第320話
事実上の桜香対桜香という珍事に何も知らない魔導師たちは驚きの声を、逆に予想していた者たちは優香の潜在能力に感心の声を上げていた。
フィーネの音頭により、今回の戦いは相応の人数の魔導師が同じ部屋で観戦している。
彼らの声を集めることも、後のヴァルキュリアのためになるという考えがあるのだが、誰もがその謀りに乗ってしまう。
武雄に劣らぬ策士、フィーネのそんな側面はこういう場面でも発揮されていた。
「皇帝と同系統の創造系固有能力ですか。……これを予想して、先の戦いでは優香を下げた。フィーネ様はご存じでしたか?」
「ご存じ、と問われると否と返しますよ。予測はしていましたけどね」
フィーネも万能の神ではないのだ。
まったく関係ないチームの内情までは知らない。
しかし、系統の構成や戦い方などから推測すること自体は可能だった。
優香の戦い方は、近接型と考えると無駄が多い。
装飾過多であり、効果に疑問があったのだ。
「分身、というのは悪くない方法に見えますが、実際のところ能力を割くほどの効果はないことの方が多いです」
「それは、どうしてでしょうか?」
隣に座るクラウディアからの質問にフィーネは微笑みながら頷き返す。
戦ったことのあるクラウディアからすると、優香の力がそれほど戦闘向きではないとは思えなかった。
現にイリーネなどは彼女に完封されているのだ。
優香の実力は同世代でも頭1つは飛び抜けているだろう。
「イリーネとの戦いでは番外能力。後は高機動戦闘。……ここまで並べてわかりませんか?」
「え……優香の基本的な戦い方、ですか?」
「正解です。そして、これが答えでもあります」
「答え……」
クラウディアと同じく話を聞いていたレオナが顔を伏せる。
優香の分身と基本的な戦い方の関係性。
そこに注目するとわかること。
フィーネの言葉をそう受け取った2人は順番に整理を行い、ある事実に気付くことになる。
「優香は……分身で敵を倒したことがない?」
「大正解です。ええ、分身はあくまでも牽制の技にしかなっていない。いつも決め手は収束系の番外能力です」
正確に言うならば、収束系で高めた身体能力と技術の組み合わせ、だった。
実質的に優香は系統の力をほとんど発揮せずに、今までの戦いを勝ち抜いてきたことになる。
特に創造系の能力などほとんどおまけに過ぎなかった。
優香の強さで誤魔化されているが、彼女は隆志と同じ系統の持ち主なのだ。
隆志の戦い方が玄人向きであるように、優香もそうなって然るべきなのである。
そこを生来の能力で補ってきた。
別におかしくはないが、それならば他の系統でやればもっと強かったということになる。
収束系のパワー型を目指していれば、エースとしての完成度はクラウディアすらも容易く凌駕していただろう。
「パワープレイが可能なのだから、最初からそちらに向かっていれば良いのに、選んだ組み合わせはテクニカル。優香が無能ではないからこそ、違和感が生まれるでしょう?」
「確かに、その通りです」
「戦った時とかは、違和感を感じませんでしたが、言われてみると私もそう思います」
パワー型がテクニカルに戦えないという訳ではないのだ。
確かなスタイルを身に付けて、その後に技術を磨けばよい。
ちょうどクラウディアがその段階に該当していた。
自分のスタイルとその方向性は確立している。
後は確かな技術を磨き、精度を向上させて、しかる後に完成させるのだ。
健輔もまた自分の方向性は決まっている。
つまるところ、クラウディアと同じような段階にいた。
こういった段階は多くの魔導師が辿る道筋でもある。
無論、世の中には例外がおり、皇帝や桜香のような規格外はその通例からは外れていた。
それでも、普遍的な考え方であることに疑う余地はない。
なぜならば、このスタイルの到達段階は学習指導の方向性にも取り入れられているからだ。
健輔たちはスタイルの一応の完成を見ている。
この段階が3年生の平均的な学生が辿り着くべき段階となっていた。
本来ならば、2年生と1年生ではスタイルの模索になるのだが、それをすっ飛ばした辺りに魔導競技トップクラスの非凡さがある。
「私もそうですけど、明確に最初から目標を定められる人は当然ながら少数派です。……まあ、クォークオブフェイトは全員が最初から目標があったみたいですけど」
「健輔さんだけでなく、ですか?」
「ええ、クラウ。健輔さんが強烈なのであなたの中で圭吾くんや優香の印象が薄くなっているようですけど、2人とも学年から考えれば優秀ですよ」
圭吾は最初から紗希を超えるために、紗希を目指していた。
冬休みの短い期間で急激にレベルアップしたのも、目標に技術が追い付いてきたからだ。
健輔に関しては今更語ることでもなかった。
では、優香はどうなのだろうか。
才能ではチーム内でも屈指のものだろう。
桜香の妹、という表現は本人が嫌がるかもしれないが、実に的確な表現だった。
才能では間違いなく両者は血縁だったのだから。
「その結論がこれ、なのでしょうね。薄々、自覚があった。だからこそ、あの戦い方なんですよ」
「力の系統としては『皇帝』と同じですか」
「ええ、健輔さんが先の試合から優香を外したのも当然でしょう。将来はともかくとして、現時点では皇帝の下位互換にしかすぎません」
願望投影系の創造系であり、固有能力はその補佐。
皇帝のようになんでも、というほどの汎用性はないが、代わりに桜香に関係するもの、もしくは優香が理想とするものに関しては上回る可能性がある。
今はその可能性の全てが『優香の思う桜香』に成ることに使われているが、仮にその枷が無くなればとんでもない魔導師になるだろう。
優香が不器用ゆえにホイホイと使いこなせる能力でもないが、不器用だからこそ物にした時に得る物も多いと言えた。
何より、この能力はある人物との相性が恐ろしいほどに噛み合っている。
「そのための戦い、ですか。内助の功というべきか。少し妬けるほどに想っているんですね」
両脇の後輩には聞かれないように、フィーネは言葉を漏らす。
強固過ぎる鎧に身を包む少女に、彼の献身が届くのか。
試合の行方よりもそちらの方が気になってしまう。
「桜香は桜香であなたに言いたいことがあると思いますよ。それも受け止めるつもりですか? ねえ――健輔さん」
スクリーンに映る少年の横顔にフィーネは語りかける。
彼女の問いが届くことはなく、画面の中では戦況が次の段階に移ろうとしていた。
エースだけではなく周囲の激突。
北原仁を中心としたアマテラスのフォワードと、藤田葵を中心としたクォークオブフェイトのフォワードがぶつかり始めたのだった。
お互いに相手チームの特性は知り尽くしている。
誰に誰をぶつけて、どのように戦えば落としやすいか。
調べるまでもなく両者は把握していた。
「だから、何も考えないとでも言うつもりか! 藤田ァ!」
「はああああッ!」
返事の代わりに叩き込まれる高速の拳。
空気を切り裂き、爆音を響かせて仁を仕留めるためだけに彼女の攻撃は放たれる。
迷いなき拳、葵には行動すらも迷いがなかった。
試合開始、優香と桜香が激突を始めると、全力突撃。
狙いは最初からアマテラスリーダー北原仁、ただ1人だけだった。
「くぅぅ!」
無理な体勢で葵の攻撃を回避する。
彼が知っている頃の葵は1年生時点のものがメインであり、2年生のデータは国内戦でのものが中心だった。
桜香に圧倒されていたというのをデータと呼べるならば、特に問題はなかっただろう。
「早い! いや、違う」
「――あなたが、遅いのよ!」
仁が知っているよりも攻撃が遥かに洗練されている。
力の乗り方、魔力の配分、そして避けられた際の対処まで含めて。
全体的な完成度の桁が違う。
既に仁で抑えられるレベルではなかった。
「がはッ!?」
「まずは、1発!」
拳が腹に入っている状態で横合いから鋭い蹴りが放たれる。
身体が泳いでいる仁に回避手段など存在していない。
元々彼は隠密型なのだ。
経験でなんとか葵のような前衛と戦っていたのであって、本来は勝負にもならないだけの差が存在している。
蹴り飛ばされた勢いを利用してそのまま距離を取り、なんとか体勢を立て直す。
「世界、大会か……。なるほど、強くなるはずだ」
国内大会ではそこまで脅威は感じなかった。
世界大会でこれほどの脅威になったというのなら、原因は1つしか考えられない。
ここまで存在した全ての強敵たちが葵という刃を研ぎ澄ましたのだ。
動きのキレ1つを見ても、以前とは別物になっている。
「……これは、やはりきついな」
潜在的なスペックではランカー上位も狙えそうな後輩だった。
昨年は機会を逸してしまい、ここまで世界で戦うのが伸びてしまったが、彼女の実力は本物である。
クォークオブフェイトの戦いを見てもわかるが、葵はほとんどの相手と正面から戦うことが出来るのだ。
健輔のように万能系でもない、ましてや桜香ほど圧倒的なスペックもなく、極めつけにバトルスタイルまで見慣れた拳闘型だった。
――なのに、彼女は魔導師として、名を馳せている。
「飛び抜ければ、結局は特別と同じ、か。こんなところで、その言葉を実感するとはね」
基礎を只管に突き詰めた女傑にわかりやすい弱点など存在しない。
遠距離から仕留めるのが最適解ではあるが、あの香奈子ですら仕留めるのに手こずったのを忘れてはいけないだろう。
仁では、打つ手が存在しない。
「……は、はは、わかっていたこと、とはいえ……辛いな」
葵は猛スピードで仁の追撃にやってくる。
アマテラス対クォークオブフェイト。
中央でのエース対決では桜香が優勢だったが、周囲では反対の光景が描かれる。
AブロックはBブロックとは比較にならないほどの激戦だった。
シューティングスターズ、ヴァルキュリア、パーマネンス。
これら超1級のチームとの激闘を乗り越えたクォークオブフェイトと、言っては悪いが桜香というエースに頼ったアマテラスではチーム単位では相手にならない。
各地でアマテラスのメンバーは劣勢を強いられる。
ましてや、今回は健輔が完全フリーでフィールドに存在しているのだ。
彼の脅威を肌で理解し、最大の壁と見ているのは桜香ただ1人。
仁も警戒しているが、その仁は葵に封殺されている。
周囲に浮かぶ桜香のファンクラブでは、白の影法師の影すらも掴めない。
「さて、真由美さんたち、いきますか」
「オッケー。こっちは準備万端だよ」
「微力を尽くすさ。これほどの規模でやるのは俺も始めてだ」
「真希さんとしては、何も問題ない感じですよん」
和哉が他のメンツを攪乱して、葵は脇目もふらずに仁に直進、彼を抑える。
今回のクォークオブフェイトの作戦などその程度のものでしかない。
桜香はともかくとして、他のメンバーには警戒はいらなかった。
驕りにならないように、客観的に、正確に実力差という距離を感じ取ればいい。
「陽炎」
『シャドーモード広域展開。3名の魔力を循環させる形で構築します』
「うし、それで頼むわ」
皇帝の力がなければ真実の万能系には至れないし、仲間の力を束ねるのにも相応に苦労する。
未だ健輔1人では至れない境地だが、何事もやり方次第だった。
物事には適量というものが存在している。
桜香以外のアマテラスメンバーを潰すのに、大きすぎる力は必要ない。
真由美の固有化さえあれば十分だった。
「魔力の供給を開始。真由美さん、こっちに送り返しをお願いします」
「うん、任されたよ!」
健輔から真紅の魔力が彼らのリーダーに渡っていく。
創造系、流動系、変換系、固定系などの系統を用いた複合術式『シャドーモード』。
日夜改良を施されて、効率は1回戦の頃とは比べ物にならない領域に至っている。
質が上昇した燃料は容易く真由美をトップギアまで加速させた。
噴き出す魔力はアマテラスに凶兆を告げる星となり、敵陣を蹂躙していく。
「健ちゃんの期待に応えるためにも、ここは1つ大きな花火でいこうか!」
明るい言葉と弾ける笑顔。
これから敵チームに終焉を告げるとは思えない、朗らかな表情のまま真由美は詠う。
「バレットを展開、魔力を1点に集中!」
『術式を選択。『終わりなき凶星』――チャージ完了』
葵が真由美の砲撃に巻き込まれるような間抜けではないのはチームの全員がわかっている。
和哉も前に出ると言っても、あくまでも護衛程度だった。
つまり、真由美の眼前には無防備な敵チームがいることになる。
健気にも砲撃でこちらを攻撃しているが、和哉と健輔による厚い布陣を突破出来ていない。
「――そんなに固まってると、私、簡単に砕いちゃうよ?」
アマテラスのメンバーが至高の輝きを桜香に定めることに、真由美としては否はない。
事実として、彼女は天才だったし真由美もその才能を認めていた。
しかし、輝きが1つなのか、と問われれば直ぐに否定の言葉を発する。
世界という舞台で戦い抜いた彼らは確かに、強く大きく成長したのだ。
「さあ、夢から覚めなさいッ! とっておきの現実を、お見舞いしてあげるッ!」
砲口に溜まった揺るぎない暴力が戦場を分断するように駆け抜ける。
『終わりなき凶星』――その名の如く、不吉を呼ぶ星は太陽に災いを齎す。
不滅の加護が砕け散る。
自分たちが場違いだと教えられた小さな魔導師たちは、迫りくる軍勢に悲鳴を上げる。
それ以外、彼らに出来ることがなかったのだ。
決勝戦とは思えないほど、一方的な戦いの幕が開けてしまうのだった。




