第63話
「『雪風弐式』の調子はいいみたいですね」
「そうね~。昨日の試合でも~きちんと~動いてくれたみたいだし~大丈夫じゃないかしら~」
昨日の試合を振り返りながら里奈と彩夏は自分たちの仕事がうまくいったことに一安心していた。
『雪風』が不調で実力を発揮できない、などと言うことが起こったら自己嫌悪どころの話ではない。
生徒の役に立つどころか足を引っ張ってしまっては教師の名折れである。
「これで私の仕事はとりあえず終わりですね。毎年のことなんでもう慣れましたけど相変わらず殺人的な忙しさでしたよ」
「お疲れ様~。私は『陽炎』の方ね~。設計はもう終わったんだけど~AIの学習に手間取っているのよ~。困ったわ~。『アマテラス』戦までには届けたいんだけどね~」
「それは大変ですね。後……1ヶ月というところですか……。手伝いましょうか?」
「う~ん~。学習作業だけだから~、人手は足りてるのよ~。問題は~その~なんていうのかしら~」
「ああ、なるほど。だったら尚更手伝いますよ。どうせ、里奈ののんびりにAIが付き合いきれていないだけでしょうから」
「え~ひどいわ~」
抗議する里奈を柳に風とばかりに受け流しながら出揃ってきた戦績に目を通す。
優香や美咲以外にも多くの生徒を見ている彼女たちは何も『クォークオブフェイト』だけに関わっているわけではない。
どこのチームも自分たちにできる精いっぱいを行って大会に臨んでいる。
「既に明暗が分かれてきているあたり今大会はレベルが高いですね」
「も~、そうやって~話を変えるの悪い癖だよ~」
里奈の頬を膨らませている様子に思わず笑みを漏らす。
「ぷッ、あなたはいくつになってもそういった仕草が似合いますね」
「どうせ~子どもっぽいですよ~だ」
「一部は全然子どもじゃないのに……」
里奈のスーツの下からも激しく自己主張している胸に向けて暗い視線を向ける。
今でこそ冷たい印象を与える美人になった彩夏だが元々はバリバリの戦闘チーム『スサノオ』所属である。
学生時代はそれこそ葵に近い性格をしていた。
年を経て大分落ち着いてきたがやはりストレスが溜まったりすると地が出てきたりするのだった。
特にスタイルに関することは魔導でもそして肉体的な意味での激しく言い合いをしたことがあった。
一瞬だけ心が学生時代に返ってしまいそうになるが、頭を振って追い返す。
「はあ……。それよりもどう思いますか? 今度の試合は?」
「そうね~。個人的には~いいレベルで~纏まって来てると思うわ~」
「その心は?」
「1部のエース~だけでなく~、固有を持ってない生徒たちも~大分活躍してるもの~」
系統が特殊なため正当に評価されていないが健輔辺りが才能がない組の筆頭である。
足りない地力を必死に作戦などで補っているのだから評価されてしかるべきなのだが、希少性が高い系統であることが色眼鏡となってしまっている。
希少性――つまりレアであることと強いということはイコールで結ばれるものではない。
純粋に戦闘力だけで評価したなら万能系はよくても中の上だろう。
無論弱いわけではないが逆に強いわけでもない。
「佐藤君辺りもそうだけど~他にもエースを~食らう勢いのある子が増えているわ~」
「ですね。全体のレベルが上がってきている。まあ、それに伴って上位も上がっているんですけどね」
桜香などはその筆頭になる。
豊かな才能とそれを支える努力、紛れもないトップ選手だった。
彼女が類まれなる存在なのは間違いないがそれは才能だけで片付けて良いものでもない。
「そう考えると努力組の筆頭は香奈子ちゃんですか」
「そうね~佐藤くんとの戦いは~面白いかも~」
赤木香奈子に輝ける才能はない。
真由美が感じている違和感の正体を彼女たちは知っているだからこそ、誇らしい気持ちもあるのだった。
赤木香奈子はある意味で健輔の理想なのだから。
「佐藤くんにも~刺激になるんじゃないかしら~」
「誰であっても香奈子ちゃんは尊敬に値すると思いますけどね。桜香ちゃんと前情報なしで当たるのも見てみたかったですけど、真由美ちゃんも悪くはないです」
「不謹慎かもしれないけど~私も楽しみだわ~」
「私も、ですよ。教師である前に魔導師の1人でもありますから。後輩たちが偶に羨ましくなります」
「ふふ、そうね~。私たちの青春も~あんな感じだったものね~」
「あれよりは少しは穏やかでしたよ。というか、今の子はちょっとバイタリティに溢れすぎです」
教師というある意味最高の観客席で生徒たちの戦いを彼女たちは見守る。
今だ日本が、つまり天祥学園が1度も手にしたことのない優勝という証を今度こそ手に入れてくれることを願って。
「これからも楽しくなりそうですね。文化祭の準備などももうすぐですが、まあ、嵐の前の静けさを楽しませていただきましょう」
「どこが~勝つのか本当に~楽しみね~」
――魔導は才能に左右されない技術です。
天祥学園に入る学生ならば必ず1度は耳にしたことがあるワードである。
しかし、多くの学生はそれを左程真剣に受け止めていなかった。
才能による差が生まれないというならば、明確な差があるのは努力が足りないということになる。
だが、足りないと言われるほど努力をしていないものはこの学園には存在していなかったからだ。
当然だろう、わざわざ戦闘カリキュラムなどという面妖な物がある学園に自分の意志で入学しているのだ。
明確に魔導を習いたくてやってきている彼らが努力しないなどとありえないのだ。
では、どうして格差が生じるのか。
答えは簡単だった、やはり『才能』というものが存在するからである。
もっとも、魔導その物が才能によって格差を生んでいるわけではなかった。
先天性による優位が生まれても技術の進歩でそれは埋めれるものだったし、何より生来から魔導に秀でたものなど全体の1%にも満たなかった。
「ん……つまるところは、魔導以外での才能の差や努力が大きい」
結論から言ってしまえばそうなってしまう。
戦闘その物に才能を持つ者、指揮が得意な者。
才能の形は問わないがそれが格差の原因であった。
つまるところ道具である魔導では相性による優劣はあっても格差は生まれないが、残念ながら道具を扱う人間そのものには格差が生じてしまう。
「ん……。だから、魔導だけを研ぎ澄ました」
そう、だからこそ道具を扱う才能だけを上達させたのが彼女である。
魔導という道具はあるレベルまではみな一定の質しか持っていないが突き抜ければカスタマイズが可能になる。
固有能力とはつまるところ【そういうもの】であった。
真由美ならば、最大威力の砲撃を連射できる銃を。
ハンナならば、銃ではなくマシンガンを。
他のものが持っているよりも自身の特性に合った武器を手に入れたにすぎない。
ならば、他のあらゆる才能を粉砕する武器を手に入れればそれが最強であるはずなのだ。
彼女――赤木香奈子はそれを証明することに3年間を掛けた。
眠りから覚醒する刹那、彼女は自分の原点を見詰め直す。
「ん……。朝」
カーテンから入り込む光に目を細めながら、カレンダーに目を向ける。
ほのかが書きこんでくれたおかげで不精な彼女でも予定がわかるようになっていた。
――月曜日、週の始まりであり、休み明けのめんどくさい日。
それは彼女も変わらないが今日は特別な日だった。
「ん……。負けない」
決戦の日、ついに上位チームの激突が本格化する。
頂点はいつも1つ。
それを求めて多くの魔導師が戦うのだ。
自分のやり方こそ1番だと主張するために――
『ご来場の皆様にご連絡致します。本日の第1試合『クォークオブフェイト』対『天空の焔』は第2陸上競技場で行われます。観戦をご希望の方は受付窓口に申請をお願いします』
「体調は大丈夫なの? 桜香」
学園指定の制服に身を包んだ女性が隣にいる女性へと声を掛ける。
遠目からならば長身の男性にも見える麗人――二宮亜希である。
人が集まる広場において、圧倒的な存在感を感じさせる美女2人は試合を観覧するためにここに来ていた。
「ええ、心配をかけてごめんなさい。魔力の過負荷で体調を崩してしまったみたいで」
「私たちがあなたに負担を掛け過ぎたせいなのだから気にしないで。それにこれからは多少は私たちも当てにしてくれるのでしょう?」
「……ええ、ありがとう」
亜希の言葉に穏やかな調子で桜香は微笑み返す。
それはまるで背負っていた重荷をようやく下ろすことができたといったような安らいだ表情だった。
「どういたしまして。……さてと、流石に今日は多いわね。それだけ注目されてるってことかしら」
「そうでしょうね。私たちの時と違って実力が近いと考えられているからこそ、余計に人が集まるのだと思うわ」
魔導大会は国内大会は決定戦が行われる場合を除いて観戦に関しては無料になっている。
アホみたいな試合数があるための処置だが、これが魔導の知名度向上やアピールになっているため中々バカにできない。
AIが監督している試合に関してはネットでの中継も行われているため、映像の中でなら魔導を見たことがある人はそこそこ存在していた。
もっとも、この映像配信や戦闘カリキュラムなどのせいで魔導に負のイメージがついてしまったことも疑いようのない事実でもあった。
「ざっと見ただけでも結構な数のチームも偵察に来ているわね」
「そうね。さっき他所の試合は滅多に見にこないはずの魔導戦隊も見に来てたわ。流石にもうすぐ戦う相手は気になるみたいね」
「いえ、あれは1年生のチームよ。3年生はいつも通りみたい」
「……相も変わらずあそこは突き抜けているのね」
思考回路がさっぱりわからないチームのことを脇に置いて亜希は桜香に尋ねる。
「あなたとしてはどちらが勝つと思う? 試合のデータは見て貰ったと思うけどあなたから見ても赤木香奈子は強敵なのでしょう?」
「ええ、断言してもいいけど彼女の砲撃は多分魔導師である限り誰も防げないわ」
桜香は自信を持って断言する。
赤木香奈子の攻撃を防げる魔導師は存在しない、と。
親友のことを誰よりも知っている亜希は少しだけ驚いた表情を見せる。
こうまで桜香が断言することは珍しいし、何より翻って言えば自分でも防げないと言っていることが驚きだった。
「あなたでもそうなの?」
「ええ、恐らく真由美さんも可能性は考えてるだろうけど確証はないと思うわ。私もそれは同じ。だって、辻褄が合わないもの」
「辻褄が合わない?」
「赤木香奈子があの能力を得れる確率は高くないのよ。博打にもなっていない賭けをするような女性には見えないから」
だが、それでも桜香は断言する。
確証はないが能力としては恐らく間違いではないだろう、と。
「……荒れると思う、この試合」
「そう、あなたがそういうなら間違いないわ」
受付が開始され、人の流れが動き出す。
彼女たちも入場するため、受付へと急ぐのだった。
「いよいよ、本番だね。みんな、準備は大丈夫かな?」
『はい!』
「うん、いい返事です。作戦は前に説明した通り、もしもの時はあおちゃん、お願いね?」
「任せてください」
「うん、頼もしいよ。……健ちゃんも頑張ってね。2人が要になるかもしれないから」
「やれるだけのことはやりますよ」
控え室で最後の確認を行う健輔たちチーム『クォークオブフェイト』。
穏やかな様子ながら覇気を感じさせる真由美の表情にメンバーの気持ちも引き締まる。
結局、最後まで真由美は赤木香奈子の能力の予想について話さなかった。
確証がなかったのもあるが、もしかしたらそう思わせるフェイクの可能性もあると判断したためだ。
余計な情報を与えて後輩たちを混乱させるつもりはなかった。
「今日は陸上だから、遮蔽物とかもうまく使ってね。開幕はいつも通り私の砲撃から行くから、射線に気をつけて」
『はい!』
「言いたいことは大体普段から言ってるけど、これだけはもう1度言っておくよ。長い魔導大会はこの試合に勝たないと負けるってことはあんまりないんだ」
今回なら46戦にもなる試合数である。
1ヶ月掛けてようやく4分の1を消化した程度なのだ。
学校と並行してこれでは誰であろうと疲弊する。
また、負ける時は累積が重なった結果として出場できないことの方が多い。
「だからこそ、1戦を大事にしていこう。ましてや、ここからは強いチームとの戦いが一気に増えるからね。今後に勢いを付けるために負けられないよ」
「何、お前たちなら大丈夫だよ。私たちも全力で支援を行う。――いつも通り全力を尽くせ」
『はい!』
「じゃあ――勝ちにいこう!」
『クォークオブフェイト』出陣、後は試合が全てを決める。
そして、同じころ反対側の陣でも同じように決意の元、『天空の焔』がフィールドに向かっていた。
試合時間まで後、30分。
『ご来場の皆様、まもなく試合開始時間となりますので、ご着席の方をお願いします。繰り返します――』
いつもと変わらない実況の声を聞きながら健輔は集中力を高める。
ぴりぴりとした空気もいつもと変わらぬ試合前のものだった。
しかし、健輔は妙な違和感を感じていた。
「なんか、あれだな。……空気が重い」
普段もぴりぴりしたものは感じるが今日に限って腹にくる様な重さまで感じていた。
どんな時でも笑顔だった真由美も今日は厳しい表情をしている。
葵に限っては臨界寸前の爆弾の様な雰囲気で誰も近寄らせようとしていなかった。
いつも大きな背中で健輔たちを安心させてきた先輩たちも今日は誰もがみな余裕を失っていた。
「っ……。しんどい」
『流石に感じるものがあるか。まあ、仕方ないか。どんなに慣れてるように見えてもお前も1年生だったか』
慣れない空気に少し気分を重くしていると変わらぬ調子での念話が入る。
「早奈恵さん……」
『先輩たちもなんだかんだと後輩に気を使っていたということだよ』
「それは……」
『まあ、そんな気配りをする余裕を失う程度には強敵だ。――心しておけ、お前と九条がこちらの要だ。気取られるなよ?』
「はい!」
『ふふ、いい返事だ。いつも通りやれ、何、負けはしないさ。気持ちで押し負けないことを忘れなければ必ず勝機はある』
普段と変わらない早奈恵の様子にようやく気を張っていたものが抜けていく。
よく見てみると手が震えていた。
武者震いにも気付かない程に緊張していたのだ。
パンッ、と良い音が鳴る程の勢いで頬を叩く。
「気持ちでは絶対負けない」
そうだ、精神論だけは負けてはいけない。
意地の張り合いならば自信はあるのだ。
気合を入れ直した健輔の耳に歓声が飛びこんでくる。
時間だ――
「負けない」
その単語だけ握り締めて今度こそ本当に健輔は雑念を払うのだった。
『ご来場の皆様、大変お待たせしました! 本日の第1試合、『クォークオブフェイト』対『天空の焔』の試合を開始したいと思います!』
『本日の実況は『クォークオブフェイト』戦では御馴染の私、紫藤菜月と』
『斎藤萌技でお送りします~』
一般向けの転送陣が本土との間でも開通されたことにより、多くの来場者が集まっていた。
数ある強豪チームの中でも1番最初に激突する実力伯仲のチームである。
本人たちが思っている以上に注目度は高かった。
無論、敵情視察を考える他の強豪チームたちも無数の瞳でその試合を見守っていた。
妹を案じる姉の視線もその中には含まれている。
『本日はベーシックルールでの試合内容になります。詳しいルールについては御手許にあるパンフレットをご覧ください』
『それでは~選手の皆様は所定の位置に付いてくださいね~』
指示に従い魔導師たちが動く、いつも通りの変わらない動き。
そう健輔の精神状態も早奈恵のおかげで改善し、優香は元々の精神力で乗り切っている。
先輩たちは慣れているため問題がない。
コンディションという意味で『クォークオブフェイト』はまさしく万全だった。
故に――
『それではカウントダウン開始します! 3!』
『2~』
『1!』
『0~』
開幕の宣言が下り、普段通り空を舞った真由美の閃光が敵陣を貫く。
そう、いつも通りだったのだ。
砲撃の規模は中規模、速度と威力のバランスが最も良い形態を選択して放っている。
着弾までは目測だが30秒程だろう。
真由美は弾幕による味方の突入援護ではなく、明確に敵リーダー赤木香奈子を狙って砲撃を放った。
彼女に行動させてはいけない、と強く感じていた故の行動である。
傍から見ても完璧な先制攻撃、避けるにしろ、防ぐにしろ相手の体勢は崩れる。
後はそこを突入した葵たち前衛が掻き乱せば勝利する。
これこそが変わらない『クォークオブフェイト』の必勝パターン。
真由美の砲撃を迎撃するなどそれこそハンナぐらいにしか、不可能な所業である故に誰もその展開を想像すらしていなかった。
「ん……。もらった」
真由美はその言葉が聞こえたわけではなかった。
だが、気配のようなものは確かに感じた。
まるで何かに狙い撃ちされてるような懐かしい気配。
固有能力に覚醒してからは終ぞ感じていなかった、懐かしい感触。
赤き魔導の閃光を黒き虚光が打ち貫く。
威力ではなく速度を最優先で放たれた槍のように細い黒き光は光の速度で真由美を貫く。
――深淵を覗く時、向こうもまたこちらを覗いている。
真由美から狙えるということは当然、香奈子からも狙えるのだ。
自身の砲撃をあっさりと消滅させられた衝撃もあり動けぬ真由美目掛けて虚光は迫る。
元より、この速度を避けることなど不可能だったが、それでもその一瞬の自失が完全に勝負を決めてしまった。
自動で展開された障壁を紙のように引き裂いて、威力が込められたように見えない密度のない砲撃は直撃する。
『こ、近藤選手、ライフ0%撃墜判定……。きょ、凶星が落ちた……』
星が落ちる時、健輔たちに試練が降り懸かる。
残された彼らがそれを乗り越えられるのか、結末はまだわからない。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ようやく本題たる大会編の戦闘に入りました。
ちょっと分割しておりますので1話辺りは今までよりも短くなりますが、総量では以前より増えていると思います。
分割商法みたいで申し訳ないですがご理解いただけると幸いです。




