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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
337/341

最終話『心』

 健輔が最初に思い浮かべたバトルスタイルは雷光。

 同年代でエースとして最前線で体を張るのを見た最初の相手――クラウディア・ブルームの姿だった。

 鮮烈で苛烈、他者に厳しく、それ以上に自分に厳しい。

 まさに雷の如き少女。

 彼女の姿も健輔の魂に刻まれている。


「よしッ!」

『魔力循環』


 白い魔力が主の意思に従い、クラウディアを再現する。

 魔力を雷に変換する能力。

 向上した身体能力と、卓越した剣の才能。

 豊かな想像力は、健輔には少々厳しいがそれは気合でなんとかなるだろう。

 

「我ながら、アバウトだな!」


 笑いながら、その身でクラウディアと力を体感する。

 遥かな高み。

 仮に健輔が1人きりで戦っていたなら、どれほどの歳月が必要かもわからない高さに彼女は同年代で立っていた。

 世界大会を戦い抜き、健輔が思ったことがある。

 多くの魔導師、強敵と戦ったが、その中でもクラウディアは際立った可能性を持っていた。

 アリスも似たような立場だが、彼女はまだ見習いであり、健輔に至ってはエースとしての自覚を先ほど持ったばかりである。

 そんな中、彼女はチームを支えるために数多の敗北にも身を晒した。

 どこか有名なチームのアタッカーとして、前線を構築する1人の魔導師ならばそのような事を体感することはなかっただろう。

 香奈子の分まで、あの細い身体で必死に戦った。

 その意思を健輔は尊敬している。


「雷光、一閃!」

『ライトニング・ブラスト』

「この程度で!」


 空を駆ける雷光を桜香は剣の一振りで蹴散らす。

 結果だけ見れば、クラウディアの力は桜香に通じていない。

 しかし、結果だけで断じるのは2流の所業である。

 健輔が先ほどの攻撃でやりたかったのは、相手を倒すことではない。

 桜香の『漆黒』から『虹』に変化した力。

 それがどのようなものか、把握することが目的だったのだ。

 魔断結界、おまけにあの魔力の性質を考えれば、普通はわざわざ防ぐ必要はない。

 なのにわざわざ剣を用いて防いだ。


「なるほどな……!」


 1回の攻撃に過ぎないが、先ほどの攻撃は貴重な情報を健輔に与えてくれた。

 次はどうすれば突破出来るのか考える。

 そのためには、多様な手段での攻撃が1番だった。

 思い描くのは、総合力に長けたエースの姿。

 冬休みに最も長く接したもう1つの太陽の技を、雷光と組み合わせる。

 

「だったら、次はッ!」

『2、3番――『剣の嵐』』


 桜香が蹴散らした健輔の魔力が剣となる。

 しかも、ただの剣ではない。

 雷を纏った剣は、破壊力においてオリジナルを上回る偽物だった。

 1つの魔力だが、同時に複数の性質を発現出来る。

 万能系のあるべき姿、一端とはいえ桜香の力に劣るものではない。


「貫け!」

「これは、立夏さんの! ええいッ!」


 桜香が魔断結界を拡大展開する。

 彼女の周囲の空間を守る円形の空間は、その魔力の性質も合わさって凶悪な防御性能を誇っていた。

 接触する剣たちは、桜香からの干渉を受けてただの魔力に戻っていく――訳もなく、そのまま結界を切り裂き、標的に殺到する。

 慌てて然るべき状況。

 究極に近いはずの自身の護りを突破されて、桜香は狼狽してもおかしくなかった。


「――何度も言います! この程度の、小細工でどうにか出来ると思わないでください!」


 桜香の身体から周囲に放射された虹色の魔力が健輔の剣群を消滅させる。

 魔断結界の攻勢展開。

 魔力に干渉しながら、術式を解体しつつ相手にダメージを与える汎用性の高い攻撃である。

 攻防一体。

 これこそが桜香の新しいスタイルなのだ。

 以前のカウンター型から発展して、そこに多様性を取り込み、『漆黒』をモノにしたことでついに完成域まで近づいた。

 精神的にも大きく成長した彼女は、決して健輔を甘くみたりしない。

 彼女にとって、最初で最後の宿敵。

 今後、何があっても切れることがない最大の敵として、2人はお互いを意識していた。


「次はこちらです! 断ち切れ、魔断空間!」


 魔力を断ち切った空間の中に対象を取り込み、内部を自身の魔力で埋め尽くす。

 かつて使用した『熱砂の太陽』と同系統の空間封鎖型の術式。

 今の桜香は『漆黒』が保持していた魔力の性質を飲み込む力を持っているのだ。

 そんなものの中に放り込まれてしまえば、ただでは済まない。

 

「させるか! 正面から、砕く!」

『3つの極点を融合。マスター、存分に!』

「女帝、凶星、黒王。究極の砲台で、その術式ごと粉砕してやるよ!」


 純白の魔力が唸り上げて、健輔の身体に刻まれた記憶から複数の魔力を抜き出す。

 相手の魔力に変換する術は既に備わっている。

 足りないものは固有能力だけだが、今回に限っては無視してしまえばいい。

 真由美の力は融合された形だがまだ残留している。

 彼女を中核に残りの2人を融合させるのだ。


「発動!」

『トライアングル・ディザスター』


 健輔を覆うように小さな魔導陣が展開される。

 空間展開を砕く、という前代未聞の方法のために費やされる力は3つの究極。

 至高の砲台である真由美にハンナの連射力と香奈子の破壊を組み合わせる。

 破壊系の特性は空間展開にも及ぶ。

 空間展開とは、自分の魔力で空間を満たした状態とも定義することが出来る。

 その中にある魔力が片っ端から破壊されるようなことになればどうなるのか。

 暴れ回る3色の輝きは、封鎖された空間を紙のように引き裂いた。


「出鱈目な!」

「あんたに言われるとは、思わなかったよッ!」


 言い返した時には、既に次の動作へと移っている。

 美咲たちの協力があると言っても、制御にはまだ苦労しており、そこまでの余裕は存在していない。

 しかし、今は道理を無視する必要があった。

 正しい解答は健輔が桜香に敗北する未来である。

 覆すためには、常識の1つや2つは無視する必要があった。

 荒れ狂い、暴走しそうな力をそのまま外部に放出して、力に変える。

 想像するのは、健輔が最も尊敬するアタッカー。

 真由美からエースとしての在り方を学んだのならば、彼女からは魔導師としての在り方を学んだ。

 どちらも大切で、天秤は釣り合いが取れている。


「これでも、喰らえッ!」


 拳を覆う籠手のように陽炎は姿を変貌させる。

 魔力が拳に籠められて、絶大な破壊力を操り手に宿す。

 『漆黒』の桜香とも正面から殴り合ったあの力を、忘れるものなど存在していない。


「っ、いなくなっても、祟りますね! 天照!」

『魔力バースト』

「さあ、来なさい!」


 速やかに体勢を立て直して、桜香は迎撃に入る。

 刀身には虹に戻っても力を減じない最強の魔力が注がれていた。

 仮に健輔が同じことをすれば、全身の魔力が枯渇するであろう量を惜しげもなく投入する。

 

「はっ、それぐらいで、これが止められるかよ!」

「ならば、掛かってくるといいです! 格の違いを、教えて差し上げます!」

「是非、ご教授いただきたいねッ!」


 拳と剣がぶつかり合う。

 奇しくも、その光景は葵が桜香から残り能力を引き摺り出すために、全てを賭けた戦いと同じ構図だった。

 違うのは、彼女の後輩が桜香に劣らぬ領域へと舞い上がっていたことだろう。


「今度こそ、貫く!」

「させません!」

 

 お互いの魔力が反発して、周囲に拡散する。

 桜香の破壊系すらも上回る魔力キラーも、秒単位で性質を変化させる力に完全に対応することは出来ない。

 膠着する拳と剣。

 このまま永遠に続くかと思われた鬩ぎ合いだったが、佐藤健輔は大人しく何度も殴り合いを続けるような男ではない。

 愚直であるが、無為な行動などしないのだ。

 溢れる可能性を武器にする男は、同じように溢れる可能性を持つ戦乙女を自分の身に降ろす。


「炎熱、顕現!」

「変換系! もう、これほどまでに使いこなしますか!」


 健輔の身体から燃え上がった炎が剣を伝って桜香に届く。

 黒い魔力が彼女の身体に届くのは防いでくれるが、健輔から発せられる熱までは防げない。

 周囲に対する環境を大きく変化させて体力を消耗させる。

 そして、敵が他のことに意識を割いたところで烈火の如く侵略を行う。

 この2つを柱としたヴァルキュリアの小さなエースもまた、健輔の魂に刻まれている。

 今はまだ未熟でも、彼女は必ずその属性に相応しい魔導師になるだろう。


「これで、終わりだと思うな!」

「次は、水!」


 背後を振り返った桜香の視界に、大きな口を開けたドラゴンの姿が映る。

 同時に健輔は前に距離を詰め、周囲には水の魔弾たちが展開されていた。

 それだけではない。

 水を媒介とした魔剣群なども合わせれば、文字通り桜香は全てを囲まれている状態だった。

 無傷で対処することは桜香でも困難と言うしかない。

 絶対絶命の窮地。

 言うまでもない危機を、桜香は静かに受け止めて――、


「水如きに、太陽が落とせると思うなッ!」


 ――全て粉砕すること選んだ。

 頂点たる者、王者は如何なる時も背中を見せない。

 クリストファーが示したように、次代の王者は彼を超えるために同じ道をより困難にして進む。

 かつての王者などに彼女はいつまでも負けているつもりはないのだ。

 桜香は確かに物を知らない小娘だったかもしれない。

 それでも、彼女は最強の魔導師である。

 己に課した道から、もう目を逸らさない。

 目の前にいる敵と、妹に彼女は誓ったのだ。


「新しい技は、そちらだけのモノではないです!」

『オーバーカウント最大駆動』


 刀身に虹が集い、光となる。

 発する魔力を見ただけで、健輔の中で最大級の警鐘が鳴り響く。

 今までの戦いの中でもここまでのものは存在しなかった。

 対抗する、という考えすらも浮かばない攻撃規模。

 展開される絡み合った複雑な術式群。

 それに干渉することを一瞬だけ考えて、直ぐに不可能だと悟った。

 これは、健輔が齧った程度の技術ではどうにもならない。


「ま、マジか!? というか、まさか!」


 読み取った術式から攻撃の起点が遥か天の彼方に存在することを知る。

 規模において、『賢者連合』が使用した戦術魔導陣すらも足元にすらも及ばない。

 本物の太陽エネルギーを変換して、桜香の魔力と融合させた終わりの一撃がやって来る。

 攻撃範囲はフィールドの全て。

 例外など、桜香を含めて存在しない。


「我が一撃は、天からの鉄槌! 逃げ場など、ないと知りなさい!」


 健輔の視界に映るのは、頭上に展開された10層に渡る巨大な術式である。

 恐ろしいことに、規模こそ異常だがまだそれは魔導式の領域に収まっていた。

 機能としては単一のものを複数展開して効率を上げただけの単純な攻撃術式。

 魔力を籠めた分だけ威力を際限なく上昇させる力がそこにはある。


『マスター! 準備を!』

「――ああ!」


 健輔が放った攻撃たちは数こそ多いが、単一の威力はそれほどではない。

 桜香の魔導機に集う圧倒的な魔力が放つ余波のみで全てが元の形へと強制的に引き戻されてしまう。

 桜香の手元には剣を覆う鞘のように展開された術式が極大の暴力を溜め込んでいる。

 魔導機の内部に展開された空間転移の術式により、溜め込まれた暴力は複数の空間に逃されて、最終的に1つの穴に集う。

 穴が開く場所は、試合会場の遥か彼方――成層圏。

 地上を焼き尽くす人工の太陽が、1人の魔導師を滅するために放たれる。

 最強のエースが生み出した次元違いの術式を前にして、健輔は――、


「陽炎!」

『術式展開――『ヴァルハラ』!』


 ――攻撃を真っ向から迎え撃つことを選んだ。

 選択する術者は健輔が知る限りにおいて、最強の冠を持つに相応しい2人。

 健輔は想像する。

 最強を上回る究極の攻撃術式を。


『周辺の魔素を集約。全て術式へ!』

「足りない分は、イメージで補う!」


 変換系、最強の属性にしてルールで使用が禁止されたもの。

 正確には対人に向けての使用が制限されたもの。

 強大なその術式を万全に活用するために、健輔は脳裏にあの気高い女神を思い描く。

 想像の中の彼女程度、組み伏せなければ桜香には勝てない。


「アクセス!」

『空間偏差、開始!』


 健輔の頭上に黒い穴が拓かれる。

 それは本当の意味での、自然現象として世に存在するものではない。

 フィーネの能力で思い描いた力は確かに強力だが、地球上で制御した状態でそんなものなど今の健輔でも使えるはずがなかった。

 だからこそ、足りないものは王者の力で補う。

 もう1人の頂点。

 魔導という世界を3年に渡り全て男との戦いが、ここで意味を持つ。

 彼の力は何も、自分の強化のみに使われるものではない。

 王者の在り方を敵として、肌で感じたからこそ新しい方向性を健輔は切り拓く。

 ここまでの全てを、この一撃に賭けるのだ。

 両者の技が、敵に狙いを定める。

 決戦の終わりが――ついにやって来た。


「これが、私の最強の術式!」

『発動――承認』


 天に展開された10のリングのような術式は砲身であり、1つ1つが単一の機能で構成された簡単な術式だった。

 たった1つ、既存を大きく超えるのはその規模のみ。

 九条桜香が放つ空前絶後の術式が唸りを上げる。

 全身全霊、加減などそこには存在しない。


「フレア・バスターッ!!」


 桜香が剣を天に向かって振り上げて、撃鉄が降ろされる。

 圧縮された虹が純白の輝きとなって、地上を焼き尽くす。

 天からの裁きの一撃。

 それを迎え撃つように、健輔も天に生み出した黒い穴に杖となった魔導機を向ける。


『発動――承認! マスターぁ!』

「極星・夢幻泡影ッ!!」


 敵の全てを飲み込む重力の檻。

 漆黒の渦が迫りくる光の裁きを飲み込む。

 健輔の頭上から僅かに離れた小さな、小さな黒点。

 フィールド全てに降り注ぐ天から一撃、そんな小さな場所だけ貫くことが出来ない。


「グ、ガっ……く、クソォ……! お、重い」


 桜香の魔力が結集した最強の術式『フレア・バスター』。

 あり得ない規模まで拡大したただの収束した魔力を頭上から落とすだけの術式。

 健輔の『極星・夢幻泡影』と比べれば術式の難易度はそれほど高くない。

 単純な動作を究極まで高めた桜香のオリジナルにして、彼女以外の誰も出来ない必殺の『太陽』である。

 それでも、健輔は耐えた。


「ここで、負ける訳には……ッ!」


 崩れそうになる術式を必死に維持する。

 もはや、ここまでくれば理屈などでは計り知れない。

 負けたくない、負けないと強固に健輔は自己に暗示を掛ける。

 この技は彼が尊敬した――目を奪われたエースたちを模して組み上げた術。

 これを簡単に砕かれる、ということは翻って2人への念などその程度に過ぎないと他ならぬ健輔が認めてしまうことになる。

 ――それだけは、認められなかった。


『魔力の性質が、押しつぶされる……! なんという、術式ですか!』


 叫ぶ相棒の声が遠くになる。

 

『っ、健輔! しっかりしなさい!』

『健輔!』

『うわ、これはヤバイかも……』


 呼びかける仲間たちの声もまた遠い。

 意識が吹き飛びそうになる瀬戸際で、健輔は必死にイメージし続ける。

 フィーネは最後の最後まで、立派にリーダーとして立ち続けた。

 クリストファーもまた、王者として健輔の挑戦に応えてくれた。

 その姿を、絶対に忘れてはいけない。

 虚勢であっても、心だけは負けるつもりはなかった。


「俺が――!」


 無理だとかつて、自分で判断した。

 あれがそもそもの間違えだったのかもしれない。

 エースキラー、などを狙い始めたのもきっと心の何処かに悔いがあったからだ。

 今1度、世界に対して健輔は自分の意思を宣誓する。

 それこそが、この先の道に必要だと、彼は信じていた。


「――このチームの、エースだぁぁッ!」


 罅割れる黒い穴。

 残り一押し、そこまで追い詰められて、健輔は耐える。

 悲鳴を上げる魔力回路。

 とっくの昔の限界を超えて、純白の輝きは既にない。

 僅かに残る『蒼』の残照が、彼を支えてくれていた。


『効果予測、残り30秒。耐えてください!』

「言われる、までもないッ!」


 負けるなど、考えたくもない。

 自分は勝利するのだと、強く信じている。

 健輔を押し潰そうとする意思に、力に、断固として拒否を示す。

 意思が折れぬ限り、魔導もまた終わらない。

 己を表現する力。

 それこそが、本当の意味での魔導なのだから。

 決して折れぬ意思の力が、ついに望む瞬間を手繰り寄せる。


『タイムアップ。――マスター!』


 健輔の執念が、ついに光の終焉まで届く。

 徐々に晴れていく空。

 天に残るは健輔の黒い穴だけ。


「これで……俺の――」


 満身創痍の身であっても、健輔の身体は自然と動いた。

 相手の最大級の技に耐えた直後、この勢いを利用して、そのまま攻撃に健輔は移る。

 流れるような動作に先ほどまでの疲労は何も窺えない。

 過去最高の動き、と健輔が自負できるだけのもので、彼は即座に行動していた。

 故に、


「――ええ、あなたならあの程度、必ず耐える。私は信じていましたよ」


 ――健輔は視界に映った暁の輝きを見て、言葉を失った。

 先ほどの攻撃は全てを滅する範囲攻撃だとすれば、今度の攻撃は全てを貫く対人攻撃。

 剣に宿った暁の輝きは先ほどのよりも攻撃の密度を遥かに高めている。

 桜香の前に展開されているのは、5つのリング。

 共鳴するかのように魔力を氾濫させる暴力の結晶は万全の体勢で健輔を待ち構えていた。


「まだ、私の攻撃は終わりません」


 健輔は桜香の『フレア・バスター』を確かに防いだ。

 防いだが、周囲に拡散した彼女の魔力まではどうにも出来ない。

 健輔を囲むように、新しく5人の桜香が構成される。

 手には、目の前の本体と同じように展開された個人用の『フレア・バスター』が5つ。

 此処に至って、健輔は桜香の狙いを悟る。

 初めから、彼女はこの状況を目指していた。

 この一撃を、必ず健輔に叩き込むためだけに、全ての要素を使い潰したのだ。


「これにて、幕としましょう」


 逃げ場はなく、そして、もはや勝ち目も夢幻の果てに去って行った。

 この世で誰よりも健輔を評価し、見つめ続けた女性。

 乙女の応援を受けた男性が最強ならば、恋する乙女は無敵の存在だった。

 健輔が見誤ったとするならばその1点。

 彼女の情を、甘くみてしまったことだった。


「終わりです! 『フレア・バスター』ッ!」


 放たれる6重奏。

 絶望的な状況、それでも健輔は前に出た。

 たとえ勝率が限りなく0に近くなっても、最後まで諦めないのがエースたる者の使命だった。

 迷わず前に出る男に女は優しく微笑む。

 そんな男だからこそ、彼女はここまで昇ることを選び、全てを賭けて敵対したのだ。

 

「……ありがとう。私の王子様。――これで、ようやく始められます」


 因果な関係に僅かな胸の痛みを感じる。

 それでも、彼女は自分の選択を後悔はしなかった。

 己の力に飲み込まれる様子を、決して目を逸らすことなく見つめ続ける。


『マスターッ! 退避を! いえ、防御します!』

「ああ、最後まで!」


 健輔の身体はまだ前に進んでいる。

 心も、体もまだ戦えた。

 ただ、それでもどうしようもないことが、目の前にあっただけなのだ。


「――くそっ……綺麗、だな」


 最後の最後まで、健輔は前進をやめない。

 手をのばせば、桜香に届くと信じて前に進んだ。

 勝利を掴もうと伸ばした腕を太陽の輝きが最大級の愛を以って焼き尽くす。

 暁の輝きに包まれて、健輔は静かに意識を失い――天に光を立ち上らせるのだった。


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