ思考を切り換えた。


 NDSライフルを左脚部の側面へ沿うようマウントさせ、二刀のブレイドブースターを携える武者が淡い水沫の軌跡を描き――激突。


「はぁあああっ!」


 威勢に反してコンパクトに振られる巨腕を、武者は二刀で受ける。が、それも一瞬。

 スラスター出力に差がある以上、競り合いで劣るなど明白。


 剣山は即座に銀の刃を滑らせていなし、左方へ。

 続けて右方近距離から放たれる五指の熱線も紙一重で躱す。


「そこだろうがァッ!」


 間髪を入れず、僚機の後方。絶妙な距離感で《ダイアンサス》の動きを予測・視認していた《ザザ》による的確な二連射が迫る。剣山の瞳に動揺はなく、あくまで冷静な判断を下す。


 健在な右肩部ブラスターシールドと左脚部側面にマウントさせたNDSライフル。それらの二撃で放たれた二射を狙い撃ち、相殺。生じた爆発が視界を遮る程の泡を吐き出した。


「だとしてもッ、逃がすものかよォッ!」


 剣山が口端を吊り上げ、武者と蜚蠊が猛然と駆ける。互いに譲らず、二機が衝突する。

 僅かな濁りをみせる海に響く、右の大刀と左の剣の鈍い重低音。


 武者はすかさずもう一方のブレイドブースターを振りかぶる。狙うは右腕とライフルの溶断だった。

 対する《ザザ》は右脚の蹴り上げで凌ぐつもりで、しかし客観的に見てそれは――遅い。


「隙があるんだろッ!」


 疑念はあった。流石にあり過ぎるのではないか、と。思いて瞬時に俯瞰する剣山。

 そして人間にしてはあまりに広い有効視野を存分に活かし、やがて気付いた。


「――腕じゃなく脚かッ!」


 右脚部先端へ狡猾にも隠された鉤爪を瞬かせようとしている事実に。

 ツインリーパー。それは決勝以前で《ザザ》の両腕に搭載されていた筈の武装であった。


 勝手な思い込みを衝く一撃を寸前で捉え、剣山の技量と大刀に取り付けられたブースターの加速が切っ先の行方を変えてゆき――直後、激しい干渉光と水泡がしぶく。


「チッ、わざわざ準決までは腕部に積んで……これがお前との差とオレは認めねェッ!」


 憤る鷺森はしかし、冷静なままカクテルライフルを撃ち込んだ。

 対して《ダイアンサス》も強引に二刀を振るい、蜚蠊を弾き飛ばす。

 僅かな遅れは兜の左角を撃ち抜かせた。


「くくくっ、望んで光へ飛び込む羽虫のようにっ!」


 辛うじて逃れた先へ置かれた一撃。それはキャノンウィングが放つ二本のぶ厚い光軸だ。

 マニュアル撃ちのためロックオンアラートは無い。

 だとしても正面モニターで高熱源反応を視認していた剣山は、素直にビームへ飛び込んでいく間抜けでもなかった。


(見えてるんだよッ、このまま上へ――)


 背部スラスターを閃かせようと僅かに顔を上げる、瞬間。違和が視線を釘付けにした。


(チッ、亀なら亀らしく鈍間でいろよ……ったく!)


 さながら海蛇の如く揺れる黒ずんだ細線。それは《ジルナパ》から伸びる左腕ケーブルだ。


 認識するのと同時。視界の右側を疑り深く見やれば、起重機は半身で腕部を背に隠すような姿勢を保っていると分かる。煽りを含め、策と思うには十分な証拠だろう。


 そんな強かさを備える宝恵の五指が、行く先で虎視眈々と待ち構えているのだ。

 上方への回避で対応が後手に回る事は確実。ならば最善とする退路は一つしかない。


「う、ぐ――ッ!」


 下方だ。正しく人型の機械であるが故の挙動であり、《ダイアンサス》の両手首を高速回転させた剣山は、ブレイドブースターの加速を下方へと向ける事で窮地を脱した。


 そうして内臓を駆け下りる鋭い荷重を受けながら、懐へ潜り込むべく疾走する。

 撃発。撃ち放つは、右肩部ブラスターシールドと左脚部NDSライフルによる二撃。


「お前に出来る事をォ、やってみせるのがァッ!」


 カクテルライフルの二連射がそれを相殺する。

 ケーブルの破壊を阻止されようとも、武者は構わず速度を上げた。


 反応の遅れた《ジルナパ》も五本指の光線を叩き込む。

 宝恵の苦渋を押し潰すような表情がその結果を物語る。


 即座にケーブルを巻き取っていき、やがて左腕は機体の手首と結合。大量の泡沫が空へ昇っていく。

 二機のVDが再び、武者へと怒涛に迫る。

 正面左右から行く手を阻む両機を見上げ、剣山が判断を下す――刹那。


「そォら弾けろ! (アンチ)(須方)ウェポンその一ィッ!」


 破顔した蜚蠊が頭部の両側面を開放し、不意を衝く白熱した眩い閃光を放った。


「な、ぐぅがぁアア――ッ!?」


 目を射る輝きが視界を歪んだ黒で埋め尽す。

 ASウェポン1――閃光弾ならぬ、閃光揉上の放つ瞬光。


 完全なる意識外からの不意打ちは直撃だった。

 閉じた瞼の隙間からも光を見通せてしまう剣山へのダメージは常人の比ではく、視界を完全に奪われたカタチだ。


「ハハハハハッ! オレのカッチョイイ揉み上げに、魅せられたのかねェ!?」

「くくくっ。美的価値観が逆転する程に眩んでしまうのは、可哀想とも思えますね」

「ぁン? うるせェんだよ、喋る亀頭がァッ! ……でねェ、墜ちろって事よォッ!」

(い、位置取りの記憶と音を頼りに……やれるのか。やるしか!)


 逡巡する間など無く、直後。窮屈なコックピットに響く警戒音。

 それに両機の駆動音、腕部射出音、各射撃兵装の粒子収束音、ブレイカーアームを振り上げる振動が続く。


 咄嗟に操縦桿を動かし、よろめく武者は再び大海の下方側へと逃れる――が、《ジルナパ》から射出された左腕五指の照射する光線へ、左肩部から飛び込んだ。


 光刃が損傷箇所へと食い込み、ブラスターシールドが四散する。

 破砕の欠片と衝撃波を浴びせられ、剣山も手に染み付いた操作で左肩部を切り離し、誘爆を回避。

 虚空へ押し出されるように距離を取った。


 瞬間。即座の追撃で撃ち込まれた《ザザ》のビームと実体弾が右腕部や右脚部を掠め、僅かに装甲を削いでいく。

 放たれた実弾は、カクテルライフルに装填されカートリッジの一つであった。


(このまま無駄に食らって、圧壊なんだぞ……っ!)

「そこなんですよッ!」

「視界を潰した程度でッ、やれると思うなッ!」


 虚勢の自覚はあり、しかし直感を信じた剣山が巨腕の打撃を交差させた二刀で凌ぐ。

 鳴り渡る像を結ばないような鈍い衝突音。駆け巡る振動が身体を大きく沈ませた。


「……くっ! 僕が、急ぎ過ぎたとでもッ!?」

「わかりきっていることを聞くのが馬鹿と言ったの、忘れたかよクソ亀がッ!」


 応じる胸中に逸りがあったのは事実だった。

 それを認めたくはない、と。宝恵は叩き付けたブレイカーアームの五指を稼働。

 重なる刀身を一纏めに掴み、光熱を生んだ。


(まずい、ここで折られるわけにはッ!)


 銀の刃が喘ぐように歪んでいく。

 剣山は臀部に備わる二尾を操り、記憶にある右腕部の隙間と胸部へ狙い放った。


 推進器を瞬かせ、ツインテイルが猛烈に奔りゆく。

 武者を乱暴に突き離し、すかさず二門のキャノンウィングを叩き込む。


 直撃。生じる無数の泡が二機を隔てるが、撃墜通知は無い。

 レーダーの赤点も健在であり、とはいえ宝恵にとってそれは想定の範囲内。水中でのビーム減衰が激しい以上、ビーム兵器で同コスト機の装甲を一度で撃ち抜くのはやはり至難の業なのだ。


 強引な白兵戦を避けたのは、単純に二刀の破壊とツインテイルの的確な反撃が齎す損傷――つまりは、それによって自機が圧壊するリスクを天秤に掛けた結果だった。


「オート追尾だとしてもしかし! これで少なくとも鬱陶しい尻尾だけは貰っ――……」


 言葉の成る瞬間。泡沫を裂いて眼前に飛び出してくる、無傷の二尾。


「な――っ。か、躱されたッ!? なん、ぐぅ……ッ!!」


 想定外の事態に目を見開き、各部スラスターを噴射。猛禽の肉薄をみせる尾から逃れる。

 直後。未だ射程圏内である筈のツインテイルが追撃を断念する。それはつまり、


「え……ツ、ツインテイルのブレードが追ってこない? 見えていない? まさかマニュアル制御……い、いやこの距離で勘を頼りに狙うだけなら造作もないでしょうが。しかし……」


 戸惑う尻尾が武者の臀部に巻き取られていき、そこへ接近戦を仕掛ける《ザザ》を前にする《ジルナパ》は呆然と揺蕩う。疑念が混乱を生み、乱れは余分な思考を走らせる。


(ですがこちらは斜め後ろに退いてのマニュアル撃ちで、けれどもアラートが聞こえた頃には直撃している筈の距離の筈でしょう!? なのにそれを躱しているのは……)


 不自然と表現する以外に宝恵は言葉を持たない。

 アラートは基本、方角や自機との位置関係によって響き方が異なる。

 故に視界を潰され、なおも近距離戦闘をこなせるのは異常だった。


(認められませんよ、こんなの。絶対におかしい……蛮族プレイヤー特有のふざけた反射神経ならともかく。あれは……ろくに走れもしない須方剣山! ならもう、それは――)


 脳が――数秒先の世界を客観的に視ているのと同等ではないか、と。


「宝恵ェ! 何、呆けてやがんだァッ! 奮い立てよ、包茎インポ野郎ッ!!」

「え、あぁっ! 悪いとは思っているつもりの僕ですが!」


 続けざまに《ザザ》がカクテルソードで追撃をし、紙一重で作り出した隙。それを見す見す逃したのだ。

 罵声は甘んじて受けるべきで、宝恵も離れゆく背中に視線を向ける。


「機魚を強引に抜けて、盾にして離脱するつもりですかっ!」

「それを分かっているから、追うんだろうがァッ!」


 視界を奪った上で決めきれない事実と、蹴り上げで距離を取られた苛立ちは、鷺森の表情を歪めさせていた。それから姿勢を持ち直した蜚蠊と《ジルナパ》が武者を追う。


(このまま突っ込んでもいいけど、迷うな……まぁ、上を抑えられてるし。仕方ないか)


 変わらず白く霞んだままの視界。絶えず鳴り止まないアラート音の只中に身を置く剣山は、しかし取り乱した様子などやはり微塵もなく、ただ冷静に判断を下す。


 瞬間。撃発――ではなく収束を開始。左脚部側面のNDSライフルが銃口の奥で藍色の光を覗かせた。

 内蔵ジェネレータは次第に激情を振動として伝え、程なく正面モニターへ警告文が表示される。


 砲身は暴発寸前だが、粒子の供給と収束は止めない。

 右肩ブラスターシールドを展開し、エネルギーパックの大半を放出。更に出力を上昇させていく。


 やがて額に脂汗が滲む緊張感の中。ついに出力が砲身の耐久限界を突破した。

 大挙して押し寄せる機魚の駆動音を聴く武者は、群れよりも高い位置を取る。そして、


「今――ッ!」


 下方へと射出したNDSライフルを機械の波へ呑ませ――コンマ数秒後。

 波を内側から貪り尽くす程の膨大な衝撃波が、突き上げるように生じた。

 想像通りの振動を感じてフットペダルを全力で踏み、剣山は即応。器用にも荒波へ身を任せていく。


 次々と連鎖していく爆発に伴い、尋常ではない数の気泡が周囲を包み込む。

 同時に泡と接触した機魚は容赦なく弾け飛び、その残骸が武者の足場を構築してもいた。


「ただ……ライフルを捨てやがったのか?」

「それにしてはキャビテーション(*泡)の規模と衝撃が少々、強過ぎるようですがっ!」


 宝恵の指摘は的を射ていた。吹き上がる泡沫群は通常のそれではない。

 機魚の中でも極めて高い熱量を持つ個体が紛れていたからこそだ。


 爆発の生んだガスは大量のキャビテーションを形成し、律動的な膨張と収縮を繰り返すバブルパルスとなったのである。


 つまり作り上げたのは、泡の衝撃を利用した海上直行の海中エレベーターだった。。

 波の先端で逆立つ剣山は二刀を正面に構え、手首を回転。そのまま押し出されていく。。


「けどやっぱ混じってたな、自爆型。熱量が規模しては微妙に高かったし当然だが――」


 ようやく色彩を取り戻す視界の端に二つの機影を正確に捉える――が、それも一瞬。

 圧倒的な上昇速度で一息に敵機の頭上を追い越していった。


 泡壁に阻まれていた事も要因の一つだが、最たるは泡同士の衝突で生じる衝撃波の連続にある。

 機魚の残骸が手榴弾のように周囲へ飛散しており、《ザザ》と《ジルナパ》その濁流をまともに浴びていたのだ。


「にしても抵抗が少ないな? この感じだと機魚の中で格付けも済んだかね」

 

 やがて《ダイアンサス》が海上へ到達。同時に残された二機の索敵レーダーから赤マーカーが消失する。

 だが、鷺森と宝恵には追撃よりも先に優先すべき事があった。

 当然、押しつけられた魚の後始末だ。辛うじて活動を継続する群れが妖しく瞳を光らせる。


「――、――――、――ッ」


 くぐもって響くひび割れた電子音。その発生源である無惨な姿に、生命を感じる事は決してない。

 彼らが有するものは――人型及び、外敵の抹殺という絶対順守の命令のみ。

 感知圏内の人型を優先ターゲットとし、脅威度の低い外敵から殲滅を実行する。即ち、


「群れなきゃ何も出来ねェ小魚の分際で、人間様を品定めしてんじゃねぇぞォッ!!」


 二機合わせたところで戦力は武者に劣る、と。そう突き付けられたのと同義だった。

 人間の傲慢を覗かせる鷺森が加速し、宝恵も即座に追従する。


 爆発による損傷もあり、二人は群れを難なく撃破。一段落して一息をつく。

 それから鷺森が八つ当たり気味に言った。


「そういやお前よォ、さっきの棒立ちは何だァ? 須方にビビってんのか、あァッ!?」

「――――っ! ……そう、言わざるを得ないのでしょうね。僕は」


 言葉を真摯に受け止め、宝恵は自らへ言い聞かせるように感情を呑み込む。


(そうです飛躍なんですよ、宝恵和富。もっと父のような冷静さを持たなくては。大体そんな超能力があるならですよ? そもそも閃光弾なんて食らわない筈でしょう?)

「ぁン? んだよ、萎えたちんこみてェな顔しやがって」

「――いえ、兜の緒を締めるために勝ちたいというわけです」

「たりめェだッ! そらとっとと行くんだろうがァッ!」


 二機のヴェイルドレスが浮上していく。各部の動作確認を平行して処理しつつも、海面との距離に比例して警戒は厳に。レーダーの感知外に逃げられた以上、待ち伏せは確実だからだ。


 程なくして、浮上までの距離が――残り三〇〇メートルを切る。

 各種兵装を構え、指先をトリガーへと密着――残り、二〇〇メートル。右腕部以外の装甲に不安のある《ジルナパ》を後衛、《ザザ》が前衛に位置を取る――残り、一〇〇メートル。


 互いに視線を向け合い、呼吸を合わせる――残り、五〇メートル。《ジルナパ》がキャノンウィングを、浮上地点からズラして叩き込む――と同時、海面を突破する。そして、


「「――――――――ッ!?」」


 雲海の切れ間。その前で無様におたつく《ダイアンサス》の背に、二人は息を吞まされた。

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