第１３章　「初詣の行き先は？」

　部下にあたる少女士官との何気ない日常会話は、気付けば私の憧れとする幹部将校の人間的魅力を再認識する流れになっていたんだ。

　そして私の現状だとその憧れには依然として遠く及ばないって事実も、改めて痛感させられちゃったね。

　このままの流れで自信喪失に陥ってしまうのは、本当にマズいなぁ。

　そんな私の心苦しさを察してか、サイドカーを操る銀髪の少女士官は至ってさり気ない様子で助け船を出してくれたんだ。

「十二月に差し掛かり、いよいよ今年も残り僅かでありますね。差し出がましい質問で恐縮でありますが、吹田千里准佐は年末年始をどのように過ごされる予定でありますか？」

「えっ、年末年始？うーん、そうだねぇ…」

　この天乃ちゃんの出してくれた助け船に、私は喜んで甘えさせて頂く事にしたんだ。

　場の空気が重くなってきたら、なるべく自然な形で話題を変える。

　日々を漫然と過ごしていては、こういう気遣いはなかなか出来ないよ。

　近畿ブロックの皆から慕われる幹部将校である御母堂からの薫陶の賜物か、或いは江坂芳乃准尉や天王寺ハルカ上級曹長といった特命機動隊時代の上官達の厳しくも温かい指導が為せる業か。

　そうした周囲の人々からの良い影響は勿論だけど、天乃ちゃん自身の心掛けの良さも大きいんだろうな。

　古人曰く、「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」。

　西来天乃中尉の持つ長所から、私も色んな事を謙虚に学び取らないといけないよね。

　差し当たっては御厚意に甘えて、話題転換に乗らせて頂こうかな。

「今年の年末年始は、年明けの昇級試験に向けた受験勉強に時間を取りたい所だよね。何処かへ遊びに行くとしたら、合格祈願の初詣が無難かな。何処の寺社へ誰と一緒に行くかまでは、今はまだ白紙だけど。」

「受験勉強と合格祈願でありますか。吹田千里准佐の昇級を、小職も陰ながら応援させて頂く所存でありますよ。」

　嬉しい事を言ってくれるじゃないの、天乃ちゃん。

　貴官のような素直で誠実な士官は、人類防衛機構の誉れだよ。

「だけど御参りの目的は合格祈願な訳だから、天神様へ行く方が御利益もありそうだよね。流石に太宰府行きは交通費が掛かり過ぎちゃうし、ここは堺天満宮が無難かな。」

　この堺天満宮という選択肢は、我ながら悪くない案だと思うんだ。

　何しろ堺天満宮は学業の神様である菅原道真公をお祀りしているだけでなく、武運長久に御利益のある事で有名なんだよ。

　武家の子息や軍人さん達が御参りされた事は境内に残る様々な品からも伺えるし、毎年夏には流鏑馬祭りまで開催される程だからね。

　佐官への昇級試験を控えた私が合格を祈願するには、これ以上ない程に最適だろうな。

　まあ、人類防衛機構内での出世と武運長久の祈願に限るなら、戦没者を英霊として御祀りする堺県防人神社や護国神社という選択肢も考えられるね。

　この際だから、来年の初詣は三社参りと洒落込むのも悪くはないかもなぁ。

　特に堺県防人神社には、京花ちゃんの曾御祖母様も英霊として御祀りされている訳だからね。

　偉大な先人に敬意を払うためにも、そして京花ちゃん達との友情を果たすためにも、初詣と年始の御挨拶はキチンと行わなくちゃ。

「堺天満宮と仰りますと、境内の『襟巻き撫で牛』が有名でありますね。どうやら首周りに巻かれた赤布がマフラーやスカーフに見える事が通り名の由来らしいのですが、あの黒御影石の臥牛像を撫でると御利益に恵まれるとの事であります。」

「成る程、臥牛像ねえ。ここは一つ、合格祈願に頭を撫でてみるのも一興かな。」

　天乃ちゃんの何気ない一言に軽く頷いた私だけど、その実の所は心の中がゾワリと泡立っていたんだよ。

　それと言うのも、堺天満宮の臥牛像と私とは浅からぬ縁があるんだよね。

「天乃ちゃんは知ってるの？堺天満宮の臥牛像の首に赤い布が巻かれるようになった、そのキッカケを。」

「又聞きではありますが、存じ上げておりますよ。確か西日本を中心に暗躍していた仏像泥棒が転売目的で臥牛像の首を破壊して持ち去ったものの、持て余した末に某所へ打ち捨てたのだとか。罰当たり極まりない話ではありますが、臥牛像の首が小学生の少女達によって発見されたのは不幸中の幸いでありますね。そして継ぎ目を隠すために首へ赤布が巻かれたと、大体このような経緯だったと記憶しております。」

　大体その通りだよ、天乃ちゃん。

　管轄地域で過去に発生した事件をキチンと把握出来ているようで、心強い限りだよ。

　そこに注釈を加えさせて頂くと、臥牛像の首を発見した少女の一人というのが小学生時代の私だって事だね。

　小学四年生の秋に行った林間学校の朝に、件の臥牛像の首を友達と一緒に見つけたんだ。

　もう干支が半周する程の年月が経っちゃったから、改めて言われるまで忘れかけていたけど。

　そう考えると、初詣の流れで臥牛像を撫でてみるのも良いかも知れないね。

　首を見つけてあげたという恩につけ込む訳じゃないけど、ささやかな御利益を期待したって罰は当たらないよね。