第308話
魔力の勢いが減少しているのを感じる。
クリストファーは加熱した思考の中で、自身の身に危機が迫っているのを感じていた。
だからこそ、この一瞬の攻防に全てを注ぎ込む。
後など考慮しない。
敵の術中に嵌り、戦闘に不慣れな王者。
敗北の景色が確かに瞼の裏にチラつくが、彼は気にしなかった。
戦いとは――競技とは、いつも勝者と敗者が存在している。
最後の時まで、自分がどちらになるかなどわからないのだ。
王者でも、それだけは変わらない。
やってみないと、わからないのだ。
ならば、やって見せるだけであった。
「よい戦法だ! 俺の力を封じるのに、これ以上の解答は存在しないだろう。しかし、この程度では、止まってやれんよッ!」
攻撃で突破が出来ないならば、空間展開で外の空間も取り込んでしまおう。
外部には変わらず、王者の空間が存在している。
外と内から空間に圧力を掛けることで、この結界を破壊するのだ。
多少時間は掛かるだろうが、これが最善手なのは確信していた。
黄金の魔力が勢いよく身体から噴き出して、周囲を覆い尽くす――ことはなく、小さな光となって空へと融けていく。
そう、問題点とはこれである。
ただでさえ少ないタイムリミットをさらに縮める危険性があった。
しかし、内と外から圧力を掛けないと意味がない。
「面倒なものを作る!」
「うるさいな! これくらいじゃないと、あんたを止められないんだよ! つか、ちょっとはびびれよッ!」
「自分も使えないようにしたのは正解だぞ。抜け道があれば、そこから俺は貴様ごと術式を破壊していた。怯えることに関しては、無理だな。俺は王者である故に!」
「ああ、もう!」
フィールド魔導、と健輔は名付けたが、正確に言えばこの術式は『特殊用途用環境構築型魔導陣』と言う分野に分類されるものだった。
長いし、ややこしいと要点だけを纏めたのがフィールド魔導ということである。
空間展開は創造系単一の力を用いて、自分に有利な空間を生み出す技として知られているが、このフィールド魔導は魔導競技ではそれほどメジャーなものではなかった。
本来、フィールド魔導が活躍している分野は日常生活などの方である。
すなわち、天祥学園の天候管理や、転送施設のゲート保持などに使われる技術だった。
メジャーでない理由など言うまでもないだろう。
大型の施設に使われる技術や術式などは、基本的に複数の魔導師での作成を前提としている。
競技の最中に構築するなど、普通は不可能だった。
しかし、ここに例外を可能にする人材がいる。
大きすぎる規模の構築は不可能だが、ある程度の用途に沿ったフィールドを構築するのは、今の健輔ならそう難しくないことだった、
「陽炎!」
『ウィップモード』
「おら、これでも喰らえ!」
「人を苛立たせる天才だな、貴様は!!」
クリストファーの間合いの外から、健輔が遠慮なく攻撃を繰り出してくる。
皇帝は魔力を絞って、最少の動きで回避するが、先ほど浪費した分と合わせて残存量はそれほど残っていなかった。
それでも、クリストファーはまだ最強のイメージを纏っている。
迂闊に接近すれば、健輔が返り討ちに合う可能性は十分にあった。
ここで、クリストファーに武器が存在しないことが問題となる。
射程範囲が拳でしかないため、最強の一撃は健輔に届かない。
そして、どれほど強力な攻撃であろうとも当たらなければ意味はなかった。
連続での間接攻撃、健輔の攻めに皇帝は受けに回るしかない。
彼に決断力と直感力は存在しても、この連撃の嵐を避けて肉薄する技術は存在していなかった。
無敵の鎧で補われていた部分が、鍍金が剥がれるように地を晒してしまう。
「っ、やはり、脆さは隠せないか」
今更ながらに王者は思い知らされていた。
豊富な魔力と圧倒的な特殊能力。
この2つが皇帝を皇帝足らしめる要素だった。
それを限定的とはいえ、失ってしまい彼は死地にいる。
純粋な格闘戦能力では、健輔の足元にも及ばないのだ。
結界は軋んでいるが、後どれだけで壊れるかはわからない。
減っていく時間に鼓動が高鳴るのを、彼も感じていた。
時間を掛ければ、掛けるほどに黄金の輝きはくすんでいく。
「見事な、作戦だな。しかし、このまま時間切れでやられるなど、御免蒙る!」
追い詰められた経験がクリストファーには決定的に足りない。
冷静沈着、かつ大胆に戦闘を進めることが出来たのは自らの優位があってこそだった。
実力を発揮するために必要なもの、その尽くが健輔によって奪われるか封印されている。
健輔も外部に魔力を放出することを制限している故に、全ての力を発揮できない。
同じ状況でこの状態でなら勝つのは健輔だった。
「勝つ、ここで俺たちが勝つ!」
『ランサーモードを選択』
「負けられない、ここで、我らは終われないのだ!」
勝利を奪おうとする者と、勝利を守ろうとする者。
2人だけの決闘場で戦いの終盤にしては地味な決闘が行われる。
繰り出される技は、己が鍛え上げた技と、勝利への意思だけ。
大迫力の火力も負ければ、規格外の能力もここには使われていない。
シンプルで簡素な決闘。
だからこそ、この戦いには魔導の全てが詰まっていた。
黄金の拳が槍を迎え撃ち、白き槍が黄金を貫こうとする。
「グっ!?」
槍が体を掠めて、痛みに顔を歪める。
皇帝のライフが残り4割を切った。
ここまでは健輔の思惑通りに運んでいる。
それでも、相手は王者、クリストファー・ビアス。
黙ってやられるような男ではない。
「がッ!?」
迎撃用に放っていた拳が、健輔に直撃する。
肉を斬らせて、骨を断つ。
双方の狙いは一致していた。
「この野郎!」
「こちらのセリフだ、小賢しいぞ、万能系!」
「言ったな、この妄想野郎が!」
「ほざけ、陰険め!」
優雅さなど華麗も存在していない全力での殴り合い。
魔素が存在せず、魔力が霧散する空間では保持している魔力が無くなれば、どちらもただの人に早戻りである。
大規模魔導は消耗を早めるだけで使えない、それ故に両者は肉弾戦をするしかない。
健輔は鞭などでチマチマと攻撃してもいたのだが、流石にあまり使い慣れない武器では決定打にならなかった。
槍に切り替えて、正面からぶつかり合う。
拳と武器の違いはあれど、込められた気迫はどちらも劣っていなかった。
永遠に続くかのような殴り合い、どちらも1歩も引かないままでライフを撃墜圏内まですり減らす。
皇帝の能力を封殺して、この状況に持ち込むことこそが健輔の狙いだった。
『マスター、時間です』
「わかってる! クソッ、想定よりも早い!」
展開していた空間が徐々に綻んでいく。
皇帝の攻撃に耐えるために、かなり力を注ぎ込んで作ったが、完全に魔素を遮断するような空間を魔導のみでずっと保持するなど不可能である。
皇帝の魔力が切れる前に、結界が崩れるのはわかっていた。
おまけに内と外から強烈な圧力を掛けられているのだ。
ここまで維持出来たのも奇跡だろう。
「仕留めきれなかったか!」
「先ほどまでの礼だ。返すぞ!」
復活した魔導機を携えて、皇帝は正面から物凄い速度で健輔に迫る。
白から魔力を赤に切り替えて、健輔は黄金の王者を迎え撃つ。
「凶星、だと? ここで何故、それを」
「敵にベラベラと狙いをしゃべるバカが何処にいる!」
皇帝の背後に多数の誘導弾を展開する。
強固な障壁、圧倒的な火力。
真由美の特徴を上げれば、この2つが真っ先に浮かぶだろう。
実際、間違っていないし、健輔もそうだと思っている。
皇帝が不思議に思う理由もわかっているのだ。
真由美の利点の内、防御力は魔力に頼ったものである。
それでは、皇帝の攻撃力を前には何の意味をなさない。
そんなことは健輔もわかっていた。
「要は使い方次第なんだよ!」
「この戦い方は、女帝か!」
杖型の魔導機を武器として戦い、体術で相手を制圧していく。
牽制には小型の誘導弾、大技としては近距離の魔導砲撃。
遠距離型でも近接戦闘で戦える魔導師。
女帝――ハンナ・キャンベル。
真由美のライバルであり、合宿を共に過ごした相手、さらに言えば1回戦で健輔が抑えに回った相手でもあった。
今の健輔ならば、こういう力の使い方も出来る。
誰かの特性と戦い方を組み合わせること、切り札たる『封魔陣』は失われてしまったが、まだ対抗するための力はあった。
皇帝と戦うにあたって、有益そうな力は探し尽くしたのだ。
ハンナはアメリカ国内で皇帝と戦っていただけあって、戦い方に僅かであったが、皇帝を意識している部分が窺えた。
「お前の、その圧倒的な能力! 特化型では絶対に勝てないからな!」
「なるほど、奴の用意していた札の1つか。貴様は無断で盗用しているようだがな!」
言葉と共に放たれた斧を健輔は杖で受け止める。
無論、健輔とてこれだけで勝てるとは思っていない。
ハンナと真由美の合わせ技、能力とバトルスタイルのみだが、2つの力を同時に発動したのは、確認したいことがあったからだ。
異なるバトルスタイルの融合。
ダブルシルエットモードなどで追及してきたものがここに結実する。
皇帝が自己のイメージを強固にして強くなるのは、健輔にとって予想の範疇だった。
今見せている独自のバトルスタイルについても同様である。
チーム全員の力を合わせても、それをバカ正直にぶつけるだけでは絶対に勝てない。
「陽炎! いけるな!」
『トランスモード、シャドーモード。いろいろとやりましたが、ようやくお目見えですね』
「術式発動!!」
『名付けて、フュージョンモード』
健輔の魔力光が明確に変わる。
白が基本だが、場所によっては赤に、青に、そして黄色にと様々な色へと変化を繰り返す。
奇しくもそれは、日本の頂点にいるものが纏う魔力光と似ていた。
虹のようで虹でない。
様々な色をその身に降ろす男が彼女のいる領域に確かに手を掛けた瞬間だった。
「これが、決戦術式の最終段階! お前を潰すための力だ!」
「1人で万軍に匹敵するか。面白い。俺たちの方向性は似ている。しかし――」
戦う前から2人は感じていた。
目の前にいる好敵手は似た部分が存在している。
お互いにどんな人生を歩んできたかは知らない。
人種も違い、住んでいる国も違う。
栄光に彩られた男と、まだ何も成していない男、相違点ばかりなのに、拳を交わすほどに親近感と――負けられないという気持ちが湧いてくるのだ。
似たような願望を持って、違う夢を描いた。
故に両者が抱くのは、子どもような対抗心である。
「――勝つのは俺だ! 皇帝の名、王者の重みの前に潰れろ!!」
「自分で重い、とか言ってたら世話がないな! 勝つのは俺だ! 俺たちのチームの前に潰れろ!!」
健輔もここから先に、状況を一変させるような策は存在しない。
皇帝をなんとか撃墜圏内まで消耗させる。
それがここまで目的だった。
最善の状態としては『封魔陣』で仕留めることだったのだが、予想通りに破られてしまう。
皇帝が最強の状態に戻ってしまえば、ライフをどれほど傷つけても意味がない。
最強、とは如何なる者にも傷つけられず、その攻撃を防げない。
相手が自分をそのように定義している以上、圧倒的な力で葬る、でもしなければ王者はこちらの力に合わせて強くなるだけなのだ。
「――仕込みは十分。後は相応に消耗させないとな」
健輔を『敵』と認識し、『封魔陣』によって敗北の可能性を思い浮かべた。
ここまでの全ては、其処に至るための伏線である。
最強の敵を打倒するための準備は静かに進んでいた。
最も、ここまで万全に進めたにも関わらず、最後のところが力技になってしまうのは、流石の王者と言うべきだろう。
確実に敵を倒せる方法が思いつかなかったのだ。
ダメ押しには死力を尽くすしかない。
相手が負けてもよいと思えるほどの魔導師の姿を魅せないといけなかった。
「ここからはもう、理屈がない。いいな!」
『マスターの心のままに。私はただ、役割を果たすだけです』
慣れ親しんだ武装の双剣を作りだし、健輔は前に出る。
いろいろな魔導師の力に身体を慣らしてきた。
今の自分ならば、出来るという確信がある。
「スフィア展開、属性はランダム」
『イエス、マスター』
雷、水、炎、属性を問わない魔力球が健輔の周囲に展開される。
ここから先の戦い方は千変万化、定型など持たない。
戦い方自体が、相手を幻惑するための技であり、罠となるのだ。
影ではなく、健輔が描いた自分だけの戦い方。
問題点は多くあるだろう。
それでも、この戦いにはこれをぶつけるしかないと、健輔は強く感じていた。
そして――挑戦を受ける王者は笑みを隠さない。
「良いぞ、本当に楽しい試合だ。ああ、もしかしたら、俺の3年はこの1戦のためにあったのかもしれないな」
戦いにはライバルが必要だ。
1人では成立しない概念だからこそ、自分に匹敵するような相手が必要となる。
彼は敵を蹂躙するために、この競技に身を投じたのではない。
本当の戦ならば、もっとも重要なのは勝利かもしれないだろう。
戦いに矜持や誇りなどを持ち込む方が不純なのかしれない。
しかし、これは命を懸けない戦争である。
命を懸けないからこそ、名を、誇りを掛けることがもっとも重要となるのだ。
戦い方にも意地がある。
健輔が思い描いた理想と、皇帝の思い描いた理想が強さを競う。
思想の優劣などに意味はない、善悪もそこにはない。
子どものように2人は主張し合う。
――自分の方が凄い。
「俺の世界よ、もっと輝け!」
「チームの力が俺を支えている。だから、負けない!」
激突は最終局面。
お互いにライフは半分を切っている。
それでも両者に浮かぶのは笑みだけ。
まだまだ上にいけるとどちらも主張していた。
全てを絞り尽くした状態で、勝利を掴むために2人は進化する。
王者が勝つか。
挑戦者が勝つか。
どちらの歩みが先に止まるのか。
全ての者が固唾を飲んで見守るのであった。




