第319話『決勝』
その戦いを全ての魔導師が見守る。
1年に1度やってくる最強を決めるための祭典。
10のチームが凌ぎを削った果てに、ついに頂点が決まる。
かつての王者、欧州の戦乙女、国内のライバルたちも各々集まって、この決戦を見守っていた。
――『クォークオブフェイト』対『アマテラス』。
2つのチームが最強の座に手を伸ばす。
『それでは、試合開始です!』
実況の声が開幕を告げて、空に開戦の合図が打ち上げられる。
魔導で生み出した花火は、煌びやかな残光を残して儚く消えていく。
いつもなら速やかに始まるはずの戦闘だったが、この試合に限っては少しだけ趣が異なった。
お互いのチームの中央、良く似た容姿の2人が刃を構えるのを待っている。
「雪風――いこう!」
『はい、マスター。術式展開します!』
蒼の乙女の祈りに双剣が答える。
噴き出す空色の魔力。
勢いよく魔力が出ていく光景は、1試合ぶりだがいつもと変わらない。
だが、これは戦いのための準備ですらない。
今、優香が思い浮かべるのは、ここに来るまで多くの人から貰った言葉だった。
「真由美さん、早奈恵さん、妃里さん、隆志さん」
優香の苦悩を知って、それでも辛く厳しく――優しく、見守ってくれた人たちだった。
自分のことしか考えていなかった優香にくれたチームという居場所。
あの人たちの夢のために、出来ることがしたい。
優香という人間の役割が、この瞬間にあったというならばそれを果たしたかった。
「葵さん、真希さん、和哉さん、剛志さん、香奈さん」
3年生の人たちよりも近くで接してくれた人たちだった。
距離感に戸惑い、人付き合いの苦手な優香相手でも楽しそうに笑ってくれていた。
全員が成すべきを成すだけの覚悟がある人ばかりで、変な劣等感があったのを覚えている。
振り返れば、優香は何処かに原因を求めて、自分の中を真剣に探していなかった。
だからこそ、こんな遠回りをしている。
真っ直ぐ、自分に正直に生きる。
それを背中で語ってくれた人たち。
「圭吾くん、美咲――健輔さん……!」
最後に奇跡のような確率で出会えた友人たちに感謝を捧げたい。
他の誰でもない、九条優香として出会えたからこそ――本当に宝物だった。
桜香も持ち得ないと断言できるからこそ、優香はようやく自分に正直になれる。
ただ、姉にみたいになりたかった子どもを卒業するために『過去』を超えていこう。
「背中を押してくれて、ありがとうございます」
朝の段階では、実はまだ悩んでいた。
本当によいのか、恩を返したいのに、自分勝手ではないか。
袋小路に入っていたのだ。
最後まで、結局のところ優香は1人で決められなかった。
こんなところはまだまだ甘さが残っている。
それでも、どれほど小さくても1歩は1歩だった。
健輔の後押しを受けて、優香は自分の中の『桜香』を受け入れる。
「術式発動! 『オーバーリミット・エヴォリューション』」
深い青に染まる術式が展開されて、優香は最高の状態に自分を持っていく。
条件は全て揃った。
魔導における覚醒とは、必要な能力値を揃えた上で心がある段階に達すれば発現すると言われている。
香奈子が練習中に境地に至って覚醒したように、必ずしも不利な戦況というものは必要なものではなかった。
覚悟を決めた優香の想いに、彼女の身体が――魔導が答える。
『固有能力の発現を確認、仮称『イマジネーション・イデア』発動』
創造系の固有能力。
まだ正式な名も存在しない力が、優香の理想を汲み取って形を成していく。
描くのは虹色の究極。
かつての理想を脱却するために、1度はその境地に至る必要があった。
思い描いた『最強の桜香』として、優香は桜香の前に立ち塞がる。
奇しくも、優香の能力は桜香を超えて頂点に君臨したものと、同系統の能力であった。
「クォークオブフェイト、『蒼い閃光』九条優香。――行きますっ!」
七色を纏って、第2の虹の乙女は姉に決戦を挑む。
彼女に合わせて、クォークオブフェイトのメンバーたちも動き出すのであった。
優香の変貌を見届けて、彼女もまた力を解放する。
妹の苦悩、葛藤、後はここに至るまでの道のり。
聞いてみたいことは山ほどあれど、それは戦いで聞いてみればよかった。
2人は姉妹、この世でたった1つの絆を持つ者たちなのだから。
「天照。……今出せる全力でいくよ」
『術式展開』
妹の想いに応えるために、桜香も出来る全てをこの戦いに賭す。
様子見などこの試合においては存在していない。
出せるだけの力をこの瞬間に注ぎ込むだけであった。
優香が桜香を模したとしても、『不滅の太陽』に動揺も怒りもない。
少しだけ、妹の想いに感謝をしつつ、敵として成すべきことを成すために桜香は術式を起動した。
「術式起動『オーバーカウント・ブレイク』」
『発動します』
髪が虹色に染まり、魔力光が暴れ出す。
瞳の色は見る角度によって、様々な色を幻視する。
皇太子を瞬殺し、才と研鑽のみで皇帝という究極の領域に近づいた女性。
クォークオブフェイトというチームの前に立ち塞がる最大最後の壁は、どこまでも冷静に、そして静かに宣言する。
「――優香、来なさい」
どこか寂しげな表情で似た姿の妹の来訪を待つ。
チーム内から反対はあったが、桜香は一喝して黙らせた。
この戦いだけは自分の好きにやらせてもらう、と。
隠すもの、後に残すものなど考える暇も余裕もない。
ただ一撃に全てを籠めて戦うだけ。
「あなた相手に、私が隠すものは何もないわ」
自慢の妹、可愛い妹。
今でも思うところに何も変化はない。
しかし、それでも、この場に立ったのなら容赦をするつもりはなかった。
桜香も皇帝と同じく多くの魔導師の夢を砕いた存在である。
迷いを抱えても、そこだけは履き違えない。
手を抜くような器用さを持ち合わせていないから、相手が誰でも愚直に戦うだけだった。
「前は、愚直さを履き違えてました。今度は、最強に恥じない魔導師として――勝利を勝ち取ります」
桜香の宣誓は自分だけでなく、全てに向けての誓いだった。
この戦いを終えた時、自分こそが次の魔導を背負うと宣言したのだ。
『皇帝』クリストファー・ビアスの後釜は自分しかいない。
『不滅の太陽』九条桜香の傲慢にも感じられる言葉だった。
だが、誰も反論は出来ないだろう。
才能、実力、実績、全てが桁外れの存在。
皇帝が消えた後に、『最強』という言葉に当て嵌まるのは、彼女以外に存在しない。
この戦いの勝敗はわからない。
それでも、次世代の魔導を牽引する存在であることは間違いなかった。
「あなたと喧嘩するのは、初めてかな」
魔導師として宣誓した後は、姉として戦いを思う。
初めての姉妹喧嘩がこれほどの規模になるとは、桜香も思ってもみなかった。
お互いに主張をぶつけ合うような間柄でもなかったのが、こうまで遅れてしまった原因だろう。
聡い、我慢強い、と言う事が常にプラスに働く訳ではないということだった。
「最初で、最後にしましょう。お姉ちゃん、あなたと喧嘩するのは、結構辛いかな」
お互いに悔いなど残らないように、全てをここでぶつけ合おう。
遠くで輝く虹の色が返答するかのように光を強くする。
それなりに2人の距離は離れてしまったが、姉妹だからこそ似ているところも、理解できる部分もたくさんあった。
「アマテラス、『不滅の太陽』九条桜香。――参りますッ!」
太陽の命に従い、仲間たちが動き出す。
両チームの核同士が正面から対決する。
奇しくも状況は、アマテラスの1回戦とよく似ていた。
結末までもが、あの試合をなぞるのか。
それは、この戦いの果てに示されるものだった。
周りの全てを置き去りにして、2つの虹がぶつかり合う。
優香の虹の色がどこか淡い輝きなのに対して、桜香の輝きは全てを塗り潰すような強い光を放っている。
些細な違いはあっても、2人は本当に良く似ていた。
「――雪風!」
「――天照!」
言葉を交わすことはない。
既に必要な分は交わし終えている。
必要なことは、お互いの意思をぶつけ合う、ただそれだけだった。
『術式選択っ』
『術式選択』
雪風、天照、2人の魔導機がまったく同じ術式を同じタイミングで選択する。
双剣に灯る太陽の輝き、桜香の剣に宿るのも同じく太陽の輝き。
今まで桜香が好んで使用してきた魔導斬撃が今度は桜香に牙を剥く。
「御座の曙光っ!」
「御座の曙光ッ!」
魔導機に籠められた虹の魔力が容赦なく放たれて、2人の中間点で衝突した。
互角――桜香を知る者からすれば驚きの事態だが、当の本人は寂しく微笑んでいた。
この顔を見せてはいけないと思いつつも、溢れる想いが止まらない。
双剣という状態が、優香として残った最後のアイデンティティになっている。
それ以外の部分は、魔力の使い方から桜香にそっくりなのだ。
これは憧れなどというレベルで済む話ではない。
「……知らなかった。そこまで、思い詰めてたのね」
どれだけ桜香を見つめていたのか。
些細な動きまで本当に良く似ている。
優香が優秀だからこそ、悲しいぐらいに似ていた。
憧れ、変身願望は誰もが持ち得るものだが、これは少々、行き過ぎた面がある。
桜香も歪んでいるが、優香もまた歪みを抱えていた。
しかし、優香はそれすらも武器にして、勝利のために桜香に挑んでいる。
その強さに――姉として、嬉しさしか存在しない。
「道は分かれたけど、あなたには本当に良い出会いだったのね」
真由美と、健輔たちに感謝を捧げる。
アマテラスに優香が居た場合、それは優香の可能性を潰してしまった可能性が高い。
今、桜香の目の前にいる少女は、『不滅の太陽』に匹敵する実力を持つ魔導師だった。
「ふぅー……」
決意は固めている。
振り返ることはない。
仮に、これで優香に嫌われてしまっても構わない。
姉は、自分は――あなたの妄想に収まらないと示してみせる。
「それが、あなたに対しての私の愛情だから!」
桜香として優香が桜香に立ち向かう。
こんな言葉にすればバカみたいな事態を真剣に目指すようなのはいけない。
桜香が健輔から教わったように、自分だけの形で向かって来て欲しかった。
敗北が必要だと言うならば、心を鬼にして打ち倒す覚悟がある。
「はあああああッ!」
「っ、てりゃああああッ!」
双剣を1つに束ねて、優香が桜香の斬撃を受け止める。
たった1つ残っていた差異が失われて、同じ人物が戦っているのではないかと思えるほどにそっくりな両名が戦っていた。
桜香が右から剣を振り下ろせば、同じタイミングで優香は左から剣を振り下ろす。
描かれる軌跡までそっくりな戦い。
鏡合わせの2人は、無心で攻撃を繰り出し続ける。
「――っ、はっ!」
「やああああッ!」
お互いに極めてシンプルに完成しているからこそ、膠着した戦況となる。
優香がイメージした最強の桜香と、現在の桜香にはそこまでかけ離れた要素は存在していなかった。
まだどちらも本領を見せてはいない。
そんな小手調べのような状況でも使われている技術は1級品である。
桜香の正当派なパワースタイルを本来は技巧派である優香が自在に使いこなしていた。
「くっ、優香!」
「……姉さんッ!」
幾度目かの交差、交わる剣戟に両者の表情が歪む。
最高のタイミングで覚醒して、恥を忍んで晒した力でようやく桜香と互角。
優香の顔が歪んだのは、彼我にある差を思ってであった。
あれだけの努力を重ねたのに、もし、本来の優香がここにいた場合は瞬殺されていた可能性がある。
姉妹であるのに、あまりにも不公平な差ではないだろうか。
優香の心に過った暗い思いが、彼女の顔を歪めたのだ。
――そんなことを思う自分が、さらに嫌いになった。
自己嫌悪で死にたくなる。
つまるところ、優香はこんな自分が嫌だったのだ。
それが、ここまで溜め込んだものの正体だった。
健輔が綺麗過ぎる、と優香を称した理由がよくわかる。
「こんなに――!」
桜香の表情が歪んだのは、そんな優香の想いがダイレクトに伝わってきたからだ。
妹の苦悩に、剣が緩みそうになる。
大層なことは言えないが、優香の悩みなら全力で解決しようと努める。
頼って欲しい、と口から飛び出そうになった桜香を責められる人間はいない。
「こんなに、溜め込んで!」
魔力を籠めて、優香を弾き飛ばす。
これほどまでに葛藤しているとは、思わなかった。
自分のことを棚に上げて、あまりにも不器用な妹に腹が立つ。
――同時に、理解してあげることが出来ない自分を殴りたくなった。
血縁に甘える、というのは違うかもしれないだろうが、理解するための努力を怠ったのだ。
慣れている関係だからわかってくれるだろう。
信頼と言えば綺麗だが、行き過ぎた想いは怠慢と言うべきものでもあった。
「私の、愚かさがここにも、影響を与えている」
桜香が涼しい顔で才能を磨いている間に、どれだけの者が影で泣いていたのかわからない。
無関心は言い過ぎだが、完璧に見える桜香にも欠点はあった。
健輔のような苦労した人間からすると、桜香には才能を持つ故の弊害が幾つか見られる。
その中で1番大きいのは、器用にこなし過ぎるため、苦労というものを甘く見ているところだろうか。
努力すれば達成できる、というのはよく言われることだが、桜香のいう努力とその他のものでは基準が違い過ぎる。
やれるはずだ、と身の丈を超えた期待を掛けられるのは中々に辛いものだった。
優香が潰されそうになっているのも、姉という存在が齎す大きすぎるプレッシャーのせいである。
「――私の進化に、付いてこれるかしら! 優香!」
「――付いていきます。それが、今の私の道だから!」
言いたい言葉を飲み込んで、戦いを次に推し進めるために桜香は心を研ぎ澄ます。
姉と妹の対話から、戦いの火蓋は落とされた。
最終決戦、クォークオブフェイト対アマテラス。
世界大会、最後の戦いがついに始まったのだった。




