第300話
ロイヤルガードは守りに長けた魔導師である。
守備に優れた魔導師と言えば、代表的な魔導師はシューテーィングスターズに所属する『鉄壁』サラ・ジョーンズが有名であるが、彼らもそれに劣らぬ程度には有名だった。
サラの場合は、障壁に特化した創造系による圧倒的な魔力への防御性があり、ハンナと組んで数多の砲撃型魔導師を封殺したことから有名となった経緯がある。
では、世界最強たるパーマネンス、その近衛たる彼らロイヤルガードの場合はどうだったのか。
最強の魔導師、クリストファー・ビアス。
この名が誇るネームバリューは大きい。
研究もされるし、当然ながら対策を考える上でチームメイトもあらゆる情報が集められることになる。
情報を集めた者たちが最初に知るのは、ロイヤルガードがサラとは違う防御型だということだろうか。
魔導機を盾型にして、系統はメインを身体系に、サブは個々で違いがあるが、1番多いのは創造系。
物理型の盾と機動力で格闘戦に対応、砲撃には障壁などで対応するあらゆる敵への防御が念頭に置かれたスタイルがロイヤルガードの特徴だった。
つまり、彼らは技術で敵の攻撃を捌く集団なのだ。
圧倒的な実力で敵を蹂躙する皇帝とは反対側に存在する堅実なる集団。
派手さは微塵も存在しない。
ただ敵の攻撃を防ぎ、耐え続けるのみであった。
「術式展開『ガードマジック』」
『正面コーティングを展開。およびスフィアを周囲に配置します』
「いくぞ!」
葵の拳を前にして、盾を構えると同時に魔力を魔導機に張り付けるように展開する。
同時に設置されるスフィアは直接的な防御用ではない。
もしもの時に、直ぐに態勢を立て直すための補助的なものだった。
交戦を決めた直後に迷いと驚きは消えて、速やかに戦闘体勢に入る。
惑えば、墜ちる。
彼もまた、3年間皇帝を守り続けた戦士。
戦場の機微程度は把握していた。
「右、いや、正面か!」
右手に拳を作って、葵が僅かに右方向に体を流したように見えたが、直後に彼女は直進のまま進路を変えずに、オリバーに向かってくる。
衝突すらも恐れない猪突に感じるプレッシャーが大きくなっていく。
数多の魔導師の攻撃を凌いだオリバーにしても、このレベルは両手の指で足りる程度しか知らない。
「貴様ごときに、近衛の護りは突破させん!」
「耐えてから言いなさいよね! 弱いのが吠えてるようにしか、見えないわよ!!」
盾を合体させて、魔力の量を増やしておく。
同時に体を流せるように、あえて力を抜いた体勢で待ち受ける。
正面から受け止めるようなことはしない。
葵の行動の端々から、格闘戦のセンスは感じていたが、対処不能なレベルではない。
下手な小細工に頼れば、そこから噛み切るような狂犬であるが、防御の技は小細工でも付け焼刃でもないのだ。
3年間、只管に攻撃を耐え凌いできた。
遠近を問わずにあらゆる魔導師と最強を守る壁として対峙してきたのだ。
2つ名もなく、皇帝のワンマンチームであるのが事実だとしても、彼らにも矜持があった。
ロイヤルガードは決して弱い魔導師などではない。
「――こい!」
葵を正面から受け止めようとする潔い態度に、敵であるにも関わらず彼女は笑みを漏らす。
こういうバカは彼女も嫌いではなかった。
自分の磨いてきた技を信じずに、一体何を信じるというのだろうか。
敵の覚悟に応えるためにも、葵は己の拳に全霊を込める。
「――いくわよッ!」
拳が空気を切り裂いて、オリバーの盾に正面から叩きつけられる。
油断など微塵もなく、完全に固めていた防御体勢。
インパクトの瞬間を見極めて、僅かにぶつかる位置を動かす。
攻撃を見切ることなど、オリバーにも不可能である。
完全な勘、戦闘経験に頼ったものであったが、確かに上手くいった。
葵の渾身の攻撃は、僅かに変わった距離の影響を受けて完全な破壊力を発揮出来ない。
しかし、完全に防いでなお、藤田葵は怪物であった。
「これは、なんという……!」
接合部分が破壊されており、コーティングした魔力が綺麗に霧散している。
意識が飛んだ際に直ぐに復活できるように展開しておいたスフィアも消えていた。
葵の一撃で数秒とはいえ意識が飛んでいたのだ。
完全に固めた防御の上からなお、相手は抜いてくる。
オリバーの直感は間違っていなかった。
「まだまだ、いくわよ!」
盾から大盾としての機能を奪った葵は、追撃の2発目に移る。
1度耐えられたところで彼女は気にしない。
最終的に落としてしまえば、彼女の勝利なのだから。
迫る赤紫の破滅をオリバーは気丈にも睨み返す。
気合で負けてしまえば、実力差から考えてもあっさりと勝負がついてしまう。
それだけは認められないことであった。
「何度でも来るがいい! 俺は皇帝を守る近衛! これに全てを賭けている。安いと思うなよ!!」
「思うわけないでしょう? ええ、あなたは良い獲物だわ。――ぶちのめしたくなる程ね!」
嬉しそうな葵の笑みに、オリバーは顔を歪める。
女性でここまでの戦闘好きを彼は知らなかった。
「狂犬め、この戦狂いが!!」
「淑女に失礼ね。そんなんだから、あなたたちは人気ないのよ!」
「俗な事を言う!」
葵の拳を見極めて、横合いから盾で殴りつける。
軌道を変更させられた葵に不機嫌な表情が浮かぶが、直ぐに掻き消えた。
闘争の楽しさにどんどんとテンションを上げているのだ。
オリバーが良い戦いをすればするほど、葵の精度は加速度的に上がっていく。
先ほど交戦した時の段階で既に強かったのに、まだ強くなっている。
オリバーは内心で驚きを隠せなかった。
どれだけの力を隠していたのかと、焦りが浮かんでしまったのは、仕方がないことだろう。
「あら、良い表情ね」
「ッ――女狐め!」
焦りを隠すかのように怒りを見せて、盾を構えて攻勢に出る。
半ば自殺に近いことだが、彼の中で勝算がない訳ではない。
こういう獣タイプの魔導師は、本能レベルで敵が攻め気かそうでないかを判別している。
オリバーの経験上そうであったし、実際に葵はそんな感じの魔導師だった。
彼は皇帝という光に隠れた影であるが、経験値は決して浅くない。
皇帝が敵を倒してきたのは事実だが、彼がそこに至るまで皇帝を守ったのも事実だった。
葵と同じでなくても、似たような魔導師は知っている。
「喰らえ、『シールドインパクト』!」
「――ちぃ! なるほど、流石に世界最強の一員ね!」
「今更、自覚したのか。不敬であろうが、皇帝の御前だぞ!」
「悪いけど、私は葵王国の女王なの。皇帝とかいうおっさんのことは、知らないわね!」
ずっと防御に回っていたらカモにされる。
彼の経験がそのように囁いてくる。
理性もその判断に同意を示していた。
押されそうな相手だからこそ、苦手であろうとも攻める。
稼ぐ時間はそこまで多くなくても良いのだ。
既に葵の周囲には無限の軍勢が湧いており、オリバーの援護をしている。
当初の予定と違い、撤退ではなく迎撃になっていたが、不都合な話ではなかった。
敵は全面攻勢に入っているならば、それを防げば勝てるのだ。
いつもとやることは変わらない。
彼がすべきことは、葵を皇帝の下に行かさないことだった。
「守りきって見せる!」
ここで不運だったことは、彼が優秀だったことだろうか。
戦場において、勝利の分岐点を嗅ぎ分けるだけの嗅覚があったこと。
同時にそれを阻止しようとする胆力があったこと。
要因はいくつかあったが、最大の不幸は言うまでもなく目の前の女性が敵だったことである。
彼女の狙いが最初から自分であるなど、夢にも思わず、彼は皇帝を守る。
この齟齬が戦いに齎す影響は致命的だった。
己の命を捨ててでも皇帝を守るとする者。
己の命を捨ててでも近衛を潰そうとする者。
葵が魔力でのブーストにさらに力を注いだ時に、歪みが一気に噴出することになる。
「貰うわよ!」
「させるかあああああッ!」
隙を見て、前に出ようとする様子を見せた葵にオリバーは当然のように自分の身体を差し込む。
無論、簡単に撃墜されないように防御は固めているが、この行動自体が罠なのだ。
力を高めたところに、わざわざ受けに回ってくれる優しい獲物。
狩人は会心の罠に口元を吊り上げる。
舌を一舐めした葵は、そのまま全力で、横合いから蹴りを放つのだった。
「横、だと……!?」
「じゃ、さよなら。――これで最低限の仕事はしたかな」
「っ、まさか、狙いは!」
「遅い、わよ。残念、最初からあなたが狙いだったんだな」
正面からの防御を固めていたところに放たれた横合いの攻撃。
体勢が崩れた崩れたオリバーの腹に向かって、渾身の左ストレートが決まる。
周囲に響く空気の破裂する音が、威力を物語っていた。
そのまま泳ぐ体に葵は連撃を放つ。
女性としてはそれなりに身長などもあるが、アメリカ人の男性であるオリバーと比べれば体格はかなり違う。
しかし、魔導の力で性差などを含めた旧来の強さは全てがひっくり返る。
流れるような連撃は、パーマネンス最強の近衛を見事に討ち取った。
天に昇る光は全ての者に護衛の一角が崩れたことを教える。
葵が次に狙うのはただ1人。
世界最強の魔導師――クリストファー・ビアスに他ならない。
「健輔に出番を渡す前に、私で終わらせてやるわ」
不敵に笑う女傑の目には、たった1人のターゲットしか映らない。
周囲に群がる雑魚たちを最少の動きで躱して、敵の首魁の首を取りに行くのだった。
この時点でクリストファーを除けば戦場に残る近衛は僅かに3名。
主の命に従って撤退していた彼らは、指揮官たるオリバーを失って混乱をしていた。
ジョシュアの指示も、皇帝の指示も変わらず撤退で一致している。
だからこそ、後ろに下がってはいるのだ。
彼らが混乱している理由は、背後から迫る2つの影に理由があった。
オレンジと真紅の輝きが流星となって、彼らを猛追している。
「クソ、どうして、こっちにくるんだ!」
「狙いは俺たち、ってことだろう? まさか、近衛を剥がせば勝てるとか思ってるのか?」
「短期決戦狙いなら、あり得なくはないと思うが……」
敵の狙いについて話し合うも目的がわからない。
仮に近衛を壊滅させても、皇帝は無傷で残る。
その時に葵たちは相応に消耗しているだろう。
後は単純な計算の問題である。
無傷の皇帝を疲れた健輔たちで打倒出来る可能性は高くない。
この程度の計算は誰でも出来るはずだった。
ナイツオブラウンドがアマテラスに対して行った戦闘とは、前提条件が大きく異なるのだ。
どういう形であれ、前衛と交戦する桜香は必ず消耗する。
極小のものであろうとも、消耗することだけは間違いなかった。
しかし、皇帝にはそれがない。
普通に総力を結集した程度で倒せる相手ではなかった。
「一体、何を考えて」
「当然、勝利についてよ」
「なっ、いつの間に!?」
遥か後方にいたはずの女が気付けば上にいる。
後方にいたのは幻影だと思い至るまでのタイムラグ。
世界戦でも最大の戦いたるこの試合では、致命的な隙であった。
音もなく静かに忍び寄るもう1つの影。
静かなる攻勢はアマテラスの北原仁が得意とする技であるが、別に彼の専売特許ではなかった。
身体系を極めるということは、魔力の制御に長けると言う事を示す。
今の隆志には、仁以上の精度での暗殺が出来る。
「1つ、確かに貰ったぞ」
「なっ、しまっ!?」
仲間の1人の首辺りに直撃する攻撃を見て、声を荒げるがもはや遅きに過ぎた。
軍勢に囲まれた状況下で隆志と妃里は抜群の連携で、残った近衛の2人を追い詰めていく。
「どうして、こんなにあっさりと!」
「ダメだ! 前に出るな! 撤退命令だぞ」
「バカが、この状況で戦う気がなかったら、直ぐに終わるだろうがッ!!」
「それはっ! しかし……!」
言い争う2人。
敵を前にして呑気な話だが、加速度的に変化する戦場に混乱してしまうのは仕方がない話であった。
冷静に対処できるのは少数だからこそ、健輔のような人物が光輝くのである。
敵が揉めている間に、無言のアイコンタクトで妃里と隆志は行動を開始した。
チーム内でも連携の質を競うならば、トップクラスである2人に、戦闘時の話し合いなど不要だった。
お互いの動きなど、熟知している。
「剣よ、いきなさい!」
同級生の技を借りて、下がる意思を見せる相手に追い打ちを掛ける。
逆に攻め気を見せる相手には、隆志があえて無防備に接近していた。
こいつは倒せる隙がある、と思わせるのだ。
近衛兵たちは間違いなく堅牢な兵であり、防御能力と生存性で飛び抜けている。
硬い守りを崩すには、それなりにしなければならないことがあった。
「行くわ」
「ああ、ここだな」
少し離れた隆志と妃里は同じタイミングで呟き、同じ行動を開始する。
お互いに反対側から回り込むように、2人は接近を行う。
噛み合わないままに行動する敵の2人は連携が取れずに、実質的に単独行動となっていた。
優れた生存能力もこうなってしまえば、半分も発揮することが出来ない。
妃里と隆志はパートナーの行動を確認するまでもなく、役割の完遂を確信していた。
僅かに離れた場所、右と左から迫る2人は同じタイミングで、
「終わりだ」
「終わりよ」
と言い放つ。
同時に放たれる攻撃は、防御を固める目の前の相手ではなく、背を向ける遠方の相手に向かって放たれた。
妃里の剣が隆志の前にいるロイヤルガードを。
隆志の砲撃が妃里の前にいるロイヤルガードを飲み込んでしまう。
「そんな……!?」
「くそ、クリス、すまんっ!」
天に昇る2つの輝きを最後として、パーマネンスは皇帝とジョシュアを残した丸肌の状態となってしまうのであった。
しかし、妃里と隆志の表情に達成感はない。
当然であろう。
ここからが、真実の戦いなのだ。
ロイヤルガードを全滅させる。
そんなものは、スタートラインですらもない。
味方が全滅したことで、敵の軍勢の動きに遠慮がなくなっていく。
命を顧みない軍団が本当の力を発揮し始める。
「……さて、後は精々、最後の時まで全力で輝くだけね」
「ああ、実に爽快な戦いだった。思い残すことはないな」
「そんな風に覇気がないから、真由美に勝てなかったのよ」
「……痛いところを突くな」
古い馴染みの言葉に苦笑を浮かべる。
達成感が体を満たしているが、まだまだ仕事は残っていた。
この試合を勝利の2文字で飾るためにもやるべきことはまだある。
「では、汚名返上といこうか」
「頑張って名誉を挽回しましょうか。先輩として、後輩が望む100点くらいは簡単に出してみないとダメでしょうしね」
最強に挑む。
言葉にすれば、それだけのことである。
それでも2人は震えを隠せない。
高まる闘志は天井知らずに跳ね上がっていく。
連動するように巨大になる魔力は、パーマネンスは何も弱体化などしていないことを示していた。
戦いは真実のステージへ移行する。
最強を打倒して、始めて終わることが出来るのだと、この試合を見守る全ての人間が理解していた。
味方の撃墜など、戦力的に大した問題ではない。
むしろ枷を失ったことで、無敵の軍団が更なる跳梁を開始する。
戦場の空気が変わり始めたのを、この場に居るものたちは確かに感じ取るのであった。




