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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第315話

 最後の1日。

 決勝戦との間には、3位決定戦が行われ、その1日が決勝戦を待つ魔導師たちの最後の休みとなる。

 只管に休息に勤しむ者、僅かでも勝率を上げるために体を動かす者、頭脳の働きでチームに貢献しようとする者など、過ごし方はそれぞれだった。

 健輔もこの流れから外れるようなことはない。

 彼にしては――非常に珍しく、朝からベッドの上に横になって、物思いに耽っていた。

 同室の圭吾はある人物とのデートに向かっており、此処にはいない。

 相棒たる陽炎と2人で、まったりとしていた。


「……うーん、どうしようかな」

『マスター? 先ほどから唸っていますが、何か御懸念でもおありですか?』

「ん? ああ、すまん、声に出てたか。別に試合関係じゃないから、気にしないでいいよ」

『はぁ、それなら良いのですが』


 主の気の抜けた返事に、しっくりとこないものを感じるも、大人しく陽炎は引き下がる。

 彼女はかなり柔軟に成長したが、主が良いと思うものを否定するほどのレベルにはまだいない。

 それすらも出来るようになった時、ある意味でそれは陽炎が完成する時だった。

 しかし、今の彼女は忠実な武器として主に従属する。

 相棒、という健輔の想いはともかくとしてまだまだ未熟な間柄であるのも間違いなかった。


「……あー。うー。むー……」

『…………』


 唸る男の姿は傍目に見ても、怪しい、の一言に尽きた。

 横になったり、上を見たりと完全な挙動不審である。

 これだけ怪しい動きを見せて、気にするな、と言われても陽炎が機械であっても――否、機械だからこそ、気になってしまう。

 意を決して、という表現が正しいかはわからないが、陽炎は再度主に向かって声を掛ける。

 決戦前に余計な問題を抱えて実力を発揮できないなど、笑い話にもならない。

 主に忠実な道具として、そのような無様さを周囲に晒させるつもりはなかった。


『マスター、やはり何かお悩みでもあるのですか?』

「へ? い、いや、別に何もないぞ」

『その割には、挙動不審です。よろしければ、何をお考えなのか教えてください。問題ないかは、私が判断します』

「あー、えっと、そうだな……」


 健輔は少しだけ悩む素振りを見せて、


「そうだな。ちょっと、相談するわ」


 と今度はあっさりと陽炎の疑問に答えるのだった。

 やけにあっさりと決めたため、陽炎は珍しくも悩むという行為をするはめに陥る。

 彼女は極めて優秀であり、健輔のこともよくわかっていたが気分次第、というファジーな部分は流石に対応出来ていなかった。


『……いろいろと釈然としませんが、教えていただけるなら、問題ないです』

「おう、ちゃんと答えるさ。そうだな……。まあ、1つハッキリと言うとだな、上手い言葉が思いつかなくってさ。それを手伝って欲しいんだ」

『はぁ、それは一体?』


 自分の武器に相談する男は、相棒に大きく頷き、


「フィーネさんとかに、いろいろと協力して貰ったけど……お礼ってした方がいいのかな?」

『……それは、どうなんでしょうか。真由美たちに相談した方がよいのでは?』

「いや、それはそうなんだけどな。今ってさ、試合前だからな」


 健輔にも空気を読む機能は一応搭載されている。

 気を張っているだろう先輩たちに余計な話を持ち込むつもりはなかった。

 

「それにお礼って、言ってもあれだよ、考えることがなくなったから、ふと思っただけだからな。まあ、暇人の余計な考えだよ」

『なるほど、思考領域の整理ということですか。しかし、試合を前にしたマスターにしては珍しいですね』


 相棒の言葉に健輔は苦笑する。

 機械からも四六時中、魔導について考えていると思われているのだ。

 知ってはいたが、落ち着いた状況で改めて聞くと、自分の外から見た評価というものが少しだけ気になる。


「……桜香さんについては、考えることが残ってないんだよ。お前もちょっとは知ってるだろう?」


 陽炎に掛け値なしの本音を吐露する。

 健輔は勝率を上げるために、思考することをやめない男だった。

 事実、対『皇帝』、『女神』と全力を遥かにぶっちぎった領域の戦いでも、姿勢は変わらなかったのだ。

 そうした小さな積み重ねこそが、最後の最後に天秤を傾ける要素になる。

 経験上からも間違っていない自信があったし、先輩たちも大半が肯定してくれるだろう。

 それでも、桜香だけはもうやることが残っていないと断言できた。


「あの人は、初めての相手だからな。俺という人間を狙い撃ちにした、さ」

『マスターに主眼を置いているのは、良い判断だと思います。可能性が残っている限り、細い道でもマスターは歩けますからね』

「お、おう、ありがとうよ」


 僅かに顔を引き攣らせつつ、なんとか笑顔を作り出した。

 相棒の評価が過剰過ぎて、羞恥を抑えられなかったのだ。

 機械だからこそ、彼女の言葉には虚飾がない。

 虚飾はないが、それが言われた本人と一致しているとは限らなかった。

 陽炎から出てくる健輔像は何処のスーパーマンだと言いたくなるような魔導師なのである。

 わざわざ否定するようなこともないが、恥ずかしいのは仕方がなかった。

 忠実で優秀な魔導機に心の中で、複雑な感情を抱きながらも彼女の疑問に答える。

 このような雑談の中で、今までも健輔は陽炎の疑問に答えてきた。

 話さなければ、心は伝わらない。

 ましてや、相手は機械である。

 万全の連携を維持するためにも、意思疎通は常に図っていた。

 桜香に対する印象を語るのも、陽炎が判断を誤ることがないようにという思いがある。


「ま、まあ、あれだよ。やったことがない、というのはそれだけ不安だからな。俺もわからないことが多い」

『桜香とのバトルはあらゆるパターンをシミュレーションしましたが、全てで負けています』

「あの人には、裏ワザも通用しないからな。本当に正面からあのレベルと戦うのはキツイよ」


 健輔が対皇帝戦で見せた力は、様々な前提条件を満たす必要があり、今回は満たすことが出来ない。

 あの形態はそもそも大前提として、皇帝の能力を取り込むことが必要となっているのだ。

 対『女神』――ヴァルキュリア戦でもそうだったが、健輔は相手の力を部分的にでも取り込み、カウンターとして使用することが多い。

 健輔の持論だが、初見こそが最強の奇襲だという考えがある。

 どれほどの魔導師でも、自分の力と戦ったことはほとんどないだろう。

 己の技で襲われる。

 もしくは、己の力を利用した者に襲われる。

 僅かなニュアンスは違えど、大筋狙っている部分は同じだった。

 健輔が組み上げる戦術の根の部分には、基本的にこの考えが根付いている。

 周囲のあらゆる力を利用して、立ち向かうように見えて本当の狙いはそこにあったのだ。

 装飾たちにも役割があるが、外してはならない本命はそれ1つだけだった。

 その根本が、桜香には通じない。


「本当、あの人は反則だと思うよ……」


 桜香は健輔の、その最も大事な部分を潰してきている。

 かつての時ですら、相性はあまり良くなかった。

 今度は、それ以上の戦いが待っているのだ。


『マスターが、初めて戦う方ですからね』

「ん? 初めてではないだろうよ。これで2回目だ」

『ええ、ですから、強敵で初めて、2回目にぶつかる方です』


 陽炎の言葉に今更すぎることを知った。

 確かに、彼女の言う通りである。

 多くの強敵と戦い、乗り越えてきたが、今回はその乗り越えた相手ともう1度戦う、初めてのことだった。

 健輔の強さは初見故の部分が多い。

 それらの強みが消された時、どうなるのか。

 戦いを待っているのに、妙に晴れない心はその重みを感じていたからだった。


「そうか……。なるほど、俺が初見返しをやられている訳か」

『桜香も、あの戦いから学習したのでしょう』

「うわ、最悪だな。進化する強敵とか、無理ゲーだわ」


 悩みに悩んで、余計な方向に思考がずれて、結局は勝つことを考えるのに戻ってきている。

 1人で悩むのは、やっぱりあまりよくない、と当たり前の決断に健輔は至った。

 大したことでもないのに、何か大事のように感じてしまうのだ。


「いやはや、スッキリしたよ。……そうだな、今までの方が上手くいきすぎだったわ」

『これからは対策を考えられることも多いでしょう。何せ、『最強』を倒したのですから』

「追うだけでなく、追われるわけか。ふーん、そっか、もうそんなレベルにいる訳だな」


 決勝戦前日に、健輔はようやく自分の立ち位置を自覚した。

 彼はもう、見上げるだけの魔導師ではなく、追いかけられる魔導師になろうとしているのだ。

 それは新しい戦いの場に移ることを意味していたし、同時に桜香と同じステージに辿り着いたことを意味する。

 強さという終わりのないマラソンに、健輔もランナーの一員として、ついに加わったのだ。

 

「……これまでとは、違う戦いになるな。あー、緊張するわ」

『マスターも、普通の人間だったんですね』

「どういうことだよ。どこから見ても普通の人間だろうが」

『そうですね。マスターは素晴らしい方です。ええ、本当に』


 陽炎の言葉に溜息を吐いて、追及を諦める。

 問うても、答えはわかり切っているからだ。


「成長したな、お互いに」

『マスターのおかげ、ですよ』

「まったく、本当に頼もしい奴だよ」


 決戦前日。

 一瞬だけとはいえ、ぶれた軸が再び定まる。

 桜香との戦いについて、彼は確かにあらゆることを考えた。

 その上で、至った答えはやってみるしかない、という答えになっていないものだったのだ。

 桜香の能力の全てがわからない以上、その場で対応するしかない。

 皇帝とは違い、彼女は健輔を倒すために刃を磨いたのだ。

 初めてのことに、健輔の可能性も振るい方がわからない。


「……優香に頑張って貰う、か。作戦じゃないだろ」


 自分の至った結論に笑うしかない。

 神頼みと大差のない、意味不明な解答だった。

 

「……万が一、優香が負けた時が、俺の出番かな。いや、俺だけじゃダメだろう。さて、どうする? ……どうなる?」


 今までは何処かで希望が見えた。

 しかし、今回だけは本当にわからない。

 闇の中を手探りに歩いて、希望を探している。

 輝く太陽が、クォークオブフェイトの道をその輝きで塗り潰しているのだ。


「わからない、か。不安だけど――」


 それ以上、健輔は口を開くことはなかった。

 再び思いにふける主を、忠実な下僕は静かに見守る。

 気分転換になっただろうかと、優秀すぎる機能を活かして、主を観察していた。

 1人と1機、試合では一体となって戦う2人も未知の領域に全力で挑もうとしている。

 

「さてと、あんまり頭を悩ますと身体を動かしたくなるからな。ちょっと、ひと眠りでもするわ」

『それがよろしいかと。真由美はそこまで心配していないでしょうが、早奈恵辺りは胃痛に悩んでいると言っていましたよ』

「は、はははは……。ちょ、ちょっとは自重するよ、うん」

 

 胃痛の原因が誰なのか、自覚があった。

 流石の健輔も明日が最大の戦いとなるのに、それを台無しにするようなことをするつもりはない。

 全ての力を結集してなお、勝てるかどうかもわからないのだ。

 『不滅の太陽』。

 3強の最後の1人にして、因縁の相手。

 彼女との戦いに万全を整えて挑まない、という選択肢を取るつもりはない。


「じゃあ、寝るわ。何かあったら、起こしてくれ」

『はい。おやすみなさいませ』


 時刻まだ午前11時。

 3位決定戦が行われているぐらいの時間だったが、健輔は昼寝をすることを決める。

 前日はそれなりに消耗したため、まだまだ体が休息を求めていた。

 悩みに悩んだし、次は休むのが仕事だと言わんばかりに、横になると直ぐに寝息を掻き始める。


『マスターも、本当に緊張していらっしゃたのですね』


 主の様子に、意外と繊細な心の動きを感じ取る。

 最後の大舞台。

 そこに己の力のみで挑むことを考えると、眠れなくなっていたのだろう。

 だからこそ、あんな下手くそな話題逸らしを陽炎に試みたのである。

 

『お疲れ様です。……このメッセージは後で良いですね』


 今は主の回復を優先して、先ほどの命令を後回しにする。

 何かあったら、起こしてくれ。

 実は健輔と話している最中から、『何か』というものは起こっていたのだが、彼女は黙っていた。

 こんなメッセージを受け取ってしまえば、健輔が休めなくなるのは明白だったからだ。


『即効性のありそうなものならば、もう少し考慮したのですが……。次の試合には、間に合いそうもないですしね』


 メッセージの送り主、そこに記された名は昨日、激闘を繰り広げた元王者。

 『皇帝』クリストファー・ビアスからのもの。

 題名は『約束通り、くれてやろう』であった。

 戦場を共にした陽炎のメモリーには、キッチリとこの出来事に至ることが記憶されている。


『律儀な方ですね。……口約束でも履行なさるのは、やはり王者だからでしょうか』


 3強と呼ばれる者たちの共通点を探して、陽炎は悩み続ける。

 主の思考が一段落ついても、彼女の思索は止まらない。

 自身の存在意義を完遂するためにも、代わって思考を続けるのだった。


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