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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
310/341

第307話

 皇帝を中心として、黄金の魔力が周囲へと広がっていく。

 『最強』――彼が思い描く頂点に達するための準備段階。

 底知れぬ王者の力を天井知らずに引き出していく。

 最終到達点がどうなるのか。

 展開している本人にも、予想することが出来ない。

 もしかしたら、最後に達する前に健輔が粉砕される可能性すらもあった。


「はあああああッ!」


 ただ強い己から、あらゆる魔導師の頂点に立つに相応しい者へと生まれ変わっていく。

 クリストファー・ビアスは敵と――他ならぬ己に宣言することで更なる高みに至る。


「ジョシュア!」

『――ああ、もう! 計算が滅茶苦茶だよ!! ここまでいく必要なんて、ないじゃないか! とりあえずレベルで敵を超えたら、十分だろうに!』

「最強とは、如何なる分野においても、頂点に立つ! 道の途中で安穏とするのは、王者のすることに非ず!」


 誰よりも先に難題へ挑戦する者こそが王者だと、最強の矜持を背負ってクリストファーは宣言する。

 その力強い背中について来たからこそ、ジョシュアは何も言うことが出来ない。


『ああ、もう! 全力だ! 無様な試合だったら、許さないよ!』

「愚問、魔導の歴史に残る戦いとなる。絶対にだ!!」


 皇帝は改めて魔導機を展開する。

 武装分は斧、長い柄を持ち黄金の輝きを身に纏う。

 周囲に展開される魔力球――に見える小さな小さな空間展開。

 規格外の質量をスフィアとして用いる戦法。

 健輔も初めて見る戦い方だった。

 知識にない、初見のものに顔を引き締める。

 しかし、口元の緩みを隠せなかった。

 皇帝が、健輔を完全に倒すためだけに力を尽くしているのだ。

 返礼は盛大に行うべきであろう。


「トランスモード『蒼き閃光』!!」

『武装は双剣。イメージは、理想の魔導師に』

「俺が学園で出会った理想にして、最高の魔導師は今も変わらん。見せつけてやるよ!!」


 彼女の輝きは女神にも、それこそ桜香にも負けぬと健輔は信じている。

 空の色を纏って飛ぶ彼女に健輔は目を奪われたのだ。

 如何なる強敵が存在しようとも、彼女以上に空が似合う存在はいないと確信している。


「誰かになりたい。その想いが間違っているなど、俺が言わせないッ!」

「男の意地か、いいぞ! この無意味な戦いに、それ以上に合う理由は存在しないな!」

「術式選択!」

『発動、プリズムモード――ファンタズム』


 健輔の姿が一瞬ぶれると蒼い輝きを纏った彼が一気に数人に増える。

 皇帝が数ではなく質を高めて、健輔が質ではなく数を高めた。

 真逆の構図は狙ってやったものである。

 超えられるか、超えて見せよう――2人は視線で意思を交わし合う。


「フンッ!!」


 黄金の旋風が、接近していた健輔の一体を吹き飛ばす。

 魔力と速度が合わさった攻撃、仮に分身ならば消し飛んでいておかしくない攻撃だった。

 皇帝の魔力人形が敵の攻撃に脆いように、基本的に分身というのは攻撃を受け止められるように出来ていない。

 つまり、攻撃の直撃を受けて存在しているということは、先ほどの健輔が本体ということだった。


「何、今のが本体……いや、これは!」

「考え事をする余裕があるかな!」

「まだまだ俺はいるぞ!」

「ほらほら、こっちが本物だぞ!」


 3人の健輔が右、左、上から襲い掛かってくる。

 迷いが危機を呼び込む刹那に、皇帝は速やかに決断した。

 相手の思惑、技、至極どうでもよい、と。

 彼は『皇帝』――魔導の頂点に立つ者なり。


「全て、俺が粉砕してくれる!」


 黄金のハルバードが限界を超えて輝き続ける。

 魔力は天井なしに噴き上がり、空間展開はより強固になっていた。

 戦えば、戦うほどに皇帝は魔導師としての格を上昇させていく。

 圧倒的なポテンシャルを持ちながらも、此処に至るまで追い詰められなかった男が同類を前にして、ついに本当の力を解放する。

 干渉を弾いて、弱体化など許さない。

 そして、高まった力で前進して粉砕する。

 既に勝利の道筋は見えていた。

 健輔たちを迎え撃ちながら、勝利へと心は逸る。

 

「頑張り過ぎたな! 貴様の存在が、俺の力を引き出していく!」

「ッ――!?」


 力の限り振るわれる一撃に健輔の上体が大きく逸れる。

 それが本物なのか、などと言うことは王者にはどうでも良いことだった。

 全てを潰せば、結果は己ずと判明する。

 至った結論に変更はない、ただただ愚直に行動を繰り返す。


「まずは、1つッ!!」


 両断する分身、本体でなかったことに溜息もなく、傍にいたもう1人に無造作に襲い掛かる。

 流れるような蹂躙。

 この時、試合を見守る者たちだけでなく、皇帝も、ジョシュアも差が生まれた始めた、と――錯覚した。

 健輔が圧されている、後退していると判断したのだ。

 それがこの男の狙いだと、気付きもしないで。

 皇帝が鮮やかに2人目の分身を切り裂いた瞬間に、健輔の詐術が炸裂する。


「な、なんだ、これは!?」


 3年間魔導競技に携わってきた皇帝すらも初めて見る現象に足を止めてしまう。

 彼の魔導機、最高の技術で生み出された『プロヴィデンス』から、魔力が漏れ出ている。

 断続的な振動と合わせて考えれば、異常事態が発生しているのは明らかだった。


『クリス、バックス能力だ! あの野郎、魔導機に干渉しているぞ!』

「――ッ、そうか、バックスの能力をまでも取り込んでいたな。だが、こんな事は簡単には、出来ないはずだ。外部の干渉は……完璧に、いや、待て」


 外部からの干渉を魔導機が防ぐのは容易である。

 そもそも簡単に動作を狂わせることが可能なら誰もが狙っているだろう。

 ルール上、魔導機を使用不能にすることは認められている。

 魔導の発動を妨害するようなことは、安全上から禁止されているが、魔導機を取り上げる、もしくは武器として使用不能にするのは戦術として認められていた。

 皇帝の魔導機の状態はこの内、後者つまりは武器としての機能に制限が掛かっている状態である。

 魔力を全体に行き渡らすことが出来ていない。 

 これでは彼の力を発揮することは出来ないだろう。


「だが、武器を封じた程度で!」


 魔導機を格納して、自己修復機能を発動させる。

 素手であっても、皇帝の強さは大して変わらない。

 現に先ほどまでは素手で戦っていたのだ。

 状況を一変させるような策ではない。

 

「小細工はこれで終わりか! 今度こそ!」


 残った分身は2人、どちらかが本物であり、拳を当てれば試合は一気にパーマネンスに傾く。

 わかっているからこその速攻。

 高まる力のままに、突進してクリストファーは――またしても、敵の策略に嵌ってしまうのだった。


『マスター、来ます』

「おう、そうだな」


 双剣を構えた健輔は、素手の健輔を前に出して皇帝を迎え撃つ。

 如何にして武器を封じるかが問題だったのだが、思いのほか上手くいった。

 これは皇帝が実際の戦闘経験は少ないのが理由であろう。

 健輔もそうだが、魔導師の中には武器を自在に切り替えて戦う者が、少数派であるが存在している。

 普通に考えれば、慣れ親しんだスタイルを全て捨てることになる武器切り替えはあまり良い選択肢とは言えない。

 これが戦闘方法と確立しているのは、魔導が齎す超人的な力の恩恵だった。

 武器の扱いを100極めるよりも、あらゆる武器を50ぐらい扱える方がトータルで強い。

 魔導を扱う上において、武器はおまけである。

 実際の戦闘ならばともかくとして、競技上はそういう側面があった。

 

『間合いの変化は十分ですね。向こうの技をお返ししましょう』

「ああ、俺は1秒前の俺よりも強い。その事を理解して貰わないとな」


 既に罠は仕込んである。

 鋭利な刃物を持たれることが問題だったのだが、皇帝が自分から放棄してくれた。

 これほど都合のよいことはないだろう。


「相手への尊敬はある。力を評価もしている。あなたの『世界』は確かに凄いさ。でもな――」


 黄金の輝きは眩く、強烈な存在感を放っている。

 天井知らずの魔力と、固有能力で強化されたイメージは確かに強力だ。

 しかし、忘れてはならない。

 魔導師とは、本来無力化が容易な存在なのだ。

 それは魔導師同士でも変わらない。

 皇帝が広義の意味では自分の『世界』で、相手を無力化しているように、健輔も同じ手段を使える。

 『世界』を区切るのは、何も創造系だけの専売特許ではない。

 

「――術式展開!」

『フィールド魔導『封魔陣』展開します』


 健輔が巨大な立方体となるように固定していたポイントから魔力が溢れ出す。

 皇帝と健輔を包むように展開されたフィールド。

 ここに誘い込むことが健輔の目的の1つだった。

 ここでなら、相手がどれほどの相手であったも健輔は負けない。


「いくぞ! 終わりだ、皇帝!」

「高度が、落ちる……!? バカな、ジョシュア! 返事を! クソ!」


 魔力を放出して、防御を行おうとしてクリストファーは固まった。

 防御に魔力を回せば、回すほどに高度が下がっていくのだ。

 閉じ込められたこの結界の力が何なのか、クリストファーも肌で理解する。


「魔素が、存在しない。いや、出来ないのか……。貴様、こんな術式を! ……正気か!」

「正気さ、言っただろうが、可能性では誰にも負けない!」


 藤島紗希――先代の太陽が得意とした戦法の1つに、敵を魔素のない空間に封じるというものがあった。

 健輔のこの戦法はそのアレンジである。

 自分という獲物ごと、敵を魔力の使えない空間に封印してしまう。

 バックス技能を戦闘に用いることが出来、魔力を試合中に保存できる健輔だからこそ出来る戦い方だった。


「こちらの力の元から断ち切るか! 貴様も苦しいだろうに……!」

「条件が同じなら、俺の方がここでは強い!」


 今の健輔の速度に皇帝は対処できない。

 潤沢な補給があってこその『最強』。

 維持に相当な魔力を消耗していた。


「ここではマズイ。それは認めよう!」


 己の不利を認め、まずはなんとか場を破壊出来ないかを模索する。

 イメージを速度優先に切り替えて、防御から移動に魔力に回したクリストファーは健輔から一気に距離を取った。

 今はまだ、元々存在していた魔力でなんとか出来る。

 

「この結界を抜ければ」


 皇帝の拳が触れれば、如何な結界でも破壊は可能だった。

 空間に区切りを付けるだけの浸透系の結界ならば、彼の拳で突破出来る。

 最も、そんな簡単な方法を予想出来ないとは、微塵も思っていなかった。

 それでも確かめるだけは確かめないといけない。

 王者の強さとは、あらゆる出来事を無条件に認める事ではない。

 敵と真剣に相対している、という意思表示のためにも全力を尽くす。


「フンっ!」


 黄金の拳が、結界の1面に叩き付けられる。

 威力は十分であり、付随する効果も考えれば如何なる破壊は免れなかった。

 ――故に、壊すどころか、何も変化がないのは言うまでもなく健輔の仕業である。

 皇帝の拳が当たった瞬間、薄い壁のような境界線が伸びた。

 スライムでも殴ったように、と表現すれば良いだろうか。

 生き物のように、皇帝の拳が持つ破壊力を全て分散させてしまったのだ。

 魔力の干渉を遮るはずの彼の力も物理的に閉じ込めるための『壁』となっている結界の面にすれば意味はない。


「やはり、対策済みか!」

「――わかってて来たのかよ! 背中、貰ったぞ!」


 無防備な背中、全力で攻撃を放った後の弛緩した状態。

 これ以上ほどない状況で最速の『蒼』は容赦なく、双剣を宙に躍らせた。

 黄金の魔力を蒼の魔力が切り裂いて、直撃を与える。

 皇帝の絶対の力が、確かに健輔によって突破された瞬間だった。

 しかし――、


「このままッ!」


 追撃を仕掛けようとして、健輔は自分も罠に嵌められたことを知る。

 直撃した双剣を握り締める王者の姿、不敵な笑みは受けたダメージが向こうの想定通りだったことを示していた。


「捕まえたぞ。その速度で遠距離からチマチマとやられると困るからな。――逸ったな」

「まず、しまっ――」


 魔導機を両手で握り締めたまま、皇帝は頭部に魔力を集める。

 自由になる部分から放たれる最強の頭突きが、健輔に向かって勢いよく放たれた。


「っ……いてぇ!」

「はっ、よい顔だな!」


 肉を斬らせて骨を断つ。

 近接戦闘の経験はほとんどないはずなのに、あまりにも的確な判断に健輔は笑うしかない。

 ここまで全力でやって、有利なフィールドまで構築したのに、たった1つの行動で今度は健輔が不利になってしまった。

 攻撃を受けた後の無防備な体勢を敵が見逃すなどとは、微塵も思っていない。

 

『障壁、展開』


 陽炎が主の命を待たずに、自己の判断で行動するが、王者の前進を止めるには力が足りなかった。


「魔導機か! 良い判断だが、俺には通用しない!!」


 魔素のない空間では魔力の枯渇は約束されている。

 皇帝はまだ空間展開の内部に溜め込んでいるため、早々に枯渇はしないが先ほどまでの天井知らずの力は発揮出来ないはずなのだ。

 目減りする魔力に普通は怯む。

 健輔は固定してある魔力が大量に存在しているからこそ、容易く大技を連発出来るのだ。

 力の絶大さに比例して燃費も極悪なはずの皇帝。

 しかし、彼の表情に迷いはない。

 決断する速度、決断した後の戸惑いが己の運命を決めると知っているのだ。

 自分の力にタイムリミットが設けられても、彼の在り方は変わらない。

 

「ガハっ!?」

「うおおおおおおォォッ!!」

『マスター!』


 魔力の心配などせず、黄金の力を余すことなく活用している。

 ここで健輔相手に節約など考えたら、敗北すると魂が理解していた。

 後先を顧みない猛攻が、追い詰めた獅子から放たれる。

 窮鼠猫を噛む。

 追い詰められれば、どんな生き物でも天敵に立ち向かうのだ。

 王者が挑戦者によって、追い詰められたからといって安全策に走る訳がない。

 確かにクリストファー・ビアスは近接魔導師ではなく、戦闘の経験値はお世辞にも多いとは言えないだろう。

 彼の今までの戦いは軍勢による圧倒的な力押しだったのだ。

 これで近接戦闘の機微が身に付いたら不思議である。

 健輔と純粋な格闘戦の技量を競えば、優る部分はほとんどない。

 それらが事実であることは疑いようもないものだった。

 

「貴様の全てを費やした策は確かに見事だ! 俺の弱点を分析して、自分の強さもよく見切っている。戦闘者としては、貴様の方が遥かに上手だろう。しかし、だ!」


 『皇帝』クリストファー・ビアスは熱く叫んだ。

 彼は1人の戦士としては、未熟だった。

 しかし、魔導師としては間違いなく頂点に立つ存在である。


「王者として、情けない最後などあり得ない! 倒れるのならば、背中を見せてではなく、前のめりだ!」

「――違い、ないな! 確かに、俺が甘かった!」


 過ちを認めて、健輔も叫び返す。

 蒼い魔力がさらに濃くなっていく。

 魔力に余裕がないからと敵が消極的になるなどという判断が間違っていた。

 相手は世界の頂点に立つ魔導師、この瞬間にも封魔陣を砕いてしまう可能性が存在している。

 如何な場であろうが、健輔がすべきことは挑戦者として魂を燃焼させることだった。

 余計な小細工を考えたのは、王者に対する侮辱と言っても過言ではない。

 現に、自信を持って展開したはずの封魔陣に罅が入ってきている。

 外部に展開されている皇帝の空間に圧迫されているのだ。

 まだ足りない。

 イメージに生きる皇帝に勝つには、まだ足りないものが確かに存在していた。


「この小賢しい世界ごと、我が力が蹂躙する!」

「抜かせよ、この世界で枯れていけ!」


 まだ手が届いていない。

 ならば、届く領域まで手を伸ばすだけだった。

 成長を続ける皇帝を追いかけるように、健輔の心と力も限界を超えていく。

 お互いがお互いをより高みに誘うように戦いは激化する。

 無限に続くかのような舞踏会。

 黄金の王者と白の影法師は、輝きを増していく。

 相手によって色を変えていく、そんな2人の激突だからこそ一瞬たりとも同じ光景は生まれない。

 試合を見守る者たちも、その戦いに魅せられていく。

 魔導師はここまで行くことが出来るのだ。

 そう主張するように、2人はさらなる戦いに身を投じるのだった。


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