第二十三段、『魔人』
大餓鬼を探しているアウルはいつもと何一つ変わらない態度で、それを見たアイシャは不思議に思った。
「どれだけの戦闘訓練を積んでいるの?」
アイシャは思わず口に出してしまう。
「戦闘訓練だけなら四年。戦闘基礎訓練は二年。ギルドで仕事をしたのは今年からだ。俺は三つの頃にはそれなり剣を振っていた。父親の影響が大きいが」
「父親は?」
「もう死んでいる。それも五歳の頃の話だ」
アイシャは自分が同じ年の頃は何をしていただろうとか考えた。いいところ出身というわけではなかったがそれでもアウルほど悲惨な人生を送ってはいない。同じ年にそこまで力を求めたことはない。
「人を殺した経験は?」
ギルドでは高ランクになってくると傭兵のように扱われることがあり、たまに戦争などに行くこともある。ましてやギルドナイツは護衛を最もな依頼としているためそのようなことが多くなる。
「ある。数カ月前の話だな。人を殺したのは初めてだったが、それほど嫌悪感というものはなかったな。相手が殺したいほど憎い相手だったためか、それとも自分がそう言うことに対してなにも感じない性格だからなのか、それを確かめる術はなかったし、別にそのことに対して考えるほどの余裕はなかった」
アイシャはそれを聞いて自分が任務で初めて人を殺した時のことを思い出す。敵を倒した後で自分が目の前に倒れている者の命を奪ったのだと自覚し恐怖し、そして吐いたことを。
「ところでアイシャはどうしてギルドナイツなんかやってるんだ?」
「そうね、大切な者を守りたいと思ったから」
アイシャは自分の言葉に偽りないと強く言い切った。
「大切な者、ね。俺にはもう親しい者がいないからその気持ちはよくわからないな。俺は生きるために仕事をしているから」
「そのうちわかるようになると思う。いずれ君も会うと思うよ、生涯掛けて守りたいと思えるような存在が」
「会えればいいな」
アウルはそう言って静かに目を閉じた。
◇◇◇◇
守るべき存在か。
俺にはもう何もないというのに。
俺は空っぽの器だ。
「俺は何をしたいんだろうな」
少し離れたところにいるアイシャを見ながらアウルはそう思った。アウル自身、降りかかる火の粉は払うがそれ以外のことに正直なところ興味がなかった。
生きている。
そう言えるのだろうか。たまにそんなことを考えている。アウルは左目を抑えながら周囲を見る。
「【名無の魔導書】」
長年使っていなかった魔の原書たる魔導書を起動させる。この魔導書の効力としてはあらゆる事象を解析することが出来る。
他にもいくつか能力はあるが今はそれを使う必要がない。
「視認できる不必要な要素を全て排除。生物反応参照……。そこから大餓鬼の反応だけを表示」
左目に映る情報は全ての背景を消去し、自分の見たいと思うものを見る。これもいくつかの前提条件があるが今はそれを省くとしよう。
「大餓鬼を見つけた。俺はこれより殲滅に行くが?」
大餓鬼を見つけたアウルはそれをアイシャに告げ、武器を手に取る。
「そんな近くにいたの?」
「いや。ここから数キルメルは離れている。けれどどうやらそこがそいつの住処みたいだ」
「……もしかして魔眼持ち?【千里眼】とか」
アイシャの言葉にアウルは違うと言い切り、それよりももっと悪質なものだという。
「そんな低レベルな魔眼ならよかったんだが。生憎これはそんなレベルのものじゃない」
黒く染まっていた瞳は紅蓮へと変化を遂げ、瞳の奥には五芒星が浮かんでいた。
「この目で見た現象には全て介入することが出来る。普段は眼帯をして隠しているんだけどな」
アイシャは言われてみて初めて気付く。出発前に着けていたはずの眼帯をアウルは外していた。
◇◇◇◇
大餓鬼を見つけてから数十分が経っただろうか。アウルは身体強化で森の中を颯爽と駆け抜けていた。
森の中で木々を躱しながら走るのはエルフとて難しいことをアウルは平然とやってのける。
アイシャはこれが素質というのもなのかもしれないと考えながらアウルの後を追う。
「あれは!」
アイシャがアウルの停止を確認し近付くとそこには通常の青いオークとは異なる別種が存在していた。
「……紅蓮の悪鬼」
「クリムゾンデーモン?」
アイシャが口にしたそれを視認できる距離で確認したアウルはアイシャに尋ねる。
「あれは、オーク種の中でトップに位置する化け物。ギルドナイツが10人くらいでやっと倒せるような……どうして町の近くにこんな奴が」
「ふーん、だったら倒してしまえばいいわけか」
「簡単に言うが、君では」
アウルは眼帯をし直すと
「一つだけ言い忘れてたけど……俺は人間じゃない」
その言葉に呼応するように顔に魔族特有の痣が浮かび上がり瞳は紅蓮へと変化する。
「人間のフリが出来るなんて上位の魔族なのか」
「一つ訂正だ。俺は確かに魔族であるが同時に人間でもある。俺は半魔族だ……母親が魔族で父親は人間。だから俺はどちらの姿になることも出来る。まぁ、妹は完全な人間に近いがな」
アイシャは気を抜けば目の前にいるアウルの魔力によって意識を刈り取られてしまうことを理解し、余計な感情を捨てる。
「流石だな。これだけの魔力に充てられてなお、平然としてるんだから」
「伊達にギルドナイツを名乗っているわけ……戦闘態勢」
アウルは強化された身体機能で軽々と回避行動を取る。
「気の短い奴だな」
──コルトハード流剣術壱の型、一閃・改。
ルークから教わった刀操術を独自にアレンジにしたもので、華麗に敵を捌くことを目的としているルークの考えとは異なり、敵を完全に排除するための殺人術。
言い方を変えればより実践的にしたものだ。
アウルが抜刀すると同時にクリムゾンデーモンの片腕が宙に舞っていた。
「……見えなかった」
「この技は俺が本来使う剣術の極意を応用し独自のアレンジを加えた技だ。より実践的に敵を排除することを目的としている」
アウルは今いる場所の地面を強く蹴ると、地面を這うように走る。
「我は望む。大地を駆ける雷脈よ!地雷」
地面に雷属性の魔力を流し込み、同心円状に周囲300メルに雷脈を作る。雷脈の形成が終わると雷脈を辿っての瞬間移動。
「我流、雷速剣」
音速を超えた剣戟は肉体へのダメージも発生するがアウルは自身に掛けてりる肉体強化により相殺。
クリムゾンデーモンが咄嗟に自分の頭を残った腕で庇ったせいで首を飛ばすまでには至らなかった。
「……それで終わりだと思っているのなら、残念だったな」
アウルはクリムゾンデーモンに背を向け、来た道を歩き出す。
「この一撃は一撃にあらず」
カチンという納刀の音と共にこの世のものとは思えない断末魔が森中に響き渡る。
「朽ち果てろ」
アウルはアイシャの下に行く途中に空を見上げた。
今日はいい夜空が見られそうだ。




