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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第302話『不敗の輝き』

『いくよ!』


 紗希の幻影が掛け声と共に向かってくる。

 能力どころか、経験までも複製されたように見える人形。

 歴戦の2人でも、いや、歴戦の2人だからこそ焦りは隠せなかった。

 敵の姿が『不敗の太陽』――藤島紗希なのだから、当然であろう。

 健輔たちの世代にとって、桜香が忘れられない魔導師として存在しているように、隆志たちにとって、紗希は絶対の対象として国内に君臨したのだから。


「はあああああッ!」

 

 魔力をブーストさせて、接近する姿はいつもの葵である。

 しかし、どこか余裕がないように見えるのは気のせいではないだろう。

 警戒しながらの突撃。

 彼女らしくない、思い切りのよくない攻撃の理由は直ぐにわかった。

 突撃の途中で、葵の魔力が何かと接触して、火花を散らす。

 顔色が変わった葵はすぐさまそこから離脱を行うが、


『そこッ!』

「魔力が、引っ張られる! ああ、もう!」


 魔力を高めることで、干渉を弾く。

 葵の魔力固有化と合わせれば、大抵の干渉は防ぐことが可能である。

 事実、ヴァルキュリア戦においてフィーネの魔力干渉にも抵抗して見せた。

 女神の干渉にすら抵抗可能なレベルにある魔導防御。

 それでも、他者の魔力を操ることに特化した彼女には通じない。


「っ、ダメ! やっぱり、紗希さんの干渉は防げない……!」


 葵の赤紫色の魔力が紗希の魔力光と引かれ合い、離れることが出来ない。

 赤、緑、青と3色備えた紗希の魔力は彼女の気持ちなどと連動して、鮮やかに色を変えていく。

 融合した時の色がどんなものになるかは、わからないが、魔力光が紗希という魔導師の特性をよく表していた。

 現在の3強が結果的に総合値が高くなっているのと同じように紗希もまた、得意な1つのことが全てを凌駕する脅威となっている。

 彼女の場合は、圭吾の技を見ればわかるだろう。

 ――他者の魔力に干渉すること、その1点において、彼女は誰にも負けない。

 浸透系を極めて、魔素を割断できるということは、他者の魔力への干渉はより簡単だということだった。

 葵ほどのレベルでも、防ぐことは出来ない。

 そして、魔力に干渉されるということは術式に干渉されてしまういうことだった。

 魔導師の根幹を抑えてしまう逃れられない糸の結界。

 これこそが、圭吾の目指した究極系。


「葵、無駄に消耗をするな!」

「隆志さん! でも、この人は!」

「承知している! 脅威であるなど、最初からわかっていた!」


 葵を後方において、隆志が紗希に挑む。

 かつて見た背中が人形とはいえ、彼の前に立ち塞がる。

 目の前に立つ壁に僅かに気圧されるが、


「俺とて、成長している!」


 自らを鼓舞して、近接戦闘を仕掛ける。

 手の内は知り尽くしているのだ。

 まったく未知の相手よりは戦い易い。

 問題は対抗できるのか、その1点にあった。


「てりゃああああッ!」

『甘いです!』


 宙を走る隆志の斬撃を糸が絡め取る。

 魔力ごと捕まった魔導機に、隆志の顔が歪んだ。

 圧倒的な柔軟性、これこそが紗希の厄介なところであった。

 紗希の戦い方は敵の魔力に干渉して、遠距離攻撃を不安定な状態に持ち込み、近接戦を仕掛けるところに重点が置かれている。

 魔素割断を含めて、彼女の対魔力への攻撃力は非常に高く、ベテランクラス程度の魔導師ではあっさりと潰されてしまう。

 エースクラスであっても、抵抗は困難であり、事実上彼女の能力を完璧に封じ込めたものは存在していない。

 『皇帝』が昨年、対峙した時もかなり手を焼いたほどの魔導師なのだ。

 『不敗の太陽』――負けるところが想像出来ないとまで言わしめたアマテラス最高のエース。


「使っているのは、浸透系の極みだけだと言うのにこの強さか!」


 残りの2系統、創造系と身体系。

 恐ろしいことに紗希はこの2系統もほぼ極めている。

 創造系の奥義たる空間展開を用いれば、空間そのものが殺し間に早変わりし、身体系を使えば、リミッターを解除した紗希が誕生してしまう。

 自分を高めるテクニック型である紗希は、敵を確実に仕留める大技こそ存在しないが、同時にどんな相手でも勝率が存在している。

 だからこその2つ名『不敗』であった。

 魔導とは相性が重要である。

 健輔の万能系が脅威として認知され出したのも、相性の隙間を突くことが可能な戦い方が厄介だからこそであった。

 しかし、紗希はこの相性という弱点の幅が極端に小さい。

 魔素という魔力の根本に関わるものに干渉することがそれを可能としていた。

 優れた能力を持つオールラウンダー。

 近距離、中距離、遠距離を問わず能力を発揮して、どの距離でも頂点に近い実力を持つ。

 特殊な能力を前提にしていないため、これといった穴もない。

 おまけとばかりに浸透系による能力干渉で、こちら側の能力を下げてくる。

 

「圭吾だけではないな。そういう意味では、健輔にも似ているのか……!」


 健輔たちと紗希の関係性を隆志は知っている。

 だからこそ、紗希の魔導師としての姿に何かを幻視した。

 チラつく影は、未だに確かな輝きを放っている。

 これもある意味で残った残影の1つなのだろう。

 

「申し訳ないが、あなたの時代は終わっている! ここで、潰れろ!」

『そこ!』


 隆志の声に反応することなく幻影は攻撃を放つ。

 一筋の軌跡、に見えるが、それがカモフラージュであることを隆志は知っている。

 目立つ1発に目を向けさせて、本命は後ろから。

 正当派に見えて、きちんと邪道も抑えるのが彼女の強かさであり、強さの秘密でもあった。

 真由美に受け継がれて、葵も学び、そして健輔に返った系譜はこんなところにもある。


「くっ、涼しい顔をして、意外と汚いのも再現済みか!」


 状況は悪いが、隆志の顔には笑みが浮かぶ。

 紗希の存在はいろんな意味で影響を残している。

 健輔と圭吾然り、隆志もそうだろう。

 後輩2名の戦い方から見えたものを含めて、今のクォークオブフェイトが大切にしているものの原点を見たような気がした。


「我が妹が憧れた輝きか……。皇帝程度に再現できるものかよ!」


 紗希は、真由美にとって憧れの先輩だった。

 健輔たちとの縁が巡り、真由美の下にやって来たのはまさしく運命だったのかもしれない。

 あの後輩たちが入ると聞いた時、真由美の機嫌が良かった理由も今ならば理解出来た。

 だからこそ、真由美の、ここに繋がった縁のためにも、幻影に負ける訳にはいかない。


「――断ち切る! 俺の、剣で!」


 万感の思いを込めて、隆志は全方位に斬撃を放つ。

 紗希の糸に対抗するには、魔力ではなく物理的な力に頼る必要がある。

 ただし、格闘戦はダメなのだ。

 距離が短い、というのもあるが、最大の理由は糸の特性的に相性が良くない。

 葵などは手甲型の魔導機を付けており、それが拳闘型のスタンダードスタイルとなっている。

 これが紗希の戦い方と相性が悪いのだ。

 魔力に干渉する彼女の技は、僅かでも魔力が表に出ると途端に不利になる。

 剣でも似たようなものだが、直接捕らわれてしまう危険性よりは幾分かはマシだった。

 何より、剣から発生する物理的な斬撃は紗希の糸を断ち切れる。

 糸の破壊も出来ない拳闘型よりは対抗可能だった。


「はあああああッ!」

『っ、やりますね。だったら、これで!』


 不可視の糸を断ち切っていく。

 どこから来るのかもわからないはずの糸の斬撃たちを、隆志がこうまで捌けるのには種が存在している。

 

「やはり、再現にはある程度の制約があるな!」

『アマテラス、いきますよ!』


 戦闘を続ける内に隆志は確信した。

 この幻影は紗希の力、その全てを使える訳ではない。

 同時に今までの軍勢よりも遥かに柔軟性は高いが、パターンがない訳ではないことにも気が付けた。

 基本的な動きは隆志の動きに反応してから、繰り出している。

 全てが後手、という訳ではないが、手探り感があるのはおそらくだが、操作者がいるのであろう。


「ジョシュア・アンダーソンか。紗希さんの能力を扱い切れていない。いや、桜香と『魔女』、後は『女帝』がいると考えれば、そこまで余裕はないのか」


 わざわざ真由美に2人もぶつけているのも、火力で押されないためだと考えられる。

 分割思考で同時に処理しているのだろうが、ジョシュアはどこまでいってもバックスなのだ。

 この幻影の出来は素晴らしいが、本物には劣る。

 ハンナ本人をぶつけられれば、真由美を1人で抑えられるし、撃破も狙える。

 『魔女』までいれば、本来ならば手も足もでないだろう。

 

「俺と藤田が持っているのも、それが理由か。恐らくだが、1番出来が良いのもこれなんだろうが……」


 攻撃を攻撃で相殺しつつ、狙いどころを探す。

 隆志の見立てでは、この紗希の幻影は能力では本物の7割。

 経験や戦闘パターンなどはおよそ6割は再現出来ている。

 トータルで考えれば、本物の6割程度の実力がこの幻影だった。

 葵は相性が悪いため無理だが、今の隆志ならば勝ちを狙えなくはない。


「さて、問題は……どこで無理をするか、だな」


 命の賭け所はここではないのだ。

 隆志が散るべき場所は決まっている。

 生き残るためにタイミングだけはしっかりと見抜く必要があった。

 今はまだ機を窺えるように、紗希の攻撃を捌くだけに留める。

 無理に仕留めにいこうとすると、敵も対応してくる可能性が高い。

 こんなところで勝負に出る訳にはいかなかった。


「葵、いけるな」

「愚問ですよ。そっちこそ、途中で落ちないでくださいね」

「ふっ、威勢のよいことだ。ああ、了解した」


 本物であれば、これほどの余裕はないがこれは偽物だった。

 負けはしない。

 2人は覚悟を胸に、幻影を迎え撃つ。

 皇帝の下に辿り着くための前哨戦。

 聳え立つ高い壁は、天を見下ろす太陽の輝きとして2人を照らすのだった。






「クリストファーにしては、妙に消極的、というかあれね、わかりやすい戦い方ね」

「いえ、これは彼なりの全力なのでしょう。……力を出すに足る、そんな風に思ったのでは?」

「あいつ、普段は皇帝らしい、っていうか大物だけど、なんていうのかしら、あれは繕っているのよ」


 試合を見守るメンバーの中から、ハンナが声を上げる。

 アメリカのナンバー2はパーマネンスの妙な動きに警戒心を隠さない。

 わざわざ軍勢を捨てて、精鋭で相対する。

 普通はおかしいと思わないだろうが、誰よりも皇帝との戦いを行ってきた女傑は肌で違和感を感じていた。

 迂遠であり、素直すぎる。

 皇帝の戦い方に文句はあっても、強さは認めているのだ。

 力押し、というのは単純にして最強の作戦なのである。

 それが出来るだけ己を鍛え上げた男が、わざわざ相手と同じ土俵に昇っているのだ。

 

「……なるほど、なるほど。クク、お互いに前哨戦、という訳よな」

「武雄さん?」

 

 武雄が画面を見て含み笑いをする。

 それに気付いたクラウディアの声に、室内の全員が彼に視線を移した。


「おお、なんじゃ? そんな熱心に儂を見つめて」

「惚けてないで、わかったことがあるなら教えなさいよ。1人だけで楽しまないの」

「曙光はよい女だが、せっかちなのがいかんな」

「あなたの好みになるつもりはないわよ」


 立夏の発言に武雄は肩を竦める。

 渋々、と言った様子だが武雄は両者の狙いについて語り出した。

 憶測である、と注釈を付けたのは面倒臭いからか、それとも本当にそうなのか。

 天祥学園最高の策士の言葉に全員が耳を傾ける。


「まず、皇帝の狙いだが、消耗狙いなのは疑いようもなかろうよ。量が効果的ではないから、質に切り替えただけだ」

「それはわかるわよ。でも、わざわざ直接対決の危険性を高める意味はないでしょう?」

「逆だ、逆。あいつは直接対決を誘ってるんだよ。いや、これはその準備か?」

「はあ? 皇帝が、戦闘するつもりなの?」

「でなくば、この布陣はあり得んだろうさ。差し詰め、今の戦いは戦闘データの収集だろうさ。消耗を狙えて、強敵相手のために手札も見える。ほれ、一石二鳥だの」


 皇帝は試合開始から1歩もまだ動いていないが、間違いなく何かをしようとしている。

 この過去の強敵たちも、所詮は布石に過ぎないと武雄は述べた。

 衝撃はあるだろう。

 幻影の紗希に勝てないどころか、瞬殺される者もここにはいるのだ。

 想像に勝てない、かなり屈辱的な話である。

 誰もが息を呑む中で、1人だけ穏やかに微笑む人物が続きを促した。


「武雄さん、両者という説明なら片方だけでは片手落ちですよ」

「耳聡いな。いや、女神、お前さんは知っていたな」

「さて、何の事でしょうか? 他所の作戦まではどうにも出来ないですよ?」


 ニヤリ、とした笑みで武雄はフィーネを挑発するが、女神は涼しい笑顔でスルーする。

 

「はん、狐め。まあ、よいか。この状況、おそらくは健輔も狙って作った可能性がある」

「健輔さんが、ですか? 何のために?」

「そりゃあ、強敵のデータを集めるのと、皇帝の限界を探るためだろうさ」


 この戦いは健輔とクリストファーが盤外でも戦っている。

 真由美たちは今回のところは完全に駒の役目に徹していた。

 おそらく、事前の取り決めでそうなっているのだろう。

 真由美すらも迎撃のために前線に進出している状況から、そのように武雄は推察した。


「序盤からの全力の猪突。狙いは何か、まあ、見えてくるものがあるわな」

「そうやって、本当のところは語らないのですか?」

「後輩のサプライズの種を先に明かす訳にもいかんだろう?」

「そういうことにしておきましょうか。……あなたは、怖い人ですね」

「光栄だな。女神」


 不気味なほどの存在感を発していない健輔。

 不敵に佇む皇帝クリストファー・ビアス。

 試合の様相は終盤のような空気だが、2人の間ではまだまだ駆け引きが行われている。

 決戦術式『クォークオブフェイト』を使っただけで健輔が何もしていないなど、彼を少しでも知っていれば疑問を感じるのは当然だった。


「ま、意味深なことを言うだけでは芸がない。1つ、ヒントをやろう。この試合はヴァルキュリア戦を参考にしている。ただ違うのは、役割が変わっていることだな」

「役割……。それは」


 クラウディアの問いかけに、武雄はフィーネに流し目を送る。

 その時点でまともに答えるつもりがないのは、クラウディアにもわかってしまった。


「ここからは自分で考えると良いさ。さて、皇帝は気付いているのか? いや、気付いてないのか。知っていたら、消耗戦に意味がないことを悟るだろうに」

「難しいでしょう。派手な決戦術式と過程に目を奪われてますから」

「小細工だが、だからこそ有効か。王道は陳腐だが、陳腐とは破り難いということだしの」


 クラウディアには暗号のような会話も、先輩たちの中には納得した者たちもいたようだった。

 経験の差と言うべきだろうか。

 前衛で敵を倒すのが役割だった彼女はまだまだこの辺りは未熟であった。

 頭が回らない訳ではないが、張り巡らされた意図を読み解くのが面倒臭くなってしまうのだ。

 この辺りは適正の問題もあるので、仕方ないと言えば仕方なかった。


「ちょっと、わからないこともあるけど、まだ大丈夫なら、それでいいです」


 言葉の意味はわからずとも、健輔がまだ健闘しているのはわかった。

 偉大なる皇帝に、尊敬する魔導師がどのように立ち向かうのか。

 クラウディアの関心はそこだけに絞られている。


「頑張って」


 胃が痛くなる試合で、不動の男に視線を送る。

 見つめられる男は奇妙なほどに無表情で戦局を見つめていた。

 試合は既に終盤模様。

 しかし、盤外での決戦はまだまだ続いている。

 知力と体力、全てを絞り尽くす戦いは、まだまだ終わりを見せないのだった。

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