27.勇者にイヤガラセをしよう(12日ぶり5回目)
二人でノルワールのハンターギルドにやってきた。王都に一番近いだけあってでかいギルドだ。石造りの立派な建物で、フロアも朝から一流ぽいハンターたちが多く訪問していて、場末のハンターギルドのようなガラの悪そうなやつはいない。
俺の予想が当たれば、ここに依頼があるはずである。
「……もしかしたらこれか」
『勇者、襲来』が数十年に一度なら、勇者を召喚するだけの魔石を集めるには数十年かかる量と見ていい。
パスティール教会の勇者が神罰を受けたという情報を得て、モーガン教会がそれに対抗する勇者を立ててライバル教会を潰すチャンスと見れば、今大至急魔石を集めているはずである。この魔石の流れを追えばいいところまでは思いつく。
カーリンに「魔石ってどうやって集めるんだ」というと、伝説級の魔物、魔獣とかの体内に凝縮されてあるらしく、通常はそれをコツコツと集めてゆくとのことだ。しかし、手っ取り早いとなると「ダンジョン攻略かのう?」という。
ダンジョンは洞窟や鉱山の堀跡などに自然発生する。多くの魔物が住み着き、活動するうち、洞窟そのものが生き物のように巨大な魔場となって、ダンジョンコアの魔石が最下層で成長するのだ。
もちろん強力な魔物、魔獣がうようよし、ダンジョン内は大変に危険だ。
ダンジョンの魔石を狙うのはハンターだけでなく魔物、魔獣もダンジョンに誘い込まれる。それらを餌にしてダンジョンはさらに強くなり、数十年のうちに一級ハンターのパーティーでも手が付けられないぐらい成長する例もある、というのはハンターギルドに置いてあるハンドブックに書いてあったことだけど。
そんな、ダンジョン攻略、魔石採掘の依頼がハンターギルドに来ていないかと思って訪問してみたのだ。
依頼の掲示板の一番上に、「11番ダンジョン、ダンジョンコア魔石発掘、クラス指定無し、2000G モーガン教会」という依頼があった。
日本円で2億円かよ……太っ腹な。
「本当に阻止するのかのう……」
カーリンはまだぐずる。
「当たり前だろ、ムリヤリ召喚されて魔王と戦わさせられる勇者の身にもなってみろ……」
「勇者というやつは、たいていノリノリなのだがのう」
「そりゃ魔王城までたどり着くやつはそうだろうけど、途中で死んだりするようなやつのほうが多いだろ。もうこれ以上俺の世界から勇者を連れてこさせるのは許さん」
「そうか……そうじゃの。そういえば確かにわしは勇者の立場で考えてみたことなどなかったの。考えてみれば不幸なことじゃの」
「三郎も途中までノリノリだったけど今はどうだか……おっ……!」
俺の【サブロウセンサー】が反応する。接近中だ。
「やばっ、ちょっと隠れてよう」
カーリンの背中を押して他のハンターたちにまぎれてさりげなく柱の後ろに移動する。
「ここか。ふっ、この程度か」
「まあまあのギルドですねー」「王都のほうがでかいよねー」「うん」
なんだこのうぜえパーティ――――!
三郎が例のきわどいスカートの三人娘連れて入ってきた。
多分自分ではカッコいいと思ってるらしいぎろりとした流し目でフロアを威圧し、かつかつと掲示板の前に行く。
「勇者だ……」
「勇者がハンターギルドに?」
他のハンターたちがざわめく。
「これだな」
ぶら下がっている11番ダンジョンコアの依頼プレートを引きちぎる。
「お、お待ちください勇者様!」
ギルド職員が駆け寄ってくる。
「なんだ」
「ランク指定の無い依頼はハンターギルドで承認が必要なクエストでございます」
「知っているが?」
「それにあなた様はパスティール教会の勇者様でしょう。これはモーガン教会の依頼です!」
「ダンジョン攻略に教会の許可などいらん。ハンターギルドの許可も必要ない。ハンター共が何十年も攻略できず手も足も出ない危険なダンジョンを潰すのは勇者である俺の仕事だ。俺はこの仕事をハンターとして受けるんじゃない。勇者として多くの者たちを苦しめるダンジョンを討伐するだけだ。勘違いするな」
カーリンが「(ガキのくせに偉そうじゃの)」(小声)と言う。まったくだ。
「しかし、このダンジョンは100年前に武神ツェルト様が修行の場として籠って以来、誰も出入りしておりません……。危険すぎます」
「あんなツェルト教会の勇者など、勇者ではありませんわ!アスカ様と一緒にされては困ります!」
……白よう、その言い方はないんじゃない?
カーリンなんてムッとしてるし。
「武神ツェルトなど、100年前に魔族領に行ったきり消息不明だと言うではないか。そんなやつが本当に魔王を倒したとは思えん」
あっ、これはマズい!
「(カーリン! 落ち着け、ガキのたわごとだ)」
「……」
うわっこれは……マズいマズいマズい。
「あんなのツェルト教会のでっち上げです。歴史上はじめて魔王を倒したパスティール様の遺志を継ぐ正統な勇者のアスカ様がツェルトなんかに劣るとでもおっしゃるのですか?」
「ツェルトに倒される魔王など、本当に魔王だったのかどうかも怪しいぞ」
小娘どもがキャハハハと笑う。
「(行くぞカーリン!)」
そう言って俺はうーうー暴れそうになるカーリンを抑えてハンターギルドを後にした。
「はい、ひっひっふー、ひっひっふー」
「ひっひっふー、ひっひっふー……」
「落ち着いたか?」
「うーん……まだなのじゃ。腹が立って腹が立ってしょうがないのじゃ!」
「うん、わかるよ」
「わしは父上が好きじゃった」
「ああ、今では俺も尊敬している。いっぱい話を聞いたからな」
カーリンを通りのベンチに座らせ、肩を抱いて落ち着かせる。
「その父上を倒したツェルトも、今は認めておる。むさいおっさんだったが、あれほど気持ちよく父上に名乗りを上げた男もおらぬ。正々堂々とした闘いっぷりじゃった。今はもう憎んでおらぬ……」
「……」
「それをあのガキどもは馬鹿にした……。目が眩むほど腹が立ったわ」
「だよなー。俺も腹立ったわ」
「なので、さっきのわしは本気であいつを殴りに行こうと思ったのじゃ……」
そしてカーリンは俺を見て、ちょっと情けない顔をする。
「その本気のわしを簡単に片手で引きずってここに連れてくる。マサユキ、おぬしどんだけ強いのじゃ……?」
「それは、秘密です」
「はーい、ではこれから第五回、勇者三郎くんへのイヤガラセ大会を開催したいと思います!」
「きゅわーっ!!」
「……第一回と第二回と第三回と第四回はなにやったんじゃ……」
はい、第11番ダンジョンの前までドラゴンのドラミちゃんに乗ってやってきました。丘の上から300カーリンぐらい先に山が見えます。山の中腹に穴があいてて、そこから魔物が出入りしています。見るからに凶悪そうなダンジョンです。
「一回目は壁を作って通れなくし、二回目は魔族の先行部隊たちを逃がし、三回目は三郎の目の前で女神パスティールの像を木っ端みじんに砕き、四回目は教会そのものを崩壊させました」
「わしは初めて勇者が気の毒だと思ったのう……」
「五回目の今日は、みなさんに第11ダンジョンを無かったことにしてもらいます」
「勇者より先にダンジョンを攻略するのではないのかの?」
「そんな面倒なことはしません。作戦を説明します」
カーリンと、俺と、ドラミちゃんで距離を取って丘の上に並ぶ。
「自分の最大魔法を、ダンジョンに向かって投げ込んでください。以上です」
「よしわかった」
「きゅわ――――っ!!」
「んーんんーむーむーむーふんっふんっ――――っ」
カーリンが魔法陣展開。
「きゅーうううううぅ――うう――――んんん」
ドラミちゃんの口の前に火球発生。
「圧力上げ! 非常弁全閉鎖! 回路開け! 安全装置解除!」
水蒸気発生。
「……なんじゃその呪文……むううう――っ……」
カーリンの頭上に直径3m元気玉発現。
「くわぁああああ……」
ドラミちゃん火球直径3m超え。いやそれなにげにすげえ。
「波動エネルギー強制注入、エネルギー充填120%! 最終セイフティ解除、発射まで3、2、1……」
ひゅんっ。蒸気収縮。直径20cmの液体とも気体とも言えないドロドロした臨界水素が発生。
「【ペタファイアボール】発射!!」
「魔王ファイアボール!!」
「ぎゅわっ!!」
三つの光弾が飛び、ダンジョンの口に吸い込まれていく。
……ずしーん……。……ごごごご……ドドドド……。
地震っ! 地震ですっ!
ドドドドドドド。ものすごい振動です。
どこんっ。
山全体が少し持ち上がって、へこみました。
終了。




