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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第57話

 多くの生徒を受け入れることが可能な大きな教室。

 生徒たちの注目を一身に浴びる黒板の前には背筋をピンと伸ばした初老の男性がいた。

 朗々とした声が快活に響き、生徒たちの脳を刺激する。


「諸君らはまだ魔導師の卵だ。勿論それは未熟であるということだが、悲観することはない。これからどのようにでも羽ばたけるということなのだからね」


 天祥学園のカリキュラムは必修と選択が半々。

 少なくとも1年生の内はそうなっている。

 2年時からは完全な選択制になるが大学部と違いクラスと言う単位は残る。

 健輔はあまりクラスメイトとの交流がないが圭吾はその辺りのことは如才なくこなしていた。

 健輔がつらつらとそんなことを考えている内に話が終わった教師は次の板書をさせる部分に移っている。

 黒板にチョークが叩きつけられる音が教室に響く。

 最新の設備を持つ天祥学園でもこういったアナログな部分は意外と残っていた。

 最新が常に良いとは限らない、そういう方針の元あえてアナログな部分も残しているらしい。

 中学の時に聞き慣れた懐かしく、そして眠くなる音に耐えながら健輔はなんとか講義を1つクリアするのだった。




「健輔さん、健輔さん!」


 寝ているわけではないが、微妙に意識が飛んでいた健輔は涼やかな声で現実へと引き戻される。


「ん? ああ、すまん。聞いてなかったわ、優香」

「今日は何かあったんですか? 休み時間もそんな様子なのはすごく珍しいですよ」

「いや、昨日ちょっと魔力をフル回転させていろいろやっていたから冴子に注意されてさ。午前中は魔力使用禁止令が出てさ、妖精さんに監視されてるわけですわ」


 そう言って健輔はポケットに突っこんでいた端末を優香に示す。

 画面上には健輔の言葉通り『要監視対象』という言葉が表示されていた。


「何をやったらそんなことになるんですか?」

「徹夜で魔力をフルに使ってな。流石にやりすぎたわ」

「明日は試合ですけど大丈夫なんですか?」

「明日は俺じゃなくて圭吾が出るから大丈夫だよ。それよりも午後の部長との検討会の方が心配だわ」


 健輔は端末を弄りながら憂鬱そうな溜息を吐く。

 魔力測定などを行えるこの端末は別名『フェアリー』とも呼ばれている。

 魔導師に引っかけた言葉遊びでありスマートフォンやタブレットと機能的な違いは左程ないが学園内では好んでこの名を使われていた。

 

「検討会と言うと変換系についてのですか?」

「それそれ。万能系で使えるかどうかってやつですな。里奈ちゃんたちにこういった話題は聞けないから自力で頑張らないといけない訳だ」

「お疲れ様です。ですが、変換系を物にできれば健輔さんにとってもプラスではないでしょうか? やるだけの価値はあると思います」


 笑顔で激励してくれる優香はありがたいが健輔はあまり乗り気ではなかった。

 正確にはやる気はあるのだがそこまで利点があるとは思っていなかったのだ。


「残念ながら俺はそうは思えなくてね」

「……どうしてですか? クラウディアさんの試合は私も見ましたがかなり強力な系統に見えましたけど」

「そりゃね。彼女の特性は雷な訳だろ? 自然現象の中でもわかりやすく強いからな。でも俺にはあんまり使えないんだよねー。理由は簡単だぜ? あの系統戦い方がわからんのよ」

「戦い方……」


 健輔の戦い方は相手に合わせて有利な系統で対処するというものだ。

 状況・心理などあらゆる面での予測が重要な戦い方だが、変換系はこれと合わない。

 クラウディアの戦い方からわかるのは圧倒的なスピードとパワーによる力押しが得意だと言うことぐらいだ。

 剣に雷を纏うとパワー、雷撃そのものはスピードを体現している。

 しかし代わりにまったくと言っていいほど小回りは利かない。


「俺の戦い方はどうしても小細工というか、ド派手な力押しは難しいからな。だから根元的な相性が悪い」


 葵の拳を再現した時は力押しができているように見えているが、あくまで見えているだけである。

 相手が対抗できない状況でやるからこそ圧倒的に見えるのだ。

 

「小回りが利き難い系統はそれだけで使い難い、ですか。万能系特有の悩みですね」

「1番厄介なのはこの事実を偶にすっぽり忘れちゃうことだわ。いや、調子に乗ったらダメなのはわかってるんだけどな」

「健輔さん……」

「ま、部長もそこら辺はわかってるだろうし、無難にやるさ」

「微力ながらお手伝いさせていただきます」

「サンキュー。ま、そんなに気負わなくていいよ」

 

 チャイムの音が休憩時間の終了を告げる。

 優香は慌てて次の授業の向かい健輔は真由美との約束があるため一旦解散する。

 ギリギリまで付き合わせてしまったことに僅かな罪悪感を感じるも健輔はそれに蓋をして真由美との練習へ意識を集中させるのだった。





 魔力弾が健輔の反応速度を大きく超えたスピードを持って彼に襲いかかる。

 特に慌てることなく常時発動状態にしている障壁でなんなく受け止めるが、障壁と接触した瞬間に魔力弾の密度が急激に上昇し威力が跳ね上がる。


「お、重い……」

「はい、おーわり!」


 言葉の軽さとは裏腹に物凄い剛速球が健輔の障壁ごと彼を仕留める。

 先程の出来事を生み出した張本人たる真由美は真剣な表情で健輔に感想を求める。


「さてさて、私なりに再現したクラウディアちゃんの戦い方だけど対処できそう?」

「痛い……あ、いや、はい、大丈夫そうです。というか多分普通に部長の方が強いですね」

「ふーん……その心は?」

「あの子多分力任せに系統使ってるだけです。使いこなしてないです」


 健輔がそのように考えたのは一重にクラウディアの攻撃バリエーションの少なさが理由だった。

 いくら新興の系統とはいえどう考えても攻撃パターンが2つは少なすぎる。

 隠している可能性もない訳でもないがそれでも試合中に用いられる基本動作が雷を纏って斬りかかるか、雷撃を放つだけなのはおかしい。


「そうだね。私も試合は見たけどあれは多分格下キラーなんだよ。今のところ苦戦するような前衛に当たってないから露見してないけどね」

「俺もそうだと思います。基本能力がすごく高いけど融通が利かない系統じゃないかと。美咲が創造系の派生って言ってましたけど個人的には破壊系にも近いと思います」

「融通の利かなさから?」

「はい」


 元々、破壊系も創造系の研究過程で生まれた系統である。

 推測にすぎないが変換系がそこから派生したのなら似てるのはある意味当然のことなのかもしれない。

 変換系はおそらく創造と破壊の中間の様な系統なのだ。

 再現できる事象でどちらよりかが決まる。


「クラウディアさんは雷なんで性質が破壊系により過ぎたんでしょう。ある意味で他の系統と一緒に使える破壊系とも言えるかもしれないです」

「他の系統と一緒に使える破壊系……なるほどね。うん、しっくりくる感じだよ」


 絶大な破壊力を手に入れたクラウディアだが雷という事象から小回りが利かなくなってしまった。

 これが水とかならもう少し違った使い方があったかもしれないが、ここでその仮定には意味がない。


「いろいろ試してみましたけど、やっぱり想像だけで系統を使うのはまだちょっと無理があるみたいです。もう少し熟練すると違うかもしれないですけど、どちらにせよ1回体感することが必須ですね」

「そっちはあんまり期待してなかったから問題ないよ。本題たる対応策の方は?」

「さっきの話から大体想像できると思いますけど、あれ以上の力押しが無理ならぶっちゃけカモです。だから問題は――」


 万能系はその小回りの良さで他の系統の追随を許さない。

 中途半端な力押しなど1番のカモである。

 クラウディアにも秘策、切り札はあるだろうがおそらく威力の増加はあり得ない。

 現時点で過剰な火力なのだ、普通に考えれば小回りを優先する。

 しかし、ある1点で健輔は不安があった。

 それは、


「「敵のリーダーの方針」」


 健輔と真由美の言葉が被る。

 『天空の焔』の試合データを見た葵の顔色が変わったように健輔とそして真由美もある危惧を抱いていた。


「あのリーダーの戦い方が火力偏重だったよね?」

「はい、俺ならチームメイトにもその方針を薦めます。総合力よりも特化した方がいいと」


 実際クラウディアの雷はどちらに転んでも強くなるが火力を強化した方が良いと健輔は思っていた。

 既に速度は十分なものがあるのだ、下手な小細工など要らない。

 そもそも光を超える速度はないのだ。

 遠距離・近距離を共に強化したいなら火力1択だ。


「それでも対応できそうかな? 流石に厳しいと思うんだけど、特に遠距離がね」

「常時障壁を展開することでなんとかするしかないですかね。俺に限るなら他にもやり方はいろいろありますけど」


 変換系は雷の性質を忠実に再現するため遠距離の雷撃ならば健輔は対応できる。

 近距離に持ち込めば雷速も役に立たないため問題はかなり減る。

 結局のところ刃を振るうクラウディアの反応速度は光にはなれないため火力こそ高いが近接ではかなりの弱体化を強いることができるだろう。

 むしろ、近接戦ではその大味さが足かせになる。


「はあ……流石に上位チームは伊達じゃないか。まだ1チーム目なのに鬱になりそうだよ」

「そこら辺はまだよくわからないですけど、頑張るしかないんじゃないですか。部長には向こうのリーダー対策もありますし」

「……それも問題なんだよね。あおちゃんとみっちり詰めておかないとダメかも……」

「部長……?」

「ん? あ、こっちの話しだよ。今日はありがとうね。良い参考になったよ」

「いえ、役に立ったならいいんですけど」

「じゃあ、今日はここまでで。また明日ねー」

「はい、失礼します」


 微妙に言葉を濁した真由美に理由を聞いてみたいと思ったのだが健輔は意志で抑えつけてその場では素直に分かれるのだった。




 ――夜。

 人の気配を感じさせない部室棟で真剣な目で『天空の焔』の試合を見詰める女性がいた。

 幾度も幾度も繰り返すように敵のリーダー赤木香奈子が黒き虚光を放つところを繰り返して見ている。


「おかしい……何回見ても威力と起きたことの説明ができない。……どうしてこんなことになってるの……」


 同じポジションだからそこだけは見逃さない。

 必ずこの違和感には理由がある。

 だが、彼女は答えに辿り付けない。

 あまりにも単純な理由故に赤木香奈子は強いのだと言うことを。

 そして、熱心に研究を重ねる彼女は気付いていなかった。

 自分がとうの昔に挑まれる立場になっていたことを。

 彼女――真由美は追いかけられる1年である2年を実質スキップしてしまった。

 その過ちの代償をもうすぐ払うことになる。

 同じ時間、同じ場所で熱心に『クォークオブフェイト』の研究を重ねる彼女の手によって、必ず――。




「あまり根を詰め過ぎると身体に悪いですよ、香奈子さん」


 外見からすれば意外に思えるほど流暢な日本語が華麗な唇から聞こえてくる。

 外国人の常とは言えこの間まで日本では中学生と呼ばれる年代とは思えない程に彼女の美貌は完成されている。

 名高き『雷光の戦乙女』はその名に恥じない佇まいを見せる。

 自信を示すようにスラッと伸びた身長は健輔にも届きそうな長身であり、出るところは出て引っ込むところは抑えられている見事なプロポーションだった。

 女騎士、その呼び名が良く似合う美女は尊敬してやまない女性に声を掛ける。

 司る系統に相応しく雷の如き眼を焼いてしまう様な美女は陰鬱とした雰囲気を纏う女性に歩み寄る。

 光と影。

 誰もがそう称するだろうこの組み合わせはその印象に反して影こそが光の主なのだ。


「ん……。今日はこれくらい」

「お疲れ様です。香奈子さんがそんなに警戒するということは最初の難敵はそのチームなんですよね?」

「ん、『クォークオブフェイト』個人的には優勝候補。九条桜香の『アマテラス』に勝てる可能性がある数少ないチーム」

「私はまだ日本に来て日が浅いので凄さがわからないのですが、教えてもらっても?」

「ん。桜香は『皇帝』にも勝てるレベル、少なくとも今代の『女神』には負けない」


 必然それに勝ちうる相手はさらに強いということになる。

 欧州において『女神』とは頂点に立つ魔導師に与えられる称号である。

 その強さの比較はわかりやすく彼女に真由美たちの危険性を教えてくれた。


「なるほど……難敵ですね。詳細をお聞きしても?」

「ん。リーダーの真由美、ランクは5位で『終わりなき凶星』の2つ名を持つ世界最強の後衛魔導師」

「『女帝』のライバルですね。彼女のことはデータだけなら知ってます。『女帝』が最高なら『凶星』は最強と聞いていましたが納得の強さですね」


 ハンナは世界最高と称され、真由美は最強の後衛と称される。

 その違いに関してはここで論ずる必要はないだろう。


「ん。他にもいるけどクラウはこの2人に注意しないとダメ。特に男の子」

「男?」


 香奈子に示された指に従い視線を画面上の男子に向ける。

 初戦の黎明戦から始まった健輔の戦いの要所を集めたそれを雷光は真剣な目で見詰める。

 予測の付かないバトルスタイル。

 それだけで該当する系統は1つしか存在しない。

 主の言いたいことを心で理解した彼女は無言で対策を考える。

 そんな彼女の様子に本当に僅かだが陰鬱な女性の空気が緩む。

 長く伸びた黒髪に顔の大半が隠れているため素顔は窺えないが、僅かに笑っているのが雰囲気で伝わっていた。


「ん、面白い子。クラウの要注意枠」

「ありがたくいただいておきます。『蒼い閃光』の方も同様に。噂を聞いてから戦いたいと思っていたんです。もっとも、この程度なら私の勝ちですが」

「ん。油断禁物。彼女は桜香の妹、才能はぴか1」

「それは私も負けませんよ。何よりこちらには香奈子さんがいるじゃないですか」

「ん……私は、まだ公式戦1回しか出てないよ?」


 真由美が彼女――赤木香奈子を警戒している大きな理由がそれであった。

 公式戦にエントリーをしたことがないということは情報が漏れていないということである。

 選手の情報が公開されるの2パターンだけしかない。

 1つは『公式』に2つ名を認定されること。

 もう1つは公式大会にエントリーして、最後まで戦い抜くこと。

 それ以外の方法で系統などを知るには映像や試合から推測するしかない。

 情報がないというのはそれだけでアドバンテージになるのだ。

 特に香奈子のような変則的な強さを持つものには大きな力となる。


「公式戦を戦い抜くことはかなりの糧になりますが、去年の九条桜香のようにそれを駆逐する才能もあります。同じように努力のみで積み上げたものが経験を凌駕することもあるでしょう」

「ん……ありがと」


 クラウディアは優しく微笑む。

 彼女は全てをこの1年に掛けた先輩に強い崇敬の念を感じている。

 傍から見れば計画通りに進んいるように見えるのだろうが、まったく保証のない大博打だったのだ。

 並大抵の覚悟でやれるものではない。


「準備はしっかりと進めます。油断をしていい相手でないことはわかりますから」

「ん。……他の子にもお願いね?」

「はい、お任せ下さい」


 動きだす強敵たち。

 最初の難敵を前に健輔たちも準備を進める。

『天空の焔』と『クォークオブフェイト』この2チームがぶつかるまでもう2週間を切っていた。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

今週の更新分は以上です。

余裕があればもう1話あるかも? しれません。

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