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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第304話

 『最強』――最も強いという称号に焦がれる者は世に多いだろう。

 魔導師として、それを体現する存在、『皇帝』クリストファー・ビアス。

 今の彼は、彼を『最強』として祭り上げた特殊能力を特に使用はしていない。

 いや、この状態こそが特殊能力を発揮している、と言うべきなのだろうか。

 固有能力『魔導世界』。

 クリストファーの願望を投影して、軍団を生み出す空間展開を補助するような使い方が今までの使い方だった。

 しかし、本当の力――本来の使い方は別にあるのだ。

 空間展開というものは、万能に近い能力に見えるがある程度の制約は存在する。

 クリストファーの場合ならば、軍団を生み出しても、通常の状態では魔力で出来たものでしかない、ということだろう。

 破壊系に対して極めて脆弱となってしまい、浸透系にも隙を晒す。

 フィーネのように魔力を高めて干渉を防ぐのも、1つの手ではあるのだが、完璧とは言い難かった。

 『魔導世界』はそんな問題を解決してしまう能力なのだ。

 詳しい原理は一切わかっていないが、『魔導世界』の発動に集中することで、クリストファーの魔力は通常の手段では干渉できないものとなる。

 その上で、彼の想像力が及ぶ限り、系統の限界を超えて創造することが出来るようになるのだ。

 理屈のない強さ。

 自分の拳はあらゆる攻撃を粉砕すると強く信じている彼の攻撃は、その通りの形で現実に影響を及ぼす。

 秒単位で進化する『最強』。

 性質の悪い怪物が歓喜の声を上げて、クォークオブフェイトに襲い掛かる。


「最初は、お前だな」


 試運転に近い1撃で、葵のライフのほとんどを刈り取った怪物は、次の獲物に狙いを定めて真っ直ぐに進む。

 回避行動など一切考慮していない。

 己の能力に対する絶対の自負。 

 自身への信仰が彼をどこまでも強くしていく。


「ふっ、いくぞ」

「っ、こい!」


 虚勢であろうが、皇帝を迎え撃てた隆志は立派であった。

 ――同時に、心以外では完敗でもあった。

 一連の攻防で大分『最強』に馴染んできたクリストファーにためらいはない。

 細かい技術の応酬など彼には無用なのだ。

 圧倒的に高めた想像力が、現実を犯している。

 

「はっ!」

「なっ……。先ほどまでとも、違うだと!?」


 明らかにスピードの上がった攻撃を見て、隆志は硬直してしまう。

 クリストファーが実際に戦闘を始めたことで感じたことがフィードバックされて、『最強』の精度が上がっているのだ。

 同時に彼が格闘戦に慣れてきたというのもあるだろう。

 多少の慣れでも、『最強』が慣れれば十分以上に脅威である。

 無駄に力んでいた拳からは力が抜けて、自然体で致死の一撃を放つ。

 ただのパンチ、しかし、それは真由美の全てを賭けた砲撃にも比するほどの破壊力を秘めていた。

 隆志が対応できたのは、ほとんど偶然に近い出来事であった。

 どこから来るかもわからない攻撃を前にして、闇雲に剣を突き出す。

 せめて一撃でも、その意思が隆志を救ってしまった。

 ターゲットが定まっていない斬撃は偶然にも、迫る拳と正面から激突する。

 朴訥に放たれた拳と、我武者羅に放たれた斬撃。

 ぶつかり合う両者の攻撃は、これ以上ない形でハッキリと明暗が分かれた。


「く、クソッ!」

「呆けている暇はないぞ。これで、2度目だ」

「っ、これが、頂点か!」


 隆志の持つ剣型の魔導機の先端が破壊されている。

 魔導機には、様々な防御式が掛けられており、当然のことながら簡単には破壊できない。

 それが、あっさりと壊された。

 隆志が感じた衝撃は言葉で表せないだろう。

 カスタムであるとはいえ、魔導機であり、彼の相棒だったのだ。

 決して悪い品ではない。

 こんな所業を容易く達成した者がおかしいのである。


「怪物が! どこまで、壊れた領域にいる!」

「はは、褒め言葉だな。それで? 終わりの言葉はそれで良いのだな」


 朗らかな笑顔は場にまったくと言ってもよいほどに即していない。

 王者は何も考えずに前進して、粉砕していく。

 隆志を仕留めるべく放たれた第2撃は必殺、という表現がふさわしく空を切って彼に迫るのだった。


「ここで、終わる訳には!」

「覚悟も、想いも見事だが、俺も最強た――」


 クリストファーは直感に従い、顔を僅かに横へとずらす。

 直後、聞こえる空気を切り裂く音。

 何かを考える前に、彼の身体は動き出す。

 歴戦の戦士と見紛うかのような滑らかな動き。

 クリストファーは前衛型の格闘魔導師としては確かに並みである。

 それでも、頂点に立つものとして、直感などの第六感は十分に傑物の領域にいた。

 伊達に数年、不動の王者だった訳ではないのだ。


「ふむ……。避けれはしたが、見事な不意打ちだな。やはり、戦場には能力だけで測れないものがあるか」


 隆志と――葵から距離を取り、皇帝は2人を見つめる。

 呼吸は荒いが、葵の目が死んでいない。

 クリストファーの首を取る気はあるようだった。

 僅かに苦笑しつつ、己の甘さを笑う。

 あのような目をする女が安穏と寝るなどという予想は外れて然るべきものだった。


「もう少し、寝ているかと思ったが、上手くはいかないな。いや、俺の甘さか。闘志、というのもを読み違えた」

「お生憎様、吹っ飛ぶのは慣れてるのよ。ああ、でも、少しは褒めてあげる。初陣、にしては中々だったわ」


 葵の発言は強がりでしかない。

 汗が浮かぶ額と大きく減退した魔力が先ほどの攻撃によるダメージを物語っていた。

 今の皇帝は前衛として桜香すらも超える脅威として存在している。

 細かい理屈などはわからないが、交戦した両名がそのように判断していた。


「先ほどから、見事、としか言っていないな。本当に素晴らしい敵だ。お前たちと戦えたことは、我が人生の中でも誇るべきことだな」

「絶賛ね。……ありがとう、とでも言っておくわ。負けた後も、同じことを言えるか興味あるしね」

「それは奇遇だな。負ける、というのも久しく経験していない。どのような心持ちになるのか、俺も興味があるな」


 饒舌に語る皇帝の戦意は上限なしに高まっていく。

 玉座に座り、冷静な表情をしていた王者はもういない。

 繰り広げられた激戦を前にして、暴君が目を覚ます。

 イメージするのは、究極の己。

 細かい技など存在しない、ただただ強い魔導師がここにいる。

 

「――だったら、教えてあげる!」

「ほお、ああ、本当にいいな。貴様たちを倒せば、もっと上にいけそうだ」


 葵の移動を見切ったように、後ろから追いかける。

 実際に彼には見えていた。

 全てにおいて、他者を圧倒する最強の魔導師。

 この条件を満たす存在として、自己を定義している以上、彼に弱点は存在しない。

 戦ったことがないから、経験が足りない。

 能力の相性上、破壊系ならば勝てるかもしれない。

 そんな甘えは彼には通用しない。

 彼の世界、『魔導世界』ではそれがルールであり、秩序であった。

 今はまだ、個人単位に収まっているがこれが人形たちに適用されない保証などない。

 未だに王者は成長を続けている。

 それこそ、この瞬間にも、クリストファーは学習していた。

 

「……餓狼!」

「ふははは、いいぞ。その目を屈服させたいな!」

「やれるものなら、やってみなさい!」


 葵の動きに完璧に追随してくる。

 理屈などは全て置いておき、葵は目の前の敵をこれまでにないほどの格闘戦能力を保持すると認識した。

 相手が格上だと判断したなら、そのように戦えば良いのだ。

 圧倒的な速度で迫る拳をいなして、回避に主眼を置いた防御で相対する。

 稀に入る危険な攻撃についても心配はなかった。

 頼れる先輩が背中を守っている。


「連携、か。なるほど、これも俺の知らない領域か!」

「簡単にやれるとでも思っていたの? だとしたら、とんでもない侮辱だわ!」


 確かに予想外の強さにかなりのダメージは受けていたが、仕掛けがわかれば対処は可能だった。

 とにかく威力の高い攻撃と、よくわからない防御力、後は冴えている勘に警戒すれば良い。

 攻撃の速度についても、あらゆる動作が光の速度であり、とんでもない遠方から狙撃される――仮にそんな状況であるなら、手も足も出ないだろうが、攻撃に移るまでは普通の早さである。

 レオナのレーザー攻撃と同じように、初動にさえ気を付ければ対処は十分に可能だった。


「落ち着きなさい。確かに強いけど、まだ対抗は出来る!」


 自分に言い聞かせるように、葵は言葉を発する。


「虚勢か? それも良いだろうさ」

「ッ、舐めるな!」

「援護する。いけ!」


 左右に分かれての同時攻撃。

 剣と拳、タイプは違えど、完璧な連携だった。

 隆志が右から、葵が左からの攻撃は――カンっ、という甲高い音によって完璧に防がれてしまう。

 防御の体勢すらもとらずに、皇帝はただ佇んでいる。

 葵の拳も、隆志の剣も黄金の魔力、皇帝の身体を覆うオーラに阻まれてしまう。

 素早くその場を離れる両名だったが、脳裏には2文字の単語が浮かんでいた。

 ――敗北。

 葵が一瞬でもそれを考えてしまうほどに、『皇帝』は無茶苦茶なレベルに至っている。


「理解したか? もう、詰んでいる」

 

 皇帝の宣言に葵たちは言い返す言葉を持たなかった。

 王者はゆったりとした動作で2人に終わりを告げる。

 自信と、同時に確信を抱いた笑み。


「では、さよならだ」


 掌に集った膨大な魔力が閃光となって、2人に放たれる。

 周囲を照らす圧倒的な黄金の輝き。

 王者の一撃を以って、皇帝は勝負を決めに掛かるのだった。






 追い詰められているのは、葵たちだけではない。

 紗希との戦いでは、圭吾が徐々に劣勢になっているし、桜香との戦いも幾度か妃里が倒したが、直ぐに復活されてしまい今では逆転されていた。

 真由美は未だに2人の幻影と互角以上に戦っていたが、流石に体力の限界が見えている。

 万事休す。

 試合開始直後からの全力戦闘の影響もあり、残り半分の試合時間を残して『クォークオブフェイト』の戦力、そのほとんどが壊滅しようとしていた。


『葵のライフは残り20%。隆志はまだ100%だが、時間の問題だな』

『妃里さんは残り40%、圭吾くんは残り60%。真由美さんは70%だね。なんというか、ピンチだね』

『ゲームマスターは頻繁に決戦術式への干渉をしているみたい。健輔、問題はない?』

「ああ、大丈夫だよ、美咲。先輩たちもご報告ありがとうござます」

『気にするな、それが仕事だ。それよりも、そろそろか?』


 早奈恵の問いかけに健輔は頷く。

 当初の狙いはほとんど達成出来た。

 敵は最強の皇帝、出来れば彼の切り札も引き摺り出したかったのだが、これ以上は贅沢だろう。

 相手の方向性がわかっただけでも上出来であった。


「ええ、問題ないです。花火を上げようと思います。……今更ですけど、良いんですか?」

『本当に今更だな。ここで私たちを残して、わざわざ弱体化する意味はないだろう』


 早奈恵の笑みを含んだ声に、健輔は申し訳なさを覚える。

 まさしく、健輔は前代未聞のことをやろうとしていた。

 早奈恵たちは受ける必要がない痛みを受けることになる。

 この作戦を提案した時から、そこは引っ掛かっていた。


「すいません。こんな作戦で……。割ととんでもないですよね」

『そうだな。それは認める。だが、らしくないぞ。お前が残っている限りはまだ勝負はわからない。この作戦はチームの総意で決まっているんだ。変な遠慮はいらない』

 

 早奈恵の信頼が籠った言葉に健輔は何も返さない。

 ただ、苦笑するだけであった。

 この段階になって、ここから先に正念場が待っているのに、目の前の女性はプレッシャーを掛けてくる。

 スパルタな先輩たちであった。


「わかってます。……自分で言ったことですから、責任は持ちますよ」

『当然だ。お前にあるのは、『勝利』の2文字だけだ。似非最強の魔導師程度、勝利してみせろ』

「……必ず、お約束します」

『だったら、私たちの能力、上手く使ってみせろ。いいな?』

「はい」


 早奈恵に力強く返答し、念話を終える。

 先輩たちから託されたものと、ここから先について健輔は必死に思いを巡らせた。

 皇帝の能力、動きなどはリアルタイムで葵から送られている。

 彼女の戦闘を葵の視界で健輔は見てきたのだ。

 皇帝についての考察はほとんど終わっている。

 ジョシュアが不確定要素ではあったが、もはやここから先は論じても仕方がない。

 敵の力が未知の領域に突入するように、健輔も未知の領域に足を踏み入れる。

 お互いにデータの存在しないぶっちぎりの戦いになる。


「最強のイメージ。……超えられるかな」

『マスターならば、必ず。私も微力ですが、ご協力します』

「……ありがとう」


 相棒に返礼し、遠くにいる王者へ視線を移す。


「いよいよ、だな」


 チーム全員が各々の役割を果たそうとしている。

 残すは健輔だけだった。

 最大にして、最後の役割が健輔にある。

 チームの全てを託されて、その上で『皇帝』に勝たないといけない。

 最強のイメージで誕生した『皇帝』。

 健輔は事前の予想で2つの可能性も考えていた。

 1つは、個体としての最強。

 つまりは今の状態の『皇帝』である。

 1番イメージし易いのが自分なのだから、可能性としては十分にあり得るだろう。

 もう1つは軍勢系の能力をさらに推し進める可能性。

 こちらは過去に戦った敵だけでなく、見たことのある魔導師なども完全に再現するものとして考えていた。


「最強、か。気にしてたみたいだな。最後の、最後にそっちにいったか」


 もしかしたら、両方の可能性もあるが、ここまで来てしまえば正直なところどちらでもよかった。

 何が来ても、絶対に勝利する。

 如何なる相手、どんな能力でも勝てるように、健輔は今回の作戦を提案したのだ。

 退路など最初から自分で断っている。

 それぐらいしないと、世界の頂点には勝てない。

 健輔の乾坤一擲の作戦は様々な障害を越えて、なんとか成就しようとしていた。


「甘いよ、皇帝陛下。あなたの最大の敵は、結局のところあなただったのさ」


 45分に渡り、ほとんど動かなかったのは別に動けなかったからではない。

 この空間を満たす魔力に適合するためだった。

 願望を実現する究極の創造系。

 強い光であればあるほど、影もまた濃くなる。

 当たり前の理屈を皇帝に叩きつけるのだ。


『マスター、全員の準備が出来たようです』

「ああ、コードを転送。向こうの妨害は気にしなくていい。幻影も、取り込んでくれると嬉しいね」

『伝えておきます』


 クォークオブフェイトの切り札が発動する。

 決戦を前にして、健輔の笑みは深くなる。

 最強のイメージを纏う男に、さらに強い存在をぶつけてやろう。

 他の誰でもない――佐藤健輔という最強をぶつけてやるのだ。

 誰だって、自分のより良い姿を持っている。

 皇帝の専売特許ではないことを知らしめる必要があった。


「術式解放、『オーバーバースト改』」

『承認、全員に発動を承認しました』

「俺が何をやるのか、狙いはわかるかな、ゲームマスター?」

 

 追い詰めたのは、一体どちらなのか。

 健輔の作戦が皇帝の首に届くのか、試される時がやって来た。

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