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逃走本能 1

 そこは果てしない空の色を映して沈む半透明な世界。万華鏡のように鮮やかな光のうねりを存分に広げ、どんなに荒んだ心さえもほどいて期待に躍動させる地上の宇宙。


 降り注ぐ陽光が白い海底の砂を照らし、浄化の象徴――多くの珊瑚礁を煌めかせている。

 そしてその清潔感は、つまり生物の息遣いの少なさを意味してもいた。


 ここは本来、静謐に治められるべき禁足地なのである。にも拘らずドレスを纏った人影は、そのけたたましい駆動音と共に無邪気な童心をひけらかしていた。


「――うわぁ、すご……それにおっ、きぃ……何、あれ?」


 海上を目指す《アガーテファ》のコックピットで、つぐみは身体を大きくのけ反らせる。

 心からの感嘆が見上げる先にあるのは、ヴェイルドレスなど比較することさえおこがましい程に強靭で健やかな大自然の屹立だった。


 大地の奥深くに根差し、脈動する血管のような色を浮かび上がらせながら天を摩して聳える巨影。生命を感じさせるそれは、


「樹だな、巨大マングローブ。まぁ、たぶん。経験上じゃ、都市が乗っかってるはずだ」

「あぁ、やっぱりそうなんだこれ……って、都市?」


 剣山が頷きを返し、《アガーテファ》の索敵レーダーが《ダイアンサス》の反応を捉える。

 やがて足並みは揃い、スラスターの吹き出す気泡も上へと昇っていった。


「――おい。気になるのはわかるが、マングローブに吸い寄せられるなよ」

「え? あ、ごめん。つい」


 既に少し傾いていた機体を起こしたつぐみの耳に「ったく……」という声が届く。


「うー。ねぇ、ところで聞いてもいい」

「何だ、今度は」

「さっきからさ、魚影? みたいなものも検知してるんだけど……何これ、敵?」


 索敵性能は《アガーテファ》が上回っているからこその疑問であり、レーダーには夥しい数の黄点が群れを成していた。すると露骨に不機嫌そうな嘆息が応じる。


「だりぃなぁ……方角と距離。大体でいい、数は?」

「ふ、へ? え、とぉ……七時方向、距離八から九〇〇〇、数は……五、六〇〇?」


 計測される表示数の振れ幅が大きく判断に困り、その声に自信は皆無だ。


「クソだな。おい、おまえは上に行くことだけ考えろよ、いいな」

「え。う、うんそのつもりで――あっ」

「何だ、まだ来るのか? やめて頂きたいんだがなぁ」

「ううん。今度は普通に対戦相手。二機、マングローブの影から……来た!」

「ん、こっちも見つ――チッ、出遅れてるな。擦り付けるしかないか、ついてこいッ!」


 モニターを拡大表示させて二機の姿を捉え、剣山は機体をそちらに向かわせる。


「え、ちょっと! う、上に行くんじゃないのよーっ!?」


 不意に方向転換した《ダイアンサス》に僅かな遅れすらなく、つぐみは自機を武者の後方にぴたりと張り付かせた。優れた反射神経。それは剣山には無いものだ。


「おまえの見つけた魚は生物じゃないんだよ。機械で要するに敵の敵も敵って感じだ」


 プレイヤーから否寄りの賛否あるが、大半のフィールドには敵性Mob――機械生体が配置されている。黄点は全てそれらに該当し、〝オバクロ〟おいて屈指のヘイトを集める存在だ。


「あー、なるほど。お邪魔虫……じゃなくて、お邪魔魚さん」

「あいつら基本的にコックピット目がけて突っ込んでくるからなぁ」


 小さく「え……」と応じる声が驚きに目を丸し、怯えるような声音で続けた。


「た、食べられるの? パイロットだけを狙うなんて酷いこと考える機械ね……」

「そこは同意だな。つかおまえ、もし武装の中身いじったなら魚は自分で何とかしろよ?」

「え? あぁ、ううん。ビーム系統のままだし、水の中は苦手」

「何なんだよ、まぁいい。もう接敵する。気を抜いて食われるなよ」

「わかってる、絶対に嫌だもん。そんなやられ方っ!」


 声と共に速度が上がる。二機のヴェイルドレスは推進剤を噴き出し、大海をゆく。

 両機が見据える先。相対する《ザザ》及び《ジルナパ》も一直線に向かって来ていた。


「速度は似たり寄ったりでもよォ、高所を抑えればこっちのもんだろってさァ!」

「えぇ、やりようによっては水中(ここ)でケリも着くでしょう」


 二人の声には自分達の優位性を確信する色が見える。鷺森、並びに宝恵の言い分は正しい。

 初期出撃地点は同じく水中でも「上を抑えてしまえば」という結論は当然だろう。

 しかし、問題が一つ。それはレーダーが機魚の群れを捉えていないという事実にあった。


「……そうは言っても、運で勝ったと言われるのは癪極まりないですが」


 言って眼鏡を押し上げる宝恵。その後ろ向きな発言に対し、搭乗機――《ジルナパ》も薄い装甲とやせ細った女々しさを備える。

 しかし頭部はラグビー選手のようであり、ちぐはぐさが逆に不気味さを醸し出していた。


 黒を基調とした灰色の塗装も半透明な世界では良く目立ち、だがそれ以上に目を惹くもの――それこそ、異常発達した右腕部だ。

 さながら起重機(クレーン)。宝恵はL字型背部スラスター二基を瞬かせ、加速する。


「ハッ! 運も実力の内とネオアメリカのトッププロすら言ってんだァ、些細な事をいちいち気にすんじゃねェッ! まァ……用意したモノが無駄になりそうなのは残念だがなァ」


 言動に反して浮かぶ、白けたような笑い。それに宝恵が気付いた様子はなかった。

 操縦桿を握る手が僅かに緩む。不本意である、と《ザザ》の触覚染みた頭部アンテナも垂れ下がっていた。


 鷺森の操る《ザザ》は薄汚い柳色の装甲かつ錆色フレームで、鋭い棘状突起のある腕と脚を持つ。翅を広げた姿は、蜚蠊(ひれん)(*ゴキブリ)に酷似していた。

 

 それは対戦相手の不快感を煽り、身の毛をよだたせるという彼の盤外戦術の一つだった。

 ――次第に、距離が近付く。六〇〇〇、五〇〇〇……鋭角に《ザザ》は海を駆ける。

 

 未だ砲火は鳴らない。海中でのビーム減衰率が高く、有効打になり得ないからだ。

 四〇〇〇、三〇〇〇……鷺森は敵機を僅かに見下ろし、渇きを振り払うように続ける。


「――そんじゃァ、行くぞォ! 須方ァアッ!!」


 叫び声と共にトリガーを引く。直後、虚空に瞬く深紫の閃光。その数、合わせて六つ。

 一つはリボルバー式グレネードランチャーと近しい形状の射撃兵装――カクテルライフルによるもので、残るは五つの指先から照射される細い熱線――メーザーネイルの一撃だ。


「わかってるなッ!?」

「わかってるってばっ! 向こうの奥に潜り込むんでしょうっ!」


 前方より降り注ぐ光軸を二人は臆することなく躱す。同時に剣山も右腕のNDSライフルで反撃する――が、回避。そのまま敵機側へ潜り込むマニューバで海を駆ける。


 彼らに与えられた選択肢は、大きく分けて二つと少ないのだ。

 第一に強引な中央突破を仕掛ける事。だがこれは剣山単独ならばともかく、つぐみの負担が大きい。加えて後方より着々と迫る機魚の群れ。制限時間が心許なかった。


 第二に適度な応戦をしつつ、敵機の奥側へと潜り込む事。こちらならば高所の優位は取られながらも、程なく到達する機魚の群れとの挟撃が可能となる想定だった。

 そこから先は臨機応変。畳み掛けるか、先に海上へ逃れるか。選択肢の余裕が生まれる。


「あぁ、わざわざ不利な位置で戦い続ける理由がないしな」


 応じる正面。再び五本の光糸が殺到する。まるで人形使いのような滑らかさで《ジルナパ》の左腕部より描かれるそれを、剣山は軽やかに無傷で掻い潜ってみせる。


「流石にもう、この距離で当たる私でもないと思うけど……油断大敵?」


 反撃手段が無い分だけ回避に集中出来るつぐみも、同じく踊るように突破していた。


「わかってるなら喋るな、沈むぞ。おまえ、俺より重いんだろ」

「あー、あー、聞こえない聞こえない。変態の言うことなんて聞かない」

「耳に脂肪でも詰まってん……ってあぁ、そうか。油は水に浮くか、悪かったな。ごめんね」

「おんどりゃぁ、覚えときなさいよッ!? ちくしょうめぇっ!」


 軽口を叩きながらも両陣営共に被弾は無い。

 ただ粒子の束を海の彼方へ放り、半ば機械的に思考と判断を繰り返していくばかり。


 だがそれも長くは続かなかった。

 ふとレーダーの黄点に目を留めた鷺森が、心底不快そうに下品な顔をしかめて言う。


「――おい、この反応……機魚の群れかァ? ふざけやがってよォ……」


 自分達の背後を取ろうと企む動きに違和感を覚えた鷺森は、間際で意図を悟ったのだ。


「えぇ、そのようですね。成程、引き撃ちするのが得策にも見えますが……これは……」


 迷いが動きに揺らぎを生じさせる。トリガーを引く手も止まり、後退の意思を覗かせる。

 そんな起重機の姿を目にしたつぐみは、別段と何でもない様子で言った。


「あっ、やっと気付かれた。けど、意固地なあなたなら問題ないでしょう?」

「索敵系はそうでもないんだろ。おまえが俺を語るな!」


 実際、彼らには焦りなどなかった。敵が距離を取るのなら、快適に海上を目指すだけだ。

 二人はフットペダルを踏み込み、漆黒の武者と薄氷の令嬢を一気に上昇させる。


「これ、どうしますか? 海上で決着をつけるならば見逃す。そうでなければ――」


 宝恵の言葉通りだった。最早、優位など無い。

 真っ当に戦うのであれば、後手に回らざるを得ないのが自分達の置かれた状況。


 そういう理解は眉間に皺を寄せる鷺森にもある。

 しかし彼は何一つ迷う事も無く、口端を吊り上げながらきっぱりと断言してみせた。


「ぁン? 数的有利を捨てる理由もねェ! 当然ここで決めるッ、接近戦だァッ!!」

「……まぁ、聞いておいてなんですが。そう言うと思いましたよ、君はね」

「ハハッ! そォら、逃がすかよォオオオオッ!!」


 不快指数の高いシルエット――蜚蠊が不格好に翅を広げ、歪な音を鳴らす。

 スラスターノズルから泡沫が噴き出され、その連続がヴェイルドレスに速度を与えた。


 呼応して起重機も背負う二つの音叉――L字型推進装置に連結したキャノンウィングの銃口を閃かせると共に加速する。火力と速度重視の設計をしているだけのことはあり、《ザザ》を追い越すのは一瞬。


 蒼海に確かな振動を走らせて迸る光軸は、僅かに青みがかった紫だ。

 本来の威力に遠く及ばない一撃は、明後日の方角へ飛び――やがて、弾けた。


「あ、これ。群れ直撃じゃない?」


 直後。レーダーに映し出される遠方の黄点が僅かに消失する。同時に黄点の速度が爆発的に上がった。

 到達まで三〇秒を切る程に、である。怒りに震えているのは明らかだった。


「乱戦上等かよ、鬱陶しいッ! おまえもとっとと振り切れよ!」

「やるだけやるって話でしょうっ!」


 《ダイアンサス》が両肩部ブラスターシールドにマウントされた、ブレイドブースター二刀を構えて速度を得る。実弾は搭載していない。


 そしてビームが地上に比べ遥かに減衰する以上、粒子燃費の悪さを考慮すれば、お互い無駄撃ちを避けたいのが真っ当だろう。


「須方ァアアアアアッ!」

「気安く吼えるなよ、揉上がッ!」


 まるで減速する気配の無い《ザザ》は、複数の回転式チャンバーが付随している実体剣――カクテルソードを振りかざす。くぐもった金属音と衝撃が両機に衝撃を走らせる。


 海中である事を忘れるような怒涛の剣戟。その目を見張るような応酬は、やはり武者に利があった。だが、それも始めから想定していた事。鷺森が真に意図するのは、


「人の頭上は、死角というものでしょうッ!」

「レーダーくらい、見落としてくれる俺なのかよッ!」


 先行していた《ジルナパ》による奇襲の隙を作る事にあった。剣山は咄嗟の判断で《ザザ》を蹴り飛ばし、振り下ろされた巨大な右腕部の叩き付けの回避を試みる。


 が――躱し切れず、被弾。燃費も構わず熱量を纏った拳に左肩部装甲を抉り取られる――と同時に反撃の一刀を叩き込む。しかし右腕の外装は硬く、損傷と言うには浅い一太刀だ。


 連続する赤の明滅。

 息を吐く間も無く、態勢を立て直した《ザザ》が畳み掛けるように獣の気迫で驀進してくる。


 即断。ブレイドブースターを含む全推力を以て逃れる。

 視線を外さずに距離を取り、正面の表示で肩部の損傷を即座に確認した。


「……今、少し腕が伸びたか? 左は……微妙だな」


 当たり所が悪かった。連結された砲身の一部が潰され、高出力粒子に耐えられるか定かではない。その上、損傷による耐圧性能の低下は水圧で圧壊する危険性を増してくれる。


 とはいえ相対する二機が《ダイアンサス》一機に釘付けとなっている――つまり、


「えっ! わ、私すっごい無視されてるんですけどっ!? 泣いちゃうよっ!?」


 《アガーテファ》の自由を意味した。海中において令嬢には攻撃手段が無い。

 決勝まで一切の機体変更がなければ、《ジルナパ》が急速反転をしてみせる筈だった。


「うるせェ! いいから先に行けッ! 一人なら一人でやりようはあるッ!」

「わ、わかっるけど……でもなんかヤだな、こういうの」


 不満を露わにするつぐみが《アガーテファ》の身を翻らせ、天上へ昇っていく。

 《ダイアンサス》の背に位置しており、既に敵機が追従出来る位置取りではない。

 そうして――遂に海面へ到達した薄氷の令嬢は、盛大な飛沫を上げて空に躍り出る。


「うっ、わぁ……じゃなかった。隠れるなりした方がいいよね、たぶん」


 大空を舞い、遠く見上げる先。巨大マングローブの幹はその殆どが雲海に覆われていた。

 《アガーテファ》が水蒸気の塊へ突入。空を駆け昇る中、彼女はふと計器の異常に気付く。


「あ、あれ? 雲に入ったらレーダーって壊れるの? 通信も……ダメそうね」


 全てにノイズが走り、一応は剣山へ呼び掛けるもまるで応答はなかった。

「けど隠れるならここよね、これって。目視も出来る雲の切れ間とか、あるか――」


 急速に開けた視界に言葉が途切れる。広がる雄大な景色に目を奪われたのだ。

 ――樹上都市。呼ぶならばそれが相応しい。


 大地に根付かんとする人の力強さのようなものを感じさせる街並み。一際強い陽光に照らされる姿を、つぐみは気高く美しいと思った。

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