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39.魔王城にご招待しよう


 ひゅるるるるるる…………。


 ドラミちゃんの空の旅は順調だ。もう日が暮れて暗い。

 武闘会前に俺の特訓のために一度帰ったとき、ドラミちゃんの鞍は改造していてもう「座席」と呼んでいい造りになっている。

 その座席に白目剝いて気を失って座ってるのが国王と執事のヒルダーさん。 

 ちゃんと安全ベルトもつけたよ。寝ていても落ちないからね。

 前からカーリン、国王、ヒルダー、俺の順で並んでいる。

 俺の飛行機のキャノピー風の形した【ウォール】と、【フライト】の二重掛けで漆黒の空を魔王領に向かって快適に夜間飛行している。


「こ、これは……」

 国王が目を覚ましたようだ。

「おう、国王、目が覚めたか」

 カーリンが振り返って笑う。


「暴れるな。落ちるとやっかいじゃからの」

「これは、ドラゴン? ドラゴンなのか?」

「わしのペットのドラミちゃんじゃ」

「魔王カーリンといわれたか」

「いかにも」

「余は攫われたのか」

「さらったのではない。約束通り、ご招待するだけじゃ。案ずることは無い」

「…………空を飛んでおるのか……」

「そうじゃ。魔王城までひとっ飛び、夜が明ければ到着じゃ」

「悪夢だ……」

 物騒なことを言うな。現実だ、現実認めろ国王。


「ヒルダー! ヒルダーもか! 起きろヒルダー!」

「んっ……」

「ヒルダー、目を覚ませ」

「はっ……おおおっ、こ、これはなんと……」

「余らは魔族に攫われたようだ……」

「……なんと」


「人聞きが悪いの、ご招待じゃと言うておるじゃろ」

 カーリンが機嫌よく返事する。

「用事が済めば、王国まで送るでの。約束したであろう。飯をたらふく食って楽しんで、お帰りいただければ満足じゃ」

「これは大変なことになりましたな」

 ヒルダーがうろたえる。

「ヒルダー、落ち着け。余らを殺すつもりあればとっくにやっておる。余らを捕えるつもりあれば、縛り上げられておる。余らがここでなにかして、どうにかなるものでもあるまい。醜態をさらすな」

「しかし魔族とは……気が付きませんでしたな……」

 カーリンが背中の羽を、ひらひらと振ってみせる。

「そうであろう。ふっふっふ。どうだ王、わしを見てどう思う」


「背中の羽以外は……変わらぬように見えるな」

「そうじゃ、魔族と人間は大して変わらぬ。もちろん人間から見て異形の者もおれば、動物、魔物に見える者もあろう、だが、人間と魔族は、なにも変わらぬのじゃ。わしは人間の国を少しの間じゃが旅して、それがようわかった」

「ほう」

「だから今度は、人にわれら魔族を見てもらおうと思う。ぬしらは見てもらうだけでよい。今はそれでよい。見ればすべてわかる。わしはそう思う。もう魔族領に入っておるぞ」

「壁があると聞いていたが、あれは魔族が作ったものか」

「違うの。あれは……あれにはわしも驚いておる。人と魔族に(いくさ)をさせまいとした、なにか大きな力じゃ。今はもうなくなっておる」

「そうなのか。教会は女神の加護と言い張っておったが……」


「誰かが、戦をさせまいとしておる。それが神なのかなにかは知らん。だが、わしらは少しその者の気持ちを汲んで、今ひとときであろうと、戦を止めて、話をしてみようとは思わぬか。大いなる意思に応えてみようとは思わぬか」

「そうだな……」

「今少し眠るがよい。夜明けまでまだ時間があるからの」

「今更じたばたしても始まらん。余らはすでに籠の鳥。ここはお言葉に甘えよう。ヒルダーも休んでおけ…………」




 夜が明けて、野山に光が差し、明るくなってくると王もヒルダーも大興奮だ。

「見よ! あの野山の美しきこと! 雄大なこと! 全てが輝いておる」

「はい、わたしもこのような景色は、はっ初めてですっ!」

 空からの眺めというやつに感動するのはどの世界でも同じだな。


「眺めて愛でるには良い。だが、人も魔族も寄せ付けぬ厳しい自然じゃ」

 カーリンが振り返る。

「王はこの山をどうしたい、この谷を、この森たちをどうしたい。このすべてを金に換えるか? このすべてを畑にするか? わしは、何もせぬのが一番と思う。草や木、山や流れる水の全てに魂があるのなら、放っておいてくれと言うはずじゃ。見渡すだけのこの世界、わしらのものではない。魔王領とは言うておるが、わしはこの草花たちをすべて自分の物と思ったことは無い」

「……そうであるな。余も、人民を、余の物と思うたことなどないからな」

「わしらはこの大地にあるものを、少しだけ借りて、住まわせてもらっておる。この大地も、この空も、わしらの体さえも、この地上にいるいっときの借り物なのじゃ。それを魔族から奪ってなんとする。それを人から奪ってなんとする。わしはそんなくだらないことはもうやめにしたいのじゃ」


「魔族は、人間と和平を結びたいのか?」

「そんなことは後でよい。どうじゃ! そんなことを話す時間は、これからいくらでもあると思わぬか!? わしらはいくらでも、話ができると思わぬか?」

「カーリン、そりゃ無理だ」

 黙って聞いてたけど、俺もなにか喋りたいよ。

「なんでかのう?」

「人間は魔族より、寿命が短いからな!」


 はっはっはっ、と、王が笑う。

 つられてヒルダーも笑う。 

 ああ、もう大丈夫かもしれない。


「そういえば聞いておらぬの。王よ、名を何と申す」

「余はトーラスと言う。面倒な長い名もあるのだが、ここではもうトーラスでよい。魔族の皆にもそう伝えてくれ。堅苦しい話し方ももう終わりだ。疲れるだけだ」

「わしのこともカーリンと呼ぶがよいの。話が長くて面倒じゃが付き合ってみればよいおなごじゃ。遠慮はいらぬの」

 自分で言うか。的確な自己分析です魔王様。


 色とりどりの畑が見えてきた。これには王も驚きだ。

「すごいなこれは……。余の国の畑は見渡すかぎり麦ばかりなのにこの作物の多彩さはどうだ……」

「食べ物も全部旨いですよ。楽しみにしてください」

「おう、そういえば夜も朝もなにも食べておらぬの。魔王城についたらさっそく昼飯じゃ!」

 

 魔王城前に着陸すると、すでに出迎えが待っている。

「ようこそいらっしゃいました! 国王陛下。お待ちしておりました!」

 さすがに配慮したのか、人間ぽい種族で出迎える。頭の上に耳があったり尻尾があったり羽根があったり、一人ガイコツだったりするのはご愛敬だ。

 木造平屋の魔王城にトーラスもびっくりだ。


 中に入ってお茶と菓子を出される。

「これは……茶も菓子もすばらしい……」

 トーラス、遠慮なくばくばく食う。

「すぐ昼食じゃ、あわてるな」

「いや、コレ実際うまいし。煎餅あったんだな」俺もびっくりだよ。

「昼はわしらが普段食うている物を出そう。夜には宴じゃ、御馳走はその時までしばし待て。さあご案内じゃ」


 昼飯は肉じゃが、焼き魚、味噌汁、沢庵、味噌田楽、焼肉、などなど。

「旨い……これは旨い。……いやどれもわが国にもあるものだが、いや、無いもののほうが多いが、味付けが全然違う。料理法がまた違う。なぜこんなに旨いのか」

「驚きです。私もこのようなもの、食べたことがございません。この味付けの深いこと、複雑なこと……食というのはここまで奥が深いのかと、この歳になって目の覚める思いです」

「王都の飯は不味かったからなあ……王様、よくあんなの食って我慢してたな」

「まったくだ。こんなものを出されては余はもううちのコックを(はりつけ)、獄門の刑にしてやりたくなってくるわ」

「やめてあげて、それコックのせいじゃないから。国からコックがいなくなるから」

 食卓に笑いが広がる。


「トーラス、おぬしは自分の国民が何を食っておるか知っておるかの?」

「…………」

 国王が黙る。王がこれよりマズい物を食っているのだから言わずと知れる。


「わしはおぬしの国を見て回り、おぬしの国のものを食ってみたぞ。おぬし、もう少し、国民に旨い物を食わせてやっても良いのではないかのう? 今日の一日が報われるような、明日も元気よく働きたくなるような、子供たちが喜んで食べるような、そんなものを、上の者も、下の者も、食べられるようにしてやりたいと思わぬか。『食べる』という、当たり前のことを、もう少し幸せな時間にしてやっても良いとは思わぬか。麦ばかり農民に作らせてそれでよいのか。貴族どもを肥え太らせてそれでよいのか。のうトーラス」


「……その通りだ」

 国王の手が止まる。

「その通りだ。いや、まったくその通りだ……」

 肉じゃがのジャガイモをスプーンですくって口に入れる。

「その通りだ……。余はいったいなにをやっておったのか……」

 国王の目から涙が落ちる。

「まったくその通りだ……」


 泣くほどうまい。そう、そういうことって、あるんだよ。

 豊かな日本に住んでるとそんなことないかもしれないけどな……。

 

 カーリンとガイコツの案内で、午後は魔王城下を見て回る。

 職人たちの街、商業の街、経済の規模、仕組み、違うところもあれば同じところもある。もう夢中になって話している。

 異国のやりかた、習慣、いつの時代もどの世界でも、興味深いのは同じだろう。

 物の価値、値段もずいぶん違う。これとこれは売れそうだ。これはわが国には足りない。これなら取引できそうだ。さっそくそんな金勘定が思い浮かぶらしい。

 魔族と人間の交易、案外簡単に実現できるのかもしれないな。


「この魔王城もすばらしい……」

 日が暮れて魔王城に戻る。

「そうかの、城とか王宮とかやたら豪華で贅沢だったように思うがの」

「いや……この太き柱、この板の目の美しさ、どれもわが国ではいくら金を積んでも手に入らぬものだ。金を出せばできる贅沢などどれも空しく思えてくる。城の防御がいらぬなど、わが国では夢のような話よ。魔族は我々がやるべきこと、あるべきことを既にかなえておるのだな」

「ま、堅いことは抜きじゃとおぬしも言っておったであろう。さあ入れ入れ!」


 大きな食堂で魔王城スタッフ一同がそろい、夕食会が始まる。

 みんなで乾杯だ。四天王もいるぞ。

 人間から見たら化け物にしか見えないやつもいっぱいいるが、トーラスもいい加減慣れてきたな。

「米の酒に芋の酒に麦の酒か。うっこれはきついな!」

「蒸留しておる」

「じょうりゅうとな?」

「この魚もすごいですな。油で調理するなど思いもつきませぬ。植物油が豊富に採れなければこのような料理あり得ないでしょうな」

「醤油と言うのはすごいな……。こんなに多くの料理に使われておりながら、まったく味に飽きることがない。こんなものが豆からできるとは」

「なぜこんなに焼いた肉がやわらかいのですかな……。私はこの歳になってもう肉を食うのは苦痛でしかありませんでしたのに」


 トーラスにはたゆんたゆんの美女メイドが、ヒルダーには可憐で清楚な美少女メイドがつきっきりだ。

「お上手ですわ陛下ったら」

「ふぉふぉっふぉっ!!」

「おじさま、これも召し上がってくださいませ、おいしいですよ」

「これも、あれも旨いですな! いやお見事なお点前ですな!」

 お前ら篭絡されるの早すぎ。

 そのサキュバス、たぶんだけどどっちもお前らよりずーっと年上だからね。

 妖精ぽい小柄な女の子たちの歌の合唱が始まった。

 聞いてて楽しくなる不思議なメロディーだ。

 カントリーっぽい? 三味線だかバンジョーだかわかんない楽器でじゃかじゃかとリズミカルだ。

 お次はスライム二匹によるスライム漫談だ。

 恐ろしいことに全てサイレントで演じられる。どこが漫談だよ。

 みんなゲラゲラ笑ってるのだが俺にはまったくわからない。

 国王! 執事! お前らなんで笑ってるの?

 あれわかるの? あれ笑えるの?

「……あの、何のネタなんでしょう?」

「わからんか? 魔王様と四天王のモノマネじゃろ?」

 なんでわかるの国王様。


 みんなで飲み食いして楽しんだ後、国王と執事がメイドと一緒に退席していく。

「ここのお風呂もすばらしいですよ、さ、わたくしがご案内いたしますわ」

「おじさま、お体を流して一休みなさいませ、私がお世話させていただきますわ。さ、こちらへ……」

 ああ、ここ個室風呂もあるからな。天然の湧水をファイアボールで沸かしている。

 カーリン様ど真ん中の剛速球ですね。篭絡の最後の仕上げはやっぱりハニートラップですか。

 くそう、俺も一度ぐらいサービス受けときゃよかった。

 惜しいことしたかもしんない。



ユニークが3000を超えました! ありがとうございます!

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