第14章 「冬空の下で事切れた蝉怪人」
サイドカーの運転を担当する天乃ちゃんと和やかに御喋りしながら、涼しい夜風を切り裂く快感と堺市内の美しい夜景とを思う存分に満喫する。
これぞ正しく、夜勤シフトの憩いの時間だよ。
後は南区にあるインターチェンジから乗り込んで阪和自動車道をぶっ飛ばし、岸和田辺りのサービスエリアで温かい鍋焼きうどんかラーメンでも手繰り寄せられたら最高だね。
とはいえ今は勤務中だから、そうも言ってられないんだけど。
今度の休暇の日にでも英里奈ちゃん達を誘って、支局から借りた軍用バイクでツーリングってのも面白そうだなぁ…
そんな御気楽なツーリング気分に浸り続けていられたなら、本当に良かったんだけどね。
だけどやっぱり、そこは歳末特別警戒下での巡回パトロール。
何も起きないはずがないんだよね。
一足早目の忘年会で酔い潰れたサラリーマンをトラ箱へ保護してあげたのを皮切りに、色んな事が起きちゃったんだよね。
コンパで調子に乗って一気飲みをしたのが災いして急性アルコール中毒になった短大生を病院に連れて行ったり、飲み会の席で戦わせていた演劇論がヒートアップして殴り合いの喧嘩に発展しちゃった学生劇団を仲裁したりとか。
小粒な事件に立て続けに遭遇しちゃって、もう大忙しなの。
オマケにどれもこれも、お酒に纏わるトラブルばかりなんだから本当に参っちゃうよね。
自分の身体がどれだけアルコールを処理出来るのか。
どのレベルの酔いまでだったら、理性を保っていられるのか。
みんなキチンと弁えておかないと駄目だよ。
もっとも、人類防衛機構に入隊した事で小学校六年生の頃からお酒を飲んでいる私が言ったって、あんまり説得力は無いんだけどね。
「この時期は飲酒絡みのトラブルが頻繁致しますね、吹田千里准佐。先の演劇学生の喧嘩を勘定に入れれば、もう五件目でありますよ。」
「忘年会だの打ち上げだのと浮かれて許容範囲以上に飲むから、こうなっちゃうんだよ。『酒は飲んでも飲まれるな』だよ、天乃ちゃん!」
半ば呆れたような顔をした天乃ちゃんに苦笑混じりで応じながら、私はタブレット端末で作成した調書を支局のデータベースへ送付したの。
あんまり同種のトラブルが頻繁するもんだから、この頃になると調書の入力にも慣れちゃったよ。
何しろ保存してあるテンプレ文をペーストしたら、後は個人名や時間などをチャチャッと入力するだけだもの。
だから大泉緑地から程近い歩道でグッタリと蹲っている人影を見掛けた時も、初見では「また泥酔者の保護か。」って思っちゃったんだ。
「ちょっと!そこの人、大丈夫ですか?」
大声で呼び掛けてみても、一向に返事はないしピクリとも動かない。
急性アルコール中毒による昏睡状態か、ヒートショックが疑われたね。
「天乃ちゃん!ちょっとあの人に近付いてみて!」
「はっ!承知致しました、吹田千里准佐!」
救助活動に移ろうと考えた私達がサイドカーを徐行運転で近づけた時、側車に設けられたヘッドライトが倒れ伏す人影の実像を闇夜に照らし出したんだ。
「あっ、コイツは!?」
そして次の瞬間には、私の目はヘッドライトが照らす焦げ茶色の人影へ釘付けになってしまったの。
何しろソイツは、普通の人間じゃなかったんだからね。
白熱電球みたいに丸くて突き出た両目に、細長く伸びたストロー状の口。
それらの特徴は、いずれも昆虫の蝉その物だったの。
だけどサイズは二メートル弱と桁外れで、オマケに手足は人間の四肢に酷似していたんだ。
何しろ物をシッカリと掴めそうな五本の指まで備えているんだから。
やたらと関節が目立っていたし、昆虫らしい硬質な外骨格で覆われてはいたけれどもね。
もしも広い宇宙の何処かに、私達みたいな哺乳類の代わりに昆虫が地球の霊長として繁栄している惑星があったなら。
その惑星ではきっと、こんな連中が人類を名乗っているんだろうな。
そう言えば、昆虫の起源を地球外の惑星に求める「昆虫エイリアン説」ってのがあったっけ。
「まるで人間と蝉の複合体みたいな奴でありますね、吹田千里准佐。此奴は果たして、何者なのでありますか?」
「そんな事はこっちが聞きたい位だよ、天乃ちゃん。既に御陀仏していたから良かったけど、虫類が苦手な人には発狂物だね。昔から『一寸の虫にも五分の魂』と言うけれども、この図体にはどれ位の質量の魂が収まっていたんだろうね?」
頑丈なローファー型戦闘シューズの爪先で腹を蹴飛ばした私は、タブレット端末で撮影した蝉怪人の死体画像を支局のデータベースへ送信するのだった。
この蝉怪人が生命活動を終えていた理由を私なりに考えるとしたら、目覚めた瞬間に冬の寒さでやられちゃった説を推したいかな。
こんな大きな蝉が夏場に目覚めていたら、洒落にならないよ。
樹液を吸い尽くされた街路樹が立ち枯れして酷い事になるだろうし、ミンミンと鳴きながら飛び回って騒々しい事この上ないだろうし。
冬の寒波に感謝する事になるだなんて、世の中って分からない物だよ。




