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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第90話

「次が来るんだ! どうするよ!」

「お、俺が決めるのか?」

「い、いや、わかった。俺の指示に従ってくれるか?」

「お、おう!?」


 基本に忠実で特定の事象をこなすのに最適。

 以上の特徴をひっくり返すと応用が苦手で予想外の事態に弱い、となる。

 課題を聞いて、立て直すことを図るが司令塔が真っ先に落ちてしまったことがここで問題になる。

 どちらの指示で戦うのか、ということだ。

 連携行動を行うには明確な指示系統が必要だ。

 それは人数が少ない状態でも変わらない。

 指示と言うと堅苦しい印象があるが、早い話主導権をどちらが取るのかということだ。

 今回ツクヨミが第3レースに出した3人の実力は高い。

 2年生である2人も決して愚鈍な人物ではない。

 愚鈍でないからこそ、余計に考えてしまう。

 協力する必要性はわかるがどちらの指示に従うのだ、と。

 どちらかが強ければ、簡単に決着はついた。

 同格であるが故に起こった混乱――健輔の狙い通りに嵌っている2人をむざむざ立て直させるはずがない。


「悪いがそれは困る」

「っ……。いつの間に!」

「避けろ!」


 味方に警告してからの砲撃、悪くはないが良くもない。

 先程まで砲撃型だった人間が突然、高機動型になっている。

 認識のズレ、その思考の間隙をつく。


「ハッ!」


 健輔は何度か斬りかかるがその全てが障壁で防がれる。

 優香の系統の元々の特徴から考えれば当然だろう。

 相手は亀のように閉じ籠っていて、番外能力を持たない健輔の火力では突破出来ない。

 幾度か攻撃を繰り返して健輔は相手の様子を窺う。

 そろそろだろうか。

 『こいつの攻撃は大したことがない』、と無意識でも考えてくれる頃合いは――


 幾度もシミュレーションはしているが実戦で実行するのは初めてなのだ。

 慎重に慎重を重ねて静かに罠を張っていく。

 真由美との戦いからこの手のタイプの人間の傾向はわかっている。

 回避を捨てて、受け止めるという選択肢をこの手の系統を持つ人間は選びたがる。

 自分の防御力に自信があるのだ。


「このっ!! 障壁!」


 ――掛った。

 回避を行う際の補助としての障壁ではなく、防御を主眼に相手の攻撃を受け止める障壁。

 動作として、左程違いはないが意味合いは大きく異なる。

 立ち止まって健輔を受け止めることが前提なのだから。

 無言で切り替えられたモードは対人最大の火力を持つ彼女を呼び出す。

 相手も砲撃をチャージしているが問題ない。

 健輔が立ち止まること前提の攻撃など、意図ごと粉砕してしまえばいいのだ。


「なっ!?」

「おらああああ!」


 全ての能力を攻撃に傾けて再現された1撃は障壁を貫き、相手に届く。

 会心の手応えだったが、余韻に浸っている暇はない。

 間髪おかずにモードを優香に戻しておく。

 もう1人が同輩を殴り飛ばした相手に復讐の牙を向けているはずである。

 のんびりしている余裕はない。


『春日谷選手、ライフ40%。佐藤選手が2対1の攻防を制する! その間に九条選手は折り返しを半分過ぎて交錯しようとしています!!』

『後もう少しですよ~』


「順調だな」


 作戦は万事問題なし。

 後はもう1人が浮かび上がってくるのを見計らってあれをやるだけである。

 出来れば綺麗に2人を打倒できるのが1番ではあるが、それは高望みだろう。


「さてと、努力はしますか」




「ありゃ、これはあの子の勝ちかな」

「ああ、我らの戦いよりもうまくなっているな」


 2対1の戦いを見守る『明星のかけら』の2名、慶子と貴之。

 数だけ見れば優勢なこの戦いはもはや最低でも引き分けの目しかなくなってしまっている。

 健輔と交戦している2名に優香を狙う余裕などあるはずもなく、彼女はこのまま1着でゴールするだろう。

 その段階で何をやろうが引き分けにしかならない。 


「引き分けになる条件は2人生き残ること。ははん、あの子の狙いが読めたかも」

「錬度だけなら格上相手に良く博打を打つな。しかも、ちゃっかり自分が頑張ればよりよい結果が得られるようになっている」

「ああいう子は伸びるわね。優香ちゃんみたいな直向きなタイプか、ああいう抜け目ないタイプの魔導師は強くなるもの」

「今はまだ策というよりも小細工、だがな」

「そんなの実力が追い付けば問題なくなるでしょう」


 今はまだ小さな積み重ねの段階だがいづれ大きな華を咲かせるのは間違いない。

 自分たちがそれ見ることはないだろうが、想像するだけでも楽しそうであった。


「見るべき物は見れたな。よく相手側を引き出してくれた」

「やってるあの子たちも楽しかったんじゃない? シンプルな『ツクヨミ』は読み合いもシンプルで分かりやすいから」


 『ツクヨミ』とはあらゆる意味で初心者向けのチームである。

 対戦相手にとってもそうであるし、味方から見てもそうなのだ。

 これは悪い意味ではない。

 極めて高い領域でチームとして完成しているということだ。

 例えば、『アマテラス』。

 彼らは確かに学内最強チームだがその理由の大半を担っているのは桜香である。

 現在の力の7割ほどはスーパーエースたる桜香が核なのだ。

 これを健全なチームと言えるだろうか。

 彼女が卒業した後の事を考えれば、どちらがチームとしての完成度が高いかなどとは言うまでもない。

 これはある意味で『ツクヨミ』以外の全てのチームが抱えている問題でもあった。

 どちらが良いというわけではないが、学園が抱えている問題の1つであることは間違いなかった。


「時代を超えて普遍化している強さが『ツクヨミ』にはあるからな」

「逆に発展性もないけどねー。まあ、どっちが良いかは人それぞれでしょう」

 

 どちらにもメリットとデメリットがある。

 大事なのは楽しくやれているのか、ということだろう。

  

「レースなのに最後は正面対決。『ツクヨミ』はこうなるのが多いのか?」

「そこそこじゃない? そういう策を取ることも含めて、魔導はだから楽しいのよ」


『九条選手、ゴールです! これで『ツクヨミ』には後がなくなりました!』

『佐藤選手がゴールした時点で、『ツクヨミ』の敗北になります~。また、佐藤選手が撃墜された場合は引き分けとなります~』


「このッ! うろちょろしやがって!」

「下がるんだ! 射線を誘導されてるそ!」

「っ、わ、わかってる!!」


 避けて避けて避け続ける。

 現実問題、正面から殴り込んだ場合障壁に止められて砲撃をごちそうされて終了である。

 真由美との戦いで健輔はそれを体に教え込まれていた。

 どこをどうしようが必ずそうなる。

 先ほどの1撃を決めれたことが半ば奇跡に近い。

 2対1をどうにかできるような能力は健輔にはないのだ。

 うまく殻を被り誤魔化しているに過ぎない。

 

「ほれほれ、1年生に手玉に取られてますよ。悔しくないんですか?」

「この野郎!!」

「春日谷! 挑発に乗るな!」

「うるせえ! 勝手に指示を出すなよ!」


 うまいこと直情型の方に当たっていたらしい、先程の1撃分も含めて完全に頭に血が昇っている。

 このままいけるかもしれない。

 僅かな希望が見えてきた、健輔がそうほくそ笑んでいる時に相手側に変化が訪れる。


「このバカが!!」

「なっ!?」

「いいように乗せられてるぞ! それぐらいわかっているだろうが! 落ち着け! 俺たちへの痛手にはなっていない!」

「……っ、わかってる!」


 空気が引き締まる。

 敵を前にやることではないが、怒り状態の相手を上回る怒気は相方を正気に戻すのには十分だったようだ。

 立て直される。

 健輔はそれを直感した。

 ここまで入念に準備を行った。相手の能力を如何に発揮させないかを考えて全力を尽くしたのだ。

 十全に事を運べた自信はあった。

 それがたった一言、一瞬で覆される。


「頭は冷えたか?」

「ああ……。すまん」


 1度冷静になってしまうと、もうダメだ。

 健輔にとってのベストはこの瞬間に潰えた。

 もう、何をやろうがうまくはいかない。

 しかし、まだ試合は終わっていない、チームにとってのベストはまだ残っている。


「運がないな」


 ――このままやれたら普通に勝ち目もあったのに。

 声には乗せずに胸に仕舞い込む。

 『ツクヨミ』は良い敵だった。

 レベル、錬度と安定しているこのチームは自身を客観的に計るのにちょうど良いチームなのだ。

 健輔も試合を通して自分自身を見つめていた。

 よくできた鏡のようなものである。

 こちらの戦い方に綺麗に返してくれるが故に比較が容易なのだ。

 『ツクヨミ』との戦いは面白いと評されるのはその辺りが理由となっている。

 

「いい経験になった」

 

 自分の全てを掛けて戦い、敗北する。

 これ以上無いほど明確に健輔に分というものを叩き返してくれた。

 今はまだ、このような小細工を用いてもうまくいかない。

 相手が1枚上手だったのもあるが、その程度で覆される程度のものでしかなかったということだ。

 

「うんじゃあ、仕上げだな」


 健輔は追い詰めれらている。

 これは疑いようのない事実であるが、きちんと抜け道を用意していた。

 レース式において忘れてはならないことがある。

 このルールは複合的なものであるということだ。

 戦闘でも勝利出来るようにしてあるし、逆にレースでも勝てるようにされている。

 そのためのギミックを使えばいいのだ。


「なっ」

「それは」

「申し訳ない。最後まで相手を出来なくて」


 出来れば地力で勝ちたかったのは疑いのない事実だが、保険は張るのは健輔である。

 つまりは、


「き、消えた」

「クソッ! あのやろう!」


 転送陣を用いてのゴール前への移動であった。

 レース要素の肝として、仲間が陣を置いて入ってくれた場合は転移が可能となっている。

 レースでの戦いが戦闘一辺倒にならないように織り込まれたものである。

 撃破の方が効率が良いとなるとレースルールの意味がなくなってしまう。

 ルールに違反しないように途中の課題をクリアして相手を出し抜く。

 それがレース形式の意義の1つなのだから。

 今回、優香が設置した転送陣は2ヶ所。

 中継とゴール付近である。

 実質、試合として優香を先行させてしまった時点で勝利している。

 途中の戦いはほぼ、健輔の趣味としか言えないものだった。


『佐藤選手、ゴールです!! 巧みに『ツクヨミ』を翻弄した見事なレース運びでした! とても1年生とは思えません!!』

『負けた『ツクヨミ』もよい試合でした~。合計ポイント11で『クォークオブフェイト』の勝利になります~。皆様大きな拍手をお願いします~』


「お疲れ様です」


 疲れた様子でゴールに着いた健輔を優香が出迎える。

 今回、健輔の我儘を優香が聞き入れてくれたのは前回の試合の借りを返すためだった。

 『ツクヨミ』という明確に基準値がある相手に対して、自分がどこまでやれるのか知りたい。

 そんな健輔の思いに応えたのだ。


「おう、お疲れ。悪いな、面倒かけた」

「ふふっ、それを言うなら私は前回、どれだけご迷惑をおかけしたかわからないじゃないですか。気にしないで下さい」

「そう言ってくれると助かる。サンキュー、な」


 勝負とは常に紙一重である。

 今回の試合も傍から眺めていれば順当な結末に見えるのだろうが健輔からすれば薄氷の上での勝利だ。

 相手がうまく混乱してくれたからよかったものの、予想を外していたら健輔の方が封殺される可能性はあったのだ。

 もし、敵の司令塔を最初に落とせなかったら、もし、相手が混乱している素振りを見せているだけだったら。

 その辺りの恐怖を抑え込んでの勝利である。

 万が一の際は自爆してでも1人を道連れにすることを考えていたため、まったくの無策ではなかったが、綱渡りであったことは否めない。


「こりゃ、説教かもしれん」


 優香は笑って許してくれているが真由美はどうだろうか、早奈恵は。

 試合は終わった後の課題に若干憂鬱になるも、気を取り直して優香とチームの元に行くことにした。

 不安など後から無限に湧いてくるのだ。

 考えてもしょうがないだろう。


「よし! 行こうぜ」

「はい」


 健輔の後ろを一歩遅れて着いていく優香。

 健輔は気付いていないが2人の距離は以前よりも近くなっていた。

 激しくなる戦いを乗り越えて、各々の絆も深くなる。

 『ツクヨミ』との戦いは終わった。

 しかし、それは次の戦いへの布石にすぎない。

 『クォークオブフェイト』――健輔たちにとっておそらく大会最大の山場になるのは次の2連戦、『魔導戦隊』、『アマテラス』だ。

 国内チームの中でも最高峰の両チームとの戦いが過去最大になるのは目に見えている。

 不安を抱えつつも、各々自身に出来ることを為していく。

 現在の戦績17戦無敗。

 残り試合数、29試合。

 『魔導戦隊』との対戦が20戦目、『アマテラス』との戦いが21戦目となる。

 今後の健輔たちの道を決める戦いはもう、すぐそこに――






「会長」

「ああ、見るべきものは見れた。やはり、直接見るのは違うね」


 人も疎らになったスタンドに腰かける男女。

 他の2人を一足先に返した北原仁はしみじみとした様子でフィールドを見詰める。

 桜香の言葉の意味にようやく理解ができたのだ。

 このチームは強い、と。


「自惚れではなく、僕たちは努力を重ねている。故に、弱いということはない。しかし、『アマテラス』が最強である要因に桜香君が大きいのも事実だ」

「……はい」

「彼女抜きで考えれば勝てないチームだよ。真由美君のところは」

「では?」

「負けないさ。彼女がいるのだから、ね」


 情けない限りだが、と続けて仁は席を立つ。

 もしかしたら、彼はどこかで真由美たちに勝って欲しいと思っているのかもしれない。

 どこか寂しさを感じさせる背中を楓に向けて、彼らも次を向けて動き出す。

 双方、共に相手を最大の脅威と認識した。

 勝負の行方は如何なるか、後は戦いのみが待っている。


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