26.次の手を考えよう
「三郎の様子はどうだ?」
遅めの朝、今日は宿のベランダに腰かけて街を眺めながらエルテスと交信する。
カーリンは朝風呂中だ。
あそこからそこまで持ち込む俺の手腕に乾杯だ。カーリンの機嫌もなおるので一石二鳥だな。
(それが妙なんです)
「教会がか?」
(はい、『よくぞ戻られた』とか、『此度の魔王軍討伐、特に被害もなく追い返すなどさすがでございます』とか使者がおべっか使って……)
「全部なかったことになってると」
(はい)
「それで? 三郎は教会に出向くのか? 凱旋パーティーとかやらんとおかしいだろ」
(いいえ、『十分にお休みください』とか言われてまだ宿にいます)
ふーむ、そうきたか教会め。
「……決まりだな。教会は魔王討伐の失敗、壁の存在、女神像と支部の崩壊を国内の信者に隠したい。女神の神罰で教会を壊されるのは怖いので近づけたくないし、三郎は英雄のまま手元に置いておきたい。そんなところか」
(近いと思います)
「案外、三郎暗殺未遂もパスティール教会の手配かもしれないな。で、暗殺が失敗するほど三郎が強いので、殺すより手駒にしておいたほうがいいと」
(そうですね、それなら話が通ります)
「だが問題の先延ばしだな。『無かったこと』にするのはトップの取る対応としては最悪だ。壁のことも神罰のこともいずれは信者に伝わる」
(教会はどうするんでしょうか?)
うーん……、俺は理系だから実は宗教関係のことは疎いんだよな。
強いて言えばジャンヌ・ダルクかな。
「教会の権威を取り戻すためもう一度三郎を持ち上げて、利用するだけ利用して、どこかの時点で見捨てる、かな?」
(ひどいです――!!)
「いやあ昔話でそういうのがあってさ……」
(三郎くん助けてあげられませんかね?)
「暗殺されて終わりじゃラノベのタイトルも変わっちまうからな」
(そ、そ、そんなことちちちちちっとも思っていいませんよ)
「はいはい」
なに書いてるんすかエルテス様。
「モーガン教会の情報ある?」
(無しです)
「勇者召喚しようとしてるんだよな」
(はい)
「勇者召喚ってどうやってやるんだ?」
(魔力の高い魔石集めて、交霊術者集めて教会秘伝の魔法陣使って強引に異世界から召喚します)
「交霊術って……三郎もしかして幽霊なの?」
(実体を伴った霊体といいますか、相手が生きている場合霊を呼び出すと本体もついてくるので)
「要するに本人だよね」
(まあそうとも言います)
「違いが判らん……」
(実体なんですけど、構成は仮想的な体なので、勇者は一般人と違ってレベル上げすればいくらでもレベルがあげられると。まあそういうことになります)
「ますますわからん……。俺は?」
(佐藤さんは亡くなったので私が体をコピーして転生してもらっていますので、生きてた時とおんなじですよ。ちょっとだけサービスを追加してますけど)
「ちょっとじゃねえよ」
「なに一人でぶつぶつ言っておる」
カーリンが風呂から上がってきた。タオル一枚で上気した桜色の肌が色っぽい。
「いや、ここまでの考えをまとめてたのさ……。三郎どうしようかと思って」
「相手するのに値するような者だったかの?」
ベッドに座って髪を拭く。見えてます見えてますから。
「利用するのには便利な者かと」
「うーむ、わしは悪だくみは苦手じゃ。任せたの」
魔王って悪だくみしてなんぼだろ。
背中の羽を小さくパタパタさせて髪を乾かしている。便利だな。
この羽は大きくなったり小さくして背中に張り付けておいたりと伸縮自在だ。
「実は勇者三郎を召喚したのはパスティール教会ってとこなんだが」
「600年ぐらい前に初めて魔王を倒した勇者の名だの」
「そことは別にモーガン教会というのがある」
「200年前に父上の先代の魔王を倒した勇者じゃな。ツェルトはどうした?」
「ツェルト教会が三つ目だね。一番新しいやつ」
「父上を倒した勇者じゃ。むさいおっさんでの、あれから100年しかたっとらんのに教会までできたかの。たった一人で堂々と乗り込んできおって『魔王と戦わせろー!』とかぬかしおった。父上が面白がって相手したが思いのほか強かったの」
「カーリンが消し炭にしたんだっけ?」
「よう知っとるの。わしも子供じゃったのであの時は父上を倒されて思わずカッとなってやってしまった……。負けは負けじゃし、父上をなんとか倒してヘロヘロになっとるとこをやってしまったのでの、今は後悔しておる……」
うん、惜しい男を亡くしたな。
「その時魔王城も廃城になったしの。母上に怒られた」
カッとなってそれですかどんだけカッとなってたんですか。それで今の木造平屋の魔王城か。
「二番目のモーガン教会ってのが、勇者を召喚しようとしているらしい」
「ほう」
「どうする」
「そんなもの受けて立つに決まっておるわ。一人で来ればわしが相手するし、パーティーで来れば四天王も出す。軍を率いてくればこちらも軍を出して一戦交えようぞ」
「うん、義理堅くていい感じ。でも俺たちは今回は特にそういうことは無しで、できれば和平を結びたいと思うわけで。戦いは避けたいわけで」
「のうマサユキ」
「ん?」
「実はの」
「うん」
「『勇者、襲来』というのはの」
「はい」
「魔族の一大イベントなんじゃ」
「それで?」
「魔族みんなが、魔王がどのように受けて立つのか、楽しみにしとるのじゃ」
「へえ」
「魔王が本気で闘い、魔族にその強さと器を示す絶好の機会での」
「なるほど」
「勇者を軽く蹴散らしてこそ、本当の魔王なのじゃ」
「そうなんだー」
「そのような祭り、数十年に一度あるかないかでの」
「うん」
「在任中に勇者が来るというのは、魔王にとっても縁起が良いのじゃ」
「へーそうですかー」
「だからの」
「はい」
「わしとしてはの」
「へい」
「ちょっと戦ってみた……あ、痛っ、痛い、痛い痛い痛い。痛いのじゃマサユキ痛い痛い痛い――――っ!」
「ふーざーけーん――――っ」
「痛いのじゃマサユキ!」
「な――――――――っ!」
しまった、丸見えじゃん。




