第二十四段、『その少女、誓う』
随分と遅くなりました。
「紅蓮の悪鬼……ですって」
ギルド公認の受付嬢は珍しく裏返った声で返答した。アウルは魔物の討伐部位を取り出し、試験の経緯を話した。
試験の対象である大餓鬼は無事に何頭か倒すことが出来たのだが、不測の事態が発生しクリムゾンデーモンと遭遇。
「それで、よく無事に生きて帰ってこれたものね」
「……運が良かったんだと思いますよ。クリムゾンデーモンとはいえ、弱っている魔物でしたから」
相変わらず自分には敬語で話してくれないのかと、アイシャは苦笑する。
「ギルドナイツの試験の方はどうした?」
「正直言って問題はないね。むしろすぐにでも戦力として期待出来る」
アイシャは自分なんてすぐに追い越されそうだと訓練所の使用許可書の申請をしていた。
「ランクアップの方の試験も明日に迫っていますので、準備の方しておいて下さいね。試験会場は正門に集合になっています。時間には遅れないように気を付けてください」
アウルは報酬をもらうとギルド総本部を後にした。
◇◇◇◇
ギルド総本部からアウルがいなくなってからしばらくしてアウルと年もそう離れていないであろう少女がギルドに足を運んでいた。
「冒険者になるにはどうしたらいいですか?」
幼さの残る顔立ちでありながらもその口調はしっかりとしたもので、受付嬢もよく出来た娘だと思った。
「いくつか質問してもいいかな?」
「はい」
「お名前は?」
少女は少し躊躇った様子を見せたがローラ・エインズワースと名乗った。
「年齢は?」
「今年で10歳になります」
9歳からの傭兵志願を受けているギルドとしては彼女を断る理由は一切なく、種類申請は無事に終わった。
無事に冒険者になることが出来たローラは自分を助けてくれたあの人に早くお礼が言いたかった。
それに同じ冒険者になればあの人に会うことが出来るかもしれない。
「ちなみに得物は?」
「これです」
彼女が自身の得物として提示したのはこの世界ではかなり珍しい銃と呼ばれる武器だった。扱える者が少なくその生産方法さえ知らない過去の遺物。
古代兵器と呼ばれている武器。
「随分珍しいものを使うのね。まぁいいわ」
その後もある程度質問が続くと特殊な金属板を受付嬢から受け取る。魔法工学の分野でも特殊な素材で作られているものとして研究対象にまでなっているギルドカードだ。
魔力を流すとそこには自身の名前と年齢、ランク、職業が記載されている。その他にも意識すると自分の過去に倒した魔物の数や使用できる魔法など様々な個人情報が載っていた。
登録を済ませたローラは早速低ランクの採取依頼を引き受けた。
ギルドから出てると体格のいい中年のオヤジとその取り巻きのような連中に絡まれた。
「ねえ、お嬢ちゃん。ルーキーだよね」
「俺達が手取り足取り教えてあげるよ」
気味の悪い笑顔をローラに向けながら彼らはそう言った。ローラは取り合うことなくその場を離れようとするが、
「ちょっと待てよ」
強引に手を掴まれると油まみれの顔を近づけてくる。
「綺麗な顔してるね。俺達と遊んでいけよ」
ローラは声を出そうとするがうまく声が出ない。正直もうだめなのかもしれないと覚悟する。
「……くだらねえ」
誰かがそう吐き捨てた。
「人の帰宅路でナンパまがいのことしてんじゃねぇよ。それにお前ら正直に言うが趣味が悪い」
黒衣を纏った少年は淡々とそう告げる。少年の告げる言葉一つ一つに重力に似た重さを感じた。
言葉に重さがあるわけではないが、その場の空気が重くなる。比喩なんかではなく現実的に空気自体が重さを持つ。
───威嚇術、戦声。
戦闘時に使う相手を怯ませるための術。少年が使っているのはまさにそれだった。
「ふざけやがって!」
戦声は相手の戦意を奪うための術で攻撃力はない。
「生憎とふざけている気はない。俺の通行の妨げさえしなければいいだけの話だ」
───特殊系重力魔法、重力球。
ビー玉のような大きさの黒い球体を出現させるとそれを指ではじき飛ばす。
「ぐはっ!!」
通行の妨げをしている男の腕が真逆の方向に曲がる。
「ぎゃあああああ」
「うるさい耳障りだ。これ以上被害を受けたくないものは早々に立ち去れ。さもなくば殺す」
男たちは畏怖の表情を浮かべるとこちらを振り返ることもなく逃げ出した。
黒衣を纏った少年はつまらなそうにため息を漏らすと緊張が解かれたのか地面に腰をつく少女を見下した。
「お前も冒険者ならあれくらい自分で対処しろ。俺がよく裏道で使っている路地でもめ事を起こされても厄介なだけだ」
「す、すみません」
謝ると同時にローラは自分のことを覚えていないかと言い出す。
「あの時の子供か。お前も冒険者になっていたのか……」
少年はローラのことを思い出すとまたため息をついた。
「あれだけの思いをしてどうして冒険者なんかになろうとするんだ?俺には理解できないな」
「貴方のように誰かを守りたいんです!」
それを聞いた少年は
「くだらない考え方だ。この世界には二種類の人間や亜人しかいない。奪う側と奪われる側だ。冒険者つまりは傭兵だ……他人のために戦うやつは死ぬぞ。己のために戦え」
「それは貴方の理想?」
「俺の師だった人がよく言っていた言葉だ。傭兵……つまり戦う人間になるということは必ず奪うしかない。自分の大切な者を守るために相手の大切な者を奪う。その覚悟がないのなら己の理想に忠実に生きてみせろ。だが、理想には必ず障害が発生する」
少年は拳を握ると
「ローラ。お前には守りたいものがあるのか?お前には貫きたい理想があるのか?叶えたい夢はあるのか?」
「強くなりたい。全てを守れるくらい」
ローラはその小さな身体から溢れ出す魔力を覇気として吐き出した。
「じゃあ、強くなれ」
少年はそれだけいうと笑みを浮かべ路地を抜けた人ごみの中へと消えていった。
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