65.魔法戦の強さ
まさに小さなトカゲのような姿になったエルクルフが僕の前に立つ。
そのサイズはあまりに小さく、掌サイズ――というほどではないにしろ、ドラゴンというには程遠い姿だった。
パタパタと小さな羽を羽ばたかせて、エルクルフは高らかに笑う。
「くふふっ、これはわしの真の姿よ! 恐れ入ったか!」
「……いや、想像以上に小さいというか」
「ドラゴンを見かけで判断するな!」
「え、ええ……?」
エルクルフから指摘されて困惑する。
正直、姿に関しては恐れ入るところは一切ない。
警戒すべきようなところはないと思いたいのだけれど、レイア達は別だった。
「くっ、遂に本当の姿に……っ」
「わん……」
「かぁー……」
(あれ、何で一気に劣勢になったみたいな雰囲気に……!?)
レイアだけでなくポチやヤーサンまでいつになく元気のない声で鳴く。
エルクルフは真の姿に戻ったというが、果たしてそこまでの違いがあるのだろうか。
ただ、一つ言える事実は、少なくともエルクルフがアルフレッドさんを吹き飛ばしたということ――少なくとも、それだけの力を持っているということにはなる。
そういう意味では、警戒は必要なのかもしれないけれど。
「マスター、ここは一度お下がりください! ヤーサン、マスターの護衛を」
「かぁー!」
ヤーサンが僕の前に出てくる。
ただ、どうしても気になってしまうので僕はレイアに確認することにした。
「いや、そんなに慌てるようなことなの? 小さいから問題なさそうだけど……」
「そうですよ」
「え?」
「ですから、特に姿形が変わったところで問題ありませんよ?」
「ど、どういうこと?」
急に普通なトーンで話し始めるレイアに、僕の方が動揺してしまう。
レイアはエルクルフには見えない角度でにやりと口角を上げると、
「あのトカゲはまだ大きさで言えば赤子――本体は別に強くないんですよ」
「さっきからレイア驚いてるみたいだったけど……」
「演技に決まっているではありませんか。トカゲが調子に乗っている隙に殺ってしまおう作戦です。すでに全員には通達してありますから」
「何でそんな物騒なことを……!? エルクルフのことだけ目の敵にしすぎじゃない!?」
「そんなことはありませんよ」
目だけは笑っていないレイアがそんなことを言う。
けれど、他の管理者に比べてもどう見ても敵対視している。
一応管理者と呼ばれているわけだし、どうにか穏便に済ませて話を聞いておきたいところだけど。
「わしを無視して何を話している!」
エルクルフがそう叫ぶと同時に、幾重もの魔法陣が空中に浮かび上がる。
僕達を狙撃した魔法と同じタイプのものだろう。
レイアはすかさずポチとヤーサンに指示を出そうとする。
「ポチ、ヤーサン! ここは手筈通りに――」
「レイア、ここは僕がやるよ」
「え、マスター!?」
レイアも僕がいくというのは予想外だったのか、驚いた表情でこちらを見る。
ヤーサンとポチも行く気満々だったのか、咄嗟の僕の言葉にピタリと動きを止めた。
エルクルフだけが楽しそうに笑う。
「ほう……潔いな、フエン・アステーナ。だが、わしが望んでいるのは最初からお前との一騎討ちだ」
「レイア、それにヤーサンとポチも、僕の後ろに」
「……承知しました」
レイアは潔く僕の後ろの方へと下がる。
基本的には僕の言うことには従ってくれる――普段から素直でいてくれると助かるんだけど。
エルクルフは僕から距離を取った。
飛行能力と魔法による遠距離射撃が、エルクルフの基本的な戦闘スタイルなのかもしれない。
そうだとしたら、この管理している地区に入られた時点で――エルクルフの負けだ。
「くふふっ! わしの力を受けて見よ!」
「奔れ、閃の雷――《雷光閃》」
詠唱と共に僕も周囲に魔法陣を展開する。
その数はエルクルフとほとんど変わらない。
エルクルフの魔法陣が輝くと同時に、光線が放たれる――
「……は?」
バリン、という音と共に魔法陣に対して僕の魔法が届く。
発動したのは雷系の魔法。
その閃光がエルクルフの魔法陣を捉えると、小さな爆発を起こした。
「な……発動する前に……!?」
「エルクルフ、君は確かに小さいけれどドラゴンかもしれない。君の連続魔法はすごいと思うし、アルフレッドさんを吹き飛ばしたっていう実績もある――けれど、僕には勝てないよ」
「なに、を……」
「魔法の発動速度には自信があってね。君よりも早く魔法を発動できる。それに、ドラゴンみたいな魔物の強みはそのサイズにもあるんだ。残念だけど、小さな君には魔法以外で僕と戦う術はない。そして、僕に魔法で勝つことはできない」
「……っ! 調子に乗るなよ、フエン・アステーナ!」
エルクルフが飛翔し、再び魔法陣を展開する。
それは先ほどよりもさらに数を増し、数百にも及ぶ魔法陣が展開される。
それはすぐにでも放たれようとしていた。
「くふふふっ! この数は捌ききれま――」
ゴウッ、とエルクルフのすぐ横で轟音が鳴り響いた。
僕が放ったのはまた雷の魔法。
けれど、今度は数ではなく威力重視の魔法だ。
一撃でも当てればエルクルフくらいのサイズなら簡単に吹き飛ばせる。
エルクルフは僕の魔法を見送ったあと、ゆっくりと僕の方を見た。
「次は当てるよ」
エルクルフは一発一発の威力も高く、それを連射できるという優秀な魔法の使い手だ。
けれど、一撃の威力では僕の方が上回る。
これよりもさらに高い威力の魔法を使えるというのなら別だけれど、それでも僕の魔法の方が発動は速い。
もっとも、雷の魔法は発動も速いけれどその分消費も激しくて扱いが難しい。
こういう広い場所で人がいないような場所でなければ使う機会はないのだけれど。
これで諦めてくれた嬉しいんだけど――
「く、くふふっ……」
エルクルフは不敵な笑い声を上げると、静かに地面へと降り立つ。
そして、幼女の姿に戻った。
「き、今日のところはこれくらいで勘弁しておいてやるわ」
「うん、それでいいよ」
涙目になりながらそんなことを言う偉そうなエルクルフに、僕も頷いて答えた。
エルクルフの方は引いてくれそうだから、後はレイアの説得だ。
ちらりとレイアの方を見ると、両手を固く結んで僕の方を見ていた。
「さすがマスター……! 相変わらず――いえ、私の想像を上回る魔法の使いっぷり! お見事ですっ!」
「まあ、使ったってわけじゃないんだけどね」
「う、うむ。わしの次くらいには優秀だな」
「エルクルフ、マスターは『次は当てる』と言っていましたよ?」
「ひっ、ごめんなさいっ!」
レイアの言う通り、強気な言葉は多いけれど基本的には子供らしい。
一先ずは大きな戦いにならずに済んだ――いや、森の方とか考えたらとっくに大きな戦いにはなっているのだけど、被害が大きくならずに済んでよかった。
「さて、一先ず二人から話を聞かないとだけど――」
「オオオオオオオオオォォッ!」
「!? え、この声は……」
叫び声が聞こえた方を見ると、ガシャン、ガシャンと大きな音を立てながら、底の方から這い上がってくるアルフレッドさんの姿が見えた。
壁をよじ登るように、首のない騎士が上がってくる姿は中々に恐ろしい――というか、インパクトがありすぎる。
完全にエルクルフを狙う気満々だった。
先ほど吹き飛ばしたはずのアルフレッドさんに対して、その勢いに圧されたのか、エルクルフが後退りをする。
「こ、こわ!? あの騎士めっちゃ怖い!」
「あ、アルフレッドさん! もう解決したから!」
「オオオオオオオオッ!」
「な、なんて?」
「『個人的に吹き飛ばされたままでは騎士の沽券に関わるので一撃を食らわせたい』、そうです」
「意外と根に持つタイプ……!? ――って、根に持つからデュラハンなのか、じゃなくて納得してる場合じゃないね! レイア、アルフレッドさんを止めて!」
「止めてもいいんですけど、『エルクルフがアルフレッドさんに一撃食らわせられるところを見てみたい』、そうです」
「それはレイアの個人的な意見だよね!?」
結局、アルフレッドさんを説得する前にまずレイアを説得する――そんな二重の苦労を迎えることになった。




