第306話
健輔がやったことは単純である。
元々、オーバーバーストは健輔が自爆用術式として生み出したものだが、別に自爆するだけならば健輔専用という訳ではない。
確実に誰かを道連れにするのが、健輔専用であるだけであり、付随の効果は他者が使用可能なのだ。
中でも1番重要な能力は、自分の魔力を他者に与えられることだろうか。
健輔がヴァルキュリア戦において、自爆で発生する余剰魔力を変換して葵に受け渡したように、万能系を使えば魔力そのものの受け渡しは割と簡単にやれる。
『オーバーバースト改』はオーバーバーストでわかった効果を踏まえて、対パーマネンス用に改良した術式だった。
自爆機能をおまけにして、仲間の魔力を健輔のものに変換して集める。
決戦術式『クォークオブフェイト』と併用することで、健輔が仲間にパワーアップのために注いだ力も何倍にも増幅されて返ってくる。
おまけとばかりに決戦術式で集めた強くなったメンバーの魔力を『ヴァルハラ』で学習することで、短期間、おそらく試合の間だけだが、健輔を同じ領域まで引き上げていた。
バックスのメンバーすらも自爆させているので、健輔は限りなく真の万能に近づいている。
皇帝のイメージにより強固になった空間を手玉に取る程度には、今の彼は化け物であった。
「陽炎、状況分析!」
『事前の予測パターンAに敵は該当。強固な防御と攻撃力は信じられない密度の空間展開です』
「やっぱりか。こっちの破壊系で穴はあけられるか?」
『密度が高まっていますので、確実なことは何も言えません。ただ、可能性は十分にあります』
ここまでやって健輔が手に入れたのは、皇帝と互角の力。
そう、あくまでもまだ互角に過ぎない。
むしろ、力の絶対値ではまだ向こうの方が上だった。
健輔はかなり無理をして、この領域に昇っている。
中で暴れ回る8人分の力は、背負うには重すぎる荷物だった。
重圧に押しつぶされそうになる心を高ぶる魂。
相反する熱を抱えたまま、健輔は最強に勝利するために、不断の努力を重ねていく。
目的はたった1つ、仲間との約束に応えるために。
「ここからだ。本命はもう少し弱らせてからだが、さっきまでの分でどれだけ持つ?」
『皇帝から取り込めたのは僅かですが、それもマスターの言う通り弱らせれば大丈夫でしょう。仲間の分は……全開で暴れればおそらくは20分ほどかと』
「十分だ。無意味に放出するつもりはないしな」
『保存した分を活用してください。勝利の分岐点をお忘れなく』
「勿論だ。……鍵は黄金の力だからな」
この試合で健輔が取り込んだのは、仲間の力だけではない。
もう1つ――この戦いの根幹をなしている力を取り込んでいた。
――皇帝の空間展開で周囲に生じた黄金の魔力。
それこそが、仲間の急激なパワーアップを支えたもう1つの要因である。
シャドーモードの本質とは、魔力を取り込んで都合の良い形に加工をし直すというものなのだ。
ヴァルキュリア戦でフィーネの力を取り込んで対抗していたように、このパーマネンス戦でも似たようなことをしていた。
違いは、改良を施していたことだろうか。
フィーネとの戦いで魔導の扱いが上達した健輔だからこそ出来たこと。
仲間のあるべき姿を現すために、こっそりと皇帝の力を拝借していた。
健輔が至った『最強の姿』も部分的にだが、クリストファーの力を利用している、と言えなくはなかった。
強敵だからこそ、その力を最大限に利用しないと勝てない。
ヴァルキュリア戦で健輔が学んだことだった。
自分だけでも、チームだけでもまだ足りない。
だったら、最後に頼るべきは強大な敵の力しかなかった。
「――陽炎、この後はどうなる?」
『敵もあそこが限界ではないと思われます。マスターもまだ少しは札が残っていますし、意地の張り合いしかないかと』
「意地の張り合い、ね」
お互いに味方がいないため、この戦いは必ずどちらかが残らないといけない。
引き分けの場合は再試合、もしくは判定のどちらかになるが、どちらの場合でもクォークオブフェイトが勝つのは難しいだろう。
乾坤一擲の作戦。
『最強』の健輔はこの戦いでしか、活用が出来ない。
冷静になってしまえば、敵の力を取り込んでいるのは解析されてしまうだろう。
戦場にいる戦士としての力は2流のジョシュアだが、バックスとしての能力では健輔など足元に及ばない。
「望むところだが、勝ち筋が見えない戦いは辛いな」
『それでも、マスターならば勝てます』
剣を持つ健輔の手が僅かに震えている。
牽制、と称して放った『終わりなき流星』が防がれたのは衝撃だった。
驕りではないが、いくら最強のイメージとはいえ、回避するしかないと思っていたのだ。
それを皇帝はあっさりと超えてしまった。
「やっぱり、男ならあれしかないか」
剣を強く握り締める。
決定打にすべきものは決まった。
そこに運ぶまではあらゆる手段を取っていけばよい。
我武者羅に抵抗するための気持ちを、今の健輔は思い出している。
ボコボコにしてしまった弟子もこの戦いを見ているはずなのだ。
あの程度に師事した、などと言われないためにも力を見せる必要がある。
「陽炎! もう1度だ、いいなッ!」
『問題ありません。存分に、マスター』
双剣を携えて、黄金の王者に挑む。
気力は充実しており、体力も有り余っている。
交戦の最中、健輔は全ての思考を終えてもう1度勝負を仕掛けた。
「待たせたかッ!」
「いや、それほどでもないな!」
アメリカ人らしい男らしい体格と顔には野太い笑みが浮かんでいる。
黄金の髪と瞳、そして、魔力。
王者の風格を漂わせて、皇帝は挑戦者を迎え撃つ。
「さっきので終わりだと、思うなよ!!」
「無論、期待しているさ!」
健輔が取るのは高速機動による近接戦、及び剣の創造による攪乱戦法である。
思い浮かぶのは、テクニックに優れた双剣の使い手。
彼女を超える動きを自分に課す。
皇帝とは違って、健輔は自分に出来ないことは出来ないのだ。
あくまでも、日々の練習で身に付けたものしか、彼のシルエットは活用出来ない。
自分のバトルスタイルでもないのに、呆れるほどに振るい続けた剣。
理想形は魂に焼き付いている。
健輔はそれを再現すればよかった。
「いけ、『剣の舞』!」
白き剣群が、健輔とは反対方向から皇帝に飛来する。
立体的な同時攻撃。
立夏が得意として、健輔たちも苦戦した技だった。
極限域まで上昇した力で再現されたそれは、世界最強にも十分に通用する威力となっている。
しかし――、
「それで、俺を止められると思っているのか?」
――皇帝は止まらない。
絶対の防御と信じる空間は、先ほど突破した時とは比ではない領域に来ている。
圧倒的な力押しは多少の相性差を押し潰す。
努力を嘲笑う力。
黄金の斧が剣群を消し飛ばして、そのまま健輔に迫る。
「ハっ」
瞬間、健輔の顔には笑みが浮かぶ。
皇帝のセリフがおかしくてたまらなかった。
止められる、と信じているから使ったのだ。
「愚問だな。止めるんだよ、俺がさ!」
攻撃は既に放たれており、健輔に向かっている。
魔力を纏った双剣で攻撃を受け流す。
白い魔力に混ざるのは赤紫の輝き。
敵の干渉を弾く魔力を持っているのは、皇帝1人だけではない。
足りない分の力は全員で補っている。
どれほど強くなろうとも、絶対の攻撃力は失われていた。
ならば、防御も突破されるのが世の理である。
『クリス、移動するんだ!』
「――いや、間に合わないな。このまま、力で押す!」
砕かれて魔力片となっていた剣群。
粉砕されたはずの欠片たちが、黄金の輝きを取り込むように再生を始める。
本体ならばともかく、漏れ出す魔力に干渉するのは不可能ではない。
ヴァルキュリア戦で証明された出来事である。
魔力を取り込み黄金に輝く剣たちが、意思を持つかのように動き出した。
「突破の秘密はこれか。道理だな、俺の力ならば突破は可能だ!」
剣を防御ではなく、攻撃で粉砕する。
そうすれば、必然として健輔に隙を見せてしまう。
好機を前にして、この男が動かないはずがない。
「次だ!」
『シルエット『ライトニング』』
健輔の身体から激しく放出される雷。
展開されていくスフィアたち、誰をモデルとした形態なのかは直ぐにわかる。
攻撃と防御に主眼を置いた戦闘スタイルは、今の状況に必要なものだった。
攻撃こそが最大の防御。
健輔の本質は変わらず、攻めに存在している。
「消し飛べ! 『ライトニング・ネメシス』!」
「させるかッ! 集え、光よ。我が敵を滅するために!」
皇帝の戦い方にはスタイルが存在していない。
圧倒的な攻撃と防御が存在すれば、細かい細工はいらないという彼の思想が透けていた。
健輔も理屈は理解できるが、納得は出来なかった。
この世に存在する以上、絶対的に差が存在していることなどあり得ない。
必ず穴があると信じる男は、絶対、と言う言葉が好きではなかった。
安心を生み出す言葉は、健輔に甘さを生んでしまう。
この戦いでは、そんなものは邪魔な不純物である。
「っ、相殺!」
「俺にここまで肉薄するか! いいぞ、本当に驚いた!」
雷光と黄金光が激突して、消滅する。
「はっ!」
「ふっ!」
視線を交わして、お互いに笑い合う。
楽しくて、仕方がない。
両者の心に陰りはなく、最高にこの攻防を楽しんでいた。
まずは健輔が矜持を見せた。
次は最強の男の番である。
最強のイメージはこの程度では止まらない。
「貴様の手品への返礼だ。受け取れ!」
健輔を包むように展開される空間展開のフィールド。
同時に干渉してくる黄金の輝き。
皇帝が軍勢召喚でも、自己強化でもない術式を展開する。
3年間で初めて展開される攻撃用の術式。
「術式展開『煉獄の界』!」
空間展開で閉じられた世界を燃やし尽くす炎。
閉じ込められた健輔には耐えるしか、凌ぐ方法はない。
無論、皇帝は耐えさせるつもりなど欠片も存在していない。
規格外の創造の第2弾が休まず放たれる。
「術式展開『氷結の界』!」
炎熱から氷結へ。
地獄はより過酷な世界へ移り変わる。
閉じ込めた魔導師に大きなダメージを与え、最後に決まる大技。
この3つの術式の連続展開は皇帝の考え抜いた必殺の連携。
「終わりだ! 『虚無の界』!」
展開している2つの世界を空間展開ごと押し潰す。
巨大な黄金の魔力が虚無の名に反して、輝かしい地獄を生み出していた。
2つの世界で異なるダメージを与えて、最後は2つの術式で使っていた魔力ごと、爆発させる。
魔導陣すらも上回る規模の火力を確実に相手に命中させるコンボ。
空間展開に長けるからこそ、出来る技だった。
炸裂する閃光。
結界に閉じ込められた健輔に出来ることは、何もない――はずだった。
「なっ!?」
必殺の攻撃を決めて、勝利を確信した皇帝に銀に輝く槍が襲い掛かる。
炎と氷を身に纏った槍が、黄金の輝きを切り裂いていた。
「あれを、どうやって……!」
「自然の扱いで、俺に勝ちたいなら!」
閃光の果てから、健輔の声が響き渡る。
否、背後から、上から、何処ともなしにクリストファーの耳に健輔の声が届く。
周囲の環境を操り、自然を従える。
そして――、
「これは、雪……、いや、違う。銀の魔力か!?」
「女神を超えてから、出直せええええッ!!」
――敵の魔力に干渉して、能力を引き下げる。
この戦い方をするのは、この世に健輔を除けばたった1人。
無冠の王者の技が、最強の王者の首に手を掛ける。
黄金の輝きに紛れるように、小さな銀の輝きが皇帝を覆っていた。
まるで、激しい光に飲まれて、なお輝きを失わなかった彼女のように。
「トランスモード、『ヴァルキュリア』!」
『撃ち抜け、裁きの鉄槌――』
「――『ジャッジメント』!!」
「ふはははっ、これは――避けられん!!」
女神が好んで使っていた最強の攻撃術式が、皇帝を狙い澄ます。
見た瞬間に抵抗を諦めるほどに、健輔の攻撃は完璧なタイミングだった。
同時に、見惚れるほどの輝きを纏っていた。
数多の魔導師を思い描く皇帝だからこそ、健輔の姿に強い共感を抱く。
「ああ、そうだ、その通りだ。憧れたから、成りたくなる。俺も、そうだった!!」
空を自在に飛び、人には出来ない技の数々に感動したのだ。
だからこそ、彼は魔導師になった。
最強の称号など、その過程で手に入ったものに過ぎない。
もっと強い輝きを間近で見たくて、こんなところにやってきた大バカの1人がクリストファー・ビアスの本質だった。
近いようで遠い、似ているようで違う男の信念を受けて皇帝は笑う。
「俺が、魔導の力で輝きを得ようとしたのに、対して貴様は自分の力で高みに手を伸ばすか!!」
「まだまだ未熟で、全然だけどな! でも、いつかは、全部を俺の力で超えて見せる。勿論、あんたもだ!!」
青臭い啖呵、笑える話であった。
星に憧れたから、宇宙を手に入れる。
言っていることが、そのレベルと大差がない。
実現可能云々を問う前に、正気かどうかを問わねば始まらない話だった。
「だが、悪くはないな。ああ、現実的な夢、とやらよりは余程よい」
あまりにも非現実的で真っ直ぐな夢だからこそ、クリストファーは強く惹かれた。
彼もまた、同じようなアホだからこそ強く共感できる。
魔導を離れたら微塵も長所が残らない者同士、描くのなら極大の夢の方が良く似合っていた。
「ふっ、はははは、いいぞ。勝てたなら、持って行け。精々、貴様の夢、見届けてやるさ」
「可能性だけは、誰にも負けない! 必ず貰っていくさ!」
「女神がお前に力を貸した理由がわかったぞ。なるほど、お前は極上のバカだな」
全力を振るって打倒したくなる敵、というよりも全力を絞り尽くして先が見たくなる敵だった。
勝利のために全力なのは、当然、その上でより高みを目指す戦い方を敵にも強いてくる。
お前なら、もっと強いはず。
言外に問いかける意思に苦笑しか出てこない。
しかし、彼は魔導師というバカたちの頂点に立つものである。
この日、この戦いで、こんなバカと出会った意味を履き違えるような男ではなかった。
「最強の己をイメージする。そうだ、このまま高めれば、俺は最強に成れるだろう」
健輔との戦いの勝利云々ではなく、魔導の結果として皇帝は限りなく強い個体になるだろう。
勝利のためには、そちらの方が安全であり、安定している。
ここから先など博打であり、辿り着ける保証すらもない。
引き返せ、と理性的な彼が訴えかける。
最強を維持して、そこから挑めば良いというのは理屈の上で正しかった。
「――だが、そんな芸のない勝利はいらないな。俺も見たことのない領域に手を伸ばそう」
故に彼は理屈を捨てる。
元より、そんなものを重んじてはいない。
チームのためにも、これが最善だった。
クリストファー・ビアスが最高の男であり、魔導師を総べると信じたからこそ、チームのメンバーは彼を信じたのである。
最強の妄想に浸る男に力を預けたのではない。
「さあ、共に超えていこうか。己の限界を!」
「超えていくさ! 何れはぶつかる壁だ! お前を踏み台にしてやるよッ!」
交差する笑顔はお互いに自慢のものを見せ合うようであり、遊び心に溢れたものだった。
制御できるかもわからない高みにお互いを導きあう。
戦いは最終局面、どちらがよりバカなのかを競う戦いが始まるのだった。




