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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
328/341

第325話

 目の前で変貌を遂げた女性を見て、健輔は警戒度を一気に跳ね上げる。

 皇帝と比べた場合、未知の脅威という意味では劣る桜香だが、わかりやすい強さという意味では彼女の方に軍配が上がった。

 戦士として、魔導師としての戦闘能力の高さも加えてしまえば、誰が見てもわかる強い存在になる。

 健輔もそうだが、一芸を極めて上に辿り着いた存在とは、そもそもの方向性からして異なっているのだ。

 たった1つではなく、数多の才能を以って頂点に辿り着いた。

 魔導のそこそこ存在する歴史の中でも初に近い存在である。

 確固たる己の武器が『才能』などと断言できる存在は世の中に多いとは言えない。

 圧倒的なスペックを磨き上げて、少女は頂に達する。

 彼女の身体は努力した分だけの強さをこの戦場で発揮するのだ。


「真由美さん!」

『援護するよ。直ぐにあおちゃんたちもそっちに行くから』

「お願いします!」


 決戦術式の使用を考えなかった訳ではない。

 あれを使えば、皇帝戦に少しでも近づけるのは事実なのだ。

 皇帝の力の分は明らかに格が落ちてしまうが、優香の固有能力で補えないことはない。

 しかし、それをしなかったのには理由が存在している。

 健輔はその懸念を確かめるためにも、今は己の技だけで目の前の天才を相手にする必要があった。


「陽炎!」

『シルエットモード、モード選択!』

「借りるぞ、クラウ!」


 健輔の周囲を雷光が覆う。

 トランスモードほどの再現性はなくても、ようは使い方次第である。

 クラウディアの全てのバランスが整った力は、未知の敵との戦闘に向いていた。


「行くぞ!」


 ここで健輔がこの形態を選択したのは、強行偵察を行うためである。

 桜香に1度は勝利した。

 勝利したが、以降も勝てる保証など微塵も存在していない。

 着実に、確実に今の桜香を丸裸にする必要がある。

 博打をしたが、意味がなかったでは困るのだ。

 この決勝戦に2度目はないだから。


「はあああッ!」


 双剣は直剣へ。

 陽炎の武装形態を切り替えて、クラウディアのように果敢に敵陣へ攻める。

 このバトルスタイルの素早い変化こそが、健輔の持ち味であり最大の強みだった。

 敵に対応させず、自分は対応できる。

 この差が齎すものは大きい。

 雷光が空を駆け、剣が後を追う。

 数多あるバトルスタイルの中でも、健輔が認めるほどに攻走守のバランスが良い。

 威力偵察にこれ以上に適した形態はないだろう。

 仮に相手が不甲斐ないのならば、その場で食い破ればよく、強い場合でも撤退はこなせる。

 この時、健輔の選択は手持ちの中では悪いものではなかった。

 他にも真由美や圭吾など、守りに比重を置いた選択肢などもあったが、桜香という規格外を相手にする上でバランスという要素は見過ごせるものではない。

 故に、健輔が読み違えたのは、成長した桜香の実力だった。

 万能系が誇る万能性により再現した変換系を前提とするバトルスタイル。

 まさか、それと同じ力を桜香が使うとは思わなかったこと、その過小評価が健輔に牙を剥いてしまう。


「――稲妻よ、敵を穿て」

「なっ――!?」

「下がって、健輔さん!」

 

 桜香が剣の一振りと共に、健輔の雷光を消し飛ばす。

 健輔に直撃する一撃を、優香が身を呈して庇う。


「くぅう!? 障壁、全開!」

「優香!」


 虹の魔力が雷光を防ぎ、障壁でなんとか攻撃は止まった。

 しかし、一撃を防いだに過ぎない。

 桜香は既に、次の行動を開始していた。


「天照!」

『了承』


 剣に集うは太陽の輝き。

 彼女が好んで使う、魔導斬撃の術式だった。

 しかも、ただの魔導斬撃ではない。


「全てを斬り裂け、『御座の残光』!」


 2種類の系統から生まれた魔力が融合を行い、1つとなる。


「あれは、マズイ!」


 同じように複数の系統を操るからこそ、健輔には危険度が容易く把握出来る。

 感じる力の大きさと合わせれば、どうやっても防ぐことが出来ないものだった。

 健輔の万能性も、あれに対抗する方法は存在していない。

 魔素割断と魔導斬撃を融合させるなどという離れ業は桜香以外には出来ないことだった。


「雪風! 回避を!」

「陽炎、避けるぞ!」


 2人が迷わず、回避を選択する。

 防ぐ、などという手段を構築するだけの時間がない。

 敵は浸透系の魔力を纏うだけでよいのだ。

 健輔が破壊系を纏って砲撃を行ったのと理屈的にはまったく同じだった。


「真似されている。いや、研究されているのか!」


 健輔が出来たことが、他の者では出来ない。

 そんな道理はこの世に存在していなかった。

 万能系は、全ての系統を扱う系統である。

 健輔はその系統で創意工夫をしながら戦ってきた。

 努力は実を結び、確かな実績が今はある。

 そんな健輔の努力を目の前の女性はあっさりと習得して本人に向けていた。


「わかっていたがッ! クソ!」


 真似されたことに怒るような気持ちはない。

 健輔が苛立ったいるのは、自分の戦い方が決してオンリーワンではないということを見せ付けられたからだ。

 複数の系統持ちならば、問題なく健輔の戦い方をコピー出来る可能性がある。

 それを示されただけでも、今後の未来に一抹の不安が過ってしまう。

 良くも悪くも健輔は目立ち過ぎたのだ。

 来年からの警戒度はこれまでの比ではないだろう。


「――余所見をする余裕が、ありますか?」

「しまっ――」


 考えなくてよいところまで思考を巡らせたせいで生まれた隙。

 健輔を刈り取る女傑が、それを見逃すはずがない。

 そして、


「させないッ!」


 健輔を守る乙女もまた、健輔の隙を見逃すはずがなかった。

 相手のことを知り尽くしているからこそ、両者の行動は共に完璧だった。

 桜香の斬撃が健輔に向かって放たれ、優香がそれを防ぐ。

 2つの剣と虹がぶつかり合い、魔力が周囲に飛び散る。


「すまん!」

「いえ、それよりも」

「わかってる。陽炎!」

『バスターモード。魔導砲撃、収束開始』


 健輔の魔力光が真紅に変換されて、暴虐の力が荒れ狂う。

 先ほどは懐に入られたが、健輔の意識も今度こそ完璧に戦闘に集中出来ている。

 ここで簡単に終わるつもりはなかった。


「穿てッ!」

『発射します』

 

 魔導砲撃が桜香に向かって放たれる。

 大本が存在している以上、健輔の影の力は一切の不足なく力を再現していた。

 光源の強さに依存しているが、それ以外では弱点らしい弱点がないのが健輔のシャドーモードの利点である。

 限りなくオリジナルに近い力は、魔導戦闘において強力な力を発揮してきた。

 シューティングスターズ、ヴァルキュリア、パーマネンス。

 全てを乗り越えてきた原動力と言ってもよいだろう。

 

「無為です」


 ――それを、太陽は発する魔力だけで粉砕する。

 固有能力『魔導吸収』。

 本来ならば、固有化された魔力を吸収することなど不可能である。

 固有化とは本人に適合するからこその『固有』なのだから。

 しかし、この極限の戦闘では簡単に例外が生まれてしまう。


「私の浸透系は常に周囲に展開されています。私よりも弱い力では固有化していても、干渉を弾くのは容易ではないですよ」


 固有化された魔力に干渉して、通常の魔力として吸収してしまったのだ。

 鉄壁に近い守りは以前を上回る領域に辿り着いている。

 彼女を倒すには、純粋な近接戦闘が必要だった。



「悪いが、そんな事はわかってたさ!」

「葵さんッ!」


 2人んが呼びかける声に促されるように、桜香は視線を移す。


「――葵」

「はあああああああッ!」

 

 烈火の気迫と共に迫る葵の拳を桜香は冷静に見つめていた。

 彼女の中では周囲の状況把握が高速で行われている。


「ふむ……。しかし、あなたでは私に傷を付けられませんよ」


 2人が時間を稼いでいる間に既にアマテラスは彼女を除いて壊滅した。

 クォークオブフェイトは総力を結集して、桜香打倒に動いている。

 赤紫の魔力、クォークオブフェイトを代表する魔導師の拳は止まらない。

 直撃する一撃。

 桜香の予言通りに、葵の拳は身体に当たった状態で止まっていた。


「わかってたわよ。でも、あなたと決着を付けるには、いい塩梅よね?」


 桜香は振り返ることなく、葵の攻撃を完全に防ぎ切る。

 障壁で防ぐことが出来ないはずの葵の攻撃が、桜香の障壁で阻まれれていた。

 葵の固有化の性質上、格上であろうとも皇帝のような出鱈目でない限り完全に防ぐことは出来ないはずである。

 しかし、現実問題として葵の拳は止められていた。

 つまり、桜香のレベルが皇帝の領域に達したことを如実に示していると言えるだろう。


「否定はしませんが、再度言います。無為です」

「やってみないと、わからないわよ!」


 再度の攻撃、動き出す葵を無感動に桜香は見つめる。


「桜香ッ!」

「吠えても通じないわよ。――私の力を、舐めるな」

「ぐはっ!?」


 あっさりと葵の攻撃を止めて桜香は葵に向かって、回し蹴りを放つ。

 葵の防御を易々と突破して、彼女のライフにダメージを与える。

 健輔だけでなく見ている全ての魔導師が、九条桜香が今までと全く違う領域にいることを悟った。

 力もそうだが、明らかに能力の万能性、ひいては器用さが上がっている。

 異なる系統を同時に発動させて、かつその性質を殺さない。

 万能系にも似た特質は、桜香の固有能力の中でも最も多彩な能力が示す力だった。


「健輔さん!」

「浸透系の極みと通常魔力の同時発動……。さっきの斬撃もそうだが、やっぱり、系統融合か!」


 固有能力『系統融合』。

 異なる系統を組み合わせて、新しい性質を獲得することが出来るのが売りの能力だったが、桜香はこれを通常の系統を増やす使い方しかしていなかった。

 桜香が多彩さよりも単純なパワーを欲していたからこその使い方だったが、敗北が彼女に新しい固有能力の使い方を与えてしまったのだ。


「やっぱり、そこに気付いたのか。……だから、怖いんだよ、あなたは」

「皇帝戦は私も見ていましたよ。フュージョンモード、あれは私の能力を参考にしましたね?」


 系統融合には多くの可能性がある。

 健輔が初めて桜香と戦った時、それ以前から彼はそう感じていた。

 複数の系統の性質を統合する。

 言ってしまえば、桜香の固有能力は万能系と真逆の位置にあるアプローチだった。

 結果はどちらも同じだが、健輔と桜香では純然たる実力差が存在していた。

 同じことをすれば、勝つのがどちらなのかは明白である。


「あなたに勝つには、あなたのルールに昇るしかない。違いますか?」

「くっ! どうだろう、な!」


 魔素割断を纏った最強の斬撃が放たれる。

 桜香の猛攻を防ぎながら、健輔は自分の嫌な予感が的中したことに内心で汗を流す。

 5系統、圧倒的と言ってもいい系統保有数を持つ女性――九条桜香。

 健輔の万能系には及ばないが、それはあくまでもバックス系の技能についてだけである。 

 戦闘にバックス技能を融合させる戦い方は健輔も多用しているため。強力なことは知っていた。

 しかし、やはり戦闘となれば、専用の系統の方が強いのも事実である。

 桜香は元々、基礎能力において群を抜いていた。

 健輔はそんな彼女を異なるルールのゲームに引き摺り込むことで勝利したのである。

 狙いを見抜かれてしまえば、効果は半減などいうレベルではなかった。


「陽炎!」

『ダメです。振り切れません』

「逃がさない」

「させません!」


 葵を排除しての2対1。

 まだ撃破されていないあの先輩が簡単に諦めるとは、健輔は微塵も思っていないが、勢いが桜香にある。

 隠されていたスペックが存分に発揮されてしまえば、健輔でも対処は厳しい。

 優香の援護が無ければ、あっさりと撃墜される危険性もあった。


「しつこいッ!」

「あなたを放置することの怖さ。私が知らないとでも? ――いえ、あなたたちは、放置出来ませんよ」

「健輔さん、右です!」


 優香の警告に従って頭を下げると、何もない空間から斬撃が放たれていた。 

 空間転移からの間接攻撃。

 健輔も使ったものだが、正面で複数の系統を融合させつつ、空間転移まで完全に制御しきることは彼には出来ない。


「どんな制御力してるんだッ!」


 健輔の叫び声に冷たくも聞こえる頼れる男の声が返事をしてくる。


『落ち着け、こちらも援護する』

『こっちも、だよー。ま、頼りにならない先輩だけど、注意ぐらいは引けるさ』

『そういうことだね。準備完了、健ちゃん、気を付けてよ!』


 実力云々など関係なく最善を尽くす姿勢の先輩たちに健輔も笑みが零れた。

 視界に映る脅威に心まで捕らわれてはいけない。


「はい、そっちも気を付けて!」


 念話から同意の声を聞きつつ、目の前の魔王に目を向ける。

 押しているのはクォークオブフェイトのはずなのに、この女性が存在する限り余裕は微塵も存在しない。

 ようやくそのスペックと実力、そして心が噛み合い始めた最強の魔導師。

 古き最強たる『皇帝』とも違う強さが、健輔を追い詰めてくる。


「さっきから、俺の細かい動作に反応してる。……研究、されてるな」


 健輔が桜香の研究をしたように、いや、数多の魔導師たちの研究をしたのと同じように最強の魔導師が、健輔に狙いを絞って研究している。

 その事実は、震えるほどの恐怖と――溢れんばかりの歓喜を彼に齎した。

 強くなった確かな実感。

 追い詰められて敗北に至る危険性は、確かに存在している。

 それでも、これほどの強敵と戦えることに、健輔は歓喜しかない。

 

「優香、大丈夫か?」

「はい。姉さんが、敵として本気になりました。だったら、私たちもそれに答えましょう」

「ああ――勿論だ」


 クォークオブフェイトの総力を結集しても届かないかもしれない。

 国内最強の魔導師、その名に恥じぬ威容。

 超えるべき最後の壁として、これ以上のものは存在しないだろう。


「1人ぼっちの太陽。このまま、孤高に浸らせるつもりは、ないッ!」

「私は、あなたの妹ですから。最後まで、正面から向き合います」


 優香の輝きが強くなる。

 彼女が理想としている桜香の力を再現する固有能力。

 しかし、目の前で披露される力は優香の理想すらも軽く超えている。

 ようやく手に入れた力でも届かぬ存在に、優香もまた、嫉妬よりも歓喜を感じていた。

 理想とは、手が届かず、また想像を超えてくれるからこその理想である。

 桜香を目標としている限り、優香の手はその頂に届かない。

 ついに、決別の時は来たのだ。


「イマジネーション・イデアは、あなたになるための力じゃない。私は、きっと姉さんには成れない。でも――」


 優香の直剣が双剣に分かれ、色が徐々に別の色に変化していく。

 隣にいる健輔とよく似た色――白き魔力を身に纏い、優香は桜香に吠えた。


「――健輔さんの最高のパートナーは、私です!」

「ああ、その通りだな。陽炎、いくぞ!」

『リンクを開始。シャドーモードを発動。優香の固有能力とリンクします』


 健輔の魔力光が隣にいる優香とリンクするように混ざり合う。

 優香は桜香を捨てたが変わりに健輔と共鳴するようになった。

 2つの白はお互いを高め合うように輝き出す。

 前準備は整った。

 ここからが、本番である。


「そして――」

『全員とのリンクを開始。循環を開始します』


 『決戦術式』には及ばないが、それでも十分な力を味方に与えて自分も強化することが可能だった。

 遥かな可能性を再び見せつけて、優香と健輔は殻から翼を伸ばす。

 まだまだ殻から飛び出たばかりの頼りない翼だが、確かに空を舞うためのものだった。


「準備、完了!」

「こちらもバッチリです!」

『よし、いこう! 皆で頑張るよ!』


 クォークオブフェイトが一丸となって、桜香に戦いを挑む。

 皇帝すらも歩まなかった孤高の最強へと至る太陽を止めるために全力を賭す。

 準備が終わった健輔と追い付いた桜香の瞳が交差し、両者の口元に大きな弧が描かれた。


「――いくぞ、『不滅の太陽』!」

「――来なさい! 『白の影法師』!」


 虹と白がぶつかる。

 アマテラス戦、本当の戦いが始まった。


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