閉ざされた世界、その孤独 4
「――おい、なんだよあいつ。まじで出場者なのか?」
「レズとかトランスなら劣等遺伝子扱いで処分だし、単に暇な素人の助っ人だろ」
「――つーか、一緒にいるの須方だろ? あいつは『G4』扱いにしとけよ糞運営」
「俺らは添え物かよ。異様に条件ガバガバでアマチュア限定なわけだ、今回」
「――けどあんな子、この辺りの大会で一度でも見たことあるか?」
「チッ、対戦相手の下調べもしない五流は出てくんじゃねぇよ」
「――須方のヤロー。相変わらずだっせぇ赤メッシュしやがって、抜いてやろうぜ」
「新種の虫だろ、あれもう。なぁ、誰か火炎放射器持って来てねぇの?」
「――女は女であんぱんおいしいでしゅ、とか言ってそうなデカ女だしよ」
「何でもいいさ。あいつらに勝って、葵依ちゃんとのデート権を勝ち取るんだよぉ!」
なんて好き放題に私たちを揶揄する声が、絶え間なく向けられていた。
「散々言ってくれちゃって。それに、どうりで男子しかいないと思った……」
右隣のむすっとした横顔をちらりと見る。ずらりと並ぶ観客席の端っこで、私は二重の意味で疎外感を感じていた。一つはもちろん、同性の出場選手がいないこと。
もう一つは完璧に無視されているからで……諦めた私は、壇上の筐体に視線を戻す。
「そりゃあ常識的にわかることだし、制限を設ける必要もないかぁ。よね?」
「……」
「はいはい、そうですか無視ですかそうですか」
「…………」
泣けてきた。けど私エリートぼっちだし? これくらいへっちゃらだい。この半月、幾度と繰り返した口論とは性質がちがう。これはたぶん、最初に主張をぶつけ合ったときに近い。
「なによ、そうやってさ……ふんだっ、私がいなきゃ大会に出れもしないくせに」
だからつい思わず、ふてくされたように唇を尖らせて不満を漏らす。
「別に帰りたいなら回れ右しておうちに帰れよ。いらねぇんだ、おまえみたいなの」
すると冷え切った刺すような視線とともに、きっぱりと言い切られた。
「そ、そういう言い方――」
「……おまえ、俺に言ったよな。遺伝子に人生を枠にハメられて、それでいいと感じる心しか育てていないから。そうやって思考を止めて生きているんだろって」
自分の言葉だ。忘れるわけがない。だというのに私の声は微かに震えていた。
「えぇ、言ったわよ。そ、それが何よ……」
「おまえが努力してないとは言わねぇ。けど逆に聞く。おまえが今までしてきたことはおまえの才能で、遺伝子で。他人を見下すことじゃないって……胸を張って言えるのかよ? 思考を止めてるのも、そんな心しか育ててないのも……全部、おまえのことじゃねぇか」
不意に鈍器で殴られるような衝撃だった。自分でもどういう顔をしているか、わからない。
「他人の全力を腹ん中で笑って、本当は勝てるんだけど譲ってやってたってんだろ……あぁ、そうか。おまえが自主練のタイムを顧問に見つかって、獅子堂学院に来ちゃった理由がよぉくわかったよ。あー、すごいすごい、流石だよ天才ちゃん。転入できて良かったなぁ」
「そ、れは……」
「もしかして筐体に入ったとき、見下ろすほうが好きだとか言ってたのもそうか? やっぱりおまえって。自分勝手な自己満足に浸ってるだけの単なるクソ女だよ」
……ちがう、と。喉まで出かけた否定が、音と成ることはなかった。
「そもそも試合に出られなかったらそれはそれだろ。元々は俺の落ち度なんだ」
「…………」
例えるならば思考の渦。濁りに濁った海水。透明感や清涼感とか、そういったものと無縁の見るに堪えない心の波。視界が激しく揺れて、身体の感覚がなくなっていく。
「はんッ、今度はだんまりかよ」
おもむろに舌を鳴らされる。そこで会話は途切れ、ホールの照明もゆっくりと落ちた。
数名が壇上に現れ、挨拶がはじまり、場内が歓声に沸く。けれども声は的確に刳り貫かれた空虚な胸で、無感情な無機質さで響くばかり。だから、私は――考えるのをやめた。
*
慣れしたんだ感覚が揺蕩う意識を目覚めさせていく。俺にとってここは現実より現実らしい世界。鋼鉄に守られたゆりかごの中で、チリチリと鈴を鳴らされたように目を開く。
既に繋がった回線の先。同じく馴染み深い仮想世界の、桃色の歌姫が告げた。
『――搭乗IDを確認。バイタル及び全ステータス異常なし。こんにちは、須方剣山。今回もオペレーターを担当します、あなたのナデシコです。どうぞよろしくお願い致します』
「あぁ。今回もよろしく、ナデシコちゃん」
『ちゃん付けはふた……んんっ。一番ハンガー開放。気密隔壁閉鎖、二号カタパルトへ移送を開始。リフト、上昇します。並びにパイロットは発進待機願います』
直後、黒基調のヴェイルドレス――《ダイアンサス》を乗せたリフトが動き出した。
その間に起動と各種ステータスチェックを進める。それから互いに準備を終えたのだろう。
程なくして手の届く距離。正面ディスプレイに甘利つぐみの顔が映し出された。
「ん」
「ふ、へ? な、何よ。願掛け的な? ま、まぁそういうの好きだけどっ、私!」
仕方なく手をかざせばそんな応答をされ、思わず顔をしかめる。
仕様への理解なんてものが原因ではない。その言動と表情の異様さ故に、だ。
「は? なんだ、おまえ。その……」
低く……呆れを通り越した冷たい声音で言い放つ。しかし、
「え、何が? や、やめてよね、もうっ! そうやって突っかかるのーっ!」
彼女はいつもの照れ笑いを浮かべる。いや、いつもと呼べるほど付き合いもないのだが。
少なくとも不自然というか、不気味というか。とにかく気味が悪い。そう感じられる。
(気持ちの切り替えが早いとか、そういうのじゃねぇだろこれは。こいつ、まさか本当に思考停止してやがるのか? ……冗談だろ、正気じゃない。頭がおかしい)
けど仮にそうだとすれば。こいつの心と呼べそうなものは、俺と出会う前から既に――
「……いや。公式戦のタッグマッチはこうしなきゃ進行しない仕様だ」
「ふ、ふぅん。そ、そうなの? なんだか、ちょっと照れくさいんだけど」
「知るか」
恐る恐る手のひらが重なり、熱を帯びたようなつぐみの頬は真っ赤に染まっていく。
『パイロットのエンゲージリンク、アクティベート。全システムオンライン』
しかしそれがどうした。どのみち会うのも今日限り。あいつが何をどう感じていようとも、俺には何の関係もないことだ。だから面倒事に関わる気もないし、これから先もそうだろう。
「ん」
『……別に、私とはしなくていいんですよ』
同じように手をかざすと、ツンとした素っ気ない応答が返ってくる。
「いや、だってナデシコちゃんもしたそうな顔してたから」
『は? してませんけど。まぁ別に、あなたがそこまでしたいなら構いませんけど』
「はいはい、可愛い可愛い」
数秒は手を重ね続け、離れた。ナデシコちゃんも慎ましく微笑を浮かべる。
だが背後からAI艦長の露骨な咳払いが響き、彼女は慌ただしく表情を引き締め直した。
ジト目が可愛いからヨシ! ――と一部始終を見ていたつぐみが何ともな顔で言う。
「うわぁ……けど、あー好感度とかそういう。あ、ねねっ。今日もあれ、やるの?」
「あれ?」
「須方剣山、行きまーす! とかって。ああいうの恥ずかしいからやめたほうが――」
「あぁ。言わなかったが、公式戦だとコールなしじゃ一生出撃できないからな」
「――え。ちょっと、嘘でしょ?」
「マジだ。恥をかきたくなきゃ、ちゃんと言うんだな」
ふはは。練習のとき、俺のコールを馬鹿にした自分を恨むがいいさ。愉快である。
「うぅ……」
「うぅ、じゃねぇよ……っと」
リフトの上昇が停止し、機体がデッキと共にカタパルトへ運ばれていく。
『カタパルト、接続。ハッチ開放、システムオールグリーン。進路クリア。射出タイミングを須方剣山へ譲渡します――……負けたら承知してあげませんから。よろしい?』
応えるように射出カタパルトが展開され、左右の最奥から順に光が灯された。
「あぁっ! 《ダイアンサスMk‐6X3改弐T型》、須方剣山――――出るッ!」
『グッドラック、剣山。良い実戦を』
軽快なサウンドが響き渡り、数ある《ダイアンサス》シリーズの中でも三十六号機をベースに改造した試作弐號機。Tの名を冠するヴェイルドレスが勢い良く射出される。
「え、何それっ!? というか長っ! あ、だから機体に自分の名前……ああもうっ!」
《スーパーツグツグーマン》と叫んでいた可能性など、どうやら考えたくもないらしい。
しかし諦めがついたのか、一身に射出の荷重を受ける中。彼女の声が耳に届く。
「ア、《アガーテファ》っ! 甘利ちゅぐみ――――で、出ちゃいますからねぇっ!」
羞恥心を隠し切れない悲鳴が上がり、スカートを履いた女型のVDが飛翔した。




