38.決勝戦と表彰式に出てみよう
「決勝戦! ハンターギルド、サトウ・マサユキ。 ハンターギルド、サトウ・カーリン!」
ハンターギルド会長のノーマンさんもうにっこにこですね!
もうこれでどう転んでも優勝、準優勝をハンターギルドで独占ですからね!
笑いが止まらんでしょうな。拍手ありがとうございます。
リングの向こうからカーリンが上がってきます。
めっちゃ嬉しそうです。
控室別だったので準決勝後初めて顔を合わせます。
嫌な予感しかしませんです。
「両者、中央で握手!」
がしっと握手します。うおおおお――――っと声が上がります。
ここまでくるとさすがに俺への声援も……無いか。
カーリン大人気ですな。
「カーリン! カーリン! カーリン! カーリン!」
大合唱だよ……。あの、この人魔王なんですけど。人類の敵なんですけど。
「マサユキ、わしが何が一番得意か知っておるの?」
あー、もうそれ何度も聞きました。
「『ぶん殴る』でしたっけね」
「その通りじゃ」
そういって、如意棒を場外に放り投げる。
カーリン、如意棒は持ってるだけで実際にはこっそり素手でぶん殴ってたほうが多かったような気がするぞ? いまさらだぞ?
実は俺も、LV999だから普通に素手のゴリ押しのほうが強いと思う。
十手使ってるのは、単に人目を気にしての話だからな。
意外な展開に会場どよめいて、ざわざわと静かになる……。
決勝戦で素手同士の戦い。この戦争や魔物との闘いの絶えない世界じゃまず考えられない組み合わせだ。
「勝負じゃの!」
「おう!」
「始め!」
がきっと組む。
俺は素早くカーリンの体をぐるりと回して後ろから……
こめかみをぐりぐりぐりぐりぐりぐり……
「い、痛い! 痛い痛い痛い! 痛いのじゃーマサユキ! 離すのじゃっ!」
距離を取って殴りかかってくるカーリンの腕を払ってそのまま……
ほっぺを掴んで左右に引っ張る。
「ふっふぉっうっなにふるのはっ!」
カーリンが両手で俺を突き飛ばす。
距離を取って突っ込んできたところを……
小脇にかかえこんでお尻をぺんぺんする。
「やめいっ! やめい! なにすんじゃっ! わしはなにも悪いことしとらんぞっ!」
じたばた暴れて体を抜き俺に向き直る。
会場は笑いに包まれてる。もうバカップルのじゃれ合いとしか思えないだろ。
そうなんだけどさ、二人とも常人にやると死ぬレベルの攻防ですけどね。
「ふざけるでないっ! 真剣勝負じゃっ!!」
「わかったわかった」
殴りかかってくるカーリンの腕を取って後ろに回り、今度は足をかけて腕を首の後ろに回し……。
「コブラツイストッ!!」
「いやああああああああっ! 痛い! 痛い痛い痛い! 痛いのじゃマサユキ!」
会場大興奮! うぉおおおおおお! 男性客の歓声が野太く響く
「はーなーせ――――!!」
カーリンが足を蹴って後ろに倒れ、二人ともバッタリ倒れる。
そうか武闘会だからダウンはカウントされないよな。
素早く立ち上がって仰向けのカーリンの足を取りくるんと一回転して……。
「スピニング・トウ・ホールド!!!」
「いあああああああっあっ!! 痛い痛い痛いいいいいい!!」
ばんばんばんばんっ、カーリンが手をバタバタさせる。
「降参か――――! 降参するか――っ!!」
「いやじゃあああああああ!!」
ならこれはどうだ!
仰向けのカーリンの両足を両脇に抱えてくるっと背を向けカーリンをひっくり返してうつ伏せにしそのまま後ろへ倒れこみ……。
「逆エビ固め!」
「ひぃいいいいいいい!! 離せ! 離せええええええっ!!」
ばんばんばんばん、床を叩く。
一応ギブアップか。とりあえず離すか。
男性客大喜び! みんな手を叩いで大喝采!
若い女性をヒイヒイ言わすって男の夢だよな!
国王大興奮してんじゃねえよ貴賓席から落ちるぞ。
審判も状況がわからずボーゼンと見てるだけだわ。
離れて向かい合う。
「はーはーぜーぜー……なんじゃその珍妙な技!!」
「プロレス技」
「おぬし武道はやったことないと言うとったではないかの!」
「ふっふっふ、『おっさん』というのは武道はできなくても、みんなプロレス技の一つや二つできるものなのだよ。最近のガキはやらないけどな」
「そんな痛いだけで致命傷にもならん技役に立たぬわっ!」
「そう、相手を殺すことを目的としない、平和な世界の格闘技さ」
俺はもう女子相手にプロレス技をかけるという三十年来の夢がかなって嬉しくてしょうがないわ。
「戦争して、魔物や魔族と闘って、殺し合いしてるような世界じゃ、こんな一対一で相手を降参させるためだけの技なんて考えるやついないよな」
「恥ずかしいからやめてほしいの!」
「カーリン」
「なんじゃっ!」
「愛してるぞ」
「なっ。な……、なっ……」
カーリンの顔が真っ赤になる。
「恥ずかしいことを言うでない――――――――っ!!」
どごお――――ん!
今までで最大級の助走グーパンチ来ました。
俺リングの外に吹っ飛んで目まわしちゃいましたよ。
「各自、よく闘った。波乱もあったが近年類を見ない充実した対戦であった。余も国民も満足だ。ここに勝利をつかんだ上位二名……いや三名だな、を称えたい!」
わざと言い間違えましたね。役者ですね国王様。
リング上に、カーリン、俺、三郎の順に並んで跪く。
正面に国王、控えて執事のヒルダーがいる。
会場は静かだ。この世界マイクもスピーカーもないからな。
観客もよくわかってるわ。
「此度の武闘会、盛況であった。強き者が真の勇者となり、教会の争いにも国民衆目の中、ケリがついたことはまことに喜ばしい」
ちゃっかり勇者と教会をディスることを忘れない。
今度のことはケリがついた、あとで文句を言ってきてももう遅いということだ。
不可逆的かつ最終的に解決というやつですね。
表彰式と言ってもトロフィーも賞状も別にない。国王にお褒めの言葉をいただく以上に必要な名誉もないだろう。
さてお楽しみのご褒美タイムである。
「武闘会を勝ち抜いた三名の勇者に余から名誉を授ける」
「勇者」はもう三郎の固有名詞でさえありませんということですね。いい性格してますね国王。
「第三位、ヒュウガ・アスカ、望みを申せ」
……なんでここに三郎がいるのかよくわからんが、一応教会と勇者の顔を立てた形か。
「はい、俺は、自分の未熟さを心に刻み、再び魔王を倒す修行の旅に出たいと思います」
おっ殊勝だな。それとも死ぬのはやっぱりイヤだから、一応魔王を倒すほうを試してみようということか。
「つきましては、その旅のため、以前旅を共にしたパーティーメンバーを呼び戻していただきたくお願い申し上げます」
ハーレム再結成かよ! 未練タラタラじゃねーか! 最低だよ三郎!!
「うむ、しかと承った。余から口添えしておこう」
受けちゃうのかよ! 国王受けちゃったよ! 大丈夫かこの国王!
「ただし、同じく余の名において、かつてのパーティーメンバーにも選択の自由を与える。教会からの圧力も余が許さぬ。同行を断られても遺恨無きようにせよ」
……さすがです国王。見事なお裁きです。
欲にまみれた頼みを言うと、国王の前で恥をかく。たしかにその通りですな。
会場から失笑が漏れます。これでも受ける女がいたらお目にかかりたいわ。
三郎がっくりです。残念でしたーっ。
「準優勝、サトウ・マサユキ、望みを申せ」
「私の望みは妻と同じ。二人で一つの望みです」
「勇者を素手で倒すほどの腕を持ちながら、女房の尻にしかれておるのか。どこも同じよ」と言って笑う。
会場が笑いに包まれる。
よしっ、上位二名の合同依頼だ。これは断りにくくなるはずだ。
第一の布石だ。
「優勝者、サトウ・カーリン、望みを申せ」
来たっ! さあカーリン、頼んだぞ。
「わたくしの望みは、陛下の行幸です」
「行幸とな?」国王が驚く。
行幸とは、王が外出することだ。日本でも天皇が訪れるということは大変な名誉であり、今でも「明治天皇行幸地」の石碑があるほどだ。それはこの国でも同じはずだ。
「陛下を我が家に迎え、粗末ながらせいいっぱいの馳走にておもてなしを差し上げたいと思います。陛下の行幸あらば、私にとって、なによりの名誉」
これは断れまい。家を訪れて飯を食えとしか言っていない。金でも物でも地位でもなく、国王にはなんの損もない。欲しているのは名誉だけ。これを国民衆目の上で断っては逆に王の器が知れる。平民の家一軒訪れるだけのことをビビってできない国王などいるものか。断って恥をかくのは王となる。
「私どもに用意できる、山川珍味の数々を取り揃え、よき酒を用意し、必ずや陛下を楽しませてごらんに入れます。どうぞよしなに」
国王、ここまで言われて逃げられまい。
第二の布石だ。さあどうするっ!
国王が執事のヒルダーをちらりと見る。
ヒルダーは感心したような、わかったような、そういう顔をして頷く。
「陛下、器を試すということは同時に、器を試されることでもございましょう」
「ふむ、わかった。その願い聞き入れよう」
そういって笑う。やった! 言質は取ったぞ!
「ありがとうございますじゃ!」カーリンと一緒に頭を下げる。
「ヒルダーさんもご一緒に」俺が確認する。王が飲み食いする以上毒見役の随行は必至だ。
「ええ、喜んで」そう言ってヒルダーがにっこり笑う。
「して、いつが良い」
国王が尋ねる。
「今!」
カーリンが立ち上がって、笛を吹く。
ぴぃいいいいいいいい――――っ。
国王とヒルダーが驚く。
「……今は無理だ。予定というものがある。あとで使者をよこすから……」
カーリンが仁王立ちになって宣言する。
「わしは魔族!」
ぶわっとカーリンの翼が開く。漆黒の悪魔の翼!
国王とヒルダーが、いや、その場にいた全員が驚愕する。
「わしは魔王!!」
ひゅるるるるるるるるるるるうううっ、ずど――――ん!
上空から闘技場のど真ん中、カーリンの背後めがけて、漆黒の巨大なドラゴンが着地する!
物凄い地響き、もの凄い土煙!
「わしは魔族の王、魔王カーリン!! 人族の王を魔王城にご招待じゃ!!」
きゅわああああああああ――――!!!!
ドラミちゃんが俺たちに覆いかぶさるように巨大な羽をぶゎさっと広げ咆哮する。その爆風で警備兵や衛兵、近衛兵たち全てが吹っ飛ぶ。
「てめっ……」
飛び掛かってくる三郎を有無を言わさずぶん殴って昏倒させ、カーリンとドラミちゃんに向かって飛び乗る。
「【マグネティックフォース】!」
控えに預けていた俺の十手が磁力で手元に飛んでくる。指定した武器を呼び寄せる魔法だ。もちろん鉄の武器でないと使えない。
ドラミちゃんはその両手に国王と、執事のヒルダーを捕まえて羽をぶわっさぶわっさと羽ばたいて急上昇。
今頃になって地上から魔法使いたちの火炎弾や弓矢が飛んでくるがもう遅い。
観客席の悲鳴、怒声が遠のき、闘技場はあっというまに小さくなった。




