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42.吸血鬼と嫉妬と綱引きと

「さて、改めて自己紹介は必要かな?」

「大体のことはマスターに説明してありますよ。グリムロールさんから何か聞きたいことはありますか?」

「んー、そうだね……」


 グリムロールさんは顎に手を当てて悩む仕草を見せる。

 何故か、向き合うような形で座っているのはレイア。

 僕の隣に座っているのがグリムロールさんという奇妙な状態だった。

 第十一地区のとある部屋――ここがグリムロールさんの自室らしい。

 部屋は白と黒を基調としたシンプルなもので、皮製のソファに座ってゆっくりとしていた。

 正直、僕の気持ちはまったくゆっくりしていないけれど。


「いや実際のところ、可愛い子だったもので驚いたけれど……『彼女』は強いのかな?」


『彼女』というのは僕のことを指している。

 そう言われるたびに顔が少し引きつってしまうが、レイアは素知らぬ顔をしている。

 いや――よく見ると微妙に笑っているようにも見える。

 明らかにこの状況を楽しんでいるようだった。


「ふふっ、当然です。マスターはとても強いですよ?」

「――とのことだけれど?」

「い、一応……それなりには」


 僕自身の口で『強いです』とは言いにくい空気だった。

 そもそも、僕は自分で強いと言い切るようなことは滅多にない。

 もちろん、魔導師として弱いとは思っているわけではない。

 ただ、強いだけの魔導師とも言えるけれど。


「はははっ、そうかい。私は強い子は好きだよ。もちろん、可愛い子もね」

「そ、そうなんだ」


 そう言いながら笑顔を向けてくれるグリムロールさん。

 こうして話す限りでは《吸血鬼》をまったく感じさせない。

 どちらかと言えばコミュニケーション能力の高いお姉さんといった印象だろうか。

 気まずい状況でなければもう少し自然に話せたとは思う。


「まあ、私は君がどれくらい強いか見たことがあるわけではないけれどね」

「会うのは初めてだしね」

「強いか弱いか、で管理者になったわけではないけれどね。そこのレイアと利害の一致というやつさ」

「はい。その点についてもマスターにはすでに説明していますよ」

「そうかい? なら、話は早いね」


 グリムロールさんはそう言うと、スッと僕との距離を詰めてきた。

 ビクッと思わず身体が反応してしまうけれど、できるだけ不自然にならないように動かないようにした。

 下手に動くとボロが出そう――というか、話し方からしてもいきなり女の子らしくというのは無理な話だった。

 グリムロールさんはごく自然な動きで僕の肩に手を回すと、


「君の血の味はとても魅力的でね」

「え、えっと……」

「怖がる必要はないさ。強い子の血というのはとても美味なものだよ。だから、君の血の味はそのまま強さの証明になるのさ。私は君の血の味に惚れているんだよ。それがここにいる理由。それ以上でもそれ以下でもない」

「う、うん。どういう理由でも、僕のことを守ってくれたっていうところには感謝してるよ」

「ああ。もちろん、これからも管理者は務めさせてもらうよ。こんな可愛い子を守れるんだからね」

「あ、はは……」


 思わず苦笑いで返すことしかできない。

 何せ、グリムロールさんは僕のことを女の子だと思っているのだから。

 そして、レイアの作ったドレスを着て騙せているという事実もまたそこにはあった。

 騙しているという罪悪感よりも、いつばれるかという緊張感の方が圧倒的に大きい。

 相対した時点で分かっている――グリムロールさんは相当に強い。

 吸血鬼という種族が強いのも知っているけれど、グリムロールさんはその中でもさらに別格だろう。

 最初、僕が気付くのが遅れるレベルなのだから。


「契約上、培養した血だけをいただくことになっているけれど、こうして近くにいると直接吸ってみたいという気持ちもあるね」

「え?」


 思わず僕はグリムロールさんの方を見る。

 優しげに微笑むその瞳は、赤色に輝いていた。

 グリムロールさんが言っていることが――本当にやりたいことであるということが伝わってくる。


「どうかな。少しくらいもらってもいいだろうか」

「い、いや、それは……」

「ダメですよ」


 ここまで静かにしていたレイアがピシャリと会話を遮った。

 グリムロールさんに迫られて困っている僕の姿を楽しんでいるのかと思ったが、僕はレイアの方を見て驚く。

 その表情は先ほどとは打って変わり、笑みなど浮かべずに冷たい表情でこちらを見ていた。


(え、怒らせるようなことしたかな……!?)


 今までの会話を思い出そうとするけれど、その前にレイアが言い放つ。


「直接血を吸うのは契約違反ですよ。それと、先ほどからマスターとの距離が近いです」

「おや、嫉妬というやつかな? いいじゃないか、君は普段この子と近くにいられるんだろう?」


 グリムロールさんはそう言うと、僕の身体をぐいっと抱き寄せる。

 思った以上に力が強く、されるままに身体を支えられるようにな形になった。

 その時点で、レイアがスッと立ち上がる。


「私とやり合うということですか?」

「はははっ、遊んでくれるのかい? 別に構わないけれど」

(……あれ? 戦わないようにするために女装までしたのに、何でレイアとグリムロールさんが戦うことになりそうなの!?)

「ちょ、ちょっとレイア落ち着いて!」

「私は冷静です。いつでもクールですよ」

「全然落ち着いてないよ!? 殺意むき出しじゃないか!」

「そ、それは……マスターが……他の女性と……」

「え? 僕が何だって?」


 ごにょごにょとレイアが小さな声で話すので、上手く聞き取れない。

 レイアは恥ずかしそうに俯いたかと思えばすぐにグリムロールさんの方に向き直り、


「とにかく! マスターは私のものなのでお触りも禁止です!」


 バッと僕の手を引っ張るレイア。

 だが、グリムロールさんももう片方の腕を握ったまま離さない。


「いいじゃないか、お触りくらい。減るものでもないだろう?」

「減ります! マスターに他人がお触りするだけでマスターの価値が減ります!」

「僕の価値どうなってるの!? ――っていうか、痛いから引っ張らないでほしいんだけど!」

「グリムロールさん、早く離してください」

「レイアが離せばいいだろう。私はこれからこの子と色々と話してみたいんだ」

「もう十分話したではないですか。他の管理者も紹介は少し話してお終いなんですから!」

「ドレスまで用意したくらいなのだから、私との紹介には気合いを入れたんだろう?」

「それはマスターが男――」

「っ!?」

「ん、男?」

「……男の人だと勘違いしていたんです、グリムロールさんを」

「ああ、そういうことかい? はははっ、そう言われることもあるねえ」


 ドキリと心臓が跳ねあがったけれど、レイアがかろうじて誤魔化しに入った。

 勢い余って僕のことを男だと言い切りそうになっていた。

 完全に冷静さを欠いている。

 ――というか、二人の異様な力で引っ張られると関節が外れそうなくらい痛い。


「早く離してください!」

「君が離せばいいだろう」

「ちょ、ちょっと……一旦ストップで……!」


 吸血鬼と魔導人形の綱引き――その綱役になってしまった僕の両手が千切れないことを祈ることしかできなかった。

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書籍版1巻が11/15に発売です!
宜しくお願い致します!
大賢者からアンデッドになったけどやることがなかったのでエルフの保護者になることにした
書籍版2巻が10/10に発売です!
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