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閉ざされた世界、その孤独 7

「――ちょっと、もうっ! なんで私ごと普通に撃ち抜いちゃうわけなのよっ!?」

「あ? あぁ、尊い犠牲だったな」

「嘘をおっしゃいなさいよ!」


 筐体から出るなり、面倒なやり取りにうんざりする。快勝したんだから問題ないだろうに。


「いいだろ別に。俺が着いた時点でおまえの役目は終わってるんだから」

「さ、作戦的にはそうでしょうけど! 納得いかないいかないっ!」


 《アガーテファ》を餌にし、《ダイアンサス》が一機を確実に墜とす。そういう作戦。

 とはいえ、今回は出撃位置に恵まれたところも少なからずあった。自機と僚機の距離は双方必ず等しいが、敵機はその限りではないのである。出撃早々、即会敵も稀にあることだ。


 実際、レーダーの範囲外から目視で確認できたが故に叶った急襲だし、《アガーテファ》の索敵可能距離が敵の可変機よりも優れていたからこその陽動だった。


「うるせぇなぁ。どうでもいいが、とっとと次に備えるぞ」

「あっ、ちょっと! ま、待ちなさいってばーっ!」


 ひたすら絡んでくるクソ女を振り払いながら、ホールを一度出る。すると相変わらず面倒な奴らが視界に入ってきた。鷺森と宝恵である。出待ちのファンみたいでとてつもなくウザい。


「よォ、どうやら一回戦は無事に突破できたみてぇだなァ、剣山くぅうん」

「まぁ、出場してきた以上。この程度の結果は僕の想定の範囲内なのですがね」

「またおまえらかよ、しつけぇなぁ。日に何度も見たい顔じゃねぇんだよ」


 こんな絡み方をしてくるのだ。間違いなく初戦は勝ったのだろう。

 負けてこれだとしたら気持ち悪すぎる。感情を顔に出すと鷺森が言った。


「ハハッ、お前が無策の雑魚を返り討ちにした程度で調子に乗ってねぇか心配でさァ」

「えぇ。僕らが君を倒すまでに負けられても、何一つ面白くなんかありませ――」

「ねぇ、あの、ちょっと聞いてもいい?」


 話の流れを切って挙手をするつぐみ。宝恵も「何か?」と目で訴えかけている。


「あなたたち、もしかして一周回って須方のこと好きなんじゃないの?」

「は?」


 平然とぶち込まれた意味不明な疑問。思わず口が開いてしまう。言葉もない。

 無茶苦茶だ。んなわけないだろ。馬鹿じゃねぇのか? 確信して鷺森たちを見やる。


「は……ハっ、はァアッ!?」

「そ、そそそそんな趣味がっ、ぼぼっ、僕らにあるはずがないでしょう!」

「うぇ、なんだよその反応……きめぇな」


 どう好意的に解釈しても狼狽していた。吐き気とかじゃなく、さぶいぼが出てくる。

 通行人からも「ホモって存在していいの?」とか「うそっ、処分されるところ見れたり?」なんて言われる始末で。どうやら引き気味に面白がる視線は苦手だったらしい。


「う、ぐゥぅううゥッ! す、須方ァッ!」

「よ、よよ世の中にはっ、言っていいことと悪いことがああああるんですよっ!」


 それだけ言い残して、鷺森と宝恵は足早に去っていく。あいつらキモいな……というか、


「あんな男どもに好かれて嬉しいものかよ」

「あ、てことは嬉しいんだ。捻くれ者の意地っ張りでも女の子に好かれるのは」

「おまえだってそうだろ」

「いやいや。私はめちゃくちゃ選り好みするタイプですから」


 言って親方はポンと胸を張った。まぁ、何であれ。今、彼氏がいないことが答えだ。


「あ、そ」

「うわっ、すごい興味なさそう!」


 驚いた様子だったが、当たり前だ。おまえなんかに関心を向けるわけがない。

 やがて時間も流れてゆき――続く二回戦、三回戦もどうにか勝ちを拾った。

 それから遅めの昼休憩に入ると、今度は奴らの代わりにひとりの少女がいた。


「そこ、どいてもらえる?」

「あ、あぁっ! す、すみませんっ!」


 見知らぬ誰かが道を譲る。俺を含め、アマチュアの出場者たちに心から付き合いたい・結婚したいと分不相応な夢を見させる彼女は、そう――柳楽・サビーヌ・葵依だった。


「ねぇ。須方ってアンタでしょ?」

「……そう、ですが。何か?」


 堂々とした態度に自然と敬語が出て、理解する。彼女との歩んできた足跡の違いを。

 隣にいるつぐみは間抜けな顔をしているが、培った物差しが異なるのだから当然だ。


「うっわぁ、敬語だ敬語。私と扱いちがいすぎない? 差別だ差別!」

「う、うるせぇな」


 頬が熱い。そうは言っても、向こうもつぐみのことは眼中にないらしかった。

 わずかに一瞥した後。存在しないかのように、葵依さんは俺だけを観察する。


「ふぅん……」

「な、何です?」


 返事はなかった。ややあってため息をつき、彼女はつまらなそうに口を開く。


「わっかんないなぁ、直で見ても全然。どこを気に入ってんの、あいつ」

「あ、あいつ?」


 繰り返せば、説明が面倒そうな顔をして軽く手首を振られた。


「あー、いいのいいの。こっちの話……あ、そうだ。ついでに聞くけど」

「は、はぁ」


 一方的に疑問を持たれ、何が何だかわからない。そして一度立ち去ろうとした葵依さんが、身をひるがえして訊ねてくる。その問いは、俺の心の奥深くを掴むものだった。


「アンタ、何がそんなに怖いの?」

「ぇ――――……」

「…………」

「はぁ? なにその変顔。ま、いいや。アンタには何一つ惹かれないんだけどさ、一回戦から三回戦まで――〝逃げる〟選択肢の優先順位が高すぎて、ちょっと引くなぁって」


 どういう顔をしているのだろう。鏡がないのでよくわからない。

 ただ少し自分を見つけられた気がして、衝動的に隠れたくなったのは確かだ。


「いや、だって今回じゃ唯一マシだしさぁ。もっとできんじゃないの? 出し惜しみなのかは知らないけど、もしやる気がないとかなら帰っていいと思う。じゃ、ま。そゆことで」


 天才美少女中学生は言いたいことだけ言って風のように去ってゆく。

 サインを求めて生まれる人だかり。もう誰も俺を気にしている様子もなかった。


「……あの子はなに、貶しに来たの? 褒めに来たの? ねぇ、須が――ふーん……」

「な、なんだよ」


 じろり、と。一瞬、上目遣いの鋭い視線に刺された気がして返事がもたつく。


「べっつにぃ。なんだかんだ、ああいうちょっと生意気そうな子が好きなのかなって」

「は、はぁ? あのさぁ、性格だけで人を好きになるとか何十世紀前の価値観だよ」


 からかうような声に反し、目が笑っていないように見えて身体がびくりと跳ねた。

 しかし俺の応答を聞くとつぐみは途端に微笑んで、流暢に言葉を繋いでいく。


「あ、だよね。ほら大昔は言ったらしいじゃない? 美人より愛嬌のあるブスがモテるって。でもそれってただの場外乱闘よね。今は化粧しないのが普通だけど、そうじゃないのに化粧をしなかった人たちって結局、同じ物差しだと勝負にはならないから逃げてただけだと思う」

「ん? んん、うん……ま、まぁ。それは、そうだったんだろうが……」

「でしょ」


 いきなり何を言い出すんだ、こいつは。普段通りトチ狂ってるのだとしても、今回はかなり唐突だった。

 なにせ剥き出しの敵意が何故か、葵依さんに向けられているのだ。

 そうしてつぐみは距離を詰めると、俺の目をじっと見て続けた。


「ちゃんと理解してよ――先にあなたを見つけたのは、私なんだって」

「ぇ」


 おまえは。何を、そんな、言って――……。


「だから頑張って勝とうね。優勝して、全部が丸く収まったそのときは――」


 目の前のこいつが〝ぼく〟に話しているとわからされて、背筋に寒気がした。

 何か恐ろしいものに関わってしまったような、そんな後悔が脳裏をよぎる。


 葵依さんからとっさに隠れたはずの背後。ぴったりと貼り付く同位置、境界線上。

 誰もいない孤独の場所。ずっとずっと独りきりだったはずの世界。


「おかあさんが、ぜんしんぜんれいをかけて、めいっぱいほめてあげる」


 傷だらけの〝彼女〟は、確かにそこにいた――――。

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