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40.トップ会談を見守ろう


 翌朝。

 ……王様も執事も起きてこねえ。

 ついでにカーリンも起きてこねえのは俺のせいだ。すまんかった。


 昼前に、魔王の執務室に集まる。

 俺とカーリン、トーラスとヒルダーの四人だけだ。

 国王も執事も頬ピンクにしてぽわんぽわんなんですけど。

 大丈夫ですかお二人とも。


「おはようございます。どうでした魔族の国は」

「いや、素晴らしかった。余はこれほどの思いをこの歳になってまでしたことが無い……。あの肌の美しき事、柔らかき事……その香りたるやまるで……」

「私もです。この歳になってまるで女を知らぬ少年のようにあのような……」

 ぱしぱしと手を叩いて注目させる。


「お二人とも、そんなに簡単に篭絡されていいんですかあ?」

 さすがに心配になってくるぞ。

「ふむ。……余がもし、『篭絡されておらぬ』と言えば、それは篭絡されておるのだ。『篭絡されている』と言えば、それもやっぱり篭絡されておるのだろう。どっちでも同じ事だな」

「酔っ払いが『酔ってない』というようなものですか」

「はははは、そうかもしれぬな! しかし、あのメイドは……」

「サキュバスじゃ」

 ぶぶーっと王と執事がお茶を吹き出す。


「あ、あの、男の精を吸い尽くして殺してしまうという……」

「あのメイドがサキュバス……」

「なにを言っておる。そんなのは人間の勝手な思い込みじゃ」

 カーリンがぷんすかと怒ってみせる。

「おぬしら、牛の乳を搾るたびに牛を殺しておるのかの? そうではあるまい、牛を愛で、牛の世話をし、牛に感謝をするであろう。サキュバスも同じじゃ。殿御(とのご)に愛を与え、愛を交わし、ほんのわずかな精をもらえる殿御はサキュバスにとってみな同じ愛しい愛しい男子(おのこ)なのじゃ。その真摯な愛を疑ってなんとする」


「…………」

 いやそこの二人そろって「ぽわあぁん」とした顔しないで。

 あんたたち牛扱いされてることにお願いだから気付いて。


「はいはいそっちじゃないそっちじゃない」

 もう一度ぱんぱん手をたたいて視線を集める。

「下半身の相互理解はできたということでいいですね。さて陛下、魔王様よりお話があります」


「トーラス、これを見てどう思う?」

「こ……これは地図か? この地図は……」

 カーリンの背の壁一面に描かれた地図を見て、王と執事が驚愕する。

「凄い……、わが国にもこれほどの地図はないぞ。しかもわが国のことも残らず描かれておる」

「正確です。この地図は実に正確ですな、王宮秘蔵の地図がまるで絵本の挿絵のようです……。これだけのもの、よく調べ上げられた、素晴らしいです」

「これが魔族領か。これだけの広さをもってしても、魔族の規模はたったこれだけか……。我ら人間のなんと貧しく、いじましいものよ」

「これが世界……」


「そうじゃ、これが世界じゃ」

「いったいどうやってこのような」

「わしも最近知ったのじゃ。魔族は嘘はヘタじゃがそのかわり口は堅い。出所は秘密にさせてもらいたいの」

「この地図だけでどれほど価値があるかわかりませぬぞ」

「そうだ。経済、農業、流通、戦略、どれにも必要なもので、どんなに欲しがっても手に入らぬものだ。これがあれば世界も操れよう」

「見てほしいところはそこではない」


 カーリンが立ち上がって地図の前に進む。

「トーラス、世界はこんなにも広く、こんなにも閉じておる。わしはこの地図を見るたび思うのじゃ。たったこれだけか。たったこれだけの中で、わしらがこの大陸を二つに割って争ってなんとする。たったこれだけの物を、二つで奪い合ってなんとする。わしらは争うことしかできぬのか。殺し合うことしかできぬのか」

「…………」


「ここにいるマサユキはの、人間じゃ」

 二人がびっくりして俺を見る。いや、俺のことも魔族と思ってたか。まあ無理ないか。


「マサユキは勇者ではない。それなのにわしの所に来て、『人間と魔族が交流して、商売して、物や食料を分け合って、共に生きていくような未来はあってもいいと思いますか?』と聞きおった」


「……カーリン殿はどう答えたのだ?」


 カーリンは椅子に座りなおし、引き出しから紙を取り出してなにか書き出す。


「全然かまわぬと答えた。おぬしら魔族を見たか。多種多様な種族が、なんの分け隔てなく生きておる。種族ごとに村も分かれておるが、分け合い、助け合い、共に生きておる。おぬしらそれを見たであろう。そこに人間がいたとして、なにが問題なのかのう? わしはそう思う。人間と魔族は仲良くなれるのか? わしはなれると答えたのう。トーラス、おぬしはどう思った。魔族が嫌いか? 魔族が怖いか? 魔族は憎むべき相手か? 魔族は滅ぼすべきか? そうではあるまい。おぬしはわしと、友になることができるのではないかの。わしと共にこの世界を、鎮めることができるのではないかのう」


「……すぐには返答はできん。だが、余は貴殿とは友人になりたいと思う。いや、もう友人かもしれぬ。だが余には国王としての立場もある」


 カーリンは文書を書き終え、トーラスに渡す。

「おぬしら、これを見たことがあるか」

「これは……! カオルン文書!」

 カーリンはくすくす笑って、「カオルンではない、カーリンと読む」

「で、ではこれはあなたが!」

「そう、100年前にわしが書いて、届けさせた」

 二人、驚愕である。


「なにが書いてあるんです?」

 俺が聞くと、トーラスとヒルダーが震える手で語り出す。


「およそ100年前、勇者ツェルトが魔王討伐にたった一人で旅立って音信不通になって一年、これとまったく同じものが王宮に届けられたのだ」

「同じです。文章も、筆跡も」

「そこには、勇者ツェルトはたった一人で魔王と正々堂々立ち合い、勇敢にこれを討ち取った。ツェルトの偉業に敬意を表し、次代魔王カオルンの統治の間、人間の領を侵すこと無きことをここに誓う。ツェルトの偉業を称え、決してこれを粗末にすることなかれと書いてあった」

「……ドラゴンがいきなり王宮に現れ、これを置いて行ったと伝えられています」

「あーそれでか! ずっと不思議だったんだ! ツェルト結局戻らなかったのに、なんで人間側で魔王を討ちとったことが知られているんだって」


 カーリン、ちゃんと礼を尽くしていたんだな。


「この文書は、二教会によって異端とされ、偽書と断定されてしまい今は王宮に封印されています。しかしそれを不服とするグループが教会に抗議し、門を離れツェルト教会を設立したのです。ツェルトは間違っていなかった。本物の勇者だったと……いうことになりますね」


「ああ、ツェルト教会は間違っていなかった。ツェルトが築いた平和をないがしろにするなと言うツェルト教会の主張は正しかった。パスティール教会も、モーガン教会も、歴史の中で真実を失ってしまっておった。余はこのカオルン文書を先王である父に見せられ、『いつか真実を明らかにするように』と厳命を受けておる。王家に伝わる秘密なのだ。それが今、明らかになった……」


 トーラスと、ヒルダーが立ち上がってカーリンに頭を下げる。

「……感謝いたします」


「のうトーラス、わしは魔王であった父上をツェルトに倒されたが、この文書の誓いを父上とツェルトの御霊(みたま)に捧げ、100年の間これを守った。これからも守ろう。おぬしらにもどうこうせよとは言わぬ。わしからの一方的な誓いじゃからの。だが、教会の甘言に乗り、勇者を立て、わしの臣民に手を出し、ケンカを売るのはわしは許さぬ」


「お言葉、肝に銘じます」


 カーリンが頷く。

「時間はたくさんある。おぬしらにもある。人間の寿命は短いと聞く。ならば、古い考えを捨てるのも、案外かんたんなのではないのかの。新しい世代が生まれ、新しい時代が始まる。その新しい時代の道筋を、我らで作ってゆかぬかの? 男子一生の仕事にふさわしいとは思わぬか。歴史に名を残せる仕事だとは思わぬか。どうじゃトーラス、わしの手を握らぬか」


 ……トーラスが、国王が右手を差し出す。

 魔王カーリンが、それを握って微笑む。


 うん、やっぱりこの物語の主人公は、カーリンだったわ……。



 次回、最終回!

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