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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第82話

 残暑が残っていた9月は終わり10月に入った天祥学園。

 学園自体は人工島だが、日本本土から大きく離れているわけでもないのと、魔導技術の無駄使いもあり、気候は本土と近かった。

 暑かった時はいつまで続くのかわかったものではなかったが、寒くなり始めると急激に気温は下がってくる。


「今度は魔導で気温を調節ね。カイロ要らずで冬は便利だろうな」

「健輔さん?」

「お、すまん。独り言」


 日曜日。

 普通の学校と違わず天祥学園も休みである。

 多くの学生たちが羽を伸ばしている中、健輔たちは制服を着込み学校に向かう。

 先の試合で何かをふっ切ったのか殊更明るくなった優香は嬉しそうにニコニコしながら健輔の横についてきていた。

 雰囲気が変わった相棒に妙に胸が高鳴るものを感じるがそれを押さえて健輔は平静を装いつつ話しかける。


「こう、あれだ。問題が解決しても次に新しい問題が出てくるっていうのはマジだな」

「何か悩み事でもあるんですか? よろしければ、相談に乗りますけど?」

「ん、ま、ちょっと、男子なりの悩みがあるというか」

「男子なり、ですか? でしたら、あまりお役に立てないですか?」

「そうだな。ま、気持ちはありがたく受け取っておくよ」

「はい。解決しないようなら、いつでも相談して下さいね?」

「……お、おう」


 あなたが可愛らしくなったのが原因ですので、不細工になって下さいとでも言えば良いのかとアホな思いが脳裏に過る。

 昨日の試合で頭でも打ったのかと真剣に自分の頭脳に疑問を覚えそうになった。


「ま、大した問題じゃないさ」


 そう自分に言い聞かせてから健輔は門をくぐるのだった。


「お2人ともお疲れ様です。昨日(さくじつ)の試合はよかったですよ。優香も何やら雰囲気が変わったようですし」


 魔導スーツに着替えた彼らをクラウディアが出迎える。

 変換系に関する報告もあったが、優香の新しい能力を確認するのにこれ以上に適当な人材はいなかった。

 同年代で正面から優香と戦える前衛の数少ない1人であろう。


「ありがとうございます。今までお見せてしていた醜態に関しては今後の働きで返していくつもりです」

「ふふっ、私も負けてられないと思いましたよ。今の自分を超える、言うのは簡単ですけど実際はすごい難しいですから」

「同感だな。俺ももっと上を目指さないといけない」

「では、そのための手段として、私の力は役に立ちましたか?」


 不敵な笑みを浮かべ挑発気味にクラウディアは問う。

 彼女は健輔たちと仲良くなったが潜在的な敵であることも間違いない事実だ。

 正々堂々戦うこととわざわざ不利になることは意味合いが違うため情報戦なども各チーム活発に行っている。

 そんな中でわざわざ交流を図るのは、デメリットよりもメリットが多いからだ。

 同盟に近いのだから常に相手にとって利益のある相手であることを意識しないといけない。

 需要と供給、どちらかが崩れれば崩壊する関係なのだ。


「ご期待に沿えるかはわからんが。まあ、見てくれ」


 健輔も無為に時を過ごしてきたわけではない。

 勝利のため、何よりも自身の成長のためにあの能力は見逃せなかった。 

 どうしようもない強敵と戦うことも決意したのだ、手札は1枚でも多い方が良い。

 国内最強を打倒するのを全て優香に任せるつもりはなかった。


「落胆はさせないつもりだ」


 目は口ほどに物を言う。

 不敵な瞳は彼の自信を表していた。


「やはり、皆さんは素晴らしい人たちですね。では、私から用件を果たしましょう。――優香の新しい力を見せていただきます」

「よろしくお願いします。私ももっと上に行く必要がありますから」


 お互いに魔導機を取り出し、陸戦オンリーのフィールドへ移動する。

 空戦まで含めた本格的なものは負担が大きい。

 故の陸戦モードだった。

 機動力に優る優香が不利になる構図だが、新たなステージに昇った『オーバーリミット』があれば左程問題にはならないだろう。


「では」

「始めましょう」

『試合開始を開始します。所定の位置に移動してください』


 機械の音声に従い、2人が動き出す。

 空の色を纏った乙女と稲妻を纏う乙女。

 攻撃性に違いがあれど互いに稀有な才能を持つ2人が全霊を込めて力をぶつけ合うのだった。






「これほど、とは……」

「はああああ!」


 硬質的な音が清澄な空気に響く。

 剣と剣がぶつかり合う音は普通の学び舎では聞こえないものだろう。

 年頃の娘には似合わない物騒な代物をお互いに撃ち合わせていた。

 空を纏う乙女と雷光の乙女が目まぐるしく攻防を入れ替れる。

 陸戦限定、空がないことでお互いにいつもの立ち回りとは異なるものを要求される。

 双剣を構えて、休みなく連撃を行う優香にクラウディアは徐々に押され始めていた。


「ッ!」

「甘いです!」


 脇から試合を見ている健輔には2人の構図が良く見える。

 開始当初から防戦一方のクラウディアに対して優香は有り余る魔力と体力でごり押ししている。

 テクニックでもクラウディアを超えていた優香が今やパワーでも圧倒している。

 しかも、今度は時間制限が存在しない。

 『オーバーリミット』の第2ステージは能力が高レベル域で安定している状態のことを指す。

 第1ステージでは身体をその状態に持っていくために無理な収束現象を起こしていたため制限時間があったのだ。

 それに対して第2ステージでは高められた力の暴走にさえ気を使えば戦闘時間は実質無限となる。

 あくまでも理論上であり、実際は優香の精神的な疲れなどがあるため2、3時間の展開が限度ではあるのだが。

 しかし、試合時間が1時間の魔導競技では問題ならない。

 最初から最後まで優香はフルスロットルで戦闘を行えるようになったのだ。


「あれは厳しいな。タイプが近いから余計にだ」


 クラウディアが逆転するには技術を用いるしかないのだが残念なことにそこが弱点の彼女では手の打ちようがない。

 事前に見えていたことではあるが、いざ目の前にくると優香の出鱈目さに声もなかった。

 ほぼ同格だったクラウディアがあっさりと追い抜かされている。

 健輔自身との差など考えたくもなかった。


「でも、ま、弱点はあるか。――ついていけてないな。急激なパワーアップに」


 戦い方に小さな粗が目立つ。

 以前の優香ではありえなかった凡ミスの嵐だった。

 吹き飛ばしたはいいが勢いよく振り抜きすぎて自身の体勢も崩れる。

 術式に力を入れ過ぎて不発になる、と上げていけばキリがない。

 本当だったらクラウディアを瞬殺できたにも関わらずそれらのミスによりいまだ決着がついていない。


「双方、課題は見えたな。俺の課題は元々、わかってるしな」


 クラウディアの魔導機が弾き飛ばされて、ブザーが鳴る。

 勝者は優香、しかし双方の晴れぬ表情から勝利を喜ぶ雰囲気はない。


「元気の出る話題になれば良いんだがな」


 こちらに視線を向ける2人に手を振ってから労いに向かうのだった。


「お疲れさん。で、どうだった?」

「想定以上です。やはり、見てるだけではわからないことがありますね」

「こちらもです。立夏さんは得難い相手だったのだと改めて痛感しています」

「ふーん、なるほどな」


 テンションで実力以上のものを出すことにはリスクがある。

 本来以上のものが出ているのを忘れて自身の最高点を誤認することだ。

 健輔も絶好調だった時と、いまいち乗り切れない相手とではやはりノリが違う。

 そういう意味で立夏は優香にとっては最適の相手だった。

 試合というシチュエーションと合わせてまさしく最高の相手だったと言えるだろう。


「クラウディアから見て気になることは?」

「特には。使いこなせば強力な武器なるかと。ただ1つだけ付け加えるならこれを使いこなしてもお姉さんには勝てないでしょうね」

「……根拠は?」

「私は欧州の『女神』とお手合わせしたことがあります。向こうはまったく本気を出していませんでしたが、それでも勝てる気すらしませんでした」


 欧州の『女神』、ヨーロッパ統合トーナメントにおいて最強の魔導師に贈られる称号。

 男の場合は『英雄』や『神』などに変化するらしいが、女性は基本女神で統一されている。

 ここ数年は常に女性だったのでヨーロッパといえば『女神』という印象が強かった。


「その『女神』に勝利している相手にこの程度で勝てる? ありえませんよ。私の目標たる魔導師なんですよ」

「だろうな。優香は確かに強い。例えば、俺が1人で相手するともって30分ぐらいだ」

「そうでしょうね。でも、逆に言えば」

「30分持つ。試合中の拘束時間としては十分だろうよ」

「姉さんならば、そこまでは持たないと?」

「現時点で把握してる能力だけでもインチキだからな」


 依然聞いた話だと、通常状態で5つの系統を習熟しており、それを都度融合させて使いこなす固有能力を持っているとのことだった。

 さらに最低でも番外能力と固有能力を後1つずつは所持している。

 基礎スペックの段階で頭がおかしいのにそれよりも上があるのだ。


「最悪なんてどれほど高く見積もっても足りないぐらいだ」

「アメリカの『皇帝』も大概インチキくさい能力が多いですからね。そもそも、上位10名は皆さん能力がえげつないからこそあそこにいますから」

「姉さんは第2位……。確かに私の想定はまだ甘いかもしれませんね」


 壁の高さに幾分調子が下がる。

 しかし、そのまま折れる様なものはいない。

 己こそが1番、それくらいの自負程度は持っていないとどんな世界だろうと生きていくことは難しくなる。


「悪い話ばかりもあれだ。クラウディアには来てもらった本題をこなそう」

「あ、そうですね。昨日、連絡をいただいてから楽しみにしてたんです」

「だろう? 優香もちゃんと見とけよ。うまくやれば創造系なら誰でも使えるかもしれないからな」


 茶目っけを含ませて優香に笑いかける。

 考え込む様子を見せていた優香も笑みを返す。


「楽しみです」

「おう、うんじゃあ、ちょっとだけだが。『陽炎』テスト術式の6番を準備してくれ」

『了解。術式展開します』


 準備を整えると健輔は2人から僅かに離れた場所へ移動する。

 大規模な雷撃にならないことは確認済みだが念には念を入れておく。

 故意ではなくとも怪我などをさせる可能性は少しでも下げておく必要があった。


「おーい、いくぞー」


 声を張り上げ、実行することを宣言する。

 クラウディアが手を振ることで聞こえたことを教えてくれた。


「よし、『陽炎』」

『了解』


 健輔が魔力を流し込むことでテスト術式が起動する。

 何パターンか試した結果これがもっともクラウディアに近いように感じたのだ。


「よし、いくか」


 軽く右手を前に突き出す。

 パンチよりも軽い動きだが、今回はこれで十分だった。

 バチッ、と静電気などで聞き覚えがある音がすると細い線の様な電流が宙を走る。

 轟音を立てて大地を抉る『雷』からすればしょぼいものだったが、それでも実験は成功である。

 嬉しそうに喜んでいる2人に向けてガッツポーズを返すのだった。




「おいしいですね。ここのご飯」

「だろう? しかし、見た目的に違和感があるな」

「あら、それは差別発言ですか? ドイツ人だって白いご飯くらいは食べますよ」

「こっち来て1年経ってないんだろう?」


 朝の用事を滞りなく終えた3人はお昼時と言うこともあり、商業エリアまで足を伸ばし剛志からお勧めされた定食屋に来ていた。

 魔導の恩寵もあり日本語で話しているように感じられるため忘れがちだがクラウディアは外国人である。

 箸を流暢に使いこなしていることも含めて妙なギャップを醸し出している。


「クラウディアさんは姿勢がお綺麗ですね。箸の使い方も堂に入っていますし」

「ありがとう。優香もすごく綺麗な食べ方ですね」


 お互いを褒め合う美少女2人に微妙な居心地の悪さを味わう。

 定食屋を選んだのは自分だがもう少しオシャレにカフェテリアや最低でもファミレスにでもすべきだったと遅すぎる後悔をしていた。

 以前の敵愾心はどこへいったのか、和気藹々と話す2人に釈然としないものを感じる。


「女はわからん……」


 何度目になるのかもわからない呟きを聞こえないように漏らし、健輔は焼き肉定食を掻き込むのだった。


「そういえば健輔たちはそろそろ『ツクヨミ』と戦うんですよね?」


 食事を終えてまったりしているとクラウディアがそんなことを言い出した。

 特に隠す理由もない健輔は「ああ、そうだけど」と軽く返す。


「香奈子さんから聞いたのだけど、あそこは割と面白いチームらしいからあなたたちも楽しめると思いますよ」

「面白い?」

「ええ、レース形式でレースをしない砲撃集団、とのことです」

「どういうことだよ……」

「私も少し聞いたことがあります。なんでも特化戦力の見本とか」

「真剣に遊ぶ、矛盾があるけどそんなチームらしいですね。私も対戦を楽しみにしています」


 ツクヨミはルールが変わらない限り、その戦い方は変化しないらしい。

 レース形式ならば例え、圧倒的格上でも食える脅威の適応力を所持しているとのことだった。


「里奈ちゃんが昔所属してたらしいしな。悪いチームじゃないならなんでもいいや」

「モットーは楽しく魔導を、とかそんな感じだったかと。個人的には好感度が高いですね。どちらが勝つのか楽しみにしています」

「楽しく、ね。ふーん、ミーティングに期待するか」


 休日の一幕として話に華が咲く。

 その後、3人は学生らしく街を満喫し、日が暮れる前に解散した。

 自分が両手に華で注目を集めていたことなど露とも知らない健輔。

 彼は後日クラスの男子から殺意が籠った視線を送られることになる。

 そうとは知らずに無邪気に楽しむ健輔であった。


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