第330話『乙女心』
「やあああああッ!」
「はあああッ!」
桜香と葵が正面からぶつかり合う。
圧倒的な能力差、魔力を断ち切るはずの絶対の能力。
全てにおいて有利なのは、九条桜香。
『不滅の太陽』の名を持つ女性の――はずだった。
浸透系の魔素割断と組み合わせた必殺の斬撃を正面から殴り飛ばす女性――藤田葵、彼女が相手でなければ、この光景は生まれなかっただろう。
桜香側に不備など存在していない。
身体系からのリミッター解除と魔導安定化能力を組み合わせた力の底上げも問題なく効果を発揮している。
「どうして……!? 押し切れないの!」
スペックでは圧倒しており、負ける要素はない。
この戦いの勝者は間違いなく桜香になるはずだった。
しかし、現実は思い描いた理想を裏切る。
理由は単純明快だろう。
今、彼女と相対している女性が、桜香と戦える領域に届いた。
ただ、それだけのシンプルな答えであった。
「一体、どんな手段で! 葵!」
「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよ! 実力よ、実力」
不敵な笑みは葵の自信を窺わせる。
桜香が思わず息を呑んだのも仕方がない話だった。
その笑みと、そして自信に溢れた瞳は彼女にとって、忘れられない光景を想起させる。
あの日、あの時、順風満帆だった――同時に愚かだった彼女の転機となった日に見つけてしまった輝きと同じものだった。
「葵、あなたはっ……!」
「今更よ、その認識。後、訂正しておくけど、私の方が健輔よりも先だからね?」
如何なる時でも彼女から笑みが消えることはない。
真由美の選択など、手を取るように把握している。
先輩が紡ぐものを、彼女は守る義務があった。
「あんたが、何を思い、何をしようとも自由だけど、私がそれに付き合う理由はないわよ」
「……それでも、私は、自分の道を行くだけです!」
「ふふ、ええ、そうよ。それでいいと思うわ。戦いは、意地と意地をぶつけ合わないと楽しくないしね!」
「その物言いが、あの人を思い出させる! 気に入りませんッ!」
「だって、狙ってやってるもん。怒ったかしら?」
葵の挑発に乗ってしまいそうになる心を必死に制止する。
予想もしないところで流れを掴まれて、桜香の心が乱れていた。
怖いのは、桜香には自覚があるのに、葵の在り方――その余裕に飲まれてしまそうになるところだった。
「……不覚でした!」
「本当にね。健輔と、後はちょっとだけ優香ちゃんを見て、私たちを理解したとか、ちょっと甘いわね」
桜香は今更ながらにクォークオブフェイトの強い繋がりを感じていた。
何処かの誰かとそっくりなあり方は桜香にとって、最も危険な存在である。
かつて、似たような者に敗れた彼女にとては鬼門に等しい。
「次代のリーダー……。確かに健輔さんがいるチームを纏める方に相応しいですね!」
「光栄ね。最強の同級生に言われると、私もちょっと嬉しいわ!」
「嬉しい、という顔ではないようですが?」
相手を弱い、もしくは対処可能だと思うと手玉に取られる。
情報の齟齬が桜香を混乱させていたが、流石に2度目となる今回はそのまま押し切られるようなことはなかった。
「嬉しいわよ? それ以上に憎たらしい、だけよッ!」
「力だけで押し切れると思わないでください!」
パワーこそ予想外だが、戦い方は既知のものであったのも大きいだろう。
正確な情報に更新したことで、桜香の中で葵を考察する余裕が生まれる。
桜香の強さにも秘密があるように、葵の急激なパワーアップにも必ず理由があるはずだった。
それを見抜けば、この戦いはもっと楽になる。
「てりゃああああッ!」
「――なっ……!?」
「考え事をする余裕は、あげないわよッ!」
桜香の意識が逸れたのを感じたのだろう。
葵は一瞬で距離を詰めると、明らかに先ほどよりも大きくなった力で桜香に迫る。
真っ直ぐと一切の戸惑いなく放たれる拳。
「くっ、今度こそ、私が押し切る!」
全てを両断する剣と再度、正面から強くぶつかり合う。
大きな音を立てて、態勢が後方にずれたのは――桜香だった。
「そんな、バカなっ!」
桜香の狼狽した声に、葵はニヤリと不敵に笑い返す。
撃ち合った反動で桜香の上体が逸れてしまうほどの大きなパワー。
つまり、葵の方が肉体的なスペックで桜香を凌駕しようとしている証だった。
「こんな短期間で……!」
「種も仕掛けもある手品よ。当たると痛いけどねッ!」
「戯言を!」
葵のパワーに対抗するかのように、桜香もさらにパワーを解放する。
1度だけ、桜香が練習で発現して使用を躊躇した力が解放されていく。
圧縮限界を超えて、只管に桜香は力を1点に注ぎ続けた。
過剰魔力圧縮能力――『オーバーカウント』。
限界点を超えて圧縮された魔力が、固有化すらも超えた領域へと変質を開始する。
刀身に力が集まり、剣に集った虹の色はだんだんと色を無くして、『漆黒』へと染まっていく。
全てを飲み込む『黒』。
桜香が初めて見た時、恐怖を感じた力で葵を仕留めに掛かる。
これを咄嗟に出してしまう程に、桜香は葵を恐れていた。
「これで、終わりです!」
「どんな魔力よ、この規格外!」
圧縮され過ぎて何かわからないものに変質した力は、もはや魔力と呼んでいいのかすらも判別できない。
桜香から発する虹の魔力すらも分解――もしくは、消滅させながら感じる力だけはどんどんと巨大になっていた。
葵の力も負けじと高まってはいるが、この『漆黒』には通用しない。
全てを飲み込むような終わりを前にしてしまえば、固有化程度では抗することも困難だった。
ルールから逸脱した攻撃を防ぐには、同じように別のルールに染まるか、もしくは既存内であっても信じられないほど大きな力が必要だった。
「はあああああッ!」
「っ――あーあ、ここまで、か」
ダメ元で繰り出した拳は、先ほどまでの圧倒的な状況など夢だったかのように、葵を拳ごと叩きのめしてしまう。
正体不明の力による圧倒的な力押し。
今はまだ、葵にはこの力に対抗する術は存在していなかった。
迫る刃は、彼女の魔導を切り裂く終焉の一撃である。
しかし、彼女の表情は状況とは真逆の様相を呈していた。
「どうして、笑うんですかっ……!」
「さあ? 私もわからないわ。まあ、あなたには、一生わからないことだと思うけどね」
勝者は桜香。
なのに彼女の心に勝利の達成感は存在しなかった。
切り札中の切り札、最強の一撃で決着を付けたというのに、どうしても心が納得出来ない。
満面の笑みで、やり切ったと微笑む葵を前にして、桜香の心は確かな敗北を感じていた。
ある意味で、健輔すらも達成したことのない偉業を葵は達成していた。
勝負にも、もしかしたら試合にも負けるかもしれない状況なのに、この圧倒的な天才に敗北感を与えたのだ。
健輔ですらも勝利するまでは与えられなかったものである。
「……イライラとさせてくれますね! 葵……っ。いえ、今はもう、そんなことはいい」
桜香は苛立ちを抑えて、本番へと意識を向ける。
この試合、最後の戦いにして桜香の正念場が待っていた。
今までの全ては、この瞬間を生み出すためにあったのだ。
そう思えば、先ほどの不快な笑顔も耐えられた。
「やっと……あなたと、戦える」
万感の思いを吐きだすように、桜香は想いを吐露する。
この試合の全ては、この状況のためだけに存在していた。
いや、この世界大会が桜香の中では、この状況のために存在していたのだ。
万事順調、とは言い難かったが、ようやく彼女の策は成就しようとしている。
「ああ……本当に――」
自覚した時から心は悲鳴を上げている。
それでも九条桜香は止まれないのだ。
たった1つ、本当だと思えるものが、もうそれしか残っていない。
決意を胸に、桜香は健輔たちの下へ向かう。
少しだけ顔を伏せ、再び上げた時にはいつもの桜香が張り付いている
心に残る『白』だけを見つめて、最強の魔導師は空を駆けるのだった。
「サンキュー、葵さん」
天に昇る光に、健輔は感謝を捧げる。
桜香が隠していた最後の能力も露呈したことで、地面を張っていた勝率が少しだけ空へと舞うことが出来た。
あの『黒』は知らないと対処できない類の力である。
いや、正確には対抗できる力が1つしか存在していなかった。
「ここまでの全てを、賭ける! あれは、俺にしか倒せないだろ。少なくとも、今はなッ!」
葵が残してくれた決死の覚悟を無駄にはしない。
真由美の託してくれた力を無駄にはしない。
何より、隣にいる相棒との絆を敗者にしたくなかった。
皇帝との戦いでは僅か一瞬だった。
今度はそれを意図的に引き摺り出す。
未だに遠い頂であるが、それでも出来ると信じるのだ。
信じるのは、己の力ではなく、ここに至るまでの全てである。
「いこう」
「はい、どこまでも御供します」
笑顔で微笑む優香に、健輔は不敵に笑い返す。
思い出すのは、今年の春頃の自分。
彼女から必死に逃げた自分が、今では最強の魔導師と何やらよくわからないものをぶつけ合おうとしている。
数奇な運命とでも言うのだろうか。
あの日、魔導と出会って行動した結果は彼にも予測不能な領域へと旅立っていた。
「ああ、背中は頼むわ」
頷く優香の返事を聞かずに、健輔は迫る太陽に意識を絞る。
隣にある全幅の信頼に不安は既に存在しない。
敗北の可能性も勝利の可能性も等しく存在するこの苦境で、九条優香はただ佐藤健輔を信頼してくれている。
それだけで、男というのは戦えるものだった。
「――そうさ、戦う理由なんて、それだけあればいい」
単純で至極在り来たりな理由。
良い女の前で、男は恰好を付けたいものだった。
なるほど、桜香の才能は凄い。
あの『黒』は健輔の至った万能系の可能性に劣らぬどころか、凌駕しかねない代物である。
覚悟も健輔に劣らない。
表面から窺えるよりも遥かに彼女はこの戦いを切望していた。
感じる気迫は、皇帝すらも凌駕しているかもしれない。
背負っている重さも彼よりも遥かに重いだろう。
時代が時代なら、英雄とでも言われて伝説になったかもしれない天才と、多少物珍しいだけの力を持った男ではそもそも比較にならない。
そんなことは、今から決戦に臨む健輔が誰よりも知っていた。
「負けられない理由は、皆にある。だから、今は!」
『魔力を変換せずに取り込みます。魔力を合わせるのではなく、マスターを合わせる』
「これも、新しい決戦術式かな! 名前はまだないッ!」
溜めていた魔力を、真紅の輝きを力に――翼に変えていく。
真由美が一切の加減なしに解放した力は決して桜香に見劣りするものではない。
健輔の身では耐えきれないほどの力。
決戦術式『クォークオブフェイト』は健輔が耐えきれるように性質を変換する力があった。
あれは健輔を高みに導く術式だが、仲間の全てを力に変えられたかと問われれば、答えは否である。
魔力を留めて、扱える範囲で変換する――その性質上、どうしてもロスを生むという欠点を抱えていた。
「グっ……ガァ……!!」
実際、パーマネンスとの戦いにおいて、仕方がないとはいえ予想よりも低かった力は決定打にならず、博打に全てを賭けることになってしまった。
万能系は器用貧乏。
この大原則は依然として健輔の前に立ち塞がっている。
可能性はあり、将来に光はあるだろう。
しかし、健輔は欲しいのは『今』だった。
見果てぬ明日は、希望を抱くものであり、今に夢見るものではない。
現実を変革するには、確かな力が必要になる。
彼をここまで導いてくれた偉大な先輩は、それを見越して彼に力を与えてくれたのだ。
「そうさ、こんなところで、終わるかよっ!」
力を感じる。
真っ直ぐと健輔だけを見つめて、進撃してくる暴力。
この戦いで交戦すること数度。
チャンスを活かしきれず、幾度も彼を仕留め損ねた『太陽』はそろそろ限界が近づいているだろう。
焦れに焦れた太陽は輝きを増している。
それはなんて――
「来たなッ!」
『バースト!』
「『白』!? いえ、これは、真紅?」
――素敵なことだろうか。
白と真紅を纏って、健輔は不敵に笑う。
雰囲気の違う健輔に桜香が警戒を見せるが、それを無視して先制攻撃に移った。
「行く、と言ったぞ」
「っ、望むところです!」
虹の斬撃は変わらず、必殺の斬撃となっている。
迎え撃つ健輔の斬撃は、虹の力を失っていた。
つまり、優位に立っているのは桜香であると、観客は誰もがそう思っただろう。
競り合う、という想像もしない光景を見るまでは。
「なっ……」
「驚いている暇があるのかッ!」
再度ぶつかり合う2つの刃。
健輔と桜香。
立場を違えた2人の剣は激突を重ねる。
2度、3度とぶつかる程に回数は増えて、桜香に先ほどの光景が見間違いではないと刻み付けた。
「まさか、真由美さんの力程度で……私と斬り結べるとでも言うのですか!?」
「程度、だと――!」
健輔が桜香と戦える理由はなんということはないことが原因だった。
健輔は、自分の力に変換せずに真由美の力をロスなく取り込んだのである。
今の健輔は真由美という魔導師が持っていた力をそのまま再現していた。
近距離でも戦える真由美、とでも言うべきだろうか。
誰かの力を己が身に完全に憑依させる。
まだ未完成だった技を気合と意地で完成域にまで持ち込んだ。
シャドーモードはあくまでも影でしかない。
決戦術式も結局のところ、ドーピングに近いものであり、健輔が強くなった訳ではなかった。
しかし、このモードは違う。
トランスモード――純粋に健輔を格の違う魔導師へと変貌させるための術式だった。
到達するのに、それこそ3年の時間を必要として過程を今だけ飛び越える。
真由美の魔力から上位の魔導師が持つ、本当の力への理解を深めて、健輔は強くなった。
魔素割断が効かないのも当然だろう。
真由美の固有化は、鍛えに鍛えたものである。
遠距離からの砲撃ならばともかくとして、体内から直接ものを纏い続ける近接戦闘では、簡単には破壊出来ない。
分解される前に、切り裂けばいいという果てしない力技だったが、確かに桜香の斬撃に対抗する力があった。
「――真由美さんを、哂ったな!」
「っ!?」
絶対の斬撃が健輔の無造作に振るった一撃で弾かれる。
桜香の力は絶対であり、防ぐ方法など存在していない。
その前提が、連続で崩される。
桜香の思い描いた戦いに、この光景は存在していなかった。
「どうしてっ……!」
孤高を貫いて、力を高めてここまで登りつめたのだ。
たった1人で、最強であると示さないと彼女の戦いに意味が無くなってしまう。
――何より、桜香は自分の心に決着を付けることが出来ない。
「まぐれですッ! 奇跡は、いつまでも続かない!」
「だといいな! ――優香!」
「私を忘れないで下さいッ!」
桜香の背後から迫るもう1つの白。
愛しく、小さく、可愛い妹。
交差する視線に、語るべきものは残っていない。
此処にいるのは彼女の姉、『九条桜香』ではない。
アマテラスを――最強の称号をたった1人で背負う『九条桜香』だった。
「忘れて、ないですよ!」
リミッターを解除して、更に力を高めていく。
桜香の内に渦巻く暴力は健輔や優香でどうにか出来る量をとっくの昔に超えている。
古今東西、戦というのは物量が絶対の正義だった。
桜香は単一の個体だが、単体の物量で相手を上回るという規格外の怪物である。
皇帝が軍勢を率いている様に見えて、実態としては個体での最強にあったのに対して、桜香は個体で強いように見えて、強さの根幹には数というわかりやすい脅威があった。
「この程度で、私の前に出てこないで!」
「聞けません! 私は、健輔さんのパートナーだ!」
妹の啖呵に、姉が初めて強い感情を見せる。
姉として、妹の気持ちもわからなかったが、今だけはハッキリと気持ちが伝わってきた。
「――そう、だったら、私はあなたたちの敵よ!」
「知っています! だから、絶対に負けません!」
「それは、こちらのセリフです!」
優香の真っ直ぐな視線に桜香は強く言い返す。
戦況は思い描いた光景から離れて、心は未だにざわめいている。
桜香は惑っている、しかし、同時にどうしようもない衝動も湧いていた。
「私は、どうしようもないですね。何故でしょう――」
道は違えて、妹とはもう交わらない。
言いたい言葉は爆発しそうで、心は張り裂けそうだった。
それなのに――、
「――心が弾みます!」
戦う桜香の心はこれ以上ないほどに充実していた。
「はあああああッ!」
「姉さんッ!」
「俺を、忘れるなよ!」
「勿論、忘れていないですよ!」
度し難いと思いながらも、対等の相手に心が躍る。
人の才能は平等ではないく、努力できる量には個人差があった。
世界はどうしようもない格差が溢れており、現前たる事実として溝は存在している。
だからこそ、人には各々の役割があるのだ。
たとえ、実力が孤高だとしても、生きるには必ず誰かが必要になる。
この小さな小さな、競技という世界でもそれは変わらない真理だった。
――『皇帝』が王者としての自分を保つために仲間を必要としたように。
――『女神』が繋ぐという形で自分の証を残そうとしたように。
――『太陽』たる桜香にも成すべき役割が必ず存在している。
「――挑むとは斯くも楽しいものですか」
負けるかもしれない。
チラつく可能性に身が竦むのに、どうしようもないほどに心が躍る。
自分はバカになってしまったのではないかと、前を見つめればよく似た笑顔を浮かべる妹が居てくれた。
傍にいる男性も同じような笑顔を作る。
「なるほど……。これは、確かに楽しいです」
意中の男性が自分との戦いを楽しんでくれている。
いろいろと渦巻く気持ちがあったが、それだけで報われる、と桜香は心の中で安堵した。
まだ怖いことはいくつもあるけど、きっと1つだけは報われた信じられたから。
試合の始まる前から、ずっと悩んでいたのだ。
桜香の中で渦巻く複雑な気持ち。
それになんとなくでも、答えが出た。
妹はまだ気付いていないようだが、そこは桜香の年の功であろう。
たった1つでも、違いは違いなのである。
「健輔さん、1つよろしいですか?」
「試合中になんだよ!」
斬撃と共に返事をする健輔に、駄々っ子を見るような笑みを向ける。
抜け目のないことだと、桜香の中でさらに評価が上がった。
「1つだけ。――私に勝ってくれて、ありがとうございました」
「はっ、どういたしまして!」
「ああ、でも――」
「あん? なんだよ!」
まだ怖い、しかし、この方法でしか彼女は誰かと語る術を持っていない。
だからこそ、愚直にただ1つのことを目指す。
勝利のために、さらに己を高める。
それしか、彼女はこの2人と向かい合う方法を知らなかった。
僅かな茶目っ気を籠めて、少女は優しく微笑み、男をからかう。
「私の初めては、軽くはないですよ」
「へ?」
突然の桜香の言葉に健輔は硬直し、桜香のその隙を見逃さずに距離を仕切り直す。
「責任は、取っていただきます」
剣を構え直し、心を整え直す。
2対1。
怖い、やめようと主張する自分。
やろう、信じようと主張する自分。
どちらも本当で、大切なものだったが、桜香はどちらも選ばない。
愚直にたった1つの道を、迷う心を抱えて進むのだった。
魔力が集まって、1つに凝縮される。
目指す頂は全ての可能性を塗り潰す『黒』。
彼女は、男の意地を問うために全てを滅する『太陽』となる。
「発動、モード『アマテラス』」
『承認』
語る言葉は刃しかない。
不器用な少女はその在り方を貫く。
桜香は最終最後の切り札で、あの日の戦いの意味を暴力を以って健輔に問いかけるのだった。




