63.白い少女
僕達が《第十地区》にやってきてからまだ数分程度だけど、すでにアルフレッドさん達はかなり奥の方へと進んでいるようだった。
僕とレイアが後を追いかけているけれど、追いつける気配はない。
実際、ポチの上にアルフレッドさんと――今はヤーサンがアルフレッドさんの頭? にいるはずだ。
問答無用で進み続けるポチは第十地区の地面や壁を破壊しながら進んでいた。
「こ、これ大丈夫……?」
「基本的に全ての地区の耐久度は、そこにいる《管理者》に合わせた強度になっています。当然地面を抉る、壁を破壊する程度のことは管理者であれば軽いでしょうが、この全てを破壊するというのは簡単ではありません。アルフレッドさんは単体戦闘能力高めですが、全体攻撃が強い方ではありません。ポチもサイズは多少ありますが、攻撃自体はそこまで広範囲ではありませんから」
「ヤーサンは?」
「さて、私達も急ぎましょうか!」
「え、無視!?」
ヤーサンのことは華麗にスルーするレイア。
サイズという意味では、ヤーサンがどれだけ大きくなれるか分からないが破壊力は高い方かもしれない。
以前の坑道での一件――あれくらいの範囲なら、ギガロスとヤーサンが軽く破壊できてしまうレベルなのだ。
もっとも、あの時はギガロスがいたからというところもあるかもしれない。
ここにギガロスがいたら、第十地区はもっと壊されていただろう。
そういう意味では、レイアが呼んだメンバーは間違っていないのかもしれない。
「でも、戦いながら進んでるってことは、エルクルフ以外にも敵がいるってこと?」
「そうですね。マスターには第十地区についてきちんと説明しておく必要がありますか」
「説明って――そう言えば、地区についてはしっかり説明を受けることはあまりないかもしれないけど」
「まあ、ここは特別説明が必要な場所ですね。そもそも、第十地区のほとんどは私が作ったものではありません」
「え、そうなの!?」
驚きの事実だった。
基本的にこの《魔導要塞アステーナ》はレイアが作り出したものだと聞いていた。
けれど、第十地区は違うという。
「この第十地区は、あのトカゲがやってきた時に持ってきたものなんです」
「……ということは、ここはエルクルフの家ってこと?」
「そういうことになりますね。ここにいるのは私が作ったゴーレムではなく、あのトカゲが作り出した従者ということになりますね。まあ、その程度では前を行く管理者を止めることはできませんが」
「……それは分かるよ」
地面に転がった従者の残骸――おそらくゴーレムに近い作りなのだろう。
砕け散って原形が残っていないので分からないけれど。
先ほどから聞こえる地鳴りのような音は三体それぞれが戦ってくれているからだ。
ひょっとしたら、ポチが駆けるだけでも相手を蹂躙してしまっている可能性はある。
けれど――
「エルクルフはこのメンバーに、本当はグリムロールさんとギガロスを加える予定だったんだよね?」
「そうですね、それが理想的なメンバーでした」
僕とレイアに、その五体を加えていくほどの相手――ドラゴンというのはそもそも、種族自体が最強クラスの存在だ。
それだけのメンバーを用意していく必要があると、レイアが判断したのだ。
「でも、グリムロールさんはともかくとして、ギガロスは呼ばないんだね」
「ギガロスはマスターもご存知の通り、攻撃力に振り切ったゴーレムです。あのトカゲと戦う上では優秀な火力源なのですが、自律行動を可能とするゴーレムと言っても動力源となる魔力は外部から補給をしています。早い話、ギガロスは今お休み中というわけですね」
「そうなんだ……」
グリムロールさんも休暇中という扱いだったけど、ギガロスも休暇中とのことだ。
もはやダンジョン扱いされているらしい魔導要塞の管理者が休暇を取るというよく分からない状況だけど、破壊力を考えたらここにギガロスがいないのは正解とも言える。
「ギガロスはいなくても、メンバーとしては十分と言えますね。私達は彼らが通った道を通るだけでいいのですから」
「まあ、そうだね。魔導要塞は早めに取り戻してレイアを治さないといけないし」
「マスター……! 私のことをそんなに心配してくださるとは……っ!」
「手足がしっかりしてないと何かと不便だろうしね」
「はい。でも、マスターが支えてくだされば別に……」
ちらりとレイアが僕の方を見る。
レイアはそう言うが、手足の自由が効かないと言っていた割にはさっきからしっかりと歩いている。
レイアらしいと言えばレイアらしい。
気付けば、アルフレッドさん達は相当先に進んでしまっているようだった。
「それより、先を急ごうか」
「今の流れで私の言葉を無視しますか?」
「いや、無視したわけじゃないけど」
「私の言葉に対して『それより』が無視した以外の何だと言うのですか?」
「ご、ごめんって。それに、レイアもさっき無視したじゃないか」
「無視されたら無視し返すって子供ですか? 女の子なだけでなく子供なんですか?」
「女の子でもないし子供っていう歳でもないよ! レイアのために急ごうっていう話だから……!」
「……まあ、それなら良いですけど」
少し拗ねたような表情でレイアがそう答える。
実際、急がないとあの三体に追いつくことができない。
いっそレイアの身体を抱き上げる形の方が速いのかも――そう思ったときだった。
ドォン、という大きな音と共に天井が割れる。
僕は咄嗟にレイアを抱きかかえて、後方へと跳んだ。
「きゃっ、そ、そんな急に抱かれると心の準備が……っ!」
レイアは驚いた表情をしているが、崩れる天井を視認していたのを僕は見ている。
まるで驚いている様子はなかった。
「天井崩れてたの見てたよね――って、アルフレッドさん……!?」
「オオオォォォ……」
瓦礫に埋もれるようにして倒れていたのは、先ほど前を進んでいたはずのアルフレッドさん。
その頭部には、がっちりとヤーサンが挟まっていた。
「一体何が……」
「くふふふっ、ようやくここまで来たか! 待ち惚けたぞっ!」
「っ! この声は……!」
少し前に話した少女の声が耳に届く。
崩れた天井の向こう側には、真っ白な少女と対峙するポチの姿があった。




