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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第322話

 女神の考えを知らなくとも、この世で最も姉のことを知っている少女は目の前の存在が急速に集中力を高めていることを肌で感じていた。

 この世の誰よりも知っているからこそ、優香は油断も慢心もしない。

 周囲の輝きなど、姉には不要である。

 彼女が全てを照らすのだ。

 黄金の輝きはチームを照らし、彼らに勝利という栄光を齎した。

 しかし、虹色の輝きは方向性が異なる。

 正確には結果として勝利が齎されるのは同じだが、過程が異なっていた。

 王者は――皇帝は自分で選び、そこに至ったのに対して、太陽は気が付けばそこに至っていたという違いがある。

 自覚の差、それがかつて噴出し、健輔によって敗北した遠因となったものだった。

 だからこそ、必ず桜香はそこを潰してきている。

 証拠も存在していた。


「やっぱり、これは!!」


 周囲が撃墜されるのに合わせて、間違いなく桜香は力を高めていた。

 まるで、仲間の犠牲を糧にして羽ばたくよう――。


「はああああッ!」

「――はっ!」


 優香の全霊を込めた斬撃が、桜香の一呼吸の力に弾かれる。

 交わされる剣戟。

 繰り返される舞踏の意味が変化しているのを感じているのは、優香ただ1人。

 桜香が、彼女の姉からチームの勝利を担うエースとして顔を出そうとしている。

 ここからの戦いは、意味合いが変化するだろう。

 優香は直感に過ぎないが、そのように感じた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、姉さん……!」

『マスター、脈拍上昇、呼吸も乱れています。落ち着いてください。まだ魔力量は互角ですよ』

「っ、わかってる。ありがとう、雪風」


 言われるまでもなく、互角なのはわかっている。

 それでも、心が恐怖を感じることは止められない。

 姉の怖さを知っている。

 誰よりも尊敬しているからこそ、同時にその恐ろしさも理解しているのだ。

 互角、この言葉が空虚であることは優香が1番よくわかっている。


「やっぱり、いきなりじゃダメだね……。もっと、練習しておけばよかったかな」


 固有能力が都合よく覚醒しても勝てるとは限らない。

 そんな当たり前のことを、今更ながらに痛感していた。


「姉さん、あなたはやっぱり凄い人です」


 桜香を改めて尊敬する。

 肌で感じる空気のようなものだが、山が爆発するような、噴火の予兆を感じていた。

 現時点では問題ない、確かにそれはそうだろう。

 しかし、1分後はどうなのか、5分後はどうなる。

 固有能力で姉の能力を想像して、自分を近づけていく。

 今のところは桜香専用の『魔導世界』程度の用途にしか使えないが、それでも固有能力は強力だった。

 姉に追随する能力を与えてくれているし、このままならば仲間たちも救援に来てくれる。

 全てが勝利を示している、それはわかっているのだ。


「虹、健輔さんも同じ色だった。もし、あれが可能性の色を示すというのならば、姉さんは一体……どんな存在になるのか」


 パーマネンス戦で健輔が究極に至った時、優香の胸に到来したのは圧倒的なまでの絶望である。

 全ての系統を扱う万能系の魔導師が、黄金の力を取り入れて理想の姿に至った時、魔力光が七色に輝いた。

 『虹』――姉を象徴する色。

 健輔の強さを知るほどに、優香の苦悩は深くなる。

 姉は素の状態であそこにいるのだ。

 ここで止まってくれる保証がどこにあるというのだろうか。


「――見たいと思うと同時に、見たくないとも思う。複雑ですね」


 魔導師として、皇帝すらも超えるかもしれない可能性に胸が躍ってしまうのは、彼女も相棒の影響を多大に受けているという証だった。

 此処で止めてしまってよいのか。

 そもそも、止められるのか。

 胸に過る様々な思いに蓋をして、優香は今一度戦いに神経を集中させる。


「いこうか、雪風」

『魔力充填。マスター、いけます』


 優香はさらなる魔力を絞りだし、姉に全面攻勢を仕掛ける。

 桜香の全力を阻止するために、全力は賭す。

 しかし、全霊は尽くさない。

 可能性が見たいと思う心も、嘘ではなかったから――。


「術式展開!」

『『虹の閃光』。発動します!』


 虹色の魔力が唸りを上げて、2つの刀身に注がれる。

 優香は刀身を合わせて、1つの剣を生み出すと怯えを掻き消すように大きな声で叫んだ。


「姉さん、この極光であなたを倒す!」

 

 注ぎ込まれた七色の魔力が生みの親に向かって牙を剥く。

 今の優香は桜香なのだ。

 まだ互角の範疇ならば、覚悟の差で相討ちに持ち込むのは難しくない。

 無論、相討ち狙いでは逆に落とされるのはわかっていた。

 だからこそ、最初から目標は撃破に絞っている。


「――天照」

『『虹の閃光』――発動』


 桜香は静かに魔導機に命じる。

 放つ術式は完全に同じもの、威力の差も両者の間には存在しない。

 交差する瞳は両者ともに虹色だったが、籠められた熱量には大きな差異が存在した。

 何が何でもここで決めるという決意が滲む優香に対して、桜香の瞳は恐ろしいまでに澄んでいる。

 戦闘中にも関わらず、何処か別の場所を見ているような極限の集中。

 かつての戦いで、葵も怖いと漏らした瞳が優香を確かに射抜いている。


「っ、やあああああッ!」

「いくわよ、優香」


 妹との激突にあれほど感情を見せていたのに、戦いが進むほどに桜香の色は深く沈んでいく。

 ただ機能を用いて戦っていた時とは違う瞳。

 冷たさと無機質さは強くなったが、同時に底知れなさもあった。

 『不滅の太陽』――天祥学園最強の魔導師は、妹との激闘の中で静かな変貌を始める。

 3強の中で、個人として見た時に最高の魔導師。

 誰もがそう認める圧倒的な才能が、ついに開花を始める。

 桜香と言う魔導師は、最高の原石なのだ。

 彼女は待っていた。

 自分を研ぐことが出来る存在を。

 そして、ついに出会ってしまったのだ。

 戦うべき相手、超えるべき相手、全てを兼ね揃えた存在たちと。

 だから、もう彼女は止まらない。

 秘めたるスペックの全てを発揮する時が、ついにやって来てしまった。

 優香の思い描いた桜香が完璧に近かった故に、もう1人の自分で桜香は磨かれてしまった。

 所有する系統は5つ。

 『最強』の皇帝と同じ方向性を持った孤高が動き出す。

 健輔とも、皇帝とも違う『最強』が静かに目覚め始めた。






 優香が桜香を懸命に食い止めている時、彼女の相棒たる存在は不穏な空気を感じていた。

 王者と戦い、頂点の領域を見たからこそわかることがある。

 葵も、そして真由美すらも見たことがない領域に駆けたからこその嗅覚だった。


「ヤバイな。……桜香さん、やっぱり怪物だわ」

『マスター? どうかされましたか』


 相棒の声を無視して、健輔は必死に展開を読もうとしていた。

 仮の話だが、桜香が仲間の全てを束ねた程度で止まってくれるなら勝機はある。

 パーマネンスとの戦いでは、中々に無茶をしたが、そのおかげで健輔が得たものは多い。

 それらを活用すれば、この戦いでもあの状態まではいけないこともなかった。

 問題は、桜香がそれよりも先に行くと仮定した時である。


「は、はは……やっぱり、一筋縄じゃいかないよな」


 健輔は皇帝とどこまでも駆け上り、確かに桜香も見たことがない領域を見た。

 これは事実であり、動かせない真実だったが、同時にある現実を示している。

 あの戦いは、2人だったからこそ作り上げることが出来た。

 あの強さは、健輔が1人で至ったものではないのだ。

 孤高を貫いた乙女、1人で頂に来た桜香とその部分が決定的に異なっている。

 試合前から嫌な予感はあった。

 あまりにも、桜香は1人でありすぎる。

 皇帝ですらも、能力の本質的に他者を強く求めていたのに、桜香はたった1人で完結していて、それでいて王者に匹敵する強さがあった。

 かつての桜香に勝利して、女神にも勝ち、最後には皇帝にも勝利した。

 3強の全てを知っているからこそ毛色の違う桜香を警戒しているのだ。

 フィーネから頼まれた、というのもある。


「さてはて、どうしますかね」


 3強の魔導師たちは方向性の違いはあれど、全員が掛け値なしの怪物魔導師である。

 皇帝が確かに飛び抜けているが、桜香とフィーネも条件が揃えば、彼を凌駕しかねない可能性を保持していた。

 フィーネの場合は時間と、後は機会が足りず、逆に桜香は全てが揃った。

 今の状況はそういう意味では、健輔が原因だと言えるだろう。

 皇帝のように自力だけで頂に行ける者はほとんど存在しない。

 そんな皇帝でも真実の実力を発揮するのに、健輔という魔導師は必要だったのだ。

 強大な、倒したい敵の重要性は謀らずも、健輔自身の手によって証明されていた。


「皇帝は自分に似ていて、確かに違う敵が必要だった。……フィーネさんは、彼女と強く結びつき、その上で自分で輝ける仲間。じゃあ、桜香さんは何がいる?」


 皇帝の想像が、好敵手を欲したように、フィーネの絆が仲間を欲したように、桜香が欲しかったのは――、


「自分、か。なるほど、あの人は厄介だな」


 本質的に、桜香の世界は閉じている。

 自己の強化を図った理由も、絡繰りがわかれば簡単だった。

 つまるところ、健輔という強盗に荒された故に警備を強くしているのだ。

 極めて世界が狭かった孤独な太陽。

 無意識だろうが、チームメイトに対するアプローチがあまりないのも、その辺りが原因なのだろう。

 自分が努力すれば、なんとかなると地で行った弊害だった。


「きっと、自覚はない。そんな人に見えないしな。ただ、心の奥底であの人はきっと、世界を冷めた目で見てる」


 高すぎる才能が歪みを齎さないはずがない。

 強すぎる輝きは誰にとっても毒に成りうる。

 それは光源の元たる人物でも変わらないだろう。


「意固地にさせたかな。いやはや、我ながら女性の扱いは下手だな」


 もしかしたら、徐々に開いていた心の扉を蹴り開けたのは健輔なのかもしれない。

 優香がそうであるように、よく似た姉妹なのだ。

 人付き合いが得意そうに見えて、もしかしたら苦手なのかもしれない。

 健輔のあまりにも激しすぎる訪問に彼女の心が防壁を張っている可能性は十分にあった。

 他人への恐怖か、はたまた見下しか。

 理由はわからないが、桜香はただ只管に自分だけを見つめている。

 だからこそ、優香の固有能力が現れたタイミングが完璧だった。


「……ここからが、本番になる」


 優香は桜香にとっても数少ない例外であろう。

 2人が良く似た色を纏って戦っているのを見ると素直にそう信じられる。

 

「こんなところで全力でぶつからなくても、素直に話せばよいのに、本当に不器用な姉妹だな」


 愚直で真っ直ぐ、そして純粋。

 2人の姿勢は本当に良く似ている。

 まるで合わせ鏡のようであり、差異などほとんど見当たらない。

 中身まではともかくとして、見えている部分において両者は本当にそっくりだった。


『マスター、桜香への策は?』

「あるにはあるんだけどな……」


 歯切りの悪さは相性の差を理解している故の苦悩だった。

 桜香のスタイルとは噛み合わない今の健輔の戦い方。

 多少の捻り程度ではあっさりと噛み砕かれてしまう。

 同時に捻りすぎても、噛み砕かれてしまう。

 絶妙な匙加減を求められていた。


「さて、俺が俺だけであの皇帝に勝てるか。この試合は、そういうものなんだが……。流石に厳しいわ」

『マスター、大丈夫なのですか?』

「本音を言えば、あの人の目、かなり怖いんだぞ? 弱音ぐらいは言わせてくださいな」


 笑って言ってはいるが、健輔の掛け値なしの本音である。

 勝つためのルートはいろいろと考えているが、かつてないほどに勝率が低い。


「真由美さんたちを自爆させる。これも予想はされてるだろうしな」


 仲間の命を捧げるのも悪くはないが、健輔にはあるビジョンが見えていた。

 皇帝と同じ戦法は桜香には通じない。 

 2番煎じで彼女の打破を狙うのは正直なところ、舐めているとしか言えない所業である。

 つまるところ、皇帝への勝利への一因となった万能系のあの力すらも通じない可能性があった。


「ま、2度ネタは最初からするつもりはなかったしな」


 こうして戦場を俯瞰しつつ、魔力を集めているのもこの後の戦いのためである。

 仁が何をしようとも、チームとしての戦いはやる前から勝敗が決まっているのだ。

 いろいろと足りていない相手よりも、あらゆる意味で警戒するしかない強敵の方が遥かに重要だった。

 視界に収めた2つの虹を見て、健輔は大きく溜息を吐く。


「外見はあれなのに、中身は全然違うんだな。人間って、不思議だよ」

 

 中身と外がギャップのある人間など腐るほど存在するが、いざ間近にいるとなると健輔も驚かざるを得ない。

 桜香は楚々とした佇まいに、清楚な美貌を持つ大和撫子だ。

 優香も似たような容貌をしているが、彼女の方が目付きの鋭さなどもあり、冷たい印象を与えてくる。

 しかし、実態としては、桜香よりも優香の方が優しいなどと誰が気付けるだろうか。


「……戦いにあっさりと適応出来たのも、ある種の冷たさのおかげ、か」


 桜香の強さの1つは、その冷たい感性もあるのだろう。

 仲間はあくまでも敵を消耗させるなり、手の内を晒すための駒。

 チームメイトに直接言うようなことはないだろうし、同時に桜香にも自覚はないだろうが、行動の結果がそういった意思を透けさせていた。

 直接対決をしたことのある健輔だからこそ、同時に優勝するために必死で調べたからこそ違和感を感じることが出来たのだ。

 完璧すぎる偽装は、きっと本人すらも騙している。


「奇妙な姉妹、というか。割と真逆なのに……いや、真逆だからこそ、よく嵌ったのか」


 健輔の呑気な感想をよそにして、戦いが動き始める。

 桜香が優香を撃墜するために積極的な攻勢に移ったのだ。

 タイミングだけを見れば、仲間を救える唯一の機会、周囲のメンバーを奮起させるには十分な行動だった。


「まだ撃墜は困る、とかそんな感じかな」


 実際に振り切る意思などなくとも、振り切ろうとするだけで優香は対応しないといけない。

 それはつまるところ、戦いの主導権を握られる、ということだった。

 相手は好きなタイミングで攻撃を行い、優香は一方的に嬲られる。

 

「――ふむ、ここだな。出鼻を挫く」

『了解です。マスター、スタイルは防御で?』

「ああ、完璧だな、陽炎」


 桜香のこの行動が健輔を引き摺り出すものだと理解していながらも、男は譲れぬ意地のために前に出る。

 底知れぬ女性に恐れもあるが、同時に高揚感もあるのだ。

 全ての事に微笑んで、無難に対応している女性が健輔にはあの手この手で無理矢理にでも潰そうとしてくる。

 男として、そういう頑張りは受け止めて――倍返ししてやりたい気分だった。

 綺麗な女性が必死に立ち向かってきているのだ。

 最大の御持て成しが必要だろう。


「よし、行くか」


 相棒が待つ空へ。

 健輔は全力で飛行を開始する。

 桜香と健輔の動きに呼応して、全体の戦局も一気に混沌としたものに傾く。

 どちらのチームも等しく避けられない、破断点がやって来たのだった。


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