第89話
「やはり、優勝を目指すチームは違う」
「ええ、主力以外でも十分以上の実力ね」
先行する剛志たちに砲撃を嗾けつつ後を追うツクヨミの3名。
朝倉孝介、中川英和、草凪良乃は敵チームの錬度に感嘆していた。
1つ1つの動作から濃密な練習の後が窺える。
同じ魔導師として尊敬に値する相手であると彼ら3人嘘偽りなく感じ入っていたのだ。
強豪チームと戦う時、彼らはいつも似たような思いを感じている。
言うならば自分たちと違うものたちへの憧れだ。
隣の芝生は青い、自分たちの選んだ道に悔いはなくとも羨ましくなることはある。
「よし、相手の中核は破壊系だな。だったら、狙いを変えよう」
「そうね。破壊系でも普通の相手なら横から攻撃を打ち込めば終わりだもの」
「じゃあ、どこから狙うよ」
彼らの隙を狙ったのか、一条の光が障壁に突き刺さる。
相手側の後衛の力量に感動しながらも孝介は冷静に指示を出す。
「弱いところから叩くのが定石だろ?」
「じゃあ、あの1年だな」
「ああ、おそらく彼を守ってくるだろうけど……。どうかな、流石のこのレベルだと難しいな」
「私は賛成よ。攻め気を見せているのもそれを隠すためかもしれないし」
破壊系への対処法もきちんと練習済みだ。
3年生である彼らの経験は第1レースの2年生の比ではない。
如何に錬度が高かろうと種を知っていれば対処は簡単だった。
敵の戦力評価と狙い、仲間の意見を統合して孝介は結論を出す。
「……うん、あの子を集中狙いしていこう。1年とはいえ、あのチームなのだ。油断はしないで全力砲撃。砲撃間隔はランダムで行こう。最初は普段のリズムで僕から良乃へ」
「その後は適宜相手を見て、ね? 了解、リーダー。自信を持っていきましょう」
「ありがとう」
相手の力量に試合を開始してから驚いてばかりだったが、今度はツクヨミが真髄を見せ付ける。
剛志たちが1流の魔導師であるように彼らもまた1流の砲撃手なのだから。
「攻撃開始!」
『了解!』
鍛え上げられた砲台の力が解き放たれる。
チームとしての後衛の力を魅せ付けるために。
「これはっ……」
リズムが変わった。
剛志は相手の攻撃が本番に入ったことを悟る。
先程までは一定の間隔で放たれていた物が今や不規則にこちらを狙い、牙を向けている。
剛志は破壊系の使い手としては1流だが、魔導師として見た時には明確な弱点があった。
純魔力攻撃に無敵に見える破壊系も通常の使い手は枷がある。
全身を覆えない上に攻撃範囲も限られているのだ。
ツクヨミはその事を良く知っている。
「まずいっ!」
咄嗟に勘で突き出した拳はなんとかクリーンヒットするが、誰もが剛志のようにうまくはいかない。
急にテンポが変わった攻撃に加えて、いくつかのダミーが剛志の目を晦ます。
砲撃の雨に紛れていた本命は静かに圭吾を狙いすませ、
「高島!!」
「なっ!?」
咄嗟の警告も虚しく、放たれた後の攻撃に対処など出来るはずもなく。
圭吾は光の中に冷えるのだった。
この時点で作戦の1つは破綻することになる。
「くそっ! ……真希!」
「急ぐね」
『高島選手、撃墜。拮抗していた第2レース課題前についに脱落者が出たぞ!!』
『もうすぐ折り返しですよ~』
真希が言葉少なに速度を上げる。
課題をクリアする前に落ちる様な自体は避けたい。
早く挑戦するために速度を上げたのだが、敵がそんな当たり前の対応を許す程甘いわけもなかった。
続けざまに放たれる不規則な砲撃、相手にもバックスの補助はないが向こうはそれに慣れている。
「ちぃ、流石にうまい」
真希を庇えるように移動しているが、取りこぼしが出てくる。
完全に破壊系の魔力を纏ってしまえば飛ぶこともできなくなる以上、掠ってしまう部分は出てくる。
攻撃が放たれた後に避けることなどできないからこそ、身を盾にするしかない。
『伊藤選手がチェックポイントに到達。課題を発表します!』
『次の課題は~残りのゴールまででに出現した的を規定数落として下さい~』
『では、どうぞー』
「それか……。真希ッ!」
「わかってるッ!」
真希が的を落としながら先行する。
課題の問題もあり、速度が落ちてしまう。
「これではッ!」
最後までもたない可能性が高くなる。
己の無力さに歯噛みするも、敵がいなくなるわけでもない。
最後まで足掻くのが剛志にできる唯一の抵抗だった。
「先輩たちが……」
「嘘……」
驚く女性陣と違い、健輔は予想通りの光景になったことを残念に思っていた。
敵の主力をぶつけられて、覆せる程第2レースの面々は爆発力ない。
仮に健輔がいてもやれることは少なかっただろう。
先が見えてきた第2レースよりも問題はこれからであった。
剛志の『ツクヨミ』に対する相性自体は悪くないが『レース』とは左程よくない、むしろ悪い方だろう。
このままではジリ貧になって磨り潰されるのが目に見えていた。
おまけにターゲット撃破系の課題と運まで味方してない。
前衛は直接攻撃主体だ。
優香や葵程の機動力を持たない剛志には厳しい課題だろう。
「課題もあるが……。まあ、順当か」
剛志には失礼だが結果自体は順当だった。
相手はレースが主戦場だ、僅かでも隙があれば容易く食い破る。
剛志もわかっているだろうが、見えていてつらいものはあった。
「主力なのも運がない」
相手も第2レースに全力を注ぎこむ必勝の構えなのだから、簡単には崩せない。
剛志は純魔力に相性が良いが香奈子程の理不尽さがない。
真由美以上の『ツクヨミ』キラーが加奈子である。
他の系統の兼ね合いがある剛志に対して香奈子にはそんなものないのだ。
「手札がきつかったな」
和哉がいればもう少し抵抗はできたかもしれない。
ただ、真希は全力で前に行っているからこそ、未だ生存しているのであって撃ち合いを行った場合は直ぐに決着がついてしまったはずだ。
相手を自分の舞台に乗せてから競う『ツクヨミ』の方針はシンプルであるためにどうしても壊しづらい。
複雑な思惑はないからこそ、遣り難かった。
「難しいな」
「健輔さん?」
「遣り方も方針もシンプルだ。そこに全力を注いでるから、それだけは負けないって自信が見える」
「健輔ならなんとかできそう?」
「いや、無理無理。最初から条件ができてるもんよ」
第3レースは『ツクヨミ』が先行することになる。
後ろから追いかける形になるため、剛志たちよりはマシだったがチマチマと交戦するわけにもいかないだろう。
制限時間があるのだ。
優香ならば通りがかりに1人は潰せる可能性があったが健輔には無理である。
「撃ち合いはダメだな。まずはそこから外そう」
「壁はお任せ下さい。1発を通しません」
「おう、いつもと逆だからなんか新鮮だな」
「ふふ、そうですね」
『伊藤選手、撃墜! ゴールまで後僅か、無念の最期です!』
『佐竹選手のライフは残り30%です~。最後まで頑張れ~』
『しかし、ターゲット撃破が足りるのでしょうか? 防御に専念していた佐竹選手では撃墜数が足りず無効になる可能性があります!』
剛志は粘っているが、ここからの逆転は難しい。
流石に本職の後衛である。
この展開を狙っていたのだろう。
後僅か、そこで落とされる衝撃は残った味方にも堪える。
高火力型が自分たちの舞台に乗せてしまった時の強さがよくわかる。
試合展開が早いのもチマチマした削り合いなど起きないからだ。
主流となったのがよくわかるド派手な戦闘スタイルである。
「優香、準備を。美咲は敵の位置を細かく頼むわ。まずは、高速移動で前に出る。その後が本番だ」
「お任せを。フェイクはどうしますか?」
「今回は要らない、ただ、あの魔力斬撃だけは頼む」
「はい、任せてください」
「こっちも大丈夫よ。2人分の術式サポートもバッチリ!」
「念話も頼んだ」
「当然、もう慣れてるもの」
言わずとも万全の準備を進めてくれている裏方に笑みが零れる。
相手の土俵に乗ると勝てないなら、錯覚させてしまえば良いのだ。
剛志ではできないが健輔には多すぎるほどの手札が存在する。
強力なカードでなくても使い用では化けることを教育してやろう。
「正面から乗ってくるのが正しく敵だとは限らないぞ、ツクヨミ」
『佐竹選手、撃墜! 第2レースはツクヨミが取りました!』
『合計6ポイント進呈です~。両チーム、互角の模様~。最後の第3レースが勝負を決めます~』
『『クォークオブフェイト』は全員が1年生、九条選手、佐藤選手がランナーとなり、丸山選手がバックスに付きます』
『対する『ツクヨミ』わ~。3年生の今井選手、2年生の春日谷選手、直本選手がランナーです~。10秒先取でツクヨミ、スタートの準備をお願いしますー』
「いいわね? 1年生でも油断しないこと!」
『はい!』
現在のツクヨミの中でも高錬度を誇る3人、第3レースも第2レースに劣らぬ人材を集めていた。
そもそもツクヨミは他のチームに比べて平均的な錬度は高水準を誇っている。
特化した目的の1つがそれなのだから当然ではあるのだが、これはレースルールならず陣地戦などでも重要になる。
バラつきがない彼らは作戦を立てやすいのだ。
今回ならば、真由美たちが後少しバランスが良ければ2戦目で試合が決まっていただろう。
しかし、現実はそうなっていない。
真由美のチーム『クォークオブフェイト』は一芸集団なのだ。
本当の意味で汎用的に戦えるのが優香、真由美、健輔の3人しかいない。
ある程度汎用性があるのものなら他にもいるのだが、基本的にどれも癖が強く扱いずらい。
健輔がレギュラー扱いになっているのもこの辺りが原因だ。
とりあえずでいいから入れておいても問題が出ないのが彼しかいない。
毎度のことながら頭を悩ませる真由美にとって健輔は汎用性が高いだけで価値があった。
プラス本人が物凄く落としづらいのだから、彼女にとってはとりあえずは健輔という構図が出来上がる。
「相手の情報は頭にあるわね? 何をしてくるかわからないから警戒を厳に!」
『了解!』
『『クォークオブフェイト』、スタートします!』
「来るわよッ!」
今回もとりあえずはというレベルで選ばれてはいる。
このとりあえず、悪い意味ではない。
真由美からすれば、『とりあえずなんとかしてくれるだろう』という期待の表れなのだ。
期待される方からするとプレッシャーがきついが嬉しいことは嬉しかった。
不利な状態を己が力でひっくり返すのは楽しい。
ましてや、それで勝利が決まるとなれば最高だろう。
「『陽炎』、シルエットモードY」
『了解』
直ぐ隣にいる相棒の系統を選択する。
まずは距離を詰めるのが肝要だ、離されていてはいけない。
前方から来る『ツクヨミ』の射撃の雨を1列になることで優香に集中させる。
優香の動きについていくのはつらいが、不可能ではない。
軌道を一致させることで相手からは健輔が見えない。
誰よりも信頼している相棒を盾にするのだ。怖いものなどない。
「じゃあ、後は頼む」
「お任せ下さい」
事前の指示通りに行動することを頼む。
いくらか健輔の我儘も入っていたが彼女は困った顔で承諾してくれた。
もっと堅実にいく方法もあったが今回に限っては試したいことがあったのだ。
「ちょっと無理を言ったが頼むぞ」」
相手の対応を予測しながら健輔もギアを上げる。
高機動型の神髄は高い制動能力だ。
真っ直ぐ高速に飛ぶだけが能ではない。
優香の軌跡に隠れるように移動しながら弾の装填を始めておくのだった。
「早いっ!?」
水色の閃光となった優香が空を駆ける。
真実の全力を開放した彼女はついにその2つ名にふさわしい領域まで来ている。
『ツクヨミ』の砲撃を彼方に置き去り、悠々と空を往く。
強化された視力は細かい動作すらも読み取り、鋭敏な感覚は魔力の流れを感じ取る。
前衛として求められる水準を全て凌駕する乙女は美咲の補佐もあり、全ての攻撃を完璧回避して敵に肉薄する。
『優香、そろそろ来るわ。魔力反応大』
「了解」
こうまでたやすく回避できるのは美咲の力のおかげだ。
バックスの情報さえあれば射撃のタイミング知れる。
今回は相手の妨害がないため、十全の力を振るう事が可能だ。
絶好調の美咲の力も借りて優香は一気に動く。
魔力をブーストさせた彼女は間にあった距離を一瞬で詰めてしまう。
『ツクヨミ』の砲撃もただ翻弄されるだけでなく、的確に優香の進路を塞ぎ攻撃を至近にまで寄せてくる。
「うまい、しかし、このままいきますッ!」
「2人とも防御態勢!」
最終グループのリーダーである今井陽子の声を聞いて2年生たちも防御に入る。
視界に入る距離まで接近を許せば、後衛に出来るのは耐えることしかない。
「いきます!」
未だ距離はあるが、牽制の魔導斬撃が陽子に向かって放たれる。
しかし、
「この程度!」
障壁3枚と引き換えに耐えられてしまう。
耐えて行動の間隙をついて反撃する。
近接戦での砲撃魔導師の十八番。
体に染みついた動作は流れるように行われる。
魔導機を構える、砲塔を展開、魔力をチャージ、放つ。
言葉にすればたったの4つ、それを一瞬でこなしたところからも練習量が窺えた。
「春日谷ッ!」
「わかってる!」
指示をされるまでもなく、攻撃に移る2年生たち。
3人の間を通り過ぎた優香に向かって向けられた2門の砲塔は忠実に主の意を遂行した。
2年生では染みついた動作を止められなかったのだ。
「ダメ!」
「陽子さん?」
圧倒的な存在感で突っ込んでくる優香に目を奪われるのは当然だ。
そういう効果を期待した上で彼女を突入させた男がいるのだから。
たとえ一瞬であろうとも両側から挟まれる形になった『ツクヨミ』、そして経験があるからこそ陽子は咄嗟に2人を止めてしまう。
「な、背中を向けて」
「舐めてんのか!」
陽子に一瞬気を取られるが後方を無視して一目散にチェックポイントを目指す優香に感情を刺激される。
この時、向いている方向が各自でバラバラになっていた。
陽子は背後にいる忘れてはいけない存在に意識を向ける。
2人は自分たちに背を向けている優香を見ていた。
これで当初の予定通り、何も問題はない。
『位置は問題なし』
「オッケー」
相手の混乱と優香から送られた情報から誰が頭かはわかった。
どうしても優香に人は目を奪われる。
2つ名、秀麗な容姿、実力、血縁と。
優香には彼女を綺羅星のごとく彩るものが多い。
そんな美少女が全ての障害を粉砕して脇目振らずやってきたらもう1人いる地味な方にまで警戒を強く裂いていられるだろうか。
答えは否である。
さらに言えれば仮に警戒されているのならそれはそれで優香に致命的な隙を晒すことになるのだ。
健輔か優香か、最初からこの攻撃は2択を相手に強いている。
迎撃してしまった時点で同意してしまったようなものだ。
「『陽炎』、シルエットモードM」
『了解』
「いくぞッ!!」
無防備な敵リーダーに向かって防御を考えない全力射撃を都合3連発。
防御しようにも先ほどの攻撃で3枚障壁が落ちている。
1発で1枚、最後の1発で陽子を落とせる計算だった。
「美咲、後は」
『優香ちゃんに伝えるわ』
バックすることはルール上認められていない。
勿論、戦闘機動レベルならば可能だが、チェックポイントを通過してから戻る、といった長距離バックは禁止されている。
だからこそ、挟み打ちはできない。
砲撃型ならその限りではないのだが、優香にそこは普通期待できないだろう。
「まあ、ここからだな」
『今井選手、撃墜! 鮮やかな1年生コンビの攻防、『ツクヨミ』このまま何もできないのだろうか!』
『盛り上がってまいりました~』
試合は最後の課題へと向かう。
混乱するツクヨミに立て直しの機会を与えないこと、それが勝利のカギとなる。
「俺はどこまでやれるか」
『シルエットモードY』
再び優香の系統を用いて前線へ向かう。
健輔は内心の焦りを巧みに覆い隠して、空を駆ける。
指示を失い混乱している『ツクヨミ』が先か、それとも健輔が乱戦から勝負を決めるのか。
先行する優香がチェックポイントを通過することで最後の課題が発表される。
『では、最後の課題です。課題は荷物運びになります! 指定された物をゴールまで運ぶだけの簡単な課題です』
『途中で壊れた場合は、交換のためにバックが認められますから、最後まで諦めないで下さいね』
『ただし、注意点としてバックしている最中に敵から攻撃されても反撃は禁止です!』
『では~どうぞ~』
最後の課題を聞いた『ツクヨミ』が動きを固め、健輔は笑みを浮かべる。
待ち構える2人の射手と交錯する瞬間、そこが勝負の時だった。




