35.武闘会本選に出てみよう
一夜明け、さあて今日から本選だ。
観客席は満員。8人の選手がリングに上がる。
三郎、他の選手のことは完全に無視だな。もちろん俺のこともだ。
トランペットが鳴って国王が貴賓席に上る。
武闘会の受付やってた執事のヒルダーが後ろにいる。
解説係か。昨日も予選来て熱心にメモとっていやがったもんな。
国王は俺よりちょっと年上か。会社で言うと俺の上司と近い。
観客席からワーワーと歓声が上がる。うん、国民にちゃんと人気あるな。
こういう国王なら話が分かりそうだ。
国王が手で押さえるようにゼスチャーすると会場が静かになる。
「このような良い朝に、武闘会を開催できるのは非常に喜ばしい。此度の武闘会の開催、国民の皆には様々に伝わっておろう。面倒なことは言わぬ。ここで、国民衆目の上で、決着をつけていただこう。卑怯な行いも、ごまかしも、余と国民の目が許さぬ。正々堂々の戦いを希望する。以上だ」
歓声と拍手が起こる。
おう、要点だけ述べ、しっかり釘もさしつつ、しかも短い。
開会挨拶ってのはこうでなきゃいけないよ。やるな国王。
「準々決勝第一試合! ハンターギルド、サトウ・マサユキ! ハンターギルド会長! ノーマン・トリート!」
うおおおおっと声が上がる。
あのおっさん会長だったのか!
ハンターにしては上品で身なりがいいと思ったわ。
ヒルダーが国王にぼそぼそ解説してやがる。
どうせ妙な鉄棒で闘うやつとか説明されてんだろ。
「両者中央で握手」
「はじめまして、佐藤雅之と申します。今日はよろしくお願いします」
俺は社会人だからな。どこぞの俺様主人公とは違ってちゃんと目上の人と敬語で話とか普通にできるからね。
この後名刺交換するんだけど今日は持ってないや……残念。
「会長をやってるノーマンだ。面白い奴がいると聞いてな、ただ、実力がまったくわからんらしい。それで一度見てやってくれと頼まれてな」
普通に握手だ。試してくるようなことはしない。
「どうせならこういう場で見るのも面白いかと思ってな」
「普通に面接していただいて結構でしたのに」
「なるほど面白い奴だ」
距離を取って離れる。
「始め!」
「……素手ですか?」
「本当に出来るやつなら決勝まで行って優勝してもらいたいしな。ケガはさせたくない」
「カーリン!」
ひゅっと十手を投げると、リングの外でカーリンがそれをぱしっと受け取り笑う。
「私だって会長にケガはさせたくないですよ。あとが怖いです」
「ふむ、それもそうだな。私相手に手の内を全部見せては後の試合で不利にもなろう。では腕相撲といこうか」
会長もかなり面白いよ。
「台がありません」
「無くても勝負はつくだろう」
歩み寄って、中央で腕を出し立ったままがっしり掴み合う。
「いくぞっ」
「どうぞっ」
うぉう! 強いぞこのおっさん!!!
ぐいぐい来る。手首の力もすげえ。
「んんんうん!!!」
本気の本気だ。足を踏ん張ってないと転ばされる。
会長の手のひらが熱くなってくる。ちょちょちょちょおかしいおかしいぞこれ。
「(……ちょ、ちょっと魔法使っていませんか?)」(小声)
「(身体強化だ。バレなければっ、魔法ではないっっっのでなっ)」(小声)
「(はあっ、それがハンターだとっ。さすがです会長、っ)」
「(んんんっ。ってお前なんだこれ人間の強さじゃないぞ!!)」
「(いやそんなこと言われてっもっ)」
地味ながら白熱する意外な展開に観客席は「それなり」に盛り上がってる。
「んんんんんんんっ……」
俺がじわじわ押してゆくと……
ぼきいっ!
やべっ会長の腕折れた! やべえやべえやべえやっちまった!
慌てて手を放す。会長脂汗ダラダラかいて腕を押さえてるよ。
「す、すいませんっ」
頭を下げて謝る。俺は社会人だからな、上司には弱いのだ。
「いや、いい……。実力はまあわかった。こういう卑怯は誰でもやるので覚えておけ。勝てよ。楽しみにしてるぞ」
そう言って回復魔法であっという間に骨折した腕を治す。
アームレスリング大会で腕を折る選手というのは本当にいる。強化かけても無理があったのだろうか。
「ノーマン選手! 魔法の使用を確認しましたので失格といたします!」
にやりと笑って後ろを向き、折られた手を上げてひらひらと振りながらリングを降りていった。
うんさすがでした会長。
優勝する予定は無いんで後でクビにだけはしないでください。
準々決勝第二試合はあの予選飛ばしたイケメン騎士と、モーガン教会のこれも全身鎧と槍の男だ。モーガン教会には全身鎧しかいないのかね。そういや教会前にあった武神モーガンの像、全身鎧に槍だったわ。
カーリンと最初にやったやつがエースだったからこいつは二番目なんだろうな。
ライバル教会の勇者を潰すためかモーガン教会は全身鎧を数人送り込んでた。
イケメン騎士すごいです二刀流です華麗な動き、舞うような剣さばきで全身鎧を蹂躙します。圧倒的な手数差です。一撃入るたびに女性客の歓声が凄いです。
俺とカーリンは闘技場の隅っこでリングと離れた場所から体育座りして見てる。
「どう思いますカーリン先生」
こいつらが準決勝でのカーリンの相手だ。
「剣舞なら宴でやればよい」
……手厳しいですな。
「二刀流など思いつくのは子供じゃ。(かきんっ、キャー)大人になって実際に魔物と闘えばまったく使い物にならんと嫌でも気付く。(かきんっ。キャーキャー!)剣を二つに分けても二倍にならぬ。半分以下にしかならんのじゃ。あの者、(カキンッカキンッ、キャ――――!)魔物と闘ったことはないのではないかの。ほれ見れ、ぺしぺしと当たってはおるがまったく致命打に(カキンッ、キャー!)なっておらぬ。実戦では剣を首に当てれば勝ちではない、その後に首を斬り落とさねば勝ちにはならぬ。勝負がつくまで時間がかかってかなわんのう」
これもまた手厳しい……。
「あいつとカーリンが倒した鎧男、どっちが強いと思う?」
「あの剣では鎧は破れず、鎧の槍はあの者には当たらん。おそらく勝負がついたことは無いであろうの」
それでか。相性悪すぎて勝負がつかないのを実力が拮抗してると勘違いしてライバル関係になっちゃったんだ。低レベルで。
結局モーガン教会の鎧男が疲れ果てて降参した。
なんか二十分ぐらいやってた。
キャーキャー凄かったから女性客は堪能できたかもしれないけど時間かかりすぎ。
「準々決勝第三試合! ツェルト教会騎士団、ハウエル・ジョーンズ! ハンターギルド、サトウ・カーリン!」
さあカーリンの出番だ。
執事のヒルダーが国王に解説するなら、『無名の女性ですが予選であのモーガン教会の聖騎士、鎧のなんとかを一撃で倒した新人ですよ』とか言うところか。
いや国王、その驚いた顔はやめろ。
「両者中央で握手」
二人が歩み寄って手を取る。
「ツェルト教会の騎士とか言うたのう?」
「はい」
カーリンより(見た目)ちょっと若いぐらいか。男らしい、いい顔をしていてガタイもいい。よく鍛えられているのがよくわかる。装備もあまり重くなく、両手剣だ。この国では珍しく片刃で、しかも厚みがある直刀を使う。
「ち、ちょっと待っておれ。お花摘みじゃっ!」
「はい? あ、はい」
女性にこう言われたら男は待つしかないんだよな。
カーリンが俺のところに走ってくる。
「(マサユキ、この棍、ちっと短くならんかのう)」(小声)
「(なるぞ。どれぐらいだ?)」(小声)
「(剣ぐらいに)」
収縮魔法の【コントラクション】をかけて軸方向に半分ぐらいの長さに縮める。いつもは荷物を小さくするために使ってる魔法だが、こういうこともできる。
カーリンがひゅんっと振り回して「よし!」と言い、リングに戻る。
「いいですか? では始め!」
カーリンが剣サイズに短くなった如意棒を両手で正眼に構える。剣に見立てて戦う気か。
ツェルト教会のハウエルは一応刃引き剣ではあるが、剣をちゃきりと返して峰打ちの形だ。試合の時の礼儀なのかもしれない。
片刃の剣でないとできない芸当だな。
勇者だったツェルト、案外無益な殺生は嫌うタイプだったのかもしれない。
いきなり物凄い剣撃戦が始まった!
カーリン剣も達人じゃねえか! さすが魔王!
いやそれについていくあのツェルトの騎士のハウエルもすげえ!
息つく暇もないぐらいの打撃が続き、剣が跳ね、両者後ろに下がる。
うおおおおお!!
今大会初めてのまともな剣撃戦に会場が大歓声に包まれる。
そうそう、観客はこういうのを観に来たんだよな!
「ツェルトに剣を習ったのかの?」
「武神ツェルト様が伝えた剣技です」
「そうか、そうじゃの。あれから100年も経っておるからの」
がんっ、がきっ、きゅん! 一撃一撃が重いぞ。
カーリンは笑っている。楽しそうだ。
連続の打撃が打ち合わされ二人が離れるたびに大歓声が上がる。
国王も身を乗り出して観てるよ。
「ツェルトは良い弟子を持ったのう!」
「まだまだ!」
カーリンが押され始める。いや、最初からカーリンは全部受けるだけで実は一度も攻撃していない。試合を引き延ばして楽しんでいる感じだ。もう5分は闘ってる。
「うおおおお!!」
なんだその攻撃――――! 見てて全然わからんけどすげえのが一気に来たぞ!
ががががががががきょん! からからから・・・・。
……信じられん、カーリン、アレを全部受け流して、ハウエルの剣が折れて転がった。
「……剣が折れました。私の負けです」
ハウエルが残念そうに、頭を下げる。
「ツェルトの剣ならば、わしのほうが折れておったであろうの」
「……不思議な方ですね。まるでツェルト様を知っているかのようだ」
「その片刃の剣はツェルトの剣を模したものであろう?」
「はい、武神ツェルト様は鍛治がお得意で、ご自分の剣も自分で打ったと伝えられています」
なにやってんすか蹄鉄職人さん。
カーリンは顔を上げ、すっと涙を拭いた。
「おぬしの太刀筋、まごうことなきツェルトの剣じゃ。精進せよ」
「あなたが何者なのかはわかりませんが、なぜかそう言われて身が震える思いです。今日は稽古をつけていただき、ありがとうございました」
そういって二人はもう一度、握手した。
「勝者、カーリン!」
会場ものすごい盛り上がり。
国王が拍手してる。
今大会一番の名勝負だったな。
「よかったぞ、カーリン!」
降りてきたカーリンとハイタッチする。
「あの最後の攻撃凄かったな」
「父上はあれで剣を折られた。100年ぶりにツェルトに会えたわ……」
「如意棒よく折られなかったな」
「ツェルトのあの技は一度見ておるし剣も本物ではないからの。まあ剣の真似事はもういいじゃろ。元の長さに戻してもらいたいの。それにちょっと曲がってしもうたわ」
長さを元に戻してから、両手で持って膝に当ててぐにょーって戻す。
こういう鋼材の真直度を出すってエンジニアとしてはこだわっちゃうからな。
何度も何度も微調整を繰り返す。
「そのくらいでよいの。よいわ。良いと言っておる! 細かい男じゃの!」




