25.市場調査をしてみよう
二人で市場へ行く。これから通商もすることを狙っているのだからカーリンにしてみれば視察がメインの旅なので一番重要な場所だろう。
さすがに小麦とか肉とかの主食系に加えて野菜や加工食品も種類が増える。
「うーん……市場は大きいし量も沢山あるのだが種類は貧弱だの」
「胡椒とかスパイス系が少しあるな。南方と取引でもあるかもしれないな」
「調味料かの?」
「調味料というより、これは肉の匂い消しかな。保存が利かないからな」
「おおうこれ高いのーっ!」
「多分遠いところから運んでくるだろうからな」
「ドラミちゃんで運べばすぐだろうに……」
「なるほど、流通の仕事をこっちで請け負えばかなりの儲けが期待できるな。魔族にも参入できる新しい業種の誕生だ。うまくすればこの国の流通も掌握できるぞ」
「それもいいのう。うむ、商いでも対等に戦えねば」
「大丈夫、こちらにもまだまだ武器になるものはある」
調味料の棚は面白い。魔族が持っていないものもある。さながら和食VS洋食といったところか。
「売ってるものは同じものもあるが、出所が違うようじゃの」
「油はオリーブオイル、塩は塩田、酒は葡萄酒……発酵食品の類が全くないな。せいぜい酢がある程度か。酒があれば酢があるか」
「酒造りに失敗すると酢になってしまうからの」
「ああ、発酵食品の大元はたいてい保存に失敗した食べ物を我慢して食ってみたら意外とうまかったというやつがけっこうある」
「納豆とかそうじゃからの」
「納豆あるのか!?っていうか納豆あったのか! なんで食わせてくれなかったんだよ――――!!」
「アレはクサイのじゃ! 客人に出すものではないのじゃ! わしも大嫌いなのじゃ!!」
「アレに辛子と醤油を垂らして米にかけると旨いんだよ――!」
「そんな食い方すんのおぬしだけじゃ! マサユキが納豆を食うとはの」
「……そんな目で見んな。帰ったら食わしてやるから試してみろ」
「おぬし鬼じゃの」
見て回っているうちに俺の目が留まる。
「トマトがあるぞ!」
「この赤い実かの?」
「おう……、まてよ、と、言うことは……」
ダッシュで調味料の店まで戻る。
「まつのじゃー……!」
「あった! ケチャップだ!」
瓶に入ってたから気づかんかった。そりゃそうだよねポリ容器に入ってたりしないよね。
「けちゃっぷとな」
「おう、トマトを材料にした調味料だ。これあるだけで料理の幅がぐんと広がるぞ。帰ったらこれでいろいろ作ってみよう」
一瓶銀貨5枚(5千円相当)とめっちゃ高いけど胡椒が入ってるからしょうがないか。一瓶買い込む。
カーリンが半目になって俺をにらむ。
「おぬし男のくせに料理などするのかの……」
「そういう偏見は逆差別です魔王様」
「そういうのはおなごに任せておけばよいのじゃ。男が飯に口出すでないっ!」
「先代魔王様は食道楽とうかがっておりますが」
「父上もよく自分で料理して怪しげなものを作っとった。今はわしらも食うようになったものもあるが失敗作のほうが断然多かったの。母上は恥ずかしいからやめてくれとそれだけは嫌っておったし、家臣共も魔王様が料理が趣味などと臣民に知れたら大変じゃと緘口令を強いておったの」
「不憫です先代魔王様……」
「だいたい『これが男の料理だ』などと自慢しておってもの、わしらから見たら目の飛び出るような貴重な食材を湯水のように使いおってこれでマズいものでも作られたらこっちが泣けてしまうわ。わしは男の料理など信用せんの」
すいません魔王様俺の国でも『男の料理』とかのレシピ本はみんなそうです。
素材そのものの味に頼り切った大雑把なものばかりです。
一言も反論できません申し訳ありません。
その後、屋台で焼き腸詰を買って、それにケチャップをたらしてカーリンと二人で食べた。フランクフルトソーセージだな。
カーリンの機嫌が直るほど好評だったぞ。
それからも屋台回りしていろいろ買ってみたが、どれを食っても味が同じで単調なのは否めない。そもそも調味料というやつがとても高価で庶民が気軽に味わえるというものではないらしい。
「素材は悪くないのじゃが料理がヘタというか料理法が少ないのも問題じゃの」
「焼くか煮るかしかないもんなぁ」
「うむ、これも今後の検討案件じゃ」
こんな大きな都市にいてこんな料理しかないんじゃな。
まったくどこの英国だよ。
「マサユキ! 芝居小屋じゃ! 芝居小屋があるぞ!」
「小屋じゃねえよ劇場だよ」
こんな立派な建物を小屋とか言うな。
「『歌劇座の怪人』か……」
「もはや問答無用じゃ。これは見るぞ。魔王命令じゃ!」
「いつからそんなに偉くなったんですか」
「100年前からじゃ」
「マジレスはいいですから」
じゃーんっ! じゃかじゃかじゃーん!
うおぅ!音楽すげえっ!
「(か、か、体がびりびり震えるのじゃ! これはなんじゃ!?)」(小声)
「(パイプオルガンだよ。建物全部使って楽器にしてるんだ)」(小声)
「(す……、すごいのうっ!)」
華やかなステージ、豪華な衣装、素晴らしい歌に踊り、人間が極めた舞台芸術の一つの到達点だ。
最初は圧倒されていたカーリンだが、劇が進むにつれてなぜか機嫌が悪くなってきた。魔力のオーラが可視化するレベルで立ち上ってます。え? なんで?
「(マサユキ! この小屋の警備はどうなっておるのじゃっ!)」
「(警備?)」
「(あの仮面の男よ! さっきから舞台の邪魔ばかりしおって!)」
「(いやちょちょっと待って!)」
「(さっきからさっぱり芝居が進まぬわ!)」
進んでます、進んでますから――――っ!
「(なんなのじゃあの男! 芝居は邪魔する、おなごは攫う、シャンデリアは壊すわせっかくのパーティーは台無しにするわ、あげく慕い合う男女に横恋慕とはいったい何がしたいのじゃあの男は!)」
「(お芝居ですからー! あれ全部劇中劇ですから――――!)」
「(もう我慢ならんわしちょっとあの仮面の男成敗してくる!)」
「(やめてやめてあれ主役だから――――!)」
カーリンが「はあっ?」という顔をして俺を見る。
「(おぬしなにを言っておるのじゃ?)」
「(いやだからあの仮面の男がこの劇の主人公なのっ!)」
「(おぬし一緒に見ていたであろう。何を言っておるのじゃ?!)」
「(いいからとにかく絶対最後までおとなしく見ていてください。マサユキ命令です!)」
「(……そういえばおぬしに適当な役職をやっておらんかったの)」
「(やかましいわ)」
最後、カーテンコールで観客全員大拍手の中、仮面の男が中央でお辞儀してカーリンがボーゼンとする。
まあ、そこまでのめりこんで観てもらえるほどの迫真の演技、それも役者冥利に尽きるというものかもしれないな。悪く思うな仮面の男よ。
その後、ベッドの上で膝突き合わせて、「アレは劇で、劇場で怪人が現れるっていうお話なの、踊り子に片思いしてしまった男の悲恋の物語なの」と最初から最後までストーリーを全部解説しなおす羽目になった。
せっかくロマンチックな夜にしようといい宿を奮発したのに、台無しです魔王様……。




