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29.歴史を調べよう


 俺たちは王都ルルノールに宿を取って、それから毎日教会に通って調査をしている。調べると言ってもまあだいたい信者向けの布教を聞けばことは足りるのだが。


 王都には教会が三つある。一つは初代勇者パスティール教会。約600年前に歴史上初めて魔王を倒した勇者だ。女性である。

 この頃は人間側と魔族側が常に戦争しており、魔族軍優勢で大きく人間側に入り込んだところをパスティールが単独で魔王を討ち、戦争は一度終結している。

(以前聞いたパスティール教会の説明とはだいぶ異なる)

 魔王を倒したので勇者ではなく、神格化され「女神」と呼ばれている。


 その後多くの勇者が30~50年ごとに現れているが魔王を倒すには至っていない。


 二つ目は200年前ぐらいに魔王を倒すことに成功した勇者モーガン教会。この時、カーリンの父が魔王を継承している。

 カーリンの父の統治は100年ほどで、その間2人の勇者がカーリンの父に蹴散らされている。蹴散らされているというのは殺されずに帰ってきたということだ。

「父上は勇者を殺すのをよしとしなかったので説教して返した」とはカーリンの話だ。説教のかいもなく2人目の勇者が国軍を率いて再び魔王領に攻めてきたので、カーリンの父は激怒しその軍を魔族軍の軍勢をもって追い返した。

 その時勇者が人間側の城塞都市に逃げ込んだため魔族軍が都市に突入し、人間側の都市が一つ滅ぼされている。

 これ以外で魔族が人間側の領土に入った記録はない。

 カーリンの父の代に、魔王側からの人間側へ侵略は行われなかったということになる。


 この都市の崩壊に対する報復として、立ち上がったのが勇者ツェルトだ。

 教会から召喚されたのではなく、パスティール、モーガン両教会の合同により十人の修道士により独自に召喚された。

 ツェルトは10年の修行の後、供を引き連れずまったく単独で魔王城に突入し、あとはカーリンの説明の通りである。


「このように武神ツェルトは堂々と魔王と相まみえ、激戦のうちにこれを討ち果たしたのです。そこで力尽き武神ツェルトは帰還することはかないませんでしたが、勇者の力を恐れた魔族軍はこれ以降、人間の領土に侵入することは無くなりました。武神ツェルトは死してなお、100年の今日に至るまで、我々人間をその身を盾として、守り続けているのです……」


「(……どうだ?)」(小声)

「(……びっくりするほど正確じゃの)」(小声)


 俺たちはツェルト教会に来て他の信者達に交じって牧師の話を聞いていた。

 よくこういう神学の講義が開かれているようで、新たな信者獲得、勢力の拡大を狙っての熱心な布教活動の一つだな。

 教会の規模はパスティール、モーガン、ツェルトの順で大、中、小だ。

 ツェルト教会は創立100年、この世界では新参である。

 魔王を倒した勇者は女性は「女神」、男性の場合は「武神」と呼ばれ神格化され教会の名前となる。


 時間の流れは真実をゆがめてゆく。パスティール教会、モーガン教会の教えはカーリンに言わせれば聞くに堪えない嘘、捏造、誇張、作り話にあふれたほとんど勇者の一大英雄物語だった。

 そこでの魔王は常に恐怖と残虐の代名詞であり、常に絶対悪とされている。豪華で華麗な教会建築、ばかでかい勇者の石像、虚栄と腐敗にまみれた俗物の集大成と言っていい教会だ。ダメの典型である。


 それに対してこのツェルト教会は新参でありながら、きわめて正確で史実にのっとった教義を持っており、またそれを売りにしている。

 古い価値観に縛られない、パスティールとモーガンのツェルト召喚者たちが元の宗派を飛び出して作った教会だ。

 当然、先の二教会からは異端扱いされていて分が悪い。


 うん、ここまでお子様には解り難かったかもしれないけど要するにキリスト教で言えばカトリックとプロテスタントだ。


「まともな歴史がわかってるやつも一応いるんだな」

「うーん……ツェルト、こんなやつじゃったかのう、もっとムサイおっさんだったがの……。背ももうちっと低かったような気がするのじゃ」

「英雄の像なんだからそこ突っ込まんといて」

 ばかでかい石像などはなく、祭壇上の等身大のツェルトの銅像を見てカーリンが感想を漏らす。


「でも、たしかにこんな感じのやつじゃった。あれからもう100年も経ったのか。懐かしいのう。……あのときついカッとなって殺してしまったことを、わしは今ここでツェルトの魂に謝りたい」

 そう言って、信者が帰ってがらんとしている祭壇の前で、カーリンは跪いて祈りを捧げる。


「おぬしは正々堂々、たった一人で魔王城に来て父上と闘った。見事な剣であった。わしは今でも覚えておる。倒れた父を抱きしめて泣くわしに、血に濡れた顔でにやりと笑い『魔王、討ち取ったり!』と言いおったな」


「……」


「あれは、わしに殺されるつもりであったのだろうの……」

 カーリンが、肩を震わせ、そしてぐずぐずと泣き出した。


「……おぬしらしい、いい教会ではないかの」



 今後の計画をカーリンと話し合ったが、まず「ツェルト教会には手を出さない」という点では二人とも賛成だ。残すとしたらこれしかない。人間側の魔王領への侵略も包み隠していないところがポイント高い。


「ツェルトはたった一人で来てカーリンに倒されたのに、どうしてツェルトが魔王倒したのがちゃんと伝わっているんだろうな」

「そうじゃの――。わしも不思議じゃの――」

「……」

「……なにかの?」

「なにかやったな?」

「さて、なんのことかの?」


 今回の魔王討伐戦でもツェルト教会は反対派だった。

「武神ツェルトの偉業によって100年も守られている今の停戦状態をわざわざ人間側から崩すことは武神ツェルトへの冒涜」という立場だったようだ。

 ただ、これも古い二教会からの強硬論を抑えられなかった。

 長い間戦争がなくなってしまうと、魔王倒すべしという教義の二教会は困ったことになってしまう。ツェルト教会の言い分など絶対に認めたくないのだ。

 結果的にはツェルト教会も信者の兵を少数ではあるが従軍させている。


 現在は三教会も国軍も、魔王討伐戦で戦った軍勢が三郎に遅れて帰還しており、現場からの報告として同じ事実を共有しているはずである。


 戦場を二分する巨大な壁の出現、最前線のタリナスでのパスティール教会と女神像への神罰、勇者の立て続けのヘマ。

 これは、勇者三郎の召喚に成功し、勇者を立てて国軍、三教会の連合軍による魔王領への侵攻を先導したパスティール教会に批判が集中するはずだ。いくらパスティール教会がこの件を知らぬ存ぜぬなかったことにしようとしても、参戦していた兵士たちが全員見ていることだ。誤魔化しようがない。


 なにかが戦争を止めようとし、戦争を企んだものを罰し、勇者を否定している。

 どんな馬鹿でもこの事実には気付く。

 それをしているのは神なのか、魔族なのか、過去の勇者の亡霊なのか(俺だけど)。

 少なくともそれは今、パスティール教会にまったく味方していない。


 今、国全体では、今回の魔王討伐戦は間違っていたのではないかという雰囲気が生まれている。少なくとももうこれ以上人間から仕掛けるべきでないという恐れがある。俺たちはこの国に生まれた厭戦ムードをうまく利用するチャンスだとは思うのだが……どうもいいアイデアが浮かばない。

 ほら、俺理系だし、カーリンは脳筋だし、エルテスはただ面白がってるだけだしね。


 勇者三郎はまだダンジョン討伐から帰還していない。

 っていうか帰還できるのか?

 帰ってきて居場所あるかアイツ?

 パスティール教会、あいつのこと隠しちゃうんじゃね?

 今出てきたら最高にマズいことになるよねアイツ?

 っていうかなんで俺が三郎の心配しなきゃなんねえの?


 と、そこまで考えた時点で、俺はカーリンに言う。

「よし、面白そうだから放っておこう」


「……マサユキ、それはないじゃろう……」


「だってあいつ居なけりゃ全部解決じゃね? あいつがいるからパスティール教会が悪ノリしてるんであってあいつがいるから魔族に勝てると勝手に思ってるんであってあいついなけりゃもう魔族領に人間攻めに来れなくなるんで」


 どがごっ。


 顔面グーパンチ食らって鼻血が出ました。

 こっち来てから一番痛かったです。


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