第327話『譲れない、譲らない』
6対1。
通常の試合ならば既に決着が付いていてもなにもおかしくない状況で、彼女はただただ勝利を追い求める。
もう、それ以外に出来ることは何もない。
桜香の心の内は、彼女にしかわからない。
たった1人で戦うことに、彼女は重要な意味を抱いている。
負けられない。
そう強く思うからこそ、桜香はさらに強く、高く飛翔するのだ。
愚かな彼女に出来るのは、たった1つ、それだけしかなかったから。
「天照、そろそろ始めましょう」
天に伸ばした腕と、展開される未知の術式。
健輔が知らない可能性を魅せ付ける男だとすれば、桜香は圧倒的な規模という未知で圧殺する女性だった。
やっていることは見慣れていても、彼女が繰り出す攻撃は桁が違う。
強大であるということは、それだけで他者に畏怖を与えるものだった。
『術式展開『アマテラス』』
「操演術式『影踊り』展開。――さあ、これが本当のアマテラスです。御覚悟を」
「これは……皇帝の兵団?」
「いや、お前の分身術式だと思うぞ、優香」
「姉さんが、私を……?」
その場に新しく現れる5人の桜香。
全てから等しく虹の魔力が噴き出している。
感じる圧力は本体にこそ劣るが、力の桁は間違いなくかつての桜香に比するレベルだった。
「行きますよ」
桜香は淡々と次の行動を宣言し、健輔たちに現実を突き付けてくる。
健輔は優香を参考にしていると判断していたが、使い方は桜香のオリジナルだった。
皇帝のように、真の力の前にある壁でもなく、優香のように己の足りぬものを補う力でもない。
この術式は本体の居場所を隠すなどという消極的な術式ではないのだ。
敵を殲滅するために、数を補う術式。
嬉しそうに健輔に向かってくる桜香を見ながら、健輔は戦慄を隠せなかった。
「最初から……、これが狙いだったのか。桜香さん、あなたは」
「振り切ってしまったんですね。もう、負けたくないから」
桜香は仲間を頼りになどしていなかった。
アマテラスというチームの構造が生んだ加害者であり、被害者たる存在。
それが九条桜香だった。
足りないものを自分で補えてしまうからこその出来事。
実際の仲間が足りないならば、自分を生み出せばよいと考えたのだろう。
悲しい結論ではあるが、1つの真理でもあった。
事実、これは脅威ではある。
皇帝の人形の兵団には対抗出来たが、あれは質ではなく数の軍勢だった。
質もある程度は兼ね備えていたが、今のクォークオブフェイトであっさりとやられる者は存在しないだろう。
対して、桜香のこの術式は質の軍勢だった。
1対1で自分は負けない。
強い自負と、そこに掛けた誓いが感じられる。
健輔も個人としてはそこまでの脅威ではない。
なるほど、桜香の考えは間違っていない。
佐藤健輔と言う男は、1人だけの――自分の力などというものは高が知れている程度のものでしかなかった。
「……そんなの、誰でも同じだろうが。少し、腹が立つな」
「はい。だから――」
「ああ――」
仲間のことを、チームのことを全て無視した術式など認められない。
この競技は、1人でやっているのではないのだ。
なるほど、確かにアマテラスのメンバーは――いや、アマテラスは桜香1人が戦力であり他の者は足手纏いかもしれない。
しかし、それは最大限の努力をした後に言うべきセリフのはずだった。
彼らにやる気がないのであれば、桜香が言えばよかったし、足りない部分があれば彼女が補えばよかったはずである。
そういった積み重ねを拒否して、1人で孤高を気取っている女になど、負けられるはずがなかった。
「もう1回、泣かしてやるよ!」
「ッ――、よく回る口……! 私だって、好きでこうしている訳ではないです!」
「だったら、どうしてこうなった!」
健輔の思考を読んだかのように、桜香も叫ぶ。
冷たい仮面が一瞬で剥がれて、中身が漏れ出してくる。
健輔の推察は一面で正しかったが、所詮側面でしかなかった。
結局のところ、健輔も万能系を持っていても真実の万能者ではない。
女性の心、などという永遠の神秘だけは完璧に理解することが出来ない。
「私が、仲間に努力の尊さを説いて、通じるとあなたは本心で思っていますか!」
「それは……」
アマテラスというチームを牽引してきた女性の、本心からの吐露だった。
努力すれば叶う。
言葉にすれば素敵だが、その裏にある意味を忘れてはいけない。
「魔導競技であろうと、厳然とした現実はある! 私は、恵まれているのでしょう? それを教えてくれたのは、あなたのはずだ! 私が何を言っても、言葉は力を持たない!」
「っ……」
桜香の言葉はどこまでいっても、桜香のものでしかない。
健輔の言葉が健輔のものでしかないように、それは揺らぐことのないものだった。
だからこそ、桜香の言葉は誰にも届かない。
健輔に敗北して、彼女はきちんと全てを理解している。
理解したからこそ、彼女は孤高になることを選んだのだ。
「誰が、チームメイトに言えるんですか、あなたたちでは私に付いてこれない、なんて! 私の思い上がりでないと、あなたは言えるのですか!」
「それは……!」
自分は絶対ではない、過つこともあると知ったからこそ、仲間にその言葉を桜香は言えなくなった。
桜香から誰かとの共存の道を奪ってしまったのは間違いなく健輔だった。
絶対者であれば、無意識の傲慢であれば、彼女は言えたかも知れないが知ってしまえば、桜香には言えない。
桜香は時に残酷だったかもしれないが、残酷ではないのだ。
好き好んで誰かを破滅させたいとは思わない。
「言えないから、だから、やるしかないでしょう!!」
九条桜香という女性は規格外の魔導師である。
皇帝のように一芸に特化したからこその苦手な分野というものが存在していない。
クリストファーは最終的に最強の己を想像することによって、その弱点を――創造系の弱点を補うことに成功したが、それでもチームメイトたちの貢献は0ではなかった。
精神的には、確かにチームメイトは王者を支えていたのだ。
裸の王ではなく、確かに王者として存在出来たのは、彼ら仲間がいたからこそだった。
では、アマテラスはどうだろうか。
この試合の結果を見るまでもなく、チームとしての貢献はほぼないと言ってもよい。
あまりにも万能すぎる彼女には、補うべき部分が存在していなかったし、チームの構造的欠陥、正確には認識の甘さという問題があった。
「私に付いてこよう、そう思うのならば、総合型のチームという特性を捨てる必要がある!」
「……確かに、それはその通りだ」
「でも、捨てる人がいましたかッ!?」
「――それでも、言ってやるのが、チームの、エースの責任だろう!」
「全員が全員、あなたほど真剣に魔導をやっている訳ではないし、簡単に今までを捨てられもしない! 何より、私の言葉は、もう絶対じゃない!」
クォークオブフェイトは恵まれたチームである。
桜香の言葉は健輔にその事実を嫌というほどに突きつけてきた。
最強の魔導師に付いていくだけの覚悟が、アマテラスでは出来ていなかったのだ。
亜希が優香のように己を晒すことを選べなかったように、他のチームメイトが結局、総合型の魔導師でしかないように――彼女たちは桜香に付いて行く道を知らず知らずの内に選択していなかったのだ。
「現実を突きつけるには、この試合しかなかったッ!」
「――まさか……。そういうことかよ!」
桜香はチームメイトを見捨てたのではない。
見捨てるという道しか、気付いた時には残っていなかったのだ。
それでも、彼女は今、足掻いている。
彼らの犠牲が無駄ではないと、証明するためにも負けられないのだ。
「この試合に、私は様々なものを持ち込んでいる。邪念もあるでしょう。でも、だからこそ、私は強さだけは嘘を吐かない!」
桜香は仲間たちに現実を突きつけるために、この試合を待っていたのだ。
桜香は健輔と戦うために、この試合を待っていたのだ。
桜香は優香とわかり合うために、この試合を――待っていたのだ。
――この選択肢が誤っているとわかっていても、彼女はこれしか選べなかった。
だからこそ、彼女は責任を取るしかない。
裏に思惑を隠していた。
そのために吐いた大言を飲み込むつもりはない。
もう1度、彼女は真摯な瞳で健輔に宣誓する。
「責任は取ります。――私が、勝つことによって!」
たった1人であることを選んだのはそのため。
そうでもしないと、かつて桜香の前に敗れた魔導師たちに顔向け出来ないし、何より
健輔と優香に見せる顔がない。
無論、仲間たちにも。
孤高を気取っていた女性は、とっくの昔に影法師に砕かれている。
ここにいるのは世の中を舐めていた女性の残骸だった。
かつての自分を否定は出来ない。
チームメイトたちも、簡単に今までを捨てることは出来ない。
全てわかっていて、理解したからこそ、桜香は1人で戦う道を選んだ。
――今度こそ、皆で始めるために。
魂の叫び――虚飾のない瞳と交差した時、健輔の胸になんとも言えない気持ちが過った。
「……ふ、ふふふ」
自然と笑いがこみ上げてくるのは何故だろう。
自問してみるが、答えは1つしか見つからない。
隣にいる優香も驚いたような表情を作った後、確かに笑みを浮かべていた。
2人の気持ちが確かに1つになる。
どこか使命感のようなものを感じていたが、そんなものは幻想だったのだ。
あれこれと、らしくなくいろいろ考えていたのが途端にバカらしくなった。
「なるほど、なるほどね。――ああ、いいな。凄く、いい理由だよ」
孤高の太陽など倒しても面白くもなんともないが、この不器用な太陽には何としてでも勝利したくなる。
健輔の中で、何かに強い火が灯った。
勝ちたいのはいつも通りだが、受け止めたいと強く感じたのだ。
「そうか、そうか! 本当に、不器用な在り方だなッ!」
隣にいる不器用の片割れと、正面にいる相棒に良く似た女性は同時に、まるでタイミングを計ったかのように、声を合わせた。
『――姉妹ですからッ!』
桜香の冷たい瞳が熱い視線に変わっている。
全ては全力をクォークオブフェイトにぶつけるためにあった。
無論、ここまでの全てが擬態、という訳ではないだろう。
桜香にも冷めたところ、天才故の傲慢な点は無意識だろうと、今でも確かに存在している。
彼女も人間であるからこその欠陥だった。
そして、欠陥があるからこそ、彼女もまたより良い地平を求めて歩き出したのである。
全てを吐露して、己を追い詰めて、それでも諦めずに彼女は此処に来たのだ。
――全ては、最強だと、信じてくれたことに応えることが出来なかった仲間と、何よりも自分のために。
「他の人から見れば、バカみたいかもしれません。でも、私は、私なりにアマテラスを愛している!」
「だったら、ここで示すんだなッ!」
「言われずとも!」
どれほど距離が離れようとも、全てはチーム、ひいては勝利のために捧げる。
かつての才能だけで君臨した最強ではない。
確かな意思を携えた挑戦者にして、王者たる者に健輔のボルテージも一気に上昇する。
『皇帝』との男と男の意地と夢を賭けた戦いもよかったが、この女性の責任感と誇りを相手にするのも悪くはない。
良く似た姉妹、不器用な愚直さは嫌いではなかった。
「陽炎ッ!」
「させないッ!」
健輔が双剣から切り替えるタイミングで桜香の妨害が入る。
桜香はこの試合のために健輔を研究し尽くしていた。
武装変形の呼吸も身体に刻まれている。
「あなたの強みは、全て私が凌駕する! 術式展開『マギノ・フィールド』!」
『固有能力を発動します』
桜香の周囲に円陣らしきものが展開されて、そこに先ほど吸収した健輔と真由美の魔力が設置される。
円の数は全部で12。
健輔の勘が最大級の警報を鳴らす。
『解析不能。既存の術式に類似なし』
「また新しいのか! ここまで隠せた強さに感嘆でもすればよいのか、わからんな!」
『声が完全に言ったことに反してますよ、マスター』
本体の桜香の猛攻を前に健輔と優香は押されている。
交戦している間にも、他のチームメイトたちは分身の桜香と戦っていて、健輔か優香の分かは知らないが本体と一緒におまけの一体も攻撃してきていた。
これでは、チームメイトの助けは期待出来ない。
健輔の見立てでは、あの分身は大体ここまでの試合で発揮していた力に等しいと考えていた。
分身ではあるが、あの状態でも桜香はスーパーエースである。
少なくとも、ランカー第5位の真由美を圧倒できる程度には差があるはずだった。
「……中々に、絶望的だな」
今までの試合でここまで追い詰められた感覚を覚えたことはない。
皇帝との戦いではまだやれることがあったが、桜香に関してだけは健輔も打つ手なしだった。
王者との戦いで披露したものは多い。
いくら準備に余念がなかろうと、有限の手札ではあるのだ。
健輔も無限の発想を秘めている訳ではない。
「あれは……、誰か落ちたのか」
天に昇る光が、クォークオブフェイトから撃墜者が出来たことを周囲に知らしめる。
国内最強は世界最強に相応しい実力を身に纏い、かつての雪辱とチームのために身を粉にしていた。
前に聳えたつ巨大な壁。
高まる力を前に、笑みを作るしかない。
しかし、これほどの『強敵』だからこそ、健輔の力もまた高まっていく。
敵の力を利用出来ようと、出来なかろうと、相手が素晴らしいほどに輝くのが彼の本分である。
今、桜香は『桜香』として、健輔の獲物として確かにロックオンされた。
「よし、行くぞ、優香!」
「どこまでも――何度でも、お付き合いします!」
この試合で幾度目になるかはわからない2人での連携。
自分たちでないと桜香は倒せない。
理屈になっていない想いを抱えて、2人は最強へ戦いを挑むのだった。
「ふふ、良い戦いですね。魂のぶつかり合いは、やはり素晴らしい」
「あの澄ました太陽も良い女になったな。敗北で折れる者もいる。這い上がる者もいる。だが、そのどちらも経験して舞い上がったのはあの女くらいだろうさ」
「皇帝とも違う頂にいけそうですね。それにしても凄まじい強さです。やっていることは基本のようなことばかりなのに、1つ1つの規模が本当に次元違いですね」
あれだけ優勢だったクォークオブフェイトがたった1人の魔導師に押されている。
余裕のある3年生たちと違い来年以降に桜香と戦う後輩たちは絶句していた。
「こんな、ことが……」
クラウディアが呻くように言葉を漏らす。
雷光を纏う彼女は才能に溢れた魔導師である。
だからこそ、この光景が信じられないのだ。
クォークオブフェイトは強い。
直接戦ったことがあるからこそ、クラウディアは桜香のあまりの理不尽さに言葉を失ってしまった。
「分身の状態がかなり良いですね。通常状態、とでもいいますか。術式『オーバーカウント・ブレイク』を発動したのと完全に互角、といったところでしょう」
「末恐ろしいな、あれは人型の空間展開だの。中に大量の魔力を詰めて、系統融合で遠隔操作している」
「個別に稼働する世界、という訳ですね。確かに、それならば負荷の問題に目を瞑れば、この光景も生み出せるでしょう」
桜香の分身体は、普段は彼女の身体に固定されていた『人型』の空間展開をそれらしく見えるようにしたものだ。
通常の分身、魔力分身が抱える問題点をほとんど解決している。
唯一の難点は使用難度が極めて高いこと、そして、魔力の使用量が半端ないことだろう。
そして、どちらのものも桜香には大したデメリットではなかった。
「物事というのは結局のところ、終点は似ると言いますが……」
「ま、道理ではあるの。結局のところ、役割云々を言うならば、最強の魔導師を揃えた方がよい」
武雄の言葉を否定するものはいない。
仮に実行可能ならば、桜香を10人揃えるなりした方がそのチームは強いだろう。
特に魔導競技のように、連携よりも個々の実力が強く反映されるのならば尚更だった。
「それが不可能だからこその妥協点、と言われると辛いところですね」
「間違ってはないでしょうね。昔のアマテラスとかはそんな感じの方針だったし」
「今のルールがシンプルだからこその問題点ですね。ダイレクトに力量が反映されるのは良いのですが、ちょっと幅が足りないのが難点です」
数多のチームが悩む命題であり、魔導競技が抱える欠陥だった。
後者については、学園もいろいろと試行錯誤しているため、仕方がないと言えば仕方がないだろう。
戦闘、という分野であまり個々の力を制限するようなことは出来ない。
桜香や皇帝も努力をして、あの強さを手に入れたのだ。
不正をした訳でもないのに、実力を制限するのは間違っている。
「限定的ながらもその問題点を自力で解決するとは」
「流石、九条桜香と言うべきかの。前は教科書通りの女だったが、今は周りを良く見ているよ。学習する天才、厄介なものに目を付けられたな健輔も」
系統融合の使い方だけでなく、戦い方や、あり方なども多くの魔導師から学習している。
学習しただけではなく、応用までも完璧だった。
桜香の力はある意味で他者の理想を体現している。
多くの者に、彼女ほどの才能などは存在していない。
そのため、いつも妥協するしかなかった。
しかし、桜香にはそれらを実現する方法がある。
皇帝とある意味で似ているだろう。
たった1つを突き詰めて、誰も触れない世界に至った男に対して、全てを突き詰めた結果が孤高の太陽となったのだ。
過程は違うが、結果として辿り着いた場所は似たようなものとなる。
「悩んで出した結論なのでしょうね。あそこまでしても、健輔さんに劣らない輝きを見せたかったのでしょう。小さな、小さな、女の見栄です」
「……健輔さんは、本当に厄介な人に好かれましたね」
「乙女の初めてを奪った割には、有情でしょう。それに、こういうのは殿方の甲斐性ですよ」
分身攻撃は我が身を省みない攻撃をすることが出来る。
健輔の相手は本体だが、分身があれで打ち止めとは限らないのだ。
捨て身――本来、エースである桜香には出来ないことも分身ならば出来る。
桜香なりに考えたチームへの貢献。
それが今の戦い方に全て、注ぎ込まれている。
「それにもしかしたら、見て欲しいのかもしれないですね」
「フィーネさん?」
フィーネは少し遠い目でスクリーンに映る桜香を見つめていた。
どこか懐かしいものを見るような瞳に、クラウディアは息を呑む。
穏やかだが、何か激しいものを秘めているようにも感じられたからだ。
「あの……」
「いえ、少々、羨ましかっただけです。私はかなりの見栄っ張りなので、桜香のように素直には成れません。殿方に対して、飾ってしまうんです」
「は、はぁ……」
「意味のわからないことを言ってしまい申し訳ないです。それほど大事なことではないので、気にしないでください。それに、あなたもいつかわかりますよ」
同性でも心に来る仕草にクラウディアが言葉を失う。
フィーネのような感じ方だけでなく、桜香の姿勢に何かを受け取っている者たちは多くいた。
いつか終わるこのゲームに全てを賭けたものたちは自分たちの最後を彩る戦いから目を離せない。
何より、この戦いはまだまだ終わらないのだ。
輝きを残しているのは、他にも残っている。
桜香は強くなったからこそ、見落としているものがいくつも存在していた。
視野の広さ、柔軟さという意味では3強の中でも最高を誇る女性は、不気味な沈黙を続ける星を見つめている。
「あれで終わる、はずがないですよね。あなたたちはどちらも強い光ですから」
フィーネは次代を代表するであろう2人の戦いをしっかりと目に焼き付ける。
桜香の決断、健輔の覚悟、そして優香の挺身。
この戦いに費やされたもの、その全てが来年以降に重要な意味を持つ。
だからこそ、多くの後輩たちにもこの試合を見せているのだ。
九条桜香という、来年以降の最強。
ここから羽ばたくであろう、健輔や優香といった雛たち。
そして――
「……1人では、届かない。だからこそ、あなたは誰かを求めた。その姿勢は、確かに健輔さんたちにも受け継がれている」
1人で何かをやろうとする姿勢は大事だが、大切なことを履き違えてはならない。
桜香はそこを間違えてしまい、アマテラスは一緒にやるということを履き違えてしまった。
アマテラスのリーダー、北原仁はそれがわかっていたのだ。
最悪の瞬間に来て、自分たちで悟るまで彼は何も言わずに、仲間と共にあった。
それはある意味でとても強い選択である。
しかし、同時に全てを他者に投げた無責任でもあった。
真逆のやり方を選んだものとして、仁とは違う答えを彼女は示す必要がある。
これはアマテラスから分かたれた別の2人の戦いでもあるのだ。
「クラウ、レオナ」
「は、はい。何でしょうか?」
「フィーネさん?」
唐突に呼びかけられた2人は驚いたようにフィーネを見る。
そんな2人に視線を返すことのないまま、真っ直ぐに健輔たちを見つめながらフィーネは笑った。
「とても良いものが、見れますよ。あなたたちも、しっかりと目に焼き付けることです」
「は、はぁ、わかりました」
「フィーネさんが、そう言うなら……」
釈然としないままスクリーンに集中する2人に、改めて視線を送り微笑んでおく。
この試合は、桜香と健輔、そして優香が中心のように――見える。
しかし、本当の意味で後がない人物は他にいるのだ。
「最年長の意地、経験というのを舐めるのはいけないですよ。……桜香、あなたは1度足を掬われました。2度がない、とどうして思えるんですか?」
クォークオブフェイトのリーダーが誰であり、葵と健輔の師匠が誰なのかもう1度よく考えるべきだった。
ランカーの基準を忘れてはならない。
学年の始まりに付けられたものでも、根拠がない訳ではないのだ。
「期待していますよ、『終わりなき凶星』。あなたが、後輩に全て託して大人しくしている。――なんて、私は信じていませんから」
彼女の言葉を裏付けるように、真紅の輝きが勝負に出る。
決勝に来ると信じていて、札を隠していたのは1人ではない。
味方すらも騙しきった女性が覚醒する時、確かに試合は動くのだった。




