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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第68話

 香奈子の魔力暴走はもう1組の戦いにも当然ながら影響を与えていた。

 攻守の入れ変わり、ほのかが攻で葵は守へと状況が移り変わる。

 もはや後がなくなった故の特攻に等しい決断ではあったが、葵の消耗ももはや隠せない領域まで来ていた。


「危ないわね」

「っ!」


 ほのかは余分な思考を排除して、ただただ相手の打倒を狙う。

 元々テクニカルタイプ、技量には自信があった。

 攻め気を持てば1撃は当てられる。

 そう考えていた。

 しかし、それらは全て一般論である。

 チーム『天空の焔』に共通するミスは一般論で相手のことを考えすぎたことだろう。

 葵が火力一辺倒のわかりやすいタイプならば、間違ってもチームのナンバー2になどなれない。

 直情的で物事を深くは考えない、確かに葵はそういう女性だったがそれは知能派でないことを意味しない。

 健輔が葵を苦手としているのは2面性が強い性格だからだ。

 つまり、


「ほら、いくわよ」


 自然体で物事に臨んでいるということである。

 息をするように攻撃し、瞬きの如く防御する。

 ある意味で本能的な動きを常としているから相手の攻撃を読まなければならないテクニカルタイプとは極めて相性が良い。

 ほのかの技量は自分と同じように魔導を習得している相手に限る。

 わかりやすくいうなら教科書通りに優秀なほのかと野生的な葵という違いになるだろう。

 洗練されているのはほのかだが勝負に関してだけいうなら読めない相手と言うのはそれだけで脅威だ。

 ましてや、手負いの獣なら猶のこと。


「くっ、出鱈目な!」

「ええ、良く言われるわよ」


 追い詰められてるのは葵。

 しかし、傍から見れば構図はまったくの逆に見えていた。

 ほのかは香奈子の救援には行けない。

 背を向ければこの獣は必ず獲物を喰いに動くとわかっているからだ。

 故に帰れない。

 方法はただ1つ、打倒しなないのだ。


「……ごめんなさい」

「ふーん、そっか、そうくるのね。いいわよ、最後まで相手をするわ」


 香奈子に謝罪の言葉を乗せてほのかは葵と対峙する。

 内部には差異が生じたが大筋は変わらない、よって勝敗は健輔たちと香奈子の対決に収束することになるのだった。




 突然と言っていい自身の暴走から我に返った時には彼女は事態を把握していた。

 半ば無意識だったとはいえ結果的に仕切り直しは図られて窮地から辛くも逃れることができた。

 新たな力に目覚めて窮地を脱するなどまるでヒーローの様だが残念ながら現実はそこまで甘くない。


「残りは半分……」


 前髪で隠れていた瞳は正面を見据える。

 追い詰められて逆切れ、その果てに悟りの心境を彼女は得ていた。

 もはや、やけっぱちである。


「負けない……!」


 つい先程覚醒した能力の掴みは済んでいる。

 黒い魔力が彼女からまるで間欠泉のごとく噴き出し始める。

 彼女が覚醒した固有能力が合計3つ。

 その内2つは試合前から確認していたがつい先程、3つ目が覚醒したことでついの本来の力を発揮する。

 3つもの固有能力を持つ者は魔導師全体を見渡しても少ない。

 執念の賜物か思い描いた最強の武器はついに彼女の手に携えられたのだ。

 1つは破壊系の魔力を他の系統を併用できるようにする能力『バランスブレイカー』

 2つ目は魔力を圧縮した状態で生み出す能力、そして最後の3つ目は魔素を魔力化した状態で集める能力。

 彼女の力は『バランスブレイカー』を基準に収束系に似た能力を付与するようになっている。

 これは残りの2つがない状態だと魔力キャンセル能力には優れるが肝心の火力が低くなってしまう。

 健輔のように物理型でこられると途端に真価を発揮できなくなってしまうからだ。

 だが、3つ目の固有によりもはやその弱点は存在しない。

 あらゆる魔導的な力を粉砕する最強の砲台が動き出す。


「チャージ開始!」


 魔導機が唸り上げ魔力の圧縮を開始する。

 真由美に匹敵する砲撃能力を獲得した魔の砲台がついにその全貌を見せる。


「シュート!」


 黒い魔導砲が連続して放たれる。

 射線の先には僅かに姿を確認できる水色の髪を持つ乙女。

 黒い光が淡い水色を飲み込もうと襲いかかる。




 香奈子に動きがあったのを見て優香も動く。


「『雪風』」

『了解しました、フェイクを展開します』


 魔力反応を検知した優香は切り札をきった。

 己が役割を承知しているが故に今、ここで落ちるわけにはいかない。


「行きます!!」


 『オーバーリミット』を全力発動させて、術式に魔力を注ぎ込む。

 彼女の系統は創造・身体系。

 そう、メインは創造系のなのだ。

 この系統の特徴は圧倒的な汎用性、今までは魔力刃を生み出したりなどと積極的に攻撃以外では活用はしていなかった。

 小細工を必要としない程に優香が強かった故だが、今回の相手は彼女すらも大きく上回っている。

 だからこそ、ここが切り札の切り時だった。

 注がれた膨大な魔力は『雪風』に刻まれた術式を忠実に再現する。

 優香の魔力量を前提とした数で押す術。

 魔力反応すら偽装する形で空には大量の優香が姿を現すのだった。




 大量の魔力による夥しい数の優香の姿。

 黒い光を高い機動力で方々に散るように回避すると、今度はバラバラに香奈子目掛けてやってくる。


「ッ! 本物がわからない! バックス、特定は?」

『ダメです!! 全個体が魔力を反応を持っています! これでは特定は難しいです。肉眼で判定するしかないです!』

「……了解!」


 威力を最小に数を増やす。

 連射速度を重視していなかったため香奈子の固有でもそこだけは通常の後衛型魔導師と変わらない。

 威力自体は段違いだが、今彼女が欲しいのは手数であった。


「薙ぎ払う!」


 続けざまに放たれる魔導砲、最小の威力であっても幻影どころか本体すらも撃墜する火力であった。

 しかし、如何な大威力も当たらなければ意味はない。

 幻影をいくつ消滅させようが直ぐに復活して、本体の位置を幻惑する。


「空にいるのは間違いないのに……!」


 休むことなく放たれる砲撃だが、どれも本体を貫くことはない。

 そして、手間取っている内にドンドンと優香は肉薄して来ている。

 既に距離は近接戦の射程範囲に入ろうとしていた。


「貰いました!!」

「上!?」


 それまであった幻影が全て姿を消して、香奈子の直上から優香が魔導機を持って斬りかかる。


「っ、障壁展開!」

「『雪風』! フルバースト!!」


 障壁で斬撃を受け止めるが優香はそこに魔力を注ぎ込むことで強引に突破図ってくる。


「っ! こちらも!!」

「そう、きますか!」


 黒い魔力光が噴き出して優香をも覆うとする。

 すると、まるで黒に塗り潰されるかのように水色の光は輝きを失い出す。

 変化はそれだけに留まらない。

 それまで障壁に食い込んでいた魔導機が徐々に押し返される。

 優香の髪もオーバーリミットの適用を意味する水色から普段の艶やかな黒へと明滅を繰り返す。


「ここまでの能力が……!」

「これで終わり!」


 押し切れない優香に向かって香奈子は砲塔を向ける。

 既に限界に使い優香にその攻撃を防ぐ術はあらず、


「シュート!!」


 黒い光にその身を貫かれるのだった。

 そして、


「貰った!!」

「もう1人!?」


 警戒網に敷いていたにも関わらず文字通り『突然現れる形』で健輔が香奈子を強襲する。

 健輔の背には何かしらの魔導陣(・・・)が展開されており、それが突然現れたカラクリであることがわかる。

 咄嗟の状況のため深く観察する余裕のない香奈子はまずはこの場を凌ぐ事を優先した。

 障壁と破壊の魔力光、この2つを持って防御を急ぐが、1度自分で吹き飛ばした障壁は未だ回復の途上であり、破壊系の魔力を帯びた光は同じ破壊の力には無力であった。


「おら!」

「――ッ!? まだ!」

『九条選手、撃墜! 赤木選手、ライフ40%!』


 香奈子は体勢の立て直しを図る。

 腹に1撃食らったが相手は破壊系を選択している。

 その系統は誰よりも知り尽くしているのだ、そのままならば後3回は耐えられる。

 攻撃を受ける前提で香奈子は健輔に接近する。


「これで!」

「させるか!」


 健輔は空中でバク転でもするかのように身体を捻り、香奈子の頭上を越えていく。


「後ろへ!?」

「おらああああ!!」


 続けざまに放たれる蹴り、破壊系の魔力を帯びたそれは障壁を意にも返さずダメージを与えてくる。

 アクロバットな回避術は香奈子の経験で対処できる程柔なものではなかった。

 何より健輔は香奈子の戦い方をよく知っている。

 高い防御と火力で近接を受け止めてから仕留める。

 そのやり方で彼に対抗してきたのは他の誰でもない真由美だったのだから。


「見慣れてんだよ!!」

「――ッ!?」


 3発目が香奈子の脇腹に突き刺さる。

 後2回、攻撃が当たればライフは0になる。

 しかし、赤木香奈子も並ではない。

 単純なスペックだけならば既に真由美すら上回る傑物はその有り余る破壊力を示す。


「吹き飛ばす!!」

「ぐッ、これは――」


 今日、何度目になるかもわからない強烈な魔力の放射。

 弾き飛ばされないように必死で耐える健輔だが、それは回避行動を捨てるということにもなる。

 硬直する一瞬、香奈子がそれを見逃すはずもなく。

 黒い光が健輔を飲み込む。

 その刹那に、


『これで終わりです(だ)!』


 まったく同じタイミングで同様の内容を叫ぶ2人。

 どちらもお互いの勝利を確信していた。

 香奈子は健輔への勝利を。

 健輔は試合への勝利を。

 そう、最後の最後でそこを忘れてしまった香奈子は背後からの一閃を受けて、ようやく健輔たちの気付くのだった。


「転送魔導!? まさか!? 彼も彼女も囮!」

「そういうことね。途中から真希のことを忘れてた? あの子の撃墜判定は出てなかったでしょう?」

「っ、ブース――」

「遅いわ。何より、あなたは私と相性が悪いわよ? 創造系と収束系の組み合わせ、知ってるでしょ? 爆発力には劣るけど安定して強いのが私」


 妃里の静かな闘志が瞳に宿り、香奈子を貫く。

 勝利を確信した後の奇襲、その心の緩みを突く健輔が張り巡らせた渾身の罠。

 彼を撃墜することで完成した罠から獲物は逃げだすことができない。


「これで終わりよ」


 再度繰り返される同じ内容の言葉、しかし今度は正しく試合を終わりへと導くものだった。

 同刻、葵とほのかが相打ちに終わり、長かった試合も幕を閉じる。


『佐藤選手、ライフ0%撃墜判定! 藤田選手、ライフ0%撃墜判定!』

『赤木選手、ライフ0%撃墜判定です~。同じく坪内選手、ライフ0%撃墜判定です~』

『フィールドには石山選手のみが残留。よって、この試合はチームクォークオブフェイトの勝利となります!!』


 歓声がフィールドを包む、激戦を制したのは『クォークオブフェイト』。

 どちらも全てを絞り出したが最後に僅かに残っていた余裕が天秤を健輔たちへと傾けたのだった。







「よくやってくれたな。お前たち全員の奮闘がなければこの試合は負けていたぞ」


 控室に帰還した健輔たちを出迎えたのは早奈恵のそんな言葉だった。

 こちらをバツの悪そうな顔で見ている真由美にドヤ顔をしている和哉と表情こそ様々だが感情は一致している。

 よくやってくれた、と。


「妃里もおいしいところを貰えたな?」

「ええ、葵には悪いけど楽しませてもらったわ」

「気にしなくていいですよー。今回、私は始終楽しかったんで。むしろ、MVPは健輔だと思いますよ? ぶっちゃけ、よく『雷光』に勝てたと思いますもん」

「ですよねー。ぶっちゃけ相手の自爆なんで勝ってないんです」


 労ってくれる葵に言葉を返す。

 実際今回の健輔がやっていたことはほぼ回避していただけである。

 攻撃において決定打になった部分はほとんど存在しない。

 しかし、それでも健輔が果たした役割は大きかった。


「葵のやつが珍しく褒めてるんだから受け取っておくのでいいと思うぞ。というか、今回はお前の奮闘は大きかったしな。『雷光』の後にあのリーダーだろ? 俺だったら匙を投げるね」

「私なんて生き延びただけでほとんど役にたってないからね。和哉の隙をついて1人落としたぐらい?」

「それで十分じゃないかなー? 私たちバックスとしては凄く心臓に悪い試合だったけどね。みさきんもそう思うっしょ?」

「え、いや、私はもうホッとして……」


 チームのメンバーが各々自由に話し出す。

 心理的負担はむしろ後方の方が強かったのだろう。

 涙ぐむ美咲と笑顔の優香が健闘を讃え合う。


「健ちゃん」

「へ? な、なんですか? 部長っ」


 そんな中真由美が手で招きながら健輔に声を掛ける。

 呼ばれた健輔は椅子に座っている真由美の元へと向かった。

 普段は割と子どものような表情が多い彼女が穏やかな雰囲気で笑顔を携えていた。

 大人の女性、とでも言うべきだろうか。

 突然、実年齢より大きく年上に見えるような雰囲気を醸し出した先輩に少しドギマギする。


「ふふふ、試合中はもうちょっと余裕があるのにこっちではいつもそんな感じだね」

「うっ……。す、好きでやってるわけじゃないです」

「わかってますよー。――今回はよく頑張ってくれたね。ありがとう」

「あ、いえ、チームとして当然のことです!」

「そう? 実際、よくやってくれたと思うよ。練習の成果もばっちり出てたしね。なんか一安心したって感じかな」


 入学して半年足らずとは思えない程、魔導師としての骨格が出来てきていた。

 完成度だけならば間違いなく2年クラスに到達しようとしている。

 本番に強いタイプの人間は多いが健輔の場合は特に傾向が強い。

 後は慢心に繋がりさえしなければ完璧であろう。


「うん、個人的に言いたかったことはこれだけだよ。みんなのところに行ってきたらいいよ」

「はい、じゃあ、失礼します!」


 健輔が仲間たちのところへと帰っていく。

 真由美はその様子を早奈恵と2人で見守っていた。


「さてと、今回は心配が無駄になりそうで助かったな」

「そうだね。向こうは大変だと思うけど。まあ、それに関してはお相子だし勘弁してもらうしかないよね」

「……今度戦うことがあったら勝てるかはわからないな」

「そんなのいつものことだよ。というか、私は久しぶりに撃ち負けて傷心してるんだよ? もう少し優しい言葉を掛けて欲しいな」

「後輩に頼り切りになった先輩なんぞ、その程度の扱いで良いだろうよ」

「むーー。ま、いいよ。私も気分はいいからね」

「ふ――。おい、お前たちそろそろ退場の時間だ。はしゃぐのもいいが、忘れ物はないようにな」

『了解でーす』


 健輔たちは勝利した。

 しかし、光があれば影も生まれる。

 勝利と言う輝きの影で敗北の苦渋を味わっているものたちがいるのだった。




 重苦しい空気、試合が終わってから控室に帰ってきた香奈子たちを出迎えたのは通夜のように沈んだ空気だった。

 香奈子をサポートしてくれたバックスのメンバーは顔を涙で濡らして選手たちを出迎える。


「か、香奈子さん! そ、その」

「ん、ご苦労様。――助かったよ」


 香奈子の言葉に2年生の女子は大粒の涙を流す。

 試合の最後の方は取れていたどもりが試合が終わると蘇っていた。

 せっかく克服できたのにと香奈子はこの空気に似合わないことを考えていた。


「ん、クラウもそんな顔してどうしたの?」

「香奈子さん……。その……ごめんなさい」


 出場したメンバーも見守っていたメンバーもみなが等しく顔を上げない。

 誰もが香奈子の能力を認めていたからこそ、この敗戦の責任を自分たちの中にしか見付けられなかった。

 あのランク5『終わりなき凶星』近藤真由美を容易く粉砕した香奈子が弱い訳がないのだ。

 事実、彼女は最後まで諦めていなかった。

 ならば、どこに敗北の要因が有ったのかなど自明の理であろう。

 チームメイトの言葉にならない自責の念を香奈子は感じた。

 ここで彼女がそんなことはないと否定するのは簡単だろう。

 しかし、そんな慰めが欲しくて彼らは泣いているのではないのだ。

 痛い程に気持ちがわかるからこそ、香奈子は何かを言い募ることはない。

 それでも――


「ん、いろいろ言いたいことはあると思うけど……」


 そこで香奈子は一旦、言葉を区切る。

 総員16名。

 多いとは言えないチームの面々を見渡して彼女は柔らかく微笑む。


「ありがとう。次は勝とう」

『……はい!』


 ――感謝の念だけは伝えたかったのだ。





 『天空の焔』対『クォークオブフェイト』は健輔たち『クォークオブフェイト』の勝利に終わった。

 これは大きな意味を持つ勝利であったが、同時に46戦のうちの1つでしかないことも事実である。

 今は両チーム、この結果を受け止めて前に進む。

 残り試合数は34試合。

 未だ道程は4分の1程度にしか過ぎず、戦いはまだまだ続くのだから――


最後まで読んでいただきありがとうございました。

対『天空の焔』終了です。

楽しんでいただけたなら嬉しいです。

皆様の感想をお待ちしております。

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