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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第328話『凶星』

 思えば、随分遠いところまで来た。

 目前に輝く虹の魔力を見て、近藤真由美はそんなことを思っていた。

 かつて彼女が1年生の頃、世界の舞台に初めて立った時は決勝を夢見るどころか、試合に集中することも出来なかったのだ。

 それが同じ年代の伝説たちに打ち勝ち、頂点に手を伸ばそうとしている。

 望外の幸運である、と真由美は自分の出会いに感謝していた。

 彼女は強い。

 強いのは確かなのだが、頂点を取れる器ではない。

 残酷なまでの真実として、近藤真由美は3強に勝てる人間ではなかった。

 やれることを、ただ愚直にやり通しただけ。

 そんな彼女がここまで来れたのは、チームメイトたちのおかげだった。

 

「私は本当に運が良い。それだけは、誇れるかな」


 分身でも本人が生み出した桜香は寸分違わず桜香である。

 真由美単独で打ち勝てる相手ではなく、この戦いの勝敗は目に見えていた。

 それでも彼女は立ち向かう。

 健輔や葵、優香などの多くの後輩たちの献身を受けてここまで来れたのだ。

 自分でも夢だと思っていたことに手が届きかけている。

 

「さあ、いくよ、桜香ちゃん。私は、このチームリーダー。自分だけ、立ち止まったつもりはないよ」


 歩みが遅くなり限界が見えても、誰かに努力を強要した以上、自分だけ賢く立ち止まるつもりはない。

 真由美は真由美で、強くなるための努力を行ってきた。


「これが、私の本気!」


 人との出会いという最も重要な要素に恵まれた彼女は確かに運がよかった。

 フィーネが手に入らなかった幸運であり、桜香が敵という形で手に入れた運命を彼女は味方として、1つだけでなくたくさん手に入れている。

 数多の魔導師、チームのの中で、真由美が誇れることだった。

 

「皆に甘えないように、私は私であり続ける!」


 世界ランク第5位。

 上位10位の中のちょうど真ん中に位置するこのランクはなんとも評価が難しいポジションだった。

 単独で上位3名を撃破する可能性を持つ。

 選考基準の1つであるが、4位と5位では話が変わってくる。

 当然、ランクが上の4位の方が可能性は高く5位の方が可能性は低い。

 ましてや、今代の3強は歴代でも最強クラスに手が届くものばかりだった。

 1つの時代に単独でならば、彼らクラスの魔導師も存在していたことはあるが、それが3人、しかも全員がバラバラのチームという奇跡はランクを付けるのを難しくしている。

 それでも、4位と5位は大した波乱もなくあっさりと決まった。

 忘れてはならない。

 近藤真由美は遠距離を極めた魔導師である。

 誰でも出来ることを必殺の領域まで押し上げる――桜香が使用しているこの戦法の先駆者は他ならぬ真由美だった。

 極めれるものは既に極めている。

 だからこそ、ここに健輔という可能性が見せたものが重要となるのだ。


「見せて上げるッ! 遠距離系の奥義と私の固有能力の合わせ技!」

『複合術式展開――』


 固有能力の拡大解釈。

 正確には、可能性の追求を行っていたのは、何も桜香だけではない。

 真由美も2つの固有能力を持ち、その技量も極まっている1級の魔導師。

 道が見えてしまえば、走り出すのは簡単だった。


「招来せよ! 星光波動陣」

 

 真由美の魔導機『羅睺』が唸りを上げる。

 健輔たちとの戦いに集中している桜香をして、不吉さを感じる力が彼女の中から溢れ出す。

 周囲に拡散していくそれは真由美の魔力の波動と言うべきものだった。


「健ちゃんのやり方から学習したのは、あなた1人じゃないよ、桜香ちゃんッ!」


 真由美は2つの固有能力を持っている。

 1つは『リミット・ブレイク』。

 収束限界の上限値を無くす力であり、もっぱら火力の上昇能力として使われたきたもの。

 もう1つは『パワー・コントロール』。

 魔力の減衰を操作する能力である。

 上記の2つはどちらも真由美の砲撃の威力を高めて、同時に威力が下がらないようにすることに使われてきた。

 ある意味で単純な使い方であり、だからこその強みと弱みがあったと言うべきだろう。

 真由美はこの2つの能力と鍛え上げた力量で、最強の後衛魔導師に至った。

 ここに魔力固有化を合わせたのが、近藤真由美という魔導師の強さである。

 しかし、それでも足りないのが世界という舞台だった。


「遠距離系は、効果を拡大するのが役割! それは、何も距離だけに限らないよ!」

『波動の浸透を確認。フィールド全域展開可能』

 

 真由美は強い。

 これは疑うべくもないことだが、弱点がない訳ではなかった。

 後衛という役割に特化した彼女は、格上に対して持ち得る札があまりにも少ない。

 彼女よりも強い相手はもはや、強すぎる相手でしかないため、想定する意味がほとんどない、と言えばそれも納得できる話はではある。

 納得は出来るが、実際に相対する以上は何もしない訳にもいかなかった。

 格上殺し、とまではいかなくても、最後の切り札と呼ぶべき必殺の攻撃が存在していないのは、真由美も問題だとは思っていたのだ。

 通常攻撃が必殺級の威力を誇る故の弊害とも言えるだろう。

 極限までシンプルに完成された真由美に、新しい形を差し込む余裕は存在していない。

 砲撃魔導師としての型を変えずに、かつ格上を仕留めるだけの手段を真由美は生み出す必要があった。

 長く答えが出なかった問答に光が見えたのは、健輔が使用した術式たちや戦い方である。。

 変換系と浸透系を組み合わせた特異な術式『シャドーモード』。

 自爆専用という意味不明な用途の『オーバーバースト』。

 他にも多くの術式が、真由美の道を照らしてくれた。


「いくよ! これが私の最後の切り札!」


 真由美の魔力パターンを周囲に波動という形で拡散させたのは、距離もそうだが、相手の魔力に干渉するためである。

 相手の魔力に干渉するには浸透系が必要であり、自在に操るには敵の抵抗が問題となる。

 仮に問題を全て解決しても、桜香相手ではほとんど意味を成さない。

 彼女の魔力に干渉して、自在に操るなどそれこそ紗希であろうとも不可能だからだ。

 しかし、真由美は相手の魔力を干渉して操るつもりなど微塵も存在しない。


「弾けて、消えなさいッ!」


 真紅の波動の影響を受けた魔力が一気に減衰した後に、急激に膨張し破裂する。

 分身体の桜香は一瞬で消滅し、本体も突然爆発した自分の魔力に驚きを隠せない。


「これはッ!?」

「隙を見せたな!」


 真由美の渾身の切り札の発動を見逃す健輔ではない。

 情報など皆無だが、健輔は自分の先輩たちが自分たちに追い抜かれて大人しくしているなど、微塵も考えていなかった。

 一瞬で系統を切り替えて、桜香に肉薄する。

 系統融合により、複数の能力を組み合わせるようになった桜香の万能性は健輔に迫るが、まだ足りないものがあった。

 咄嗟の判断、系統の切り替えとバトルスタイルの変化速度では健輔の方に分がある。


「捕まえたぞ!」

「このッ!」


 桜香の魔導機を糸状に変化させた陽炎で押さえると、健輔は素手での近接戦闘を挑む。

 桜香は確かに強いが、格闘戦でならば健輔も負けていない。


「まずは、1発!」

「舐めないでください! この程度で!」


 桜香の身体に魔力が集い、肉弾戦に応じる構えを取る。

 充溢する魔力は彼女の強大さを示しているが、肝心なことを忘れていた。

 この戦場にいるのは、彼女と健輔だけではなく。

 他にも3人ほど、彼女の敵は残っているのだ。


「はあああああッ!」

「――っ、優香!」


 白を纏った彼女の妹が背後から攻撃を仕掛けてくる。

 正面から背後へ、咄嗟のことだったため、桜香は背後に神経を集中させてしまった。

 真由美のことが僅かとはいえ、意識から消滅する。

 先ほど、自分の魔力に原因不明の異常が発生したのに、その選択は致命的なミスとしか言いようがなかった。

 迎撃のために、展開した術式を起動しようとして、桜香は異常に気付く。


「魔力が、減衰する……!? これは、まさか! 先ほどの術式は……」

「遅いッ!」

「貰いました!」

「――これぐらいで、終わるわけには!」


 固有能力は時に系統の枠を超えて習得することが出来る。

 真由美の『星光波動陣』はその固有能力の特性を逆手に取ったものだった。

 浸透系を持たない真由美の魔力は普通ならば、遠距離からの干渉は出来ない。

 出来ないのだが、たとえば、相手の魔力に僅かでも真由美の魔力が付随している場合はどうだろうか。

 遠距離系を極めている彼女は、認識できる範囲ならば自分の魔力を自在に起爆出来る。

 後は、付着した魔力を含めた全てを『自分の魔力』として暴発させてしまえば良かった。

 これならば、干渉は一瞬であるため、抵抗力も大して気にならない。

 さらにこの術式には、もう1つのおまけがあった。

 

「力が、上がらない!?」


 魔力の減衰操作。

 一瞬あれば、真由美の能力は相手の魔力を減衰方向に向ける事も出来る。

 そして、減衰してしまえば、抵抗力は落ちるものだった。

 魔力で干渉を防げる系統能力と違い、固有能力は原則として発動してしまえば、妨害は困難であることも加えて、突破困難な戦場を支配する波動が生まれたのである。


「真由美さん……っ! あなたが……! いえ、それよりも、対処します! ――フィールド全開!」

『マギノ・フィールド術式展開』


 桜香の決戦術式。

 真由美の奥の手によって、出鼻を挫かれてしまったが、まだ桜香も真価を見せてはいない。

 立て直しはいくらでも可能だった。


「このフィールドは、私の魔力で満ちた空間展開型術式! ここで終わらせます!」

「面倒臭い奴だな!」


 桜香が創造系で行っている空間展開は自己の身体に沿って展開されたものである。

 そちらが本命であることには変わりないのだが、規格外の魔導師である桜香は、他の空間展開を行うという荒業すらも可能な領域にいた。

 世界を創造する術、というと大袈裟であるが、自己が定義したルールで支配した空間の恐ろしさは健輔も知り尽くしている。

 ヴァルキュリア。

 あのチームを率いた最強の女性の十八番だった技である。


「あの人も取り込んでるのか……。それに、妙に魔力の練りがキツイ」

「健輔さん、干渉されています!」

「なるほど、そういうことね」


 この空間内では、自在に桜香は魔力へ干渉を行える。

 それこそ、相手の内部への干渉すらも不可能ではない。

 彼女は魔力固有化により相手の魔力の性質を吸収する

 相手のパターンを入手することなど造作もなかった。

 優香と健輔、双方の肉体の内部にすら干渉して、魔導の恩恵を消滅させる。

 身体能力の強化すらも奪ってしまえば、2人共大きな弱体化は避けられない。

 防御を行うと同時に攻めの機会を作り出す。


「今はまだ、吸収した魔力をある程度無効化する程度ですが、耐えられますか!」


 無限の可能性を秘めた自在な結界空間創造術式『マギノ・フィールド』だった。

 ――実際、2人は思わぬ結界の能力に戸惑いを見せたし、その拳と剣の勢いはかなり低下していた。

 ピンチが一瞬で好機に変わる。

 そのまま流れるように攻撃に移ろうとした桜香に、最後の攻撃が向かわなければどちらかが墜ちた可能性は十分に存在していた。

 桜香の誤算は言うまでもなく、目の前の2人に集中し過ぎたことである。

 彼らの先輩はまだ、もう1人残っているのだ。


「はーい! さっきのお礼よ!」

「葵!? この、タイミングで……邪魔をしないで!」

「嫌よ。澄ました顔が歪むのが見れないじゃない。――ああ、さっきから、鬱陶しい干渉してるけど、私の能力、忘れてないわよね?」

「しまっ――」


 固有化によりあらゆる干渉を無効化する葵にマギノ・フィールドの攻勢部分の要素は意味をなさない。

 本来ならば、味方からの支援すらも無効化するのが葵の性質である。

 完全に彼女に同化する健輔以外では、魔力で干渉するのは不可能に近かった。

 状況に左右されない葵の拳が桜香に向かって一切の遊びなく放たれる。

 

「魔力、バーストッ!」

「チィ!」


 魔導師の最後の防御手段を以って、桜香は攻撃を防ぐ。

 そして、これが彼女にとって逃れられない攻撃となる。

 『マギノ・フィールド』により、真由美が展開した波動は確かに遮断した。

 今のこの空間では、彼女の影響力は存在しない。

 しかし、桜香はあれほどしっかりと頭に刻みつけたはずのことを忘れていた。

 佐藤健輔は、誰かの力を利用する魔導師なのだ。

 魔力が干渉されて魔導の発動が困難になった瞬間には、次の行動に移っていた。


『――桜香ちゃん、これでッ!』

「真由美さん!? まさかッ!?」

「ちょっとでも、真由美さんの魔力があれば、術式も吹き飛ばせる!」


 桜香が健輔に視線を移した時、そこには不敵に微笑む真紅の光を纏った男がいた。

 健輔が真由美の魔力を生み出して、魔力を展開してしまえば、最初の分を遮断出来ても意味はない。

 星光波動陣は、魔力が付着してさえいれば、どんなものであろうが必ず爆砕する術式である。

 ここに真由美と最も連携した健輔の力が合わされば、干渉時間は一瞬でも、一瞬あればフィールドを崩壊させるには十分だった。


「ッ――このまま終わるとは、思っていませんでしたが……!」


 真由美の攻撃はフィールドの崩壊に留まらず、桜香に向かっても放たれる。

 真紅の魔力と僅かに接触していた桜香の魔力は、既に真由美の影響下にあったのだ。


「これは、まずい!?」


 常に周囲に展開していた魔力が桜香の制御を離れて暴走を開始していた。

 桜香は焦りの表情のまま、天に昇る真紅の輝きに飲み込まれる。

 『終わりなき凶星』の必殺の切り札が『不滅の太陽』を追い詰めた。

 本気を出した彼女をたった1つの攻撃で、ここまで追い込んだのは真由美が初めてだろう。

 桜香が魔力を潤沢に使うからこそ、起こりえた事態だった。


「――これで、ちょっとは役に立てたかな」


 微笑む真由美は、一矢報いたことに笑みを浮かべる。

 世界ランク第5位。

 『終わりなき凶星』近藤真由美。

 彼女を甘くみたツケを桜香は確かに払わされたのだった。


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