第64話
一瞬の出来事だった。
流れるように行われた一連の攻防は真由美の撃墜という結果を『クォークオブフェイト』に叩きつける。
まるで時間が凍ってしまったかのような沈黙が会場を覆う。
その沈黙を破るかの如く黒い閃光が再び飛来する。
硬直してる隙を見計らって勝負を決めるつもりなのだろう、狙いは葵だった。
チームの大黒柱たるリーダー、いつだって彼らを牽引してきた存在たる真由美が何の抵抗もできずに散ったのだ。
衝撃は計り知れない――葵が普通の神経を持つ女性だったのなら、香奈子の予想は現実の物となっていただろう。
「ふ~ん、なるほどね。あなた、面白い能力だわ」
迫り来る砲撃をその拳で叩き潰した葵はぽそりとそんなことを呟く。
当然、その声は香奈子には聞こえていない。にも関わらずこの時、香奈子はまるで触れてはいけないものに触れてしまったかのような寒気を感じた。
能面のような表情の葵は彼方を見詰めながら、僅かに口元を緩める。
「サポートは任せるわ。細かいこともお願い。――あれは私が引き受けるわ」
誰も傍にいなに状況なのに誰かに言い聞かせるように葵は話す。
その信頼を向けられた当人は言葉少なく了承の意を伝えた。
『了解っす。カラクリはわかってますね?』
「大体ね。じゃあ、集中するから、後はお願い」
『うっす』
短めな意志の確認、彼らにはそれで十分だった。
真由美が落ちたところでやることは変わらない。
葵が必ず防ぐだろうと確信していたからこそ、健輔はすばやく地上に降りていた。
『優香、葵さんに攻撃を集中させるから下に降りて。和哉さんと真希さんもお願いします。その後はいつも通り、突入の支援を。一旦接触してしまえば、あの攻撃は怖くないです』
健輔の言葉にようやく再起動を果たす面々。
和哉からの了承の意を受けて、健輔も隠密行動を開始する。
敵も黙って見ているだけではないだろう。
ここからが本番となる。
額に流れる汗を拭いながら、健輔は冷静に勝ち筋を模索するのだった。
『ま、まさかの展開! 最強の後衛魔導師が砲撃戦で打ち負ける!? こんな事が起こると誰が予想したのでしょうか!』
『きゃ~、先がまったくわからないわ~』
実況の驚く言葉を無視して香奈子は攻撃を続行する。
自チームの後衛にも既にその意は伝えている。
「ん……。落ちないっ……」
藤田葵のみを残して敵は全員地上に身を隠した。
香奈子の速度を優先した砲撃を警戒したのだろう。
光速――事実上の最高速度に匹敵するその速さを持ちながら真由美の障壁を1撃で消し飛ばすような攻撃に当たってしまえば誰でも落ちてしまうからだ。
乱戦状態になることを避けて、1人にターゲット集中させることで被害を極限している。
「ん、冷静……。少し、予想外」
本来ならもう1人は落としていたはずだった。
可能ならば葵を、それ以外でも誰か落とせていれば勝率は大分上がっていただろう。
実際、真由美撃墜後に葵以外を狙っていれば、勝利の可能性は高かった。
「ん……あの態度も擬態。頭も回る」
自分と優香が呆けた態度を見せれば自分を狙うという確信があったのだ。
放った攻撃を相殺されるのを見た彼女は直ぐに謀られたことを悟った。
直ぐに地上に降りた1年生の男子といい、判断が予想以上に早く的確である。
今も、香奈子の攻撃に冷静に対処している。
障壁に頼った防御、もしくは大規模魔力による防御ならば彼女はどうとでもできたのに魔力で強化した拳での迎撃では効果を最大限発揮することはできない。
「ん……。クラウ、ほのか、大宮、お願い」
『了解』
『任されました』
『よっしゃ!』
前衛へ指示を飛ばし、彼女は葵を落とすことに集中する。
彼女のライフは僅かずつであるが減っているのだ。
この攻撃を繰り返せば落ちる。
勝利は近い、高鳴る鼓動を感じつつ試合を決するべく香奈子はさらに攻撃密度を高めるのだった。
地上に降りた健輔と優香は合流した上で全力で森を駆け抜けていた。
今回の戦闘フィールドは陸上。
空は普段通り遮蔽物のない真っ向勝負に適したものだが、地上は違う。
精巧な偽物の木で作られた森が用意されており、身を隠して潜入することができるようになっている。
魔力の恩恵により人類の限界を容易く超えた速度で駆ける2人は敵陣へと急いでいた。
「健輔さん」
「ん? 何だ?」
気を緩めればこの速度で木とぶつかってしまい負わなくてもよいダメージを受けてしまう。
そんな間抜けを晒す2人ではなく器用に会話しながら木を避けて森を駆けていた。
「先程は醜態をお見せしました。すいません」
「いいよ。というか、そんなのは後でいい」
「……はい、いえ、わかりました。では、1つ確認をしたいです」
「相手の能力だろ?」
頷く優香を横目で見ながら健輔は己の予想を語る。
あの不可解な攻防の真実、真由美を撃ち落とした香奈子の力の正体。
「多分だけど、破壊系だろうよ。それで全部の辻褄があう」
「ッ……やはり、ですか」
真由美の砲撃をあんな速度最優先の砲撃で消滅させれたのは破壊系以外ではありえない。
魔力キラーたる破壊系。
魔導師でありながら魔導殺しの力が手に入るのだ。
対魔導師という意味でこれ以上の系統は存在しない。
だが、同時に赤木香奈子の戦い方は従来の破壊系とは相容れないものだった。
自身の魔力すら喰らってしまうからこその破壊系である。
遠距離攻撃とは頗る相性が悪いはずなのだ。
だから、誰もが可能性を思い浮かべても実行できるとは考えない。
「固有能力で扱えるようにしていることはわかる。……でも、普通に考えたならそれは選択しないな」
「……」
真由美が確信を持てなかったのも納得である。
固有能力の覚醒条件は今持って不明。
精神性ならびに熟練度が物を言うことはわかっているがそれすらも具体的な条件はわかっていないのだ。
赤木香奈子の系統は破壊系・遠距離系の組み合わせだろう。
つまるところ固有能力がなければまともに魔導を扱うことすらできない系統の組み合わせなのだ。
「博打にもなってない。ああいうのは勝率を考えてやるものだろう?」
「はい、端的に言って勝ち目が0です。でも、あの人はそれを掴んだんですね」
並大抵の覚悟ではない、健輔は素直に相手の覚悟に敬服していた。
砂漠に何も持たずに突入するようなものなのだ。
僅かでも覚悟に揺らぎあれば固有能力は覚醒しなかっただろう。
精神力という1点においてならもしかしたら世界最強の相手かもしれない。
そしてだからこそ負けたくない、と健輔は思っていた。
これほどの相手にはこちらも全力を尽くさないと失礼である。
「優香、相手の前衛2人は任せる。多分、葵さんもそんなに長く持たない。相手の後衛2人はなんとか和哉さんと真希さんが対応してくれると思うから」
「前衛を早急に剥がすんですね? わかりました。クラウディアさんはお願いします」
「おう、あっちの方は優香の判断で使ってくれ。勝負の行方はそっちに掛ってる。頼んだぞ」
「そちらこそご武運を」
徐々に近づいてくる敵の気配を感じた2人は2手に分かれる。
健輔がクラウディアを、残りの2人を優香と受け持ちを決めた彼らは戦闘準備に入る。
『美咲』
『はい、聞こえてるわ』
『早奈恵先輩の支援は全て葵さんに回してくれ。香奈さんは優香を含めた3人をお願いする。そして、美咲は俺に全力で頼む』
『――うん、OKよ。早奈恵さんからの許可も取ったわ』
『雷速の警戒と相手の魔力パターンの解析、頼んだぞ』
『任されたよ。……頑張ってね?』
『おう』
相手は黎明のような策には出ないだろう。
良くも悪くも真っ向勝負を是とする集団ならば、正面からこれを打ち破るのが正着だ。
『雷光の戦乙女』を遠目で確認した健輔は笑う。
かつて、優香と初めて対峙した時と同じようなプレッシャーを浴びせられる。
あなたはどこまで出来るのか、と問いかけてくるようなその圧力はクラウディア・ブルームが九条優香と似た気質を持つ人物だと言うことを教えてくれる。
ならば、やりようはいくらでもあった。
「負けない」
聞こえぬようにその言葉を飲み込み、健輔は雷光と対峙する。
戦いは中盤戦へ、序盤を制された『クォークオブフェイト』はここから逆転できるのできるのか。
クラウディアがその男と対峙した時に感じたものは落胆、である。
データを見て知ってはいたが実物を見たことでさらにその思いはさらに大きくなっていた。
彼女が尊敬する魔導師たちと違いオーラがない。
才能の有無は彼女からすれば左程重要ではない、相手を尊敬して超えたいと思えるのか、それが彼女が相手に求めるただ1つのものである。
だからこそ、彼女はこの戦いを最速で決めることを決意した。
このようななりでも前衛の一角なのだ。
間違いなく1流の『蒼の閃光』と戦う際の前座にはなるだろう。
性格上手を抜くことなどなかったが、彼女は間違いなくこの時、健輔を舐めていた。
「初めまして、ご存知だとは思いますがクラウディア・ブルームと申します」
「ああ」
「ここで試合を決めるためにも落とさしてもらいますね。恨むのならどうぞ存分に」
最後に語り掛けたのもある意味彼女なりの慈悲だった。
すると先程まで冴えない様子を見せていた男が歯を剥き出しにして笑い出す。
おかしくて堪らないというその笑いはクラウディアの神経を逆撫でするのもので――
「ふざけたことを」
一切の迷いを捨てて彼女は全力で雷撃を放つのだった。
轟音、雷特有の大きな音を響かせながら乙女の鉄槌は無粋な男を狙い討つ。
近接戦ならば日本に来てからも彼女は負け知らずなのだ。
香奈子相手でも、距離さえ詰めていれば負けることはない。
「さてと、撃墜判定は……」
雷撃が地面に直撃したため土埃が舞っている。
そのため撃墜の成否を実況の判定で待っていたその時、彼女の勘が叫んだ。
――避けろ、と。
「っ! 何!? 糸?」
勘に従ってその場から離脱を図る。
先程まで自分がいた位置には束ねられた糸の様なものが通り過ぎていた。
この状況で彼女を狙う相手など1人しかいない。
「無傷!?」
ライフにダメージ負うどころか攻撃が掠った様子さえない相手。
如何な手段なのか彼女には読めなかったが攻撃を防いだのだ。
ならば、次は絶対に防ぐことも避けることもできないように雷撃の規模を大きくすればいい。
「はああッ!!」
サーベル状の魔導機に魔力を込めて横薙ぎに振るう。
彼女の愛機『トール』は見事にその期待に応えた。
彼女の専用機たるその杖は変換系の資質を最大限に活かせるようにチューンされている。
この近接戦の距離で彼女が雷撃に拘るのは単純に速度の問題があるからだ。
健輔が事前に予測したように近接戦では『雷』の性質を活かしきれない。
それに対して雷撃は速度、威力共に破格の性能を持つ。
再度の轟音、そして閃光。
視界を振り潰し、相手を焼き尽くす稲妻に加減などない。
「っ……どうして!?」
性質上、狙って放たれた雷を避けることなど不可能だ。
魔導機を振るった方向から出るというわけでもないそれを予測することも人間技ではない。
それを苦もなくやってのける冴えない男――佐藤健輔。
評価を書き換える、どうやったのかさっぱりわからないが雷撃では決着が付かない。
剣に雷を纏わせたクラウディアは斬り合いを選択するしかなかった。
「いきますっ!」
「来いよ!」
クラウディアとの戦いが次の段階へと進んだように他の戦線でも大きな動きが生まれていた。
迫りくる黒い光は破壊の力、その物であった。
外部に展開する魔力は最小限にほとんど勘だけで攻撃を殴りつける。
直前まで何もなかった空間にストレートを御見舞すると轟音と共に、魔力が消し飛ぶ。
『藤田選手、ライフ50%。試合開始から10分経ちますが光速の1撃をなんとか迎撃している! 近藤選手の撃墜で浮ついていた味方陣営を見事に支えています!』
「支えるだけじゃ勝てないわよ」
実況にぼやきながら葵は次弾を落とす。
真っ直ぐ過ぎる攻撃は威力と速度こそ恐ろしいが自分を狙っていると分かっているなら対処は簡単だった。
問題は防ぎきれない分でじわじわとライフを削られていることである。
「……破壊系か」
近寄ることさえできれば赤木香奈子はなんとかできる。
そこまで思い至った葵は少し笑いがこみ上げてきた。
つまり、これは普段と構図が逆なのだ。
真由美の攻撃を如何に防ぐのか、そう言う命題に他のチームは毎回曝されていて今回はたまたま葵たちの番なだけである。
「ま、大砲の相手は慣れてるしね」
バカの1つ覚えのように繰り返される砲撃を再び殴り落とす。
経験不足が如実に出ている。
これで相手に真由美並の経験があれば下手をすれば試合はもう終わっていただろう。
「当たり前のことが当たり前のように敗因になるわよ、あなた」
聞こえていないとわかっているが、対峙する相手に言葉を掛ける。
後、何発いけるのかと他人事のように考えながら早めに後輩たちが状況を動かしてくれるのを葵は待つのだった。
「この状況で後輩に頼り切りはカッコ悪いからな。少し気合を入れて行かせて貰おう」
和哉が後方から魔弾による援護を行う。
数だけは多い彼の魔弾、相手を仕留める決定打にはならないが時間稼ぎや目晦ましと言った補助には絶大な効果を発揮する。
彼が創造・遠距離などという小器用な系統を選んだのは元々こういう状況で力を発揮するためだ。
つまり、この戦況は彼の得意な戦場でもある。
「怖いのあのリーダーの一発だけだな。他のやつは並だ」
「そうだね。私の狙撃ちゃんで落とせる程度だよ」
「例外はあのクラウディアというやつだが、まあ、健輔がなんとかするだろうよ」
「優香ちゃんほど柔軟性は高くないかな。後、自信家だから健輔にはやりやすいんじゃないかな」
直ぐ傍にいる真希から和哉の予測を補強する情報が入る。
敵で怖いのはリーダーである赤木香奈子だけだ。
他はどれほどよく見積もっても健輔程度にしかならない。
「相手のリーダーも動きが鈍い」
「経験値だね。なんていうかちぐはぐな感じがするチームだよ」
持ち得るスペックをフルに活用できていない。
香奈子の攻撃力なら葵など無視して和哉たちから落とせばよかったのだ。
なのにわざわざ唯一あの攻撃を防げる可能性がある葵を狙った当たりに未熟さが垣間見えていた。
「九条の相手は隆志さんクラスが2人だな。元々、前衛が強いチームなんだろうさ。相手のリーダーの攻撃力を合わせればバランスがいい」
「優香ちゃんと健輔が突破できるのかが鍵?」
「だろうな。普通にやればそうなるだろうよ」
そこで和哉が言葉を区切る。
常識的に戦えばそれが正当だ、と言い切ったということは常識的ではない方法もあるということだ。
双方共に不敵な笑みを作る。
真由美は事前にもしもの時に備えて指揮権を葵に移譲している。
その葵が健輔に丸投げしているため、現状指揮官は健輔だ。
そして、その健輔が後衛に関しては各々の判断に任せていた。
「どう転んでも合わせてくれるんだろうさ」
「先輩思いで泣けてくるね。――同時に私たちを舐めている相手にちょっといらってくるかな」
「同感だな。未だに葵にご執心なのもそういうことだろうよ」
間違ってはいないが些か舐め過ぎであると、彼らは笑う。
確かに優秀な魔導を持っているようだが、それに振り回されているようでは話にならないだろう。
「先輩として多少なり後輩が動きやすくなるように配慮しないとな」
「うわ、悪い顔。悪人でやっていけるよ」
「抜かせ」
どちらのチームも勝利に向かって動き出す。
最初にこの均衡が崩れるのはどこなのだろうか。
波乱の幕開けから舞台は中盤へと加速していく――




