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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第97話

 眼前の敵を動作を読み、次の行動を選択する。

 常に心掛けていることは次へと繋がる動きを忘れないことだ。

 その場凌ぎではなく、どれだけ追い詰められていようとも『次』を忘れない。

 さもないと彼の実力では簡単に吹き飛ばされてしまう。

 悲しきは器用貧乏の宿命だった。

 思考を辞めた瞬間に敗北してしまう。

 葵のように勘で流れを制するなどということは彼には許されない贅沢だった。

 仮に最後の決断が勘であったとしても、そこに至る道だけは計算するように常に気を張らなければならない。

 同じ勘でも健輔と葵の間には大きな隔たりが存在している。


「たくッ!」

「てりゃああああああ!」

『回避を推奨』

「わかってる!」

 

 敵の前衛と1対1、試合の流れで偶然こうなってしまったが悪い選択肢ではない。

 『魔導戦隊』、『アマテラス』の前にある最後の試合、元々『陽炎』の慣らし運転も兼ねているのだ。

 どうせなら試すことは多い方が良かった。

 双剣を保持した状態で健輔は敵の攻撃を紙一重で避け続ける。

 

『斜めから』

「っ!!」


 『陽炎』からの簡潔な警告に従い、咄嗟に身体を捻って回避する。

 健輔を擦り抜け、空を切り裂く相手の刃。

 努力の跡が窺える見事な太刀筋だった。

 剣術なんてまったく嗜んだことのない健輔と違い、みっちりと身体に刻まれたものだろう。

 この状況に至って猶、美しい。

 総合的に見れば、この敵手は隆志や妃里レベル。

 ベテランと言っていい領域に存在しており、普通に考えれば健輔に勝る要因はない。


「たあああああ!」

 

 敵は身体が流れている状態にも関わらず、健輔の胴を狙い剣を動かす。

 無理にでも攻める時だと判断したのだろう。

 強引ではあるが狙いは悪くなかった。

 不意を突かれて困るのは相手だけではなく、健輔も同じなのだ。

 むしろ、予想と誘導により戦闘を組み立てている健輔の方がこういった突発的な行動には弱い。

 依然の健輔ならば、1撃貰っていてもおかしくない攻撃。

 しかし、今の彼には頼もしい『相棒』が存在した。

 

『障壁展開』


 『陽炎』が自動で障壁を展開する。

 危急における冷静な対応は不意を突かれようが崩れることはない。

 機械故の正確さで健輔が望む最高の状態で敵を固定する。

 器用貧乏のため選択肢が多くないのだ。

 障壁で動きが止まったところを見逃すほど健輔は優しくはなかった。


『シルエットモードAを起動します』

「よくわかってる!!」


 相手の魔導機に向かって勢いよく蹴りを入れる。

 健輔の行動を予想していたのだろう。

 完璧なタイミングでシルエットモードが発動する

 葵を模した身体能力で放たれた蹴りが相手の魔導機に命中する。

 衝撃からか魔導機は本人の手から遠くへと飛ばされ、


「しまっ」

「おらああああ!」


 隙を晒した無防備な身体を障壁ごと貫く。

 渾身の右ストレート――先ほどまで剣の姿だった『陽炎』はガントレットのように手を覆う形に変化する。

 葵の『餓狼』を模した『陽炎』は攻撃に特化したその能力を存分に発揮し、相手を叩き潰す。


『鈴木選手、撃墜! 『クォークオブフェイト』優勢です! これはこのまま決まる流れでしょうか!』

『中村選手も撃墜です~。いよいよ不利になってきました~』


 新しい相棒との初陣で撃墜1、誇れる成果だろう。

 流れる実況を聞きながら、次の相手に向かう健輔だった。




「お疲れ様でしたー」

『お疲れ様です!』

「はい、元気でよろしいです。これで2戦消化したんで次は『魔導戦隊』『アマテラス』の連戦だね。みんな大丈夫かな!」

『はい!』


 試合終了後の控室で真由美の訓示を聞く。

 ここに至って真由美から言うことは何も残っていなかったのか、特に細かい話はなく簡潔に話は纏まり終わろうとしていた。

 チームで出来る対策は既に十分に行っているのだ。

 後は個々に対応していくべき問題しか残っていない。


「反省会も今日はなし、ってことでお願いね。念を押しておくけど、次の試合までは身体を休めて備えること! ここが世界に行くための正念場だから、体調不良なんて許さないからね」

『はい!』

「では、解散!」

『お疲れ様でした!』


 締めるところはきっちりと締めてくれる真由美を健輔は信頼している。

 偶に抜けているがそれは自分たちが気を付ければ良い問題だった。


「健輔さん、お疲れ様です」

「おう。どうだったよ、試合?」

「調子が良いように見えました。やはり『陽炎』ですか?」


 今日の試合は珍しく優香ではなく妃里とのセットだった。

 優香ではないことに僅かな惑いはあったが十分にやれた、はずである。

 妃里からも特に問題とされていることはなかったと思いたい。


「『陽炎』が予想よりも高性能で嬉しい悲鳴だったな。これなら今までよりもいろいろできそうだ」

「ふふっ、子どもみたいですよ? 健輔さん」


 『陽炎』の初陣と慣れぬ連携という枷がある中で健輔はうまくやれた方だろう。

 手に馴染んでいない武器で十二分な力を発揮できたのだから。

 相手チームの錬度も悪くなかった。

 健輔が戦ってきた中では大体『黎明』と同レベル程度だった。

 良い肩慣らしの相手だったと言える。


「今日、この後のご予定はあるんですか?」

「一緒に飯でも行くか? 話し合いという、集まりみたいのがあるんだよ。美咲と後は早奈恵さんも来る」

「いいんですか? 何かあるみたいですけど」

「別に大した用件じゃないからな。優香を連れていけば成功率が上がるかもしれないし」

「成功率? 一体、何の話で?」

「そうだな……。例えるなら、釣り、かな?」

「釣り?」

 

 不思議そうな優香を連れて健輔は不敵に笑う。

 今回の相手は大物のため、出来れば良い餌が欲しかったのだ。

 自分から優香を誘うのにどうやって言おうか迷っていたが、ちょうど良く話を運べた。

 首を傾げている優香に笑みを返して、心の中で謝罪する。

 うまくいけば全員にメリットがある話なので、それで許してもらいたいものだった。




「釣り……」


 食事をするためというより、話し合うために集まった感じのどこにでもあるファミレス。

 健輔たち4人と対面するのは『明星のかけら』の橘立夏と三条莉理子、そして平良元信の3人だった。

 今だに事態を飲み込めない優香を放って話が進められる。

 口火を切ったのは健輔だった。


「どうも、こうしてきちんとお話するのは初めてですね」


 礼を失さない程度に柔らかい感じで挨拶をする。

 悩みに悩んだ切り出し方だったのだが、当然立夏たちはそんなに悩んだとは知らない。

 普通の挨拶として受け取り、少しだけ申し訳なさそうに挨拶を返してくる。


「そうね。試合と後は……ご、ごめんなさいね? 喧嘩を売ったつもりはなかったから」

「立夏さんはこのように少し抜けていますので、戦場以外ではあまり役に立ちません。過日の非礼に関してはチーム全員が申し訳なく思っておりますので、お許しいただけるとありがたいです」

「ひどい!」

「安心しろ、三条。こちらの全権代理人も戦場が関わってなければボンクラだ」

「事実でももう少しオブラートに包みましょうよ」


 何故か、お互いの同行人が自分たちのリーダーをバカにしているが雰囲気自体は和やかだった。

 事情をさっぱり飲み込めないが健輔を信じて黙っている優香と全て知っている故にアホな事を考えた健輔を呆れた視線で見詰める美咲。

 異なる美少女の対照的な視線に冷や汗を掻くも表面上はにこやかに話を進める。

 早奈恵は健輔を戦場以外ではボンクラと称したが、少なくとも度胸だけはどんな場面でも据わっていた。


「では、今日の本題を。真由美さんが承知した件については詳しく聞いてます。ですので、当事者として話を詰めたいと思いまして」

「理屈はわかります。こちらが変な頼み方をしている以上、仕方ないことだと思いますから。質問にはなんでもお答えしますよ」


 『明星のかけら』を代表して莉理子が答える。

 健輔たちがここに集まったのは立夏が真由美に頼み込んだことについてだった。

 優香と、そして健輔の2人の相手になる。

 早い話が練習を付けてくれるという申し出に対して当事者が質問の機会を欲したことで設けられた席だった。

 わざわざ敵に塩を送るような真似をしてくれる理由はわからないが特にデメリットもないのだから、受け入れるのは構わないだろう。

 そして、せっかく教えを受けれるならばその効果を最大にしたいというのも当たり前の考えだった。

 何より、立夏は桜香を想定するのにとても良いレベルの能力者である。

 『アマテラス』に勝利するためなら、僅かでも努力すべき状況でわざわざカモが葱を背負ってきた行幸をうまく活用すべきだろう。


「立夏さんの協力はありがたいです。ありがたいですから、ついでにもうちょっと力を借りようかな、と」

「……なるほど、私たちを呼んだのはそういう理由ですか」

「『アマテラス』を、ひいては桜香さん打倒が目的ですよね? 聞いてますよ。本当なら立夏さんは元信さんと協力することでもっと強くなるって」

「俺の協力、莉理子も当然。でも、まだある、と?」

「莉理子さんには術式も見て欲しいですね。こっちの美咲が弟子入りします」

「……ふふ、ふふふ、そういうことですか。どうせ、協力するなら全部晒した方が良い、そういうことですね?」

「中途半端なのが1番あれでしょう? 決定戦で戦うにしろ、世界戦で当たるにしろ、その時に隠すものなんてほとんどないですから」


 立夏の協力だけでなく、『明星のかけら』から引っ張れる部分は引っ張ろうとしているのだ。

 健輔には他にも目的があるが、それは副産物であり本命はこちらだった。

 他チームとの大会中の協働は珍しいがないことではない。

 

「いいですよ。あなたたちとの戦いでは少し不義理をしてしまいましたし、その借りを返す意味でも了承しましょう」

「不義理?」

「元信さんを立夏さんと分けたことです。……手を抜いたわけではないのですけど、やはり全力でお相手出来ませんでしたからね」

「ああ、別に気にしなくていいのに」

「そういう建前です。立夏さんもこれでいいですよね?」

「え? うん、桜香に勝てる可能性が上がるんならなんでもいいわよ」


 ある意味で投げやりな言葉だったが、それこそが『明星のかけら』の目的なのだから仕方ない。

 格下が『アマテラス』を破らないといけないのだ。

 後輩たる桜香のためにも。


「私は厳しくいくわよ! 早速、今日から始めましょう! 時間もそんなに残ってないしね!」

「望むところです!」

「え、えーと、よろしくお願いします」


 置いてけぼりの優香には訳の分らぬまま、特訓は始まる。

 僅かな時間だがないよりはマシだった。

 『魔導戦隊』との試合までの僅かな間だったが、健輔たちは立夏たちの教えを受けることになる。

 時間だけ見れば1日にも満たない練習を終えて、ついに戦いの時がやってくるのだった。






「これは……」


 チーム『天空の焔』エース、クラウディア・ブルームはいつもとどこか違う会場の雰囲気に驚いていた。

 普段ならば熱気と試合を待っている観客の興奮が混在しているのに今日に限っては全体的にピリピリしている。

 また、普段のように外部からやってきた人間よりも学園内部の人間と思わしきものたちが多く見受けられた。

 魔導と接する機会が多い彼らは余程のマニア以外は、国内大会はあまり見に来ないことが多い、にも関わらず今日は格段に多いのだ。


「試合が試合だからね。これって、ほぼ直接決定戦に関わってくるレベルの対決ですもの」


 ほのかがクラウディアに理由を説明する。

 どの試合を見ても同じ一般客と違い、今日ここにやって来た内部の者たちは重要性がわかるからこそ来ているのだ。

 『魔導戦隊』『アマテラス』『クォークオブフェイト』、この3チームは決定戦の本命だが、相性によっては他のチームに追い落とされる可能性もある。

 今回の連戦はその中でもっとも追い落とされる可能性が高いチームはどこなのか、それがわかる試合となっているのだ。

 

「ん……。私たちにとってもすごく重要、まだ目がある」

「そう、ですね。ちゃんと敗北した分は取り返したいですもんね」

「ん。出来れば、今年中に返しておきたい」


 香奈子は今年で卒業、『クォークオブフェイト』も来年にはまた違った色のチームになっているだろう。

 今しか、あのチームに借りを返せるチャンスはない。


「じゃあ、今日はどこを応援しますか?」

「決まってるわよね?」

「ん、そう、だね。『クォークオブフェイト』で……」

『ご来場の皆様へご連絡します。本日、大変混み合っておりますので、お子様連れ――』


 健輔たちを見守るのは香奈子たちだけはない。

 『アマテラス』『明星のかけら』、他にも『スサノオ』などと強豪チームはほぼ全て見に来ていると言って問題ないだろう。

 中でも『アマテラス』は桜香が直接確認に来ている。

 複雑な心境で戦場を見守る桜香。

 勝って欲しいのは間違いないが次は自分たち相手だと思うと、素直に喜ぶ事も出来ない。

 想定していたことだが、いざ目前に来るとやはり気が引けてしまっていた。

 そんなダウナーな様子の桜香を亜希は気遣う。


「大丈夫なの? この間の試合もすごく大暴れしてたけど」

「ええ、体調に問題はないわ。気分が優れないだけ」


 妹とどのように戦うのか、うじうじと悩んでいるが結局、最後にはいつも通り全力でやってしまうと分かっている。

 手を抜くことなど彼女には不可能だからだ。

 優勝が掛っていなければ多少は手心も入るかもしれないが、ほぼ間違いなく桜香は優香に完璧な敗北を齎すことになる。

 それを考えると今から気が重かったのだ。


「試合に集中しましょう? 魔導戦隊はあなたにとっても強敵でしょう?」

「……ええ、弱くはないわね」


 微妙なニュアンスの違い、亜希は桜香が明言することを避けた理由に気付いている。

 アメリカの『皇帝』は自身こそが最高にして、最強の魔導師であり、他はおまけだと言い切る強烈な自信家だ。

 そんな人物ですら、桜香相手の勝率は明言しなかった。

 勝てるのか彼の中でもわからなかったのだろう。

 それだけ彼女は強く、自負もある。

 しかし、人間である以上歪みが出るのも当然だろう。

 ある意味で真っ直ぐな『皇帝』に対して桜香は歪んでいる。

 親友の歪みに気付いていても指摘しない、出来ない自分に亜希は自嘲する。


「……優香ちゃん、頑張ってね」


 小さく親友の妹が親友を殴ってくれる時を待つ。

 そのためにもここで勝って貰わないと困るのだった。


『大変、お待たせいたしました! 会場整理が終わりましたので、本日の試合を開始したいと思います!』

『チーム『クォークオブフェイト』対『魔導戦隊』、ルールは陣地戦です~』

『魔導戦隊は15名フルのため、復活権はなし。今回、即時復活権は選択式になっておりますのでご注意下さい!』

『それでは、両チーム入場お願いします~』


 天祥学園魔導大会国内部門。

 『クォークオブフェイト』にとって中盤最大の山場。

 『魔導戦隊(マギノ・レンジャー)』『アマテラス』の2連戦、その1つ目が今、幕を開ける。


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