28.王都へ出発しよう
第11ダンジョンまで往復二日間野宿だったので、ノルワールで風呂のある部屋を取った。
カーリンに寝坊させて朝散歩しながらエルテスから情報をもらう。
(で、昨日三郎くんダンジョンに向かって出発しました)
「ふーん」
(パスティール教会はモーガン教会より先にダンジョンコアを手に入れてモーガンが勇者召喚できないように妨害してやろうってことなんだと思います)
「だろうねー。教会としては三郎が先にコア持ち帰ればそれでよし、出来なくてダンジョンで死んじゃってもそれもよし、だな」
(そうですね。勇者が攻略できないダンジョンなんて教会がいくらお金出したってハンターも攻略できないでしょうから、モーガン教会の勇者召喚はこの先十数年は無くなります)
「ダンジョンコアを欲しがるぐらいだ、モーガン教会の手持ちの魔石は少ないと見ていいな。パスティール教会も、もし三郎が死んだら、今までのこと全部三郎のせいにして今回の批判から逃げ切れるかもしれないし。汚いがどう転んでも教会にはいい手だ」
(三郎くんそんなことはなんにも知らずにおだてられて民衆を助けるためだのレベル上げにちょうどいいだの言ってダンジョン行くことになっちゃって、あれ死にますよ? なんとか助けてあげられませんかね)
「ん?それならもう心配ないよ」
(……なんか凄いイヤな返事なんですけど……)
「ダンジョンならもう無いから」
(無いって……?)
「うん潰してきた」
(……この二日間それやってたんですか)
「うんそれやってた」
(あの『地下水爆実験成功』みたいな地震波、佐藤さんでしたか……)
どこの国防省発表ですかそれは。
「三郎往復にどれぐらいかかんの?」
(行きに5日、ダンジョン探し回って1日、諦めて帰ってきて5日、10日ぐらいは時間が稼げたんじゃないですかね)
「じゃあ俺もすこしお休みして遊んで暮らすか」
考えてみればここまで休みなしで働いたよ俺。
会社にいた時でさえ残業に休日出勤、アパートに帰って寝るだけの毎日だったんだからそれから考えたら長期休暇なんて取ったことねえよ。
(うーんそれもどうかと……。モーガンの連中が勇者召喚しようとしてたのは事実ですし……。そっちが気になります)
「じゃあ三郎が帰ってくるまで、王都の様子でも探ってみるか……」
(はい、それがいいと思います)
「でもせっかくなので今日は休む」
(はい、お疲れさまでした!)
一日、まったりとベッドで過ごした後、カーリンにどうしたいと聞くと、農村が見たいと言う。この国の農産物、農業の技術レベル、農民の暮らしに興味があると。
「それじゃ、王都に向かいながら、農村を見て回るか」
そうして街道を歩いてゆく。
さすがに首都周辺となるので街道一面畑だ。
「ドラミちゃんが降りられる場所が無いのう」
徒歩を選んで正解か。
麦、麦、麦、ずーっと麦畑。
「こんなに麦ばかり作らせておると畑が痩せるのう……。畑の泣き声が聞こえるようじゃ……」
「首都という巨大な消費地があって、とりあえずそこに税として納めるのに麦が都合がいいんだろうな」
「野菜は自分で食う分も無いのかの?」
「作ってるとは思うが、それを消費する都市が離れていると新鮮なうちに運び込むのが難しい。都市近郊だけになるだろうな」
「うーん、いびつだの。もっとバランスよくいろんな作物を作らぬと食文化も育たぬし、畑にも良くないの。おう、あそこに牧場がある」
「……カラスすげえな」
田舎の農家にたまにある。なぜか特定の農家にカラスが集団で居付くようになって50羽とか100羽とかたかっていて農産物を荒らすのだ。
「うむ……。カラスは農家の大敵だの。ちょっといってくるかの」
そう言って当たり前のようにカーリンは牛の牧場に向かって歩いてゆく。
それも魔王様の仕事ですかそうですか。
「こんにちはなのじゃ。そこな農民、おぬしがここの主人かの?」
「はあそうですが」
場違いな旅住まいの姉さんに珍妙な言葉をかけられ牧場のじいさんが驚く。
「ちょっとカラス獲っていいかの?」
「はい? カラス? 狩人の方ですか?? カラスを?」
「わしはハンターじゃ。カラスが多くて困っておらぬかの?」
ああそういうことかとじいさんが態度を変える。
「そりゃ困ってるけど、うちはハンター雇う金なんてねえぞ!」
「金はいらぬ。わしの道楽じゃと思うて気にするな」
そう言って適当な小石を拾って、ひゅっと投げる。
「ぱぎゃ」
サイロの上にいたカラスに小石が当たってばさばさっと落ちてくる。
「す、すげえ……」
じいさんと俺驚愕。
「皆の者普通にしておれ。カラスに気づかれる……」
そうしてカーリンは適当に牧場周辺を歩き回りながら次々にカラスを落としてゆく。しらんぷりしていきなりピュッと石を投げるのだ。これはカラスもひとたまりもない。
十羽ぐらい落としたところでカラスも気づきだしたようで、一斉に飛び立ち、「ガア――――ガア――――ガア――――」と警戒の声を上げながら牧場の上を旋回する。仲間の死体を見つけた時にカラスが取る行動だ。カラスの葬式とも呼ばれている。空が真っ黒になりそうだ。
「魔王ファイアボールっ!」
ここでカーリンが上空に向かってファイアボールを撃ち、炸裂させる。
どおぉん!
爆風を受けてカラスが一斉に落っこちる。
だいぶ逃げられたが、それでも全部で三十羽は落としたかな。
「ほれマサユキ、主人、集めるのじゃ!」
「うえーっ」
みんなでカラスを集めた後、「牧場や畑の目立つところに吊るしておくとよい。カラス避けになるのでの。近隣の農家にも分けるのだぞ」と言って立ち去る。
じいさんの態度は打って変わって、頭を下げて見送ってくれた。
「これも魔王の仕事なのか?」
「こういう仕事こそ魔王の仕事じゃ。大きなこと、皆で力を合わせてやれることは誰でもできる。でもこんなふうに小さなこと、ささいなことこそ民草は自分でできず、人に頼むこともできなくて困るのじゃ」
つくづくいい魔王だなー……。
それからも、ハトがいると言ってはハトを撃ち、狼がいると言っては狼を撃ち、あちこちに道草食いまくりですっかり夜になってしまった。
途中から俺も駆除に参加した。夜になる頃には鶏舎を狙う100m先のキツネを石で一撃で倒せるようになった。できるようになるとがぜん面白い。
農家の人の話によると、こういう仕事はハンターはやってくれないのだそうだ。
カラスやハト程度で貴重な弓矢を消費するのは割に合わない、カラスごときに魔法を撃つなどとんでもない、狼やキツネは領主が金を出してくれないと動かない。要するに金次第なのだ。
暗くなってからこっそりドラミちゃんを呼び、ドラミちゃんに背負わせた道具を取り出して川辺でキャンプした。
「普通村にはカラス獲りとかの名人の一人や二人いるものだがのう……」
「そういうのが得意な奴は、村を出てハンターになっちまうのかもしれないな」
「この国はなんでも金じゃの」
「みんな金に頼っていながら、実際には世の中は金じゃどうにもならないことのほうが多い。だからみんな困るし、戦争も起きるのかもな……」
「世知辛いの」
「ドラミちゃんが帰れなくなるから夜明け前に撤収するぞ……」
「そうじゃの……。おやすみなのじゃ……」
カーリンが身を寄せてきて、くっついて眠った。
王都の城壁が見えてくる。これはかなりでかい。
周りの畑も野菜が増えてくる。玉葱、ニンジン、キャベツ……。
「キャベツとな?」
「あの丸い奴な」
「キャベツ、キャベツ……変わっておるのーっ、葉っぱが丸まっておる!」
「その丸い中身は全部葉っぱなんだよ」
「そんなんでどうやって育つのじゃ。おかしな植物だのう」
「いや、実は俺もよく知らない。普通丸まったところで食べちゃうので、育ち切って種ができるころには全部の葉が開くのかもな」
「魔族でこれに一番近いとなるとハクサイかの」
「ハクサイあるのか!」
「あるぞ。キャベツの縦長バージョンじゃの」
「そりゃー漬物か鍋か中華料理とかに使えるな!うーん楽しみになってきた」
「だから料理はおなごに任せておけと言うておるわ。マサユキに父上みたいになられたらかなわんのっ」
そういうグダグダな話をしつつ門の前に並び、延々と順番を待つのであった。




