第二十段、『黒髪の少女と訓練所』
アウルはギルドからの許可を貰い、ギルドが保有している訓練所を借り受けることにするとすぐさま訓練所に向かった。裏路地にある『アフィード』から表通りに出るとそこから北西に向かう。
十五分くらいだろうか、アウルが表通りを北西に歩き始めてそれくらいの時間が経過した。アウルは疲れた様子を見せることもなく訓練所と書かれた施設を見つけると受付で紹介状を見せる。
「アウル様ですね。確かにトワ様の方からの紹介状ですね…。ただいまダークナイト家の令嬢が使用しておりますが、それでもよろしいですか?」
「それは俺の方の台詞だと思うんですが」
ダークナイト家と言えばアウルが今いるベルンハルト領を統治する七大貴族の一家だ。その令嬢ともなると流石に失礼になると思いアウルは自体しようとする。
「許可しよう。アウル君」
断ろうとした矢先、落ち着いた口調の優しそうな初老の男がアウルにそう言った。
「……もしかして、ダークナイト卿で?」
「もしかしなくても私はダークナイト家現当主、ウェルダン・アストラル・ダークナイト。娘の相手をしてくれないか?アウル君」
「自分では物足りないかと思いますが」
その言葉を聞いたウェルダンは笑う。
「それはないよ。君の実力は私も知っている……私の友であるルークからよく話を聞いていたからね。それとユリアの指導も受けているそうじゃないか。そんな君が物足りないなんてことはないよ。それに自分を卑下することは君の父上に申し訳ないと思わないかい?」
ウェルダンはまるでアウルの過去を全て知っているかのような口調でアウルにそう言った。
「……何もかも見透かされているようで多少不愉快です、ダークナイト卿」
「私のことはウェルダンで構わないよ。それにあの子も……」
「やめてください」
アウルはウェルダンの言葉を途中で遮ると、それ以上何も言わないでくれとそして
「俺はアウル・S・コルトハードです。それ以上でもそれ以下でもない。貴方には確かに世話になったが、それ以上の口出しはやめてもらいたい」
「失礼したね。君は君として今を生きているんだ……でも彼女に会ってやってくれないか?正体を知られるのが怖いというのであれば変装でも何でもするといい。それで会ってくれるのなら」
「……分かりました」
アウルは外套を深く被るとそのまま訓練所に向かった。
「……ジーク。貴方の息子は本当に末恐ろしい……英雄と魔王(あの人)の血を引くアウルがこれからどう成長していくのか私はそれを見守るとしよう」
◇◇◇◇
アウルは顔を隠した状態で訓練室にやってきた。訓練室の中には訓練用ゴーレムが多数配備されており、疑似的な森が形成されていた。
その中で肉体に作用しているであろう魔法を発動させた状態で縦横無尽にフィールドを駆け回る少女をアウルは見た。
「暗殺術、首狩り」
魔力で模られた大鎌を木々の中で器用に振り回しゴーレムの頭を確実に刈り取っていく。
その様子を見たアウルは思わず拍手をすると少女は見られていたのだと思わず、こちらを威嚇した。
「誰?」
「ただの訓練しに来た傭兵だよ、次期当主殿」
次期当主という言葉に反応したのか、それが起爆剤となり五十メルくらい離れていたはずなのにその間合いを一瞬で詰めるとアウルの首に魔力で模った短剣を押し付ける。
「いきなりとはご挨拶だな」
確実に捉えたはずのアウルが少女の手元からいなくなっていることに驚く。
「俺を殺りたちゃ、もっと本気でこないと」
「本気、仕留める」
───暗殺術、闇斬り。
アウルは回避することなく死角からの攻撃を短剣で受け止める。まるでどこから攻撃がくるのか予測できていたかのように最小限の動きだけで少女の攻撃を対処した。
「刀、抜け。舐めているのか」
「お前にそれだけの価値があるのか?」
アウルの言葉は空気を震わせ、少女は一瞬だけ恐怖に支配される。けれどその一瞬で勝負が決した。
いつの間にか少女は宙を舞い、その後鈍い音と共に地面に叩き付けられた。
「ルカ……負け?」
自分のことをルカと名乗った少女は自分が負けたことに疑問を持った。
「相手が悪かった。俺でなければそれなりにはいけると思うが」
「殺す、の?」
「殺しはしない。これはあくまで訓練だ……それにお前の親父さんは心配そうにお前のことを見ているぞ」
アウルはルカに手を差し伸べ彼女を起こすと彼女を防御結界の後ろまで下げるとアウルは自分の訓練に映る。
「ルカ、よく見ておきなさい。もしかすると彼の本気を見られるかもしれないよ」
そう言ってウェルダンは静かにアウルを見守ることにした。
◇◇◇◇
「難易度最大、武器、魔法使用制限解除。ダメージ還元解除。フィールド森を継続。ミッション開始」
『制限時間15分。敵を全て排除せよ』
無機質な音声がそう告げると人型の何かが一斉にアウルに攻撃を開始する。アウルは動じる様子もなく攻撃を一つ一つ丁寧にいなす。上段、下段、中段と様々な斬撃を回避しつつ、アウルは後方で発動されている魔法を見極める。
───コルトハード流剣術壱の型、一閃。
ここでアウルは初めて抜刀すると、鎌鼬に似た斬撃が訓練用の人型ゴーレムを次々に破壊する。その一撃はあまりにも的確で見ていたウェルダンは戦慄を覚えた。
「ルーク君の剣術の主流まで使えるとは!」
コルトハード流には二通り技がある。剣や刀を使わない型のない技と、それを使用した型としての技。
その主流である型はルークが戦場で長年を掛けて編み出した独自の流派だった。
そしてこの次に見せたアウルの剣術には流石のウェルダンも言葉を失った。
「面倒だ」
───アディンセル流刀操術一の太刀、疾風迅雷。
視認することもはや叶わない速度での攻撃は無慈悲に残っているターゲットを全て確実に破壊した。
ガタっ。
その音と共にウェルダンは立ち上がると
「英雄王の剣技……まさか」
「アディンセル流の真髄はその全てが一撃必殺ということ。つまり返しがもしされたのなら負ける可能性がある諸刃の剣」
ルカもアディンセル流を使うことが出来るがあそこまでの威力の一の太刀を放つことが出来るかと問われると正直無理と答えるしかないだろう。アディンセル流本家の人間であるルカよりも高威力の技を持つ彼が何者なのかルカはとても気になっていた。
「俺は師匠からその全てを教わっている。ただ誰かにこの技を教えるつもりはない。技術というのは広めてこそだと俺は思っているが、同時に秘匿するべき秘伝というものも知っている。アディンセル流は秘匿するべき剣術」
「……流石はアウル君。魔法の方も師匠よりも上回っているのかな?」
アウルはその問いに返答することなく、訓練所をあとにした。




