記憶
ダークナイト卿が呼ばれているであろう大使館に向かっていたアウルは不穏な空気に包まれているのを感じ取った。
自身の式を先に大使館に入り込ませ、内部の構造を調べているときのことだった。その際に見つけた怪しげな二人組の男たちの会話にこうあった。
「例の作戦はいつ決行する」
「今夜だ。この作戦がうまくいけば、王都は結構荒れるだろうな」
「ダークナイト卿を消せば何もかもうまくいくだろうな。それに今は暗部の連中もいないことだし」
「なるほどな、決行は今夜で」
「ああ」
二人の男はまさか会話を聞かれているとも知らずにいろんなことをべらべらと話していた。侵入経路や脱出経路、どのような手口で殺すのか、そのあとの処理をどうするのかなどなど。
それを聞いたアウルは大使館への侵入を諦め、別の行動を起こすことにした。
「我が眷属よ、我が意に従いて目覚めよ。コール」
自身の魔力を物に宿らせ動かすことの出来るゴーレム術。アウルは侵入者たちが作戦のために使う経路に自身のゴーレムを配置しておいた。
「ほかに協力者がいないか調べておくか……」
アウルは紙を媒体にした鳥型の式を飛ばすと、視覚情報を連動させる。そして街中にいる野良猫を使い、アウルは街中に情報網を広げた。
これにより行動しなくても逐一情報が手に入るので楽が出来るといえばそうなのだが、アウルは自身を偽装系統の魔法で姿を変えると兵士の姿で内部へと潜入した。
内部の情報はあらかじめ調べておいたため、そう迷うこともなくダークナイト卿がいるであろう部屋までたどり着くことが出来た。
「見張りお疲れさん」
「……お前は巡回していたのか?巡回の方が楽そうだな」
「こっちはこっちで大変さ。それよりもそろそろ交代の時間だ。お前も巡回に行ってみるといい、こっちは気を遣うだろうが巡回は体力を使う」
「それもそうだな。来賓には十分に注意して接しろよ」
「分かってるって」
兵士に成りすましたアウルは入口を警備していた兵士と交代すると、誰もいなくなったのを見計らって中へと入った。
「これはこれはアウル君。変装までしてどうしたのかな」
「……さすがですね、ダークナイト卿。これでもばれてない自身はあったのですが」
「屋敷全体に君の魔力が徘徊していれば、必然と分かるものさ。君の魔力はかなり独特だからね。しかもこれほどの使い魔の数からみると何かあったのではないのかな?」
「その慧眼恐れ入りますね。賊が潜入しているそうですよ。俺自身もそれに含まれるでしょうが、もう一つ悪意がある賊が」
小さく咳払いをする様子を見せると
「本当は私にそれを伝えに来たというのはついでではないのかな?ルカならこの隣にある部屋にいるから言ってあげるといい」
「……あれはもう俺の妹ではないのですが」
「それでも君はルカの兄だよ。たった一人の兄だ。血のつながりはどうしようもないものさ。私たち夫婦には子供が出来ないようだから本当の娘のように可愛がってはいるが、どうも心を開いてはくれない。やはり兄である君がそばにいてあげるべきなんだと私は思っている」
「俺だってそばにいてやれるのならそばにいて成長を見守っていきたいと思ってますよ。ただ、俺はあまりにも人間という枠から離れてしまった。それも血が成した結果なんですよ。俺は人間にも魔族になれない中途半端な存在だ。俺の居場所なんかどこにもない。父を殺され、母を殺され、師匠を殺された俺はあまりにも無力だ。そんな俺がいまさら妹の前に兄だと名乗れるはずがない」
アウルは思っていることをすべて吐き出した。
「俺はあまりにも汚れ過ぎた。あまりのも同胞を殺し過ぎた。人間を魔族を俺は殺し過ぎた」
「生きるということは何かを犠牲するということだ、アウル君」
「分かっています。俺はもう二度と失うことがないよう大切なものを作るのをやめたんです」
「つらく悲しい生き方だね。大切なものがあるのとないのでは宿る力が変わってくる。君は復讐に憑りつかれているように私には感じるね」
「復讐はもうあらかた終えてます。ただ復讐したって残ったのは空虚だけだったんですよ。殺してやった、敵を討ったって感情が自身を支配するものとばかり思っていた俺は何もないことに失望したんです」
アウルは眼帯を摩りながらそう言った。
「その目もその時に?」
「この目はあの事件の時に見えなくなった……」
アウル・S・コルトハードはあの事件がきっかけで左腕と左目を失っている。心臓まで刃が届かなったのはとっさに左腕を犠牲にしたからだとルークが言っていたことをアウルは思い出していた。
「君は本当に失ったものが多い。私が君の父親代わりになtってあげたいが、君はそれを断るのだろうな」
「俺の父は一人だけです。父の代わりをしてくれる人も俺には一人だけで十分です。ただ、ルカにはあなたが必要でしょうから。俺の大切な妹をよろしくお願いします」
普段あまり人に頭を下げることのないアウルが丁寧に頭を下げた。
「それよりも」
「分かっています。今回は俺に任せてください……」
アウルがそう言い放つとアウルは眼帯を外した。
「起きろ、魔導書」
アウルの左目は幾何学模様の魔方陣で構成された瞳には悪意たちが映っていた。
「喰らえ」
アウルがそう一言告げただけで悪意たちは自身の影に飲まれ痕跡を残すこともなく消え去った。
「片付きましたよ」
「……禁書かね、今のは」
「第三禁書『旧聖書』に含まれている影の魔法です」
禁書、禁術と呼ばれるような力は何の代償もなく発動することは出来ない。アウルが発動した第三禁書はその中でも制約が緩く、発動しやすい利点があるがその分デメリットも大きい。
「シャドウイーター。これがこの魔法の名前……この魔法の対価として用意しなければならないのが、時間。ある意味理想的な魔法なのかもしれないが、この魔法を使った者は喰らった人間の残りの寿命を自身の寿命に加算する。自害することは許されない」
「不老不死になれるということなのかい?」
「不老不死ではなく、半不老不死といったと具合に一定年齢まで成長するとそこから急激に老化の進行速度が遅くなり、状態異常になりにくい体になる。これだけを聞くといい効果に聞こえがちですが、続きがあります。魔力過多による暴走の可能性と記憶の消去」
俺には忘れたくない記憶もあるんですよとアウルは付け加えた。




