37.勇者と闘ってみよう
「次はいよいよ勇者じゃの。なにか汚い手を使ってくるだろうからそれにだけ気を付けよ」
「わかった」
「武器強化は一度術者の手を離れるとかけなおさなければならん。覚えておけ」
「了解」
カーリンの試合の後で会場ざわざわしてるよ。
カーリンに一撃で倒されたモーガン教会とパスティール教会の騎士。それに対してカーリンと剣が折れるほどいい勝負をしたツェルト教会騎士。これはツェルト教会の株が上がったな。考えてやったかどうか知らんがいい仕事するわ魔王様。
「準決勝第二試合! ハンターギルド、サトウ・マサユキ! 勇者、ヒュウガ・アスカ!」
うおおおおおおっ!
今度はさすがに盛り上がるぞ。
俺は……顔に例のマスクをつけてリングに上がった。
「おっ……お前は、悪魔仮面!」
やべっその名で言うな! って歓声凄くて聞こえないか。よかった。
っていうか今気付いたのかよ!! ほんっとお約束守れねえなお前は!
どこまでガッカリ勇者だよ! いろいろ台無しだよ!
全身鎧や兜がOKなんだからマスクがNGということはないが、もう必要ないのでマスクを脱いで場外に放り投げる。
「また会ったな鈴木三郎。今日はよろしくお願いします」
「その名前で俺を呼ぶなあああああっ!」
すでに剣に手がかかってます。まてまてまだ早いわ。
「両者中央で握手!」
もう俺を殺す目つきの勇者と歩み寄って握手します。
……めらめらと全力の身体強化で握りつぶしにきてその程度ですか。
腕相撲の時の会長のほうが強かったぞ。
「お前は殺す!」
「俺を殺すと日本に帰る方法がわからなくなるなあ。困ったな!」
「……半殺しにしといてやる」
「お前『あれは嘘だ!』とか言うからなあ」
「うるせえ!」
距離を取って離れる。三郎、抜き打ちの構えだ。どこの抜刀斎だよ。
ぶつぶつとつぶやいているのは武器強化か。
「始め!」
審判の声がかかり、会場が大声援。
「約束は守ってもらうぞ悪魔仮面」
「覚えてるよ、お前が勝ったら帰る方法を教える。お前が負けたら日本に帰ってもらう。お前勝っても負けても日本に帰れるじゃん」
三郎、愕然となる。
「どっちにしても、帰る方法はちゃんと教えてやるって。そういう約束だからな」
三郎、ちょっと動揺する。
じりじりと寄ってくる。俺もじりじりと回り込む。
「お前その構えだと俺、刃で斬られちゃうんだけど卑怯じゃね?」
「お前壁出すだろ」
「魔法禁止のルールは守る」
「信じないね」
「お前はセコく卑怯に魔法使いまくりだもんな」
不用心にすたすたと三郎の間合いに入ってみる。
来たっ! 抜刀の胴抜きっ!
これを逆手に持った右手の十手で腕で受け……。
三郎、マンガと現実は違うんだぞ?
抜刀術は本来「両手剣」である日本刀を「片手」で振るという無理ゲーだ。刀の威力もスピードも半分で、モーションも見え見えでしかも剣筋は横なぎに決まっているんだからこれほど対応しやすいものもないぞ? 最初から構えている奴相手に片手で抜いた剣のほうが速いわけないだろう。
「遅いわ」
抜き打ちを防がれてガラ空きの三郎の顔面を左手でぶん殴る。
現代に伝わる居合の型だって抜き打ちには必ず二の太刀がある。つまりもう一回斬りつける。例外はない。いわゆる「居合抜き」を一撃で倒せる技だと思っている剣士など過去にも一人もいなかったということだ。抜き打ちした後完全に無防備になる剣士なんていねえんだよ。
誰だよ抜刀術が最速とか最強とか言い出した奴は……。あれは間合いを隠した不意打ちだから有効なのであって斬り合いで使える技じゃねえよ。ちょっと考えればわかるじゃねえか。ホントにマンガ脳だな三郎。
意外な展開に会場から大きな声が上がる。
三郎、のけぞってふらふらして鼻血ダラダラ垂らして手で押さえる。
「こっ……この野郎!」
リング中央で待ってやる。
三郎、鼻を押さえた手のひらでこっそりヒールかけてやがる。
血は止まっただろうけど間抜けな鼻血の跡はそのままだ。
「もういい! お前は殺す!!」
峰打ちじゃない本物の刃のほうでガンガン斬撃くる。身体強化すげえな四天王の全身鎧ホロウさんの斧ぐらいの威力あるよ。うまく力逃がしてやらんと十手が曲がりそうだ。十手を逆手に持って肘までピッタリ当て、腕で剣を防御する。
びゅんっ! うおっ飛ぶ斬撃来た。これ観客に見えたかな。
手の甲で跳ね上げて観客席に当たらないように上空高く打ち上げる。
こっそり魔法使いまくりの三郎だが見る人が見ればわかると期待したい。
突き来た!
ワンパターンすぎるわっ!
三段突きの一手目を体を横にしてかわしくるりと順手に持ち替えた十手を三郎の背中から脇の下に差し込んで腕を取り体を入れ替えて十手をひねり下げて組み伏せる。
あっけない……。
お前体術使う相手と闘ったこと無いだろ。弱い魔物相手に見た目かっこいい技ばっかり研究してるからそうなるんだよ。
ここで脇の下に差し込んだ十手を押し倒すと腕がはさまれて物凄い激痛が走るんだよね。
三郎うつぶせのまま「ぎゃああああっ」と声を上げる。
がらんがらんがらん! 審判が鐘を鳴らす。
「待て!」
……いや今のどこに待ての要素が……。ルールわからん……。
「転倒した相手に追い打ちをかけるのは騎士にあるまじき行為っ!」
いや組み伏せたんですけど。転ばせたんですけど。
っていうかハンターも勇者も参加の大会でなにその騎士ルール?
観客ものすごいブーイングです。
審判へだよね。俺へじゃないよね?
両者中央へ戻ります。
「汚ねえぞっ! 悪魔仮面!」
「どこが汚かったのか詳しく」
「うるせええええ!!」
今度は正面から唐竹割来た。
これを十手の鉤で受け止め、そのまま体の右に逃がし刃を滑らせてそのまま十手の棒身を小手に当てねじり下げる。
「いてえええええええ!」
手首をひねられ三郎が跪くのでそのまま刀を踏みつけて十手の棒身を横一文字に両手で持って今度は三郎の後ろ首筋に押し当ててうつぶせに押さえつける。
「ぐわあああっ」
三郎四つん這いのまま顔面だけリングに押し付けられてじたばた暴れる。
がらんがらんがらん! 審判が鐘を鳴らす。
「待て!」
これもダメかよ。転んでもいないし倒れてもいないじゃないか。
ルールがいよいよもってわからん……。
十手流捕縛術、使ったらダメですかそうですか。
袈裟来た! これも十手で防げる。刃を鉤でがきっと受け止めそのままねじりあげて刀の柄下を掴みぐるんと180度回すと、三郎の手首が交差してひねられ刀を持っていられなくなり、手を放したところで鉤にひっかかった刀を放り投げる。日本刀にはやっぱり十手だよ。お前が日本刀でよかったわ。
からんからからから……。
三郎の刀がリングの外に転がり落ちる。
三郎、空になった手を見て呆然……。
俺の予選を見てなかったのがお前の敗因の……まあ2%ぐらいだ。
がらんがらんがらん。また鐘がなります。
「待て!」
係員が三郎の刀を持ってきて手渡します。
これは恥ずかしい! 勇者が落とした刀を拾ってもらって試合再開、これは恥ずかしいぞっ! 三郎、これを耐えられるメンタル持ってるか!?
会場ものすごいブーイングです。あ、国王までブーイングしてます。
三郎、刀を構えて立ち合う。まだやりますかそうですか。
「勇者ってのはなっ! 騎士とは違うんだよ! 諦めないのが勇者なんだっ!」
うん魔王相手ならそれもいいけどこれ試合だからね。
「ちぇすとおおおおおっ!」
今度は二の太刀いらずの示現流かよ。
三郎、それは負けフラグだ。
かきんっ。からからから……。
もう面倒なので峰を叩いて刀を折った。
武器強化かけるの忘れてただろ? 一度手を離れると解けちゃうってカーリンが言ってたぞ。
本物の日本刀だったら折れないよ多分。刀ってのはな、曲がってもいいけど折れちゃダメなんだよ。斬り合いで刀が折れたら持ち主が命を落とすからな。
まともな日本刀は折れる前にまず曲がる。固いものに当たると反りが伸びて鞘に入らなくなることもある。知らなかっただろ?
お前の日本刀には刃紋が無い。
日本刀は焼き入れする時に、刃だけに焼きが入るように刀身を粘土で覆って厚さを変えるんだ。だから刃にだけしか焼きが入らず、それが刃紋の形に残る。
刃紋が無いのは刀全体に焼き入れしちまってる証拠だ。それじゃ硬くて折れやすい刀になるに決まってる。半端な知識で注文するからそんな半端なものしかできないんだよ。
お前がこっちの世界で作らせたその日本刀はニセモノだよ。
会場ブーイングの嵐である。
審判が鐘をがらんがらん鳴らしたけど、言葉が続かない。
この無様をどうフォローできるんだ。
「その武器は使用禁止だ! なにか魔法がかかってるに違いない! そうでなければ勇者の剣が折れるはずがない!」
今度は十手がダメですかパスティール教会の司祭さん。俺丸腰になっちゃうんだけど酷くないですか司祭さん? っていうか勇者が本物の勇者剣使ってることをそんなに大っぴらに認めちゃっていいんですか? これ試合だからみんな練習用刃引き剣使うのがルールなのにさ。
ここで失格負けにされると困るので、十手をリングの外に放り投げる。
三郎には係員が新しい剣を手渡す。日本刀モドキの勇者剣は無いらしく剣士用の普通の両刃剣だ。それも本物の刃付きじゃねえの?
もう会場ものすごいブーイングと怒声で大騒ぎですよどうするんですか審判さん。
国王も両手を振ってやめさせようとしてるんですけど審判は背中を向けて気が付かないふりですか。
そんなに汗ダラダラ垂らしてあとで国王から処罰がありますよ審判さん。
三郎、ものすごい形相になって斬りかかってくる。
なにがなんでも俺を殺すつもりらしい。俺さえ殺してしまえば後はなんとでも言い訳はできるというわけか? 俺を悪魔仮面だの魔族だっただの言ってどうしてもあの場で殺す必要があったとでも言い訳するのか?
剣筋を読み三太刀目を両手で挟んで受け止める。
白刃取りだ。そのまま三郎を蹴り上げる。
三郎、声もなくその場に崩れ落ちる。
その自慢の勇者鎧、防御魔法とか、かかりまくってるんだろうけど俺のLV999キックの敵じゃねえよ。
会場、ものすごい大歓声でもう審判の声もなにも聞こえない。
三郎の二本目の剣を俺の後ろに放り投げる。
白刃取りはな、取ったら終わりじゃねえんだよ。取ったら間髪入れず蹴り倒す。
剣を奪えるような技じゃないのはわかるだろ? ぼやぼやしてたら手のひらを斬られちまう。
白刃取ったらすぐ蹴りだ。少なくとも俺がテレビで見た古武術の型はそうなってたよ!
さあどうする? どうやって剣を拾いに行く?
「三郎、いきなり日本から召喚されて、『魔王を討ちとれ』とか勝手なこと言われて、お前も災難だったのはよくわかる。俺も似たようなもんだからな」
四つん這いになって吐いている三郎に声をかける。
「教会からおだてられて、女の子あてがわれて、ちやほやされて許しちゃったよなそれ。教会の言う魔族軍を追い返したとか、ダンジョンを討伐したとかのウソも、全部お前許しちゃったよな。そうするしかなかったか?」
「……」
「その教会のウソ、今じゃここの国民全員が知ってる……この先勇者としてやっていけるかお前? そんなウソにまみれて教会に利用され続けて、本当に魔王倒せるほどこの先強くなれるのか?」
「……しょうがないじゃん、俺のせいじゃない、そうしろって言われたらそうするしかないじゃん、どうしろって言うんだよ! 言われた通りやってんのになんで俺が悪いんだよ! 俺が……俺が……おかしいだろそんなのっ! 俺は……」
「……負けを認めれば日本に帰る方法を教えてやるが?」
「………………頼む」
三郎がぼろぼろ泣きながら俺に頭を下げた。
大歓声と拍手が巻き起こる。
勝利のコールはまだ無いが、これで誰の目にも俺の勝利は認めるしかないな。
「俺が言っても信じないと思うんで、女神様の声を聞かせてやるよ」
「そんなことできるのか?」
俺は左手の女神紋を自分の耳にあてる。
「エルテス、今の聞いてたな」
(はい)
「ちょっと三郎に説明してやってくんない?」
(……なんかルール違反のような気もしますけど、まあいいですよ)
「ちょっと聞け」
三郎の耳に俺の左手をかぶせてやる。
三郎驚いた顔になって、「ほ、本当に女神なのか?」と言う。
三郎の顔がみるみる歪んで、「やめてくれ! 信じる! 信じるから!」と叫ぶ。
黒歴史を容赦なくえぐっていくスタイルですかエルテス様。
「そ、それで日本に帰る方法は?」
あれか? 『死んだら帰れますよ』ってやつか?
三郎、「そんな! ま、魔王の体を生贄にってのは……!?」
嘘でしたーってか? はっはっは。
三郎、がっくりと手をついて四つん這いになる。
「そんなの確かめようがないじゃないか…………」
「三郎」
俺は手を突いた三郎の肩に手を置く。
ここまでは、俺が敗者を慰めているように観客には見えるはずだ。
「悪いけど先にリングを降りてくれ」
「はい……」
三郎がっくり肩を落としてすごすごとリングを降りてゆきます。
「……勝者! サトウ!」
ここでやっと勝者コールがされました。
さっさとやれよ審判。空気読めねえな。
勇者、敗れる!
とんでもないことになりましたな。
会場のざわめきが止まらないし、貴賓席ではなんかものすごい偉そうな服着たじいさんたちが……たぶんパスティール教会のお偉方だな、それが国王に必死になにか訴えてるけど、国王、目も合わせず首を振って知らん顔してる。
おう、司教のじいさん怒り出した。国王に指突き付けてわめきだしたぞ。
ヒルダーが合図して、近衛兵が首根っこ捕まえて全員貴賓席から引きずり出したわ。
国王、ふっふっふと黒い顔して笑っております。
おぬしも悪よのう。
勇者が敗れたので、急遽「三位決定戦」が行われることになった。
やる予定はなかったんだけど勇者が表彰台にいないってのはやっぱりマズいらしいな。対戦は三郎と例のイケメン騎士なんだけど、イケメン騎士カーリン戦での気絶から覚めず不戦勝で三郎で決まり。
たぶん教会の手が回って回復魔法もかけてもらえないんだろう。
もうなんかグダグダだわ。待たされてる会場もはやくしろーって感じで騒がしい。
イケメン騎士不憫、『勇者と闘ってみたかった』と言っていたし、たとえそれが三位決定戦でもそのチャンスだったのに気の毒だったな。




