24.勇者の後を追ってみよう
パルタリスは小さな宿場町なので一泊だけして次の街へ向かう。
「人間の世界は生きにくいのう」
昨日、たっぷりと盗賊共の身の上話を聞いたカーリンが言う。
「魔族では犯罪者というのは案外おらん。みんな知り合いだからの。顔見知りの人間に金を出せなどと脅すことなど誰も考えんの」
小さい社会のいいところだ。
俺たちは街道を無視して直線移動しているから本来なら宿場町に寄る必要はまったくない。昨日の強盗騒動はたまたま街道を横切ったときに偶然に出くわしただけだな。
そのせいで、本当は迂回する予定だったパルタリスに泊まることになってしまった。俺たちは今パルタリスの門をくぐり普通に街道を徒歩で移動している。もうすこし歩いて街から十分離れたら、ドラゴンのドラミちゃんを呼ぶ予定だ。自然、話題は昨日の盗賊の話になる。
「そうだな、数が多くて社会がでかいとどうしても物凄い金持ちや物凄い貧乏ができてしまう。幸せな人間が多くなると不幸の数も増えるんだな。貧しいものは犯罪しか生活の手段が無いという国は俺の世界でも少なくなかった」
「国は小さいほうがいいのかのう」
「国が小さいままだと今度は文化や文明が発達しない……。何百年も進歩のない何も変わらない世界が続く。このバランスは難しいな」
「たしかにあの芝居はよかったの。あんな音楽や芝居を作り出せる余裕は今の魔族には無理な話だの……」
カーリンはすっかりミュージカルがお気に入りのようだ。
この先都市がどんどん大きくなっていくから、もし芝居小屋があったらまた観に行こう。
「マサユキはなんでも知っていてすごいとよく思うのじゃが、そんなマサユキがおった世界でも、そのような問題は全然解決してないのだの」
理系の俺は実は政治とか経済とか、苦手なんだよな。
「俺のいた世界では誰でも大人になるまで学校で教育を受ける。読み書き計算、社会のしくみやルール、歴史。わからないことはなんでも調べられるし、今世界がどうなっているかもどんな遠くにいても知ることができた。過去、うまくいったことも、うまくいかずに戦争になったことも、人間全体がそんな知識を共有しているはずなのに、戦争も犯罪も無くならない……。なぜだろうな」
「魔族も同じじゃ。父上が魔界を統一するまで、小競り合いが絶えなかった。父上は敗れた者も首などとらず歓待し、戦争するより旨い物食ったほうがずっといいと時間をかけて皆の者を説得したのじゃ。父上があれほど食道楽にこだわったのは……今考えてみれば統治の手段だったのかもしれないの。貧しき時、食えぬ時、頭に悪いことが思い浮かぶのはそんな時じゃと言うとった」
「わかりやすいな。魔族の連中には確かに効いたかもしれないな」
大した男だよ先代魔王。カーリン見ればよくわかるよ。
「でも、昨日はなにが始まるのかと思ったけど、いきなり裁判始まってびっくりしたぞ。その場でやるのかよって感じで面白かったわ。魔王ってなんでもやるんだな」
「あとで裁こうにも忘れてしまっておるやつが多くてのう。こういうのはその場ですぐやるに限るの」
犬のしつけですか。魔族って一体……。
「なにか争い事があれば両方の言い分をちゃんと聞いて公平に裁きを下すのも魔王の仕事じゃ。実はわしは魔王やっておって一番好きなのが悪人退治だったりするのじゃが、めったにないのう」
「いちいちあんな説教してたらそりゃあ悪人いなくなるわ……。涙流して反省してたもんな。カッコよかったぞカーリン。なんていうかこう……」
「ん?」
「年の功?」
「やかましいの」
今日も朝飯前に街を散歩しながらエルテスと話してみた。
(三郎くんはこのペースだと今日は王都の手前の街、ノルワールに着くんじゃないかと思います)
「なんとかギリギリで先回りできそうだな」
(今までなにやってたんです?!)
「いやあ、この世界をいろいろ見て回るのが俺もカーリンも面白くてさあ」
(三郎くん、最近すっかり無言で無気力状態だったんですけど、昨日馬車が襲われましてね!)
「ええっ! ホントか! 勇者の馬車襲うとかずいぶん大胆な山賊だな!」
(三郎くん久々の大活躍でちょっとやりすぎなぐらいやっちゃったんですけど、それで今はまた調子乗ってきてますね)
「それライバル教会の暗殺部隊だったんじゃないの?」
(……あり得ますね。パーティーの女子がキャーキャー言ってうざかったです)
「ま、三郎元気ならそれもいいか。ちょっと追い詰めすぎたと心配してたわ」
(ノルワールでしばらく足止めですね。王都の教会から使者が来るからそれ待ちなんですって。教会でも勇者をどう扱うか決めかねているのかもしれません)
「よし俺たちもノルワールに入ってみるわ」
うん、俺たちの目的地もこれで決まったな。
(私今なら三郎くん目線でラノベの一冊でも書けそうですわ)
「楽しそうで何よりですエルテス様。タイトルはどうするんでしょうか?」
(『俺の異世界ハーレムが全員ヤンデレな件について』)
「やめてあげて」
(じゃ、『俺の異世界ハーレムが修羅場過ぎる』)
「もうちょっと読者が手に取りやすいタイトルにしてあげて」
(『異世界でハーレム作ったけど俺のチートが空回り』)
「もう悪意しかないよね。読者の夢何一つかなえてあげる気無いよね」
(じゃあ佐藤さんなら、自分のこと、なんてタイトルつけるんですか?)
「俺か? うーん……」
ちょっと考えて、
「『理系のおっさんが物理と魔法で異世界チート』とか」
(全くセンス無いですね)
「やかましいわ」
ノルワールは王都ルルノールの手前にある衛星都市だ。かなりデカい。
城壁門の前に並ぶ旅人や商人の荷車、馬車で混雑している。
勇者三郎の先回りはできたと思うが、街に入れるまで時間がかかりそうだ。
……来たよ。
並んでる俺らを無視して二頭立て馬車の7台編成が城門に向かって進む。
タリナスで用意した馬車だろうから王侯貴族が乗るような豪華な馬車というわけではないが、先頭馬車が派手な旗立てて目立つこと目立つこと……。
「勇者だ!」
「勇者の馬車だよ」
後ろで歓声が上がり、俺の周りがざわめく。勇者だったらパーティーと一緒に歩いてこいよ! 馬車で移動する勇者なんて聞いたことねえよ!
……あ、教会関係者も一緒だったか。まあしょうがないか。
「あれが勇者なのかの?」
「そうだ。カーリンも顔見とくといいかもしれんな。俺は会ったことある。17歳の男だ。『ヒュウガ・アスカ』と名乗っているけど本名は鈴木三郎」
「馬車で移動とはまたヘタレな勇者もいたものだの」
「教会関係者も一緒なんだよ。まあ勇者はその護衛しなきゃならんから」
「アレが勇者ぽいのう……」
……先頭かよ三郎。先頭の馬車の御者のおっさんの横に座って手振ってる。
まーニコニコと上機嫌だわ。
勇者の御紋の旗立てて勇者先頭で警戒してて、こーんな馬車襲うような奴もう完全に盗賊じゃないよね。明らかにどっかの暗殺部隊がお前殺しに来てるよね。
わかってんの三郎? 気が付いてるそのことに?
女の子パーティまで一緒になって窓から手を振るな。
お前たち護衛だろ? 分散して乗れよ。
実は俺はこの時ちょっと緊張していた。
もしファンタジーのお約束通りに勇者や、パーティーの誰かが魔の気配を感じるとか魔族を探知するとかの能力があったら、魔王カーリンに気が付くかもしれないからだ。
場合によっては大きな騒ぎになりかねない。群衆に紛れて勇者の観察を続ける。
カーリンはじっとその勇者を見て……。
「ガキじゃの」
「ガキだね」
終了。
「それにしても早く街に入りたいの――っ! 芝居小屋があるとよいのう!」
「勇者はフリーパスかよ……、羨ましいな」
「(飛んで行ってこっそり入るかの?)」(小声)
「(それやるなら夜中になるし、宿にも泊まれなくなるって!)」(小声)
「(うー……、面倒じゃ面倒じゃ)」
「(我慢しなさい)」
そうして俺らは昼過ぎにハラペコで街に入ったのであった。
入城税銀貨10枚。タリナスの5倍。ボッタクリじゃねーか。
あ、ハンターカードは使わなかった。二人とも1級ハンターだと騒がれそうなんで。
広い街なので散策が面倒だが、俺には【マップ】がある。街に入る前には事前に調べておくのも効率よい観光のポイントだ。
これに三郎に仕掛けた盗聴魔法の【ワイヤタップ】を組み合わせると三郎の居場所がわかる。我ながらチートすぎます。
あれは音声の空気振動エネルギーを電波変換してるからバッテリー要らずだし電波発信機としても使えるのだ。町中だと到達距離200mぐらいの極小出力だけどどうせ宿屋街にいるだろう。使ってるのは電波なので魔法や魔力の警戒網にもひっかからない。せっかくなので【サブロウナビ】と名前を付けて俺の魔法リストに追加して常時起動しておく。街中とかでバッタリ会ったらまずいからな。
一番いい宿に泊まってやがる。厩舎に勇者の旗立てた馬車があった。
ほかの馬車は無かったので、教会関係者は自分の教会に行ったのだろう。
50mぐらいまで近づくと音声も受信できるので、ちょっと女神紋で聞いてみると真っ最中だったのでやめた。
馬車で移動だとヤれませんものね野営してても教会関係者と一緒のテントですものねそりゃあ溜まりもしますよね十七歳ですものね。
まだ昼間なんですけどね。




